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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




愛を捧げたイブリース act.5


「・・・。俺が黒龍を使うと、それも予想の範囲内か」

「いいえ。それには本当に驚かされましたよ。さすが、元はA級クラスですね」

「!知っていたのか」

「だって、その邪眼を見れば明らかじゃないか。邪眼を移植すればどうなるか、フフフ」

確かに、邪眼の移植は能力を最下位クラス迄落とす。ある意味においては、生まれ代わりを示していた。だが、そうであると知っている妖怪の方が少ないのが現実だ。何故ならば、その事実を知られることを恐れ、移植した者たちの口が先ずは硬くなる。自分自身が最下位クラスであると教える馬鹿は先ずはいない。その秘密を漏らせば、おのが命を狙われるのは必然。敵に、さあ、殺してくださいと云っているも同様だ。今迄半殺しに留めた奴らに、復讐の機会をも与えかねない。でなければ、欲望のまま躰を求められるか。そういう場所なのだ魔界というところは。日々、血に餓えた者が蔓延る。強き者だけが生きる権利を与えられる。

強くなる為に移植をした訳ではなかった。目的の為に、必要だったがゆえに。だから、鍛え上げた妖力を失うことへの恐怖は少なかった。なくしたものたちへの戒めとして、邪眼がどうしても必要だった。氷河の国と妹。そして、命を閉じて迄己を生んでくれた母からのたたった1つの氷泪石。気にくわない石だった始めは。それを見るたびに、己は要らないのだと云われているようで。堪らなく嫌いだった。見せびらかしていたのも、本当は自分自身がここに確かに存在しているとの氷河の国への未練だったのではないか。簡単に己を棄てた氷女たちに、無意識にその存在を示そうとしていたに過ぎないのではないか。そう、思い始めた。いつしか、その石を見るだけで心が凪いでいった。あれほど強く抱いていた復讐心がかき消えていった。

強さを求め始めたのは、寧ろ、今の方であった。もう、雪菜を救い出した。氷河の国も見つけた。あとは、己の氷泪石のみ。もう1度魔界に行く必要がある。その為には、今のままでは、間違いなく死に直結する。せめて、霊界が定めた基準値のB級クラスになる迄は、人間界で鍛えねばならない。だから、強さを求め始めた。誰の手も借りずに。

飛影の脳裏は、慌ただしく過去を遡行する。

己に邪眼を移植したのは、時雨と名乗る魔界整体師だった。邪眼手術を請け負っている者たちを幾人かリストアップし、そのなかから偶々時雨を選んだに過ぎない。無論、時雨が腕がいいということを予め知った上でのことではあったが。しかし、その他にも邪眼の移植手術を生業にしている妖怪は数多く存在する。そして、それは、手術の契約内容も個々に違うことを指してもいた。だが、別々に見えてもたった1つだけ代わらないことがある。そのなかには、必ず、手術したことを隠そうと意図する契約。研究材料としての監視であることは、疑う余地もない。その反面、自分自身が施した者が強くなればなるほど、自分自身の地位と名声が上がるのだと信じている、ある意味救われ難い者たちといえた。一種の寄生虫だとさえ思っていた。例えば、2回戦で闘ったイチガキのような。

その意味からすれば、飛影は幸運と云えたであろう。邪眼の手術を請け負った者が、時雨という妖怪であったことが。

己は手術の代金とし、雪菜に兄と名乗らないことを要求された。もとよりそのつもりであったから却って好条件であった。ただ、何故奴─時雨─は他人の人生観に関与したいと望むのかは理解出来なかったが。ふと、奴が云っていた言葉が思い出された。「死なれては手術した意味がなかろう」。それは理解出来た。おそらく、他のもとで手術したとて同じように云われていたであろう。だからこそ、剣の教えを乞うことに対し、抵抗は薄かったのだ。そして、関わりなど今この時だけであるだろうとの譲歩からでもあった。もう奴とは会わないであろう、と、この時の飛影は思っていさえいたのだった。

それなのに、この狐はその秘密を知っていた。始めて蔵馬と対峙した際、確かに邪眼を指摘されはしたものの、能力の変化迄は知らないであろうとたかをくくっていた。過去において、目の前の狐が、己のような邪眼の移植をした者と関わりを持っているのではないか、いや、携わっていたことを意味するのではなかろうか。その報酬金額を、なんらかのみちに使っていたのかもしれない。なにせ、この狐は、あの極悪非道で知られた男なのだから。知った上で、そのことに対し今迄なに1つ尋ねて来なかったことが、なに1つとして詮索して来なかったことが、更に飛影を負の方角へと刺激していた。

