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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




愛を捧げたイブリース act.4


何度、蔵馬によって抱かれたのであろうか。途中から意識があやふやで、翻弄され続けたように思う。まだ、頭がぼんやりと薄い膜で覆われている感じがした。重たい瞼が徐々にあがる。意識を飛ばしていた時間ははたして数分だったのであろうか、それとも、ほんの僅かな時間だったのであろうか。気づくと、地面に裸で横たわっている己がいた。隣に気配を感じ、覚束ない視線を向けると、蔵馬のズボンの裾と靴が視界へと入ってきた。手足の痺れは未だなくなってはいない様子だった。ピクリ、と、微かに動くのを瞳の端で捉える。だが、しかし、あれほど熱かった躰の熱が、徐々に消えてきている。そこかしこに、蔵馬に抱かれた痕跡がある。躰は羞恥を招くほどベタついて気持ちが悪い。まだ、そこに蔵馬を銜えているかのように感じる。意識は未だ遠くに感じてはいたが、蔵馬の言葉を正確に聴こえてくる余裕が生まれ始めてもいた。

額、頬、最後に唇へと、蔵馬から労るかのように優しく口づけをされる。そして、フワリと躰に己のマントをかけて立ち上がる蔵馬。

「ちょっと待っててね、飛影。“お仕置き”の時間だから」

・・・、お仕置き?

なんのことだ。

次の瞬間、会場側の垣根の方向から、数十人の妖怪たちが空から降ってきた。その妖怪たちはみな幾重にも植物できつく縛られており、囚人のように怯えた顔をしていた。飛影は、薄い靄のかかった脳でその状況を懸命に理解しようとつとめ始める。躰を縛りあげている代物が、植物であると判ると、空から落ちてきたように見えたのは、蔵馬が植物でもって縛りあげ、鞭の反動のように天高く舞い上げた後、地面に叩きつけせたことをうかがえさせた。

突如現れたその妖怪たちの存在に、サッと血の気がひく。ま、まさか、こいつらに今迄のを見られていたのか。忘れていた、いや、薬で頭が可笑しくなっていて場所が外だとは気づかなかった。気づく余裕も、判断力さえもなかった。覚醒し始めた脳裡のなかを、赤い点滅が一挙につく。

こちら側からは蔵馬の背しか見えない。その背に、先ほどの情事の際に、己がつけたであろう爪跡を見出し、沈みかけていた忌々しさが蘇ってきた。

妖怪たちの顔色を見れば、今、蔵馬がどんな表情をしているのか、火を見るより明らかだった。みな、死と隣り合わせたかのように、脅え、震え、恐怖と絶望の顔をしていた。それは、まるで、地獄を守護する死神にでも出会ったかのように。

「さて。覚悟はいいか、貴様ら」

それは、刃よりも鋭く、そして、氷のように冷たい声だった。蔵馬の手のひらには、既に薔薇の鞭が握られていた。佇む姿からは、負の気配と魔界で生まれた者だけが持つ濃い瘴気、そして、死の匂いがした。その魔王にも似た気配を感じとり、妖怪たちだけではなく、飛影も恐怖心が裡に宿る。

その後ろ姿を捉えると共に、違う恐怖が浮かび上がり、戦慄が躰を駆け巡る。知っていたのだ、蔵馬はきっと。こいつらが見ていると承知の上で蔵馬は己を抱いたのだ。そういう奴だ、こいつは。その状況状況において1番美味い餌を見せ、獲物がそれにかかると嬉しそうに微笑さえ浮かべる。虫も殺せないような涼やかな顔をしておきながら、その実、好戦的であり、殺人者の本能を満足させたがる奴なのだ。それはまるで堕天使のように。そう考えると、些か、目の前の妖怪たちに同情してしまいそうになる飛影であった。やはりこいつは、底意地の悪い狐であるのだと、再認識させられる。

とすれば、こいつのこの行動にも必ずや裏がある。ただ、殺戮をしたいが為ではない、きっと。おそらく、今、眼前に脅えている妖怪たちを殺すことは、蔵馬から見れば予定の行動だ。現れた輩が、何人であろうが、何十人であろうが、蔵馬からするばおそらくは大差はないのであろう。

先ほどの情事の数々が、目まぐるしく脳裏を駆け巡る。なんと、云っていた蔵馬は、なんと。思い出せ、思い出すんだ。・・・、『枯らすの協力してね』。ま、まさか、あのシマネキ草も始めから!?

