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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




心喪 act.1


最初はからかってやろう、そんな邪な思いもあった。愛情を知らぬままきた彼、──飛影。それどころか、生まれてすぐ、氷女たちから烙印をおされた彼だった。

その、鋭く光る赤い宝石は好きだった。だから、その瞳が自身を見上げる仕種が可愛らしいとも思った。だが、決して恋愛感情ではない。この時は、・・・

無口。無愛想。無関心。それにつきる。闘いの最中であれば1言2言喋るものの、どこまでもそれは戦闘への拘りでありそれ以上の意味は成さない。

ある時、パトロールを終え、人間界へとやって来た彼を故意に帰さなかった。特に理由はなかった。強いて云うならば、人恋しい。そう、たったそれだけの理由だった。無口な彼であっても、こちらがなにか話しをし、それに同意するとコクンと判るか判らない程度に頷く。違うのだと意思表示も、よく見なければ判別は難しい。そう、気難しい小さな黒いペットのようだと思ったのだ。この日だけ飼った黒い仔猫。手離したくはなかった。

あれこれと下らない理由を並べ、彼をこちら─人間界─に留めた。そればかりか、躰をいただいた。「いいじゃないか、後腐れない方が」。その言葉を口にした際の彼の表情が、何故か気に入らなかった。唇を一文字にし、長い睫が震えていた。きっと、よく見ればその睫は濡れていたのであろう。だが、気づかなかったフリをしたのだった。これ迄、こうした誘いを断られなかったが為に、その拒絶にも見える反応が苛立たしかったのも確かに一因であったかもしれない。しかし、これも、あの手この手と理由を並べ承知させた。自ら服を脱ごうとするのを止めさせ、乱暴に彼の躰を隠す黒い衣装たちをフローリングに落としていった。いざ、ことが始まれば、抵抗をみせるかと思っていたのだが、それはなかった。ただ、静かに流す涙が、何故か傷んだ。心臓を鷲掴みされたかのような痛みを覚えた。シーツの上にそれが伝え落ちるたび、そのかたちにならない傷は自身の裡に広がっていった。

朝日がのぼると共に魔界へと帰るであろうと、また、帰り易いようにと、ベッドの上で狸寝入りを決め込んだ。が、しかし、ジッと注がれている気配は、淋しい、悲しい、そう訴えているかのようであった。結局、なにも云わないまま、隣のリビングへと消えて行った気配。その後、シーツへと重苦しいため息を溢した。

・・・、速まったかもしれない。そう、直感した。

おそらく、彼は少なからず自身に対して好意をよせていたのであろう。それも、恋愛感情。そう考えれば、無抵抗だった彼に納得がゆく。でなければ、矜持の塊である彼が赦す筈はない。“あの”彼が易々と抱かれた意味。そのわりに、不慣れであり、誰かとこうした経験がないのをうかがわせた。シーツの上にも、自身のそれにも赤い血が咲いた。始めて牡を受けたそこは、赤々とした彼の瞳が雫となって泣いているように見えた。彼が最中、泣いた意味もなんとなく推察出来た。

だが、だからといって、彼と本気で恋愛をする意思はなかった。いや、彼に限らず、誰ともするつもりはない。「酷い男」と、散々云われ続けてきた、それゆえに、どこか心が麻痺していたのかもしれなかった。この時も、彼の好意を察しておきながら、面白い玩具が出来たと喜びに震える醜い自身が確かに存在していた。

「いらっしゃい、飛影」

その後、避けられるとばかり思っていたが、彼は毎日こちら─人間界─へと訪ねて来るようになった。まあ、自分自身のペットが勝手な行動をしないだけ“マシ”か。そう思うことが、傲慢であり不遜であると気づかずにいた。

「泊まっていきなよ」

毎日毎日通ってくるくせに、朝が来る前に決まって魔界へと帰る彼。まるで、律儀に餌をもらえる場所を転々とするかのように。俺を好きなくせに。だから、躾。貴方は俺に飼われたんだよ。