なにも知らないくせに。どんな思いで1人で生きてきたか、知らないくせに。なのに、なにもかもを見透かしたような蔵馬をこの時始めて憎らしいと思った。それは、あの時裏切られたことの比ではなかった。

「でもね、飛影、駄目ですよ、切り札を先に見せては。次に闘う時に警戒されるし、なにより、この俺に隙を見せてしまった」

「な、に?」

「この大会は、各チームのオーナーの気まぐれでコロコロルールが変更になる。初戦の後の、あの組み合わせも大体読めていました。対戦することとなった、あの魔性使いのオーナーの性格を思えば、無理矢理にでも連戦にするだろうとふんでもいました。だから、その前に貴方に媚薬を呑ませようと思っていたんですよ。どうやって呑ませようかと、色々考えているうちに、貴方自身がその機会を与えてくれた」

「・・・、貴様」

「クスクス」

そこに立っていたのは紛れもなく、あの伝説に語られる妖狐蔵馬であるのだと。残酷であり非道な。そして、計算高い妖狐。

赤々と燃え上がる瞳でもって、蔵馬を見据える。しかし、眼前に佇む蔵馬は、こちらの意図することを理解してか、意味深なほど笑みが深く刻まれてゆく。

「クスクス。そうですよ、今、貴方が思ったことが正解だと思いますよ」

「全部知っていたのか、知った上でのあの闘い方だった訳か!化粧使いの奴にわざと妖力を封じ込ませたのか、それで、あの呪氷使いの奴と闘ったのか!シマネキ草で倒すことも最初から計算してのことか!」

「ええ、そうですよ」

そして、その後は己を抱いてみせた。こんな誰かの目にすぐさま止まるような場所で。シマネキ草を枯らす為に利用され抱かれた。その事実は、思いの外飛影の心を抉る結果を生じていたのだった。最初から計画のなかの一部に過ぎなかったのだ。そう考えれば、船上からの蔵馬のあのねっとりとした視線に納得がゆく。おそらく、あの時には既にこうなることを予期していたのだ。多少の誤差など、蔵馬からしてみれば、修正範囲内であったであろう。憎らしいほどに、それらを成してのけた。

戦闘で、自分自身が窮地にたたされたかのようにみせ、それを利用し、相手を巧くその気にさせた。そんな闘いに、誘導したといってもいい。計算高い蔵馬のことである、相手が次になにを仕掛けてくるかも予想していたのであろう。化粧使いの奴も、凍矢と名乗った呪氷使いの奴も、蔵馬が用意していた舞台上で踊らされていたのだ。その後は試合放棄だった訳だ。あれほど殴られたのも、演出だとでも云いたげであった。

成る程、だから、あの際に笑って見せたのか。こちらに向けてわざとらしく。凍矢が倒されるほんの少し前、蔵馬は確かにこちらに向けて微笑んで見せた。あの時の蔵馬の瞳を思い出され、嫌な汗が背筋に流れ落ちた。翡翠の奥底から垣間見えた金褐色の瞳を。あれは、自分自身の勝利への確信からではなく、今、この時を思い描いてのことだったのだ。

「・・・、何故、だ。一体なんの為にこんな手の込んだことをした」

ただ、己に恥をかかせたいだけか。それとも、ただセックスがしたかったのか。ならば、他の奴だっていい筈である。蔵馬に云い寄ってくる輩は、それほどはいて棄てるほど存在する。現に、この島にやって来てからも、色目を使って蔵馬に接近する女たちを幾人もこの目で見てきた。大会の貢物のゲストとして呼ばれた自分たち。なのに、蔵馬を見る女たちの目は明らかに違っていた。妖怪たちも、人間たちも。あわよくば、そういった色眼鏡を、どいつもこいつもかけていた。そのたびに、訳の判らない気持ちが込み上げ、それが更に不愉快でならなかった。蔵馬は、それを巧くかわしている様子ではあった、だが、残り火のように蔵馬から漂ってくる香水の香りが堪らなく己を苛立たせた。蔵馬からは、時折花の甘い蜜のような香りがした。だが、しかし、それとは明らかに別の香りが気にいらなかった。何故、気にいらないのだろうか。いつも、そこで思考が停止してしまう。