・・・、こいつ、一体どこから計算していたのだ。いつから、今の状態になると見越していたのだ。いつから、計略を練っていたのだ。そして、なんの為に。

情事後の気だるい躰を起こそとする。だが、意思通りに動いてはくれず、結局地面の冷たさを再度確認するに留まった。すると、突然、周りの草がざわめきだつ気配がした。植物たちが急激に成長したかと思うと、器用に飛影の躰に服を1枚、又1枚と綺麗に整えてゆく。どこに隠し持っていたのか、濡れたタオルで躰を拭われ、真新しい下着と衣服が次々と己の肌を隠してゆく。些か唖然としてそれらを見つめた。眼前で数十人の敵を窮地にたたせたこの状況下に、己を気遣うその真意が理解出来ない。余裕のつもりか、面白がっているのか。それとも、その両方なのか。蔵馬の性格を思えば、おそらく双方なのだろう。考えれば考えるほど、苛立たしい気持ちが沸き起こり、内心で幾つもの舌打ちを繰り返す。こうなってくると、あの薬で可笑しくなっていた際に思った好意さえ霞んでくる。だから、嫌いなんだ、こいつは。

こちらの考えていることが伝わったわけでもあるまいに、チラリ、と、謀ったかのようなタイミングで蔵馬は後ろを振り返った。その口元には、あの気にくわない笑みが貼りついていた。再び正面に向き直った蔵馬の表情を、飛影は簡単に推測出来た。あの、氷つくような、冷たい眼差しを。

苛烈であり、鋭い翡翠の瞳が、その妖怪たちを射ぬくように見据えている。その瞬間、声にならぬ悲鳴をあげた者も数人いたようだった。自分たちが、決して見てはならないものを見ていたのだと、この時になって漸く気づき得たのだ。だが、しかし、今更時を遡行することも出来ない。後悔しても、赦しを乞うても無意味であろう。そして、懺悔の涙を流させながら地獄の門を開かせるのだ、必ず。

だが、そのなかの1人は勇敢であった。あるいは、救いようもない愚か者であったかもしれない。

「ま、待て!待ってくれ!そっちが、こんなとこで勝手におっぱじまったんだろうっ!見てただけだぜ!誰にも云わねーよ、誓う!だから、見逃してくれ!」

「ほう、見てただけ、ね。それじゃ尋ねてやるが、その汚く濡れている手と服はどう云い訳をするつもりだ」

「こ、これは!・・・、いいじゃねーかっ!あんなん見せられたら誰だって出すっ!そ、そうだ、どうせならここにいる全員でそいつをまわさねーか?そいつだってあんなによがっていやがったんだ、どうせ淫乱なんだろ!ど、どうだ!?へ、ヘヘッ」

欲望に酔っている浅ましくも賤しい笑みを、その妖怪は口元に浮かべた。守勢が無駄と悟ると、その妖怪は攻勢に転じたのだった。しかし、それは却って蔵馬という名の黒い焔に油を注ぐ行為でしかなかった。

「クククッ。そうか、よほど地獄へといきたいらしいな。見ていただけだと云ったな。ならば、見物料としてあがなってもらおうか、貴様らの汚れた命でな」

次の瞬間には、その妖怪は血を吹き出しながら地面へと崩れ落ちていた。その者は、蔵馬が造り出す地獄絵図の、最初の犠牲者であった。

「ヒィー!た、助けてくれ、命だけは!」

それらの嘆願は、蔵馬には無論聴き入れられることがなかった。1人、又1人と、鋭い鞭の貢物となってゆく。辺り一面が血の海とかす。静まりかえるなか、1人だけが残されていた。その者は極限迄に追いつめられ、目は焦点を失い始め、吹き出す汗で顔ばかりか躰中湿らせていた。

「ま、待ってくれ!お、俺はホントにただ見てただけだ!イってねーし、勃たせてさえねーよ!ほ、ホントだっ、信じてくれっ!」

「クククッ、貴様、馬鹿か。見ていただけ、だと?俺がさっき教えてやったのを聴いてなかったのか。それはな、同罪だ」

最後の1人が、その瞬間絶命した。

長い髪を、風になびかせながら振り返る。そして、目を細め意味深に笑う蔵馬がいた。一滴の返り血もその美しい躰になかった。その表情に渇と怒りで真っ赤に染まる。その気に入らない蔵馬へと、己の愛刀を投げつけた。それは、辺りの空気を切り裂きながら一直線に蔵馬の心臓目掛けていった。しかし、到着点に達する寸前、蔵馬の人差し指と中指に阻まれてしまった。しかも、更に気に入らないことに、それを難なく阻止してのけたのだった。