「・・・」

「なにその顔。俺と一緒に寝るくせに、泊まるのは嫌な訳?」

小さく首を振る。だが、その瞳はやはり悲しげに揺れていた。

毎日ここへとやって来る、彼の意思が不思議でならない。好意は判るが、あんな風に乱暴に抱いている自身に殺意はわかないのであろうか。それとも、・・・

「ここからパトロールに行けばいいじゃないか。そうしなよ、ね、飛影」

甘い声を出せば、仔猫は頷いた。

その日から彼はここからパトロールへと行く。自身に甘えさせることも覚えさせた。躊躇いがちにすりよるさまがいたく気に入った。普段、鋭利な刃物を彷彿とさせる彼が、甘えてくるのは優越感がわく。そんな時だけは、とろとろになりそうなほど抱きしめ愛を囁いた。自身にだけなつく可愛い可愛い仔猫。いつしか、可愛らしい、その気持ちで溢れそうになった。恋に似ているのであろか、この気持ちは。小動物を可愛がるそれとは明らかに違っていった。もっともっと彼を拘束したい。恋かもしれないと思った時には、もう遅すぎた。恋なんてそんな生易しい感情じゃない。愛してしまったんだ、彼を。でも、その裏側で、本来の狐がうっそりと薄ら寒く笑みを浮かべていることにも、同時に判っていた。お前ごときが、と。

時折、なにか云いたげに見上げられる瞳。それが堪らなく自身に恐怖を生んだ。彼の口から「もう、来ない」、そう云われるのではないか、と。だから、云わせる隙を与えず、ベッドへと彼を縫いつける、毎晩毎晩。

だが、しかし、そうした日々に飽き始めた。狐の顔が徐々に表舞台にたつことが多くなっていった。彼の抱き心地は悪くはないが、はっきり云ってしまえば、その重い気持ちにうんざりとし始めたのだった。「帰りたい」、「好きだ」。その2つで揺れ動く彼の秤に。無口である彼。最初の方こそ、それが、無愛想な野生の猫を彷彿させ可愛らしと思っていた筈。現に、彼の口から帰りたいと云わせない為に、その躰に自身を穿ち植えつけていった。彼が誰の所有物であるかを判らせる為に。あれほど愛しく思った自身の気持ちさえも、自身のなかで苦く重苦しいものへと代わった。なついてきたら、飽きてしまったなど、彼には絶対に云えない。こんなにも彼を好きになっているくせに、狐の本性はいつ迄もそれを否定する。認めようとしない。

違う、な。飽きたと云い訳にして、彼の本気から逃げ出したいだけなのであろう。向き合いたくないのであろう。自分自身の本気に対しても同様なのであろう。もし、そんな事態になってしまえば、その時、彼だけを嫉妬の檻にがんじがらめにしたくなる、必ずやそうなる。その前に、逃げたいのだ。彼に穢い自身を暴かれる前に。きっと、今以上に彼を傷つける。そして、そうなった彼を見て微笑みさえ浮かべてしまうのだ。

自身には、彼はきっとむかない。こんな男は、彼に相応しくはない。彼には、そう、桑原君のように、なにもかもを包んで愛だけを捧げてくれる、そんな人物の方こそが相応しいのだ。そうすれば、彼の餓えた心は、安らぎを得られるであろう。彼のなかから迷いなどなくなる。今、彼が抱えているであろう不安など、その愛に包まれた瞬間に消え去る。自身のように、可愛さから憎しみを抱く馬鹿な奴ではなく。自身の愛し方は荊だ。愛してくれる者を、縛り、その毒入りの棘で躰を貫く。そして、他の者に興味でも抱こうものなら、嫉妬で怒り狂う暴力的な愛し方しか出来ないであろう。

これ以上彼を傷つけたくはなかった。悩まさせたくはなかったのも本心だった。解放しなくては。手のひらを顔にのせ、自嘲の笑みを隠した。その姿は、愛し方を知らない狐をこそ隠しているかのようであった。

速い方がいい。傷は浅いうちの方がきっといい。

そして、忘れて欲しい。酷い男のことなんて、忘れて幸せになって欲しい。

「ねえ、飛影。今日は外に食事に行こうよ」

無言だったが、小さく頷くのを確認し、内心で笑みを浮かべた。しっかり味わってね、飛影。俺からの最後の“愛”だから。

少しばかり値のはるレストランを予約していた。“3人”分の席を。始めてこのような場所に連れてこられ、辺りをキョロキョロとうかがう彼。人間界には慣れてきたであろうが、こうした場所は知らないであろう。テーブルマナーも知らない彼には、出された料理の食べ方も判らないらしい。オードブルが2人の席に鮮やかに並べられた。クンクンと、皿を持ち上げ匂いを嗅ぐさまが可愛らしいと思った。ナイフとフォークの使い方を教え、不器用そうに動かしながら口に運ぶ。