「だって、貴方が悪いんですよ」

「・・・、なん、だと?」

ふざけるな、そう罵倒してもよい場面であった、しかし、突然の責任転嫁に呆然とした表情を浮かべるのがやっとであった。

「ねえ、飛影。いい加減素直になりなよ。俺のことが好きなくせに、いつ迄殻に閉じ籠っているつもり」

蔵馬を見上げているルビーの瞳は、その時、明らかに動揺の色が浮かんでいた。

「す、好き?・・・、馬鹿云え!自惚れも大概にしろ!」

「へえー、そう。じゃ、貴方、誰にでもあんな風に喘ぐの、腰振って誘うの、美味しそうに銜えるの」

それに対して、なにも反論出来なかった。唇を噛みしめた反動で、咥内に鉄の味がした。薬を使われてはいたが、そんなものは云い訳に過ぎないことを誰よりも飛影自身が知っていた。地面の上にある手のひらがかたちを代えてゆく。悔しさから、爪をたてながら拳へとそれは変化して行った。爪の間には、蔵馬が支配する草木と、土が侵食していた。

蔵馬に躰を赦してしまった訳をずっと捜していた。それとは反対に、云い訳を裡に幾つも用意していたのは何故か。答えはこんなにも簡単に目の前にあったのだ。だが飛影は、それを蔵馬本人から教えられたことが、少なからず矜持を傷つけられた気がしてならなかったのであった。その為、素直にそれを受け止めることが叶わなかったのである。

俯いたまま、躰を震わせている飛影を見て、蔵馬がため息を溢した。だが、それ迄見せていた鋭利な刃物の様子は一変していた。柔らかな陽射しにも似た笑みだった。

「ねえ、飛影。なにをそんなに恐れてるの。俺はね、別に貴方の躰が欲しくてこんな手の込んだことしたんじゃない。貴方に気づいて欲しかっただけです。そりゃ、いつ迄も応えてくれない腹いせも多少はあったことは認めます。でも、謝らないよ。こうでもしないと、貴方はいつ迄も自分自身の気持ちを否定的に考えてしまう。今だってそうだ」

──お願い、飛影。1人でなにもかもその細い肩にのせないで。周りを見て飛影。俺の気持ちを判って。貴方に手をさしのべていることを。その手を取って欲しい。この両手は、貴方を支える為に存在しているんですよ。この両足は、貴方と共に歩む為に立っているんですよ。どうか、どうか、それに気づいて。貴方は決して1人じゃないってことを。これからおこるであろう、全てのものを、貴方と伴に感じて生きていきたいのだ、と。

「──ね、飛影」

「・・・、蔵馬」

その時、飛影の躰がフワリと浮いた。大樹から伸びて来た枝が意思を持っているかのように飛影を支え、ゆっくりと、その躰が蔵馬の両腕のなかへとまるで宝物のように丁寧に移された。

「もう1度聴くよ飛影。俺のこと好き」

「・・・、きだ」

それは、蔵馬にしか聴こえない、小さな吐息のようであった。

「フフフ。やっと云ってくれたね飛影。俺も、貴方だけを愛してるよ」

悔しい、憎たらしい。蔵馬にいいように振り回されたことが。そのしたり顔を浮かべる狐の皮を剥ぎ取ってやりたい。なのに、正反対な思いが占めていた。どうしようもなく嬉しかった。蔵馬が己を好いていたということが、どうしようもなく。こんな馬鹿な真似迄して。

でも、素直にそれを口にのせるにはやはり癪にさわる。

「・・・、先に云っておくがな蔵馬」

「なに」

「浮気なんぞしてみろ、倍にして浮気を仕返ししてやるからな!」

宣言と共にパチパチと驚いたかのように、蔵馬の瞼が繰り返し上下した。

なんて可愛らしいことを云うのであろうか。それでは、“独占欲”をあらわしているではないか。そして、本人はそれを気づいてないところが、堪らなく蔵馬をさせていた。

「クスクス、了解。じゃ、俺も云っておきます」

──貴方が浮気したら、“千億倍”にして浮気仕返しします。それも、貴方の目の前で、ね。それとも、その邪眼ごしの方がいいかな?泣きわめいて、赦してって云っても赦してあげないよ。クスクス、それがね、俺流の愛し方なんだよ。覚悟してね、飛影。この俺を焦らしてくれたぶん、ゆっくりとこの俺の本気を判らせてあげますよ。愛され続けて得るであろう地獄のような苦しみも、天国のような喜びも、全部、全部。貴方のその餓えた空洞に愛という名の水を注いであげる。俺だけの愛を捧げてあげる。一生かけて。たっぷりと、ね。それが、一滴、一滴、蓄積されてゆくと、いつか愛の花になるんだよ。










Fin.
2012/2/5
Title By たとえば僕が

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