「クスクス。危ないなあー、物騒なもの投げないでくださいよ。まだ、薬も完全にぬけてないのに、無茶しないの。それとも、一緒に“お仕置き”したかったの」

「ふざけるな!・・・、いつからだ。いつからだ云え!」

やはり、気づいてくれた、か。そうでなくてはつまらない。この日を迎えるにあたり、色々と苦労したかいがあるというものだ。

「クククッ。飛影、もう1つ教えてあげる。闘うにあたり、情報戦略は不可欠ですよ」

「・・・」

「この俺が、なんの準備もなしにこの島に来たと思います?大会の特異なルール、参加するチームの数、オーナーを始めとする各々の内部事情、個々の能力に、試合に出馬するであろう順。調べられうるだけ調べて、頭のなかに入れてあります。情報は命ですよ。相手チームに虚偽を流し互いに猜疑を抱かせれば、内部崩壊を招き不戦勝にだって代えられる」

「フン、あのキチガイ野郎と同じようなことを云う。マニュアル通りの心理作戦は、効果がないんじゃなかったのか」

「クスクス、まあ、感情の副産物である“衝動”迄把握し予想するには限界がありますね、確かに。特に、幽助や桑原君のような相手はその予測は困難だ。云い方を代えれば、だから彼らは強いんですがね」

その蔵馬の言質は、彼らの真っ直ぐさを称賛するものであった。自分自身にはないそれらを、決して真似出来ぬそれらを。だからこそ、闘っていて面白い。彼らの行動、自身の計算、それらが狂う、だが、何故か不愉快な気分がわかない。おそらくは、飛影も、その真摯な姿勢に惹かれて彼らと共に闘う道を選んでいるのであろう、無意識のうちに。

魔界で生きていくには、日々騙しあいだ。自身のように冷酷に、先の先迄読まなければ、いつ裏切られ背中から刺されることにもなりかねない。生きてゆくにはそれなりにずる賢くなくては無理だ。あとは、ひたすら強くなくては。だが、毎日毎日腹の探りあいをしていくうちに、心のどこかが腐蝕していくことに気がづいた。それに疲れたはてた。ゆえに、生まれ育った魔界に見切りをつけた。盗賊団を解散したのも、たいして意味はなかった。人間界にゆけば、自身が望んでいるものが獲られるのかもしれない。この空洞を埋めてくれるなにかに出会えるかもしれない。他者から見れば、愚かな行為であったであろうだが、自ら進んで人間界へと堕ちていった。それは、なかなか現れてはくれなかった。

そして、諦めかけていた頃、貴方に出会った。

見つけた。そう、確信した。彼を手に入れる為ならば、どんなことでもする。卑怯な手段であろうとも。棄てた筈の自身の生き方を再構築するのに、なんの躊躇いもなかった。

彼からすれば、自身の存在は、ただ懐かしさを呼ぶだけだったかもしれない。幽助や桑原君と共にある為の、妥協であったかもしれない。だが、それだけでは満足出来なくなっていった。どんどん欲深くなってゆくのを止められなかった。止めようなどとも思わなかった。躰だけが欲しいんじゃない。彼から同じように思われたい。好きだと云わせたい。自身なくては生きてはゆけないように代えたい。

彼の心の裡に、自身と同じように空洞を見出した時、躰が震えた。その空洞に、自身だけの愛を捧げることを空想し、その愛に満たされた彼を思い、喜びから自慰さえもした。

武術会へと招待されたと知った時、利用出来るかもしれないと思い歓喜した。策謀を否定しておきながら、またそれに染まる。そう思うと自嘲する。しかし、どうしても彼が欲しかった。だからこそ、こうしたのだった。

「でもね飛影、あえて怒りでその衝動を誘発すれば、おのずと行動も制限される。玉砕覚悟で挑んでくるか、自らの力を過信し自滅するか。そのどちらかですよ。現に、その馬鹿は幽助によって倒された。ついでにつけ加えるとすれば、奴はその双方で自らを窮鼠たらしめたけどね」

「・・・。さっき、チームの内部事情もと云ったな?個々の能力も、出てくるであろう順番も」

チームの内情を知るのは、そう難しいことではなかった。馬鹿なオーナーたちが、如何に自分たちのチームが優秀であるか騒ぎ立てていた。声高に。ゆえに、そのオーナーさえマークしていれば自然と情報は手に入った。あれでは、顔を隠して登場させたところで無意味だ。まあ、戸愚呂チームに勝つには、今のままの戦力では無理だが、後数日ある。どうとでもなる。蔵馬にはその自信があった。決して、それを表には出しはしなかったが。

「ええ、そうです」










2012/2/5

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