「美味しい?」

コクン。また、小さく頷く。その顔が紅潮するさまは、おそらく、最後の幸福の時間を意味していた。

こんな幸せの幻はもう終わる。終わらせる。ごめんね、飛影。俺は、もう、これ以上貴方を好きになってはいけないんだ。だから、凍らせる。この気持ちを。

ウェイターが先導し、1人の女性を案内して来た。その顔を見て、飛影の顔色が代わったのが、はっきりと判った。蒼白になった顔で、慌ただしく自身と彼女を交互する彼。覚えていてくれたらしい。彼女のことを。

「やあ、喜多嶋。久しぶり」

「久しぶり南野君。驚いちゃった。まさか南野君から電話もらえるだなんて。あ、ごめんなさい、今は畑中君、だよね」

「フフフ、喜多嶋の呼びやすい方で構わないよ。さあ、座って」

彼の隣の空席が埋まる。数年ぶりに出会う彼女は、随分と大人になっていた。

「ごめん、急に呼び出したりして」

「ううん、大丈夫。・・・、それに、嬉しかった、から。私。でも、携帯、よく判ったね」

「ああ、彼に手伝ってもらったんだ」

その瞬間、宝石のように煌めく赤い目を見開き、自身を凝視する。ありもしないことを云われれば、困惑するであろうが、構わずに続けた。

「彼ね、俺の“友達”。探偵のようになんでもすぐ見つけてくれるんだ、クスクス、内緒だよ」

友達、そう告げた際、彼の表情に深い亀裂が生じたのが判った。心のなかでのみ、何度も謝罪の言葉を口にする。意味をもたないくせに。届く筈はないと判っていながら。

完全に俯いてしまい、彼の横顔がネオンが反射するガラスに淋しそうに、悲しそうに映る。傷ついたようなその顔は美しく自身には映っていた。やはり、自身は救われ難い愚者なのであろう。そんな彼に構わず、他愛ない会話を続けていたが、用意していた起爆スイッチに手をかけた。

「喜多嶋、今、独り身?」

「え!?・・・、う、うん。南野君は」

「フフフ、俺?独り身だよ。でも、こういう始まりは嫌かい」

彼の薄い肩がその時ビクリと揺れた。

「偶然喜多嶋のことを街で見かけてね。笑ってくれてもいいが、その時忘れていた気持ちが溢れてね。知らなかっただろう、俺ね、あの頃喜多嶋のこと好きだったんだよ。云える勇気なんてなかったけど。だけどね、偶然に感謝したんだ。もう1度会いたい、それからはずっとそれに悩まされた。また諦めようとも思ったんだ、だけどね、そのたびに君に会いたくなった」

自身でも感心するほどぺらぺらと嘘がつける。やはり、狐だ。

「・・・、南野君」

「考えてくれないか、俺のこと」

そこで尤もらしく間をおき、最悪のセリフを口にした。

「結婚を見据えて、ね」

喜多嶋にではなく、その隣に座る彼に云い聴かせるように。

息をのむ気配が伝わり、蒼白な顔色はもはや死人に近いそれだった。

「結婚?」

「嫌かい。それとも、誰か思う人がいるのかい」

「・・・。いない、けど」

「けど?」

「私なんかでいいのかな」

「喜多嶋がいいんだ」

ガタッ、と、その時椅子から立ち上がる、彼の瞳に薄い涙の膜を見た。足速に立ち去る後ろ姿に、心のなかで幾度も“好きだよ”、そう呟いた。

部屋に帰り着くと、飼っていたペットはいなくなっていた。その痕跡さえ皆無であった。そして、その日、千年以上生きてきた狐が始めて頬を濡らしたのだった。嗚咽を隠そうともせず。

いつか、いつの日にか彼はまたここに来る。そう、信じている。復讐者として。その時に、「愛している」と、誓う。愛を喪った貴方の心に。喪失させてしまった貴方へと。ねえ、知ってる飛影。凍った気持ちはね、ゆっくりと熟成すると甘く甘く育ってゆくんだよ。それは、不純物などない優しい純真な甘水。狐は素直になれないんだ、だから、赦されるなら時間をください。身も心も凍てつく時間を。だから、自身を憎み続けて。それが貴方が出来うる凍り方なのであろうから。そして、何年、何十年か後にその日が訪れたならば、一緒に喪した心を、凍りで造った気持ちを溶かし抱きしめ温めよう。その時には間違わないから。

だから、今はまだごめん。嘘つきな狐でごめん、ね。










Fin.
2012/3/5
Title By たとえば僕が

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