- Awake Main - | ナノ




The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




White lie and progress act.1


会社からの帰途。ふと、愛しい気配に誘われるようにそちらへと向けた。驚いたな。彼がまだこの公園を塒にしているとは。茂る森のなかにある為か、他に人間、妖怪の気配はない。人間たちは見えない者たちへの恐怖心から、妖怪たちは、今、ここに座する名声ある地位にいた彼を畏れてか。公園は閑散としており、時折風の音と鳥たちのさえずりが住人であるかのようであった。

茜の空は夕闇へと、時刻の支配権を移ろうとしていた。その為か、彼の黒衣がその訪れる闇に捕われそうになるのではないかと、危惧の赤い点滅が裡に点り始めた。蔵馬は愛用している伊達眼鏡を外し無造作にポケットに突っ込むと、そっと彼が腰をおろしている色褪せたベンチへと近づいてゆく。気配を完全に消しているわけではないのに、彼は気づく様子はない。信用されているのか、はたまた、自身の存在は脅威に値しないのか、判断は難しいところだ。前者であったならば淋しい、後者であったならば、矜持が傷つく。そして、それらとは違う恋心が悲鳴をあげるのだ。寧ろ、それが1番占めるのではないか。ホント、難しいよ飛影、・・・

「こんな処で寝ていたら風邪をひきますよ」

穏やかに告げているにも関わらず、彼は肩を揺らしてこちらを振り向いた。驚愕のワンコーラスの後に、憮然とした表情を浮かべた彼。

「チッ。気配をたって近づくなと何度云えば貴様は判る」

「気配など消してませんよ」

それどころか貴方に気づいて欲しいのに。この狂いそうな情熱的な迄の愛情をも。

彼が座っていたベンチへと、並んで腰をおろす。僅かに、忌々しい舌打ちが成されたのみで、隣に座すのを見逃してくれたその真意はどこにあるのだろうか。

嫌われてはいない。自惚れではなく、それは確信に限りなく近い。だが、好きと嫌いの間には無数の気持ちの種類が存在している。親愛であったり、敬愛であったり。無論、反対には苦々しさやそれらに準ずるものも数限りなく。ましてや、同性同士。そのなかに恋愛からくる愛しさは、おのずと排除されがちになってしまう。

視線を隣に向ければ、少し痩せた頬が気になった。目の下にあるクマも。キメ細かな白皙の肌は、死人のような青色に近く、ピンク色をした可愛らしい唇はカサカサと潤いが欠けていた。この前、隠れて様子を見に行った際には今の彼の変化はなかった筈だ。現に、訪れた際、派手に奇淋と時雨、その両方を相手取り手合わせを百足内の格闘技場で繰り広げた後だった。黒龍を放った後の冬眠の顔色は、どこから見ても、普段の幼さが残るあどけない寝顔だった。そっと指先を伸ばし、彼の目元を風のように優しく撫でる。

だが、彼はビクッと過剰なほど揺れ動いた。

そんなに自身に触れられるのは嫌なの?思わず唇がそう呟きそうになった。しかし、そうではないことが彼の頬を見れば明らかであった。紅潮している頬。よくよくのぞき見れば、瞼に見慣れる涙のまくが張られていた。だが、同時に、痛々しくもあり、頼りない幼子のようでもあり、帰るうちを失った黒い仔猫のようにも見えた。

「・・・、飛影?」

「・・・い」

「え?」

「だから、何故魔界に来なくなった」

「特に理由はないですよ」

理由、か。本音が喉迄出かけ、尤もなセリフを口にした。そう、「会社が忙しかっただけ」と迄、付け加えた。白々しい嘘がまた影をのばすと知りながら。そう発言することによって、少しでも彼の強張りを溶かしたくて。貴方にこうして偶然出会えて嬉しいが、本心を吐露するには性急であり、下手をすれば彼とこうして会話も出来ぬ関係になってしまうかもしれない。それはなんとしても避けたい。

賤しい、な。そして、腐っている。本心を隠して、平然と貴方に対峙出来てしまう浅ましさ。そのくせ、好かれようだなどと思って紳士の皮を幾重にも被っている。その下の面は、おそらく、この地上で1番醜いに相違ない。

もし、もし。彼が他の者へと愛情を抱く日が来たならば、その時自身はどうなるのであろうか。激昂することは明らかだが、その焔で、誰よりも愛しい彼をも焼きつくすことになりはしないか、・・・

彼はこちらのセリフを咀嚼すると、暫しなにかを考えるように俯いた。その横顔からは、彼の本音が見えないまま。逡巡の後、乾いた笑みと共に、唇が動く。

「“ない”、か」

可笑しい、な。いつもの鋭い覇気がなりを潜めていた。またしても躯と一悶着を演じて不機嫌。いや、違う、な。不愉快ならば彼は全身でそれを露にする。先ほどの頼りない後ろ姿が瞼に浮かぶ。あれは不愉快などではなく、なにかの思考に囚われた人の背だった。これほど意気消沈した彼など、出会って始めてではなかろうか。

「それじゃ、この前のあれも意味はないんだな」

確かめるかのように、また、恐る恐るといった風に彼はこちらを見上げた。赤い赤い双眸が、どこか悲しげに揺れ憂いをおびていた。

・・・、この前のあれ。

なにを指しているのかを悟ると共に、今度は蔵馬の方が躰を不自然に揺らした。苦いものを呑み込んだ後のような表情を、飛影から隠すように反らした。実にわざとらしく。その為蔵馬は、その後、飛影の顔に陰りがさしたことに気づき得なかったのである。

俯いた先に、自身の靴先が無意味に映り出されていた。次いで、蔵馬の脳裏に、先日の不埒な行為が蘇る。

寝ているものとばかり思い、そっと唇を重ね合わせてしまったことが。起きないことをよいことに、彼の白皙の頬に、その全てを見渡せる瞼の上にも。それと共に罪悪感が沸き上がる。良心の呵責であったかもしれない。何れにしても、非は自身に帰す。自身でも気づかぬうちに、膝の上で握りしめた拳が恐怖から震えていた。内側は爪が食い込み、その手のひらを開けば、間違えようがない苦々しい跡が、鉄臭い血臭と共に露になるであろうと容易に想像出来た。

「ごめん。忘れてください」

戯れだったと、云い訳をした方がよかったであろうか。でも、貴方に忘れられても、自身にとっては至宝の宝石より以上に意味を持つ。それこそ、数億をもする氷泪石などよりずっとずっと。貴方に忘却を要求しておきながら、自身は忘れたくないなど、蒙昧で不遜であり且つ強欲だ。過去、色恋を弄んて来た報いがこの様だ。本気の恋ほど、身動きが取れないのだと、この歳になって漸く気づくとは、なんと愚かなのだろうか。

好き過ぎて、愛し過ぎて、貴方のことでいっぱいで、貴方の意思を無視してしまった行い。些細な出来事であろうとも、彼からしてみれば、天地がひっくり返ってしまうほど驚いたに違いない。

同じ性を持つ者同士のそうした行いは、魔界では不思議ではない。多くの場合、服従からなるが、稀に、愛情から成り立つ。その点は人間と大差はない。彼が寄せている思いからすれば、明らかに異端に違いない。だから、その後逃げ出した。好意そのものを知られたならば、行く先の2人の関係は破壊か終焉を迎えてしまうかもしれない。だからこそ、気づかれる前に彼の前から姿を消した。あの時、彼が目覚めていたならば、おそらく自身はそれ以上のことをしていたであろう。想像に難くない。そして、徹底的に拒絶され、却って嗜虐心を刺激され、彼のもっとも望まぬ結果になっていたに相違ない。逃げ出したことで、彼も、また、自身も救われたのだと思いたい。それとも、こんな風に思惟するのは間違いなのだろうか、臆病なだけなのであろうか。

でも、それでも、どんな理屈を並べても、嘘の壁を幾重に聳えさせても、代わらないものが1つだけ。貴方が愛しいというこの気持ち。

「それじゃ、俺はなにに悩んでたんだ」

「飛影?」

「2度とするな!」

刹那、ポタリと落ちた1雫。2人の隙間の色褪せたベンチへとそれは染みを造り、新たな色へと代わってゆく。彼が醸し出す張りつめた糸が、ぷつりと事切れた瞬間でもあった。

まさか!?

ある仮定が脳裏に浮かび上がり、堕天使の思いが鱗程度ではあるものの理解出来たように思えた。そして、この時、蔵馬の心の秤は至福という名に加重を代えていった。

苛烈な一瞥の後、立ち去ろうとする彼を強引に腕のなかへと閉じ込めた。すっぽりとおさまる温もり。僅かに身動ぎをみせたものの、彼の手のひらがゆっくりと自身の服を握りしめた。離したくはない、その小さな手のひらはそう訴えているようで、胸が熱くなる。小さな嗚咽が、重なり合った場所から静かに流れてゆく。スーツに湿らせるその雫の1つ1つが、潜んでいた強烈な熱情を開花させてゆく。

「ごめんね飛影。言葉を間違えた」

「・・・」

「好きだよ、貴方が。酔狂であんなことしないよ俺は」

好きだから口づけをした。幼稚なものでも確かな証が欲しかったから。

ギュッと力を込めると、彼の温もりが伝わり胸が絞めつけられる。嬉しかった。あの時触れたキスよりも、彼が苦悩してくれたことが。それは、この片恋における小さな前進を意味していた。こちら─人間界─に様子をうかがいに来てくれたことも、でも、怖くて自身のマンションへとは訪ねて来られなかったことも。周りの気配にも気づかず、あんなにぼんやりしていたのも、触れた途端に朱に染まったことも。疑心暗鬼に囚われ、食事をすることも、寝ることも忘れて、自身のことばかりを考えていてくれた。その、全部が愛しい。だって、それらは全て答えを自身へと提示している。貴方らしく、無意識に。

「現金だよね俺、貴方が悩んでくれたことが嬉しいだなんて」

「悪趣味って云うんだ、貴様の場合は」

「酷いなあー、純心な気持ちを」

「大体だ、寝込みを襲う奴がそんな殊勝なことを云うな!純心が聴いてたら、さぞや貴様を蹴り倒したくなるだろうな」

「寝てる時じゃなければいいんだ、クスクス」

せっかくいつもの覇気が取り戻しつつある彼に、水をさすように悪戯っぽく投げかける。「挙げ足をとるな」と、叱責が飛ぶかと思われたが、その怒りはいっこうに訪れなかった。先ほどよりいっそう紅潮させ、それは耳朶に迄及んでいた。そういったことを想像してしまったのか、または、自分自身の失言に気づいてしまった為か、言葉に、そして、行動にも窮しているさまがうかがえる。かろうじてうねり声を吐き出す。でも、そんな表情では迫力に欠けること甚だしかったが。

「・・・、貴様という奴はー」

「フフフ。おかげで“いいもの”が見れたから、今日は貴方の為にも大人しくしてますよ。だから、貴方の好きな温かいココア淹れてあげるからうちにおいで飛影」

さりげなく涙の跡を拭い、その指先を彼の手のひらへと絡ませた。それは拒絶されることなく繋がれたまま。軽く引っ張ると、渋々ついて来る。ぶつぶつとかなり物騒な独り言を云っていたが、聴こえないフリを決め込む。そして、これからの未来に祝杯をあげるかのように蠱惑的な笑みを蔵馬は浮かべたのだった。

ええ、エロ狐だろうが、鬼畜だろうが、腹黒だろうが、それは貴方しだいなんですよ、飛影。貴方が望むなら、凶悪に愛してあげるし、優しさに包まれたいのならば、そのような愛情を注いであげるよ。フフフ、それもまたいいね、貴方に殺されるなら本望なんだよ。心中かあー、それも悪くないね。だって、貴方の居ない世界はモノクロで、生きていく価値がない、仮に自身が先に霊界の厄介になるのだとしても、遺された貴方に新たな恋が生まれるのは我慢ならないしね。そうなった場合、地獄の守護神たる死神から鎌を奪い貴方の場所へと舞い戻って、その相手を逆に地獄へと蹴落とすだろうから。しっかりとその鎌で2つの躰にした後に。うん、そうなった場合は、貴方が自身を、自身が貴方の血を吸いあげてあげるね。半歩後ろから聴こえてくるそれらの罵倒の数々に、蔵馬は胸の裡でもってそう返答をする。

今から、ゆっくりと1段1段前進しよう。だって、2人の恋愛歴史は始まったばかりなのだから。繋いだこの温もりがいつまでも消えないように。一緒に育ててゆこう、優しい恋と深海よりも深い愛を。楽しく、穏やかに、時に辛辣に嫉妬しながら、ね。










Fin.
2012/3/20
Title By 確かに恋だった

prev | next





QLOOKアクセス解析
AX



- ナノ -