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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




愛を捧げたイブリース act.1


暗黒武術会へと赴く船の際から、蔵馬の視線が己を酷く苛立たせた。船上で、下等な妖怪をその鞭でなぎはらいながら、時折謀ったかのように視線が交錯する。あれは、獲物を見据えた狩人の目だ。ねっとりとし、そして、ギラギラとした。そのくせ、その瞳と交わると、フッと柔らかい微笑に変化する。その狐の色気を孕んだ妖艶な微笑みは、更に怒りの沸騰点を高めた。

ホテルへと案内され、蔵馬と同室であると知ると、身構えるなというほうが無理な話しである。そうでなくとも、ここのところ互いに修行に明け暮れていて顔を見るどころか、まともに自慰さえしていない。タマっているのは確かだが、戦闘が始まれば、躰に渦巻く熱い熱は己はそちらで解放出来る。が、しかし、蔵馬は少し違っていた。奴も妖怪だ、確かに血を見れば興奮はするらしい。いつだったか、頭から足の爪先迄血でべっとりとした姿で己の前に現れた。そのまま押し切られるかたちで抱かれたこともある。だが、それは可愛い方だった。蔵馬が最も興奮するのは、自分自身に血を浴びることではなく、他者が血を浴び悶え苦しむ姿。それも、自分自身で幾重にも策を巡らし、そこに堕ちた獣を堪能するのだ。そういったところが嫌いだった。欲望のままにするのではなく、それさえも計略を用いて相手を翻弄する。それに振り回される己にも。だのに、何故か奴らしいと納得してしまう。蔵馬に振り回されるのも悪くないとさえ思っている己の方こそが、どこか可笑しいのかもしれない。

その晩、早々に仕掛けてくると思いこみ、結果として一睡も眠れぬじまい。鬱々とした気持ちのまま初戦を闘うはめになった。別に、蔵馬と情事を交わすことが嫌いなわけではない。妖狐の際、色事師と謳われていただけあり、その快楽にあっさり堕ちてしまった己が少しばかり歯がゆいだけ。ましてや、蔵馬を好いて閨を共にしているわけではない。

そうは思うものの、蔵馬の傍らは酷く安心する。幽助や潰れ顔と一緒にいる際にはこの気持ちは湧かない。最初の頃は、ただ奴が同じ妖怪であるからだと思っていた。魔界の匂い、空気、懐かしさ、それが蔵馬に躰を赦してしまった要因なのだ、と。が、しかし、ある時、幽助や潰れ顔とそうしたことを想像し悪寒を覚えた。昔の盗賊仲間、対峙した数々の妖怪を脳裏に思い描き、吐き気を催した。そのたびに、蔵馬の顔が浮かび上がり、その不愉快の原因の輩と交代する。そして、そのつど、安堵するのだった。何故だ。そう、突き詰めると、奴に囚われている己が闇のなかでおり、また忌々しくさせる。好きじゃない。そんな感情は己には不必要だ。魔界で暮らしていた頃は、そんな甘い感情など一笑にふしてきた。そういった奴らを見下してもいた。愛だ恋だと、馬鹿馬鹿しい。

おそらく、飛影は自身で気づいてはいないのであろう。そのような心の枷が、母、氷菜に通じているのだ、と。母である氷菜の行為を侮蔑し否定しつつも、心のどこかで、そのような者があらわれるのを待っていたのかもしれなかった。それが、蔵馬であるのだと、未だ気づくことが出来ずにいたのだった。

だのに、奴の傍らが1番心が凪ぐ。でも、気に入らない奴。いつも、この矛盾。それとも、心の片隅でこの思いを認めたくはないのであろうか。そんな馬鹿な。第1、蔵馬とて己をそういった風には見てはいない筈だ。互いに都合がいい時に情を交える。その程度に過ぎない。それとも、己は蔵馬からなにかを期待しているのだろうか。

判らない、・・・





少しばかり無茶をした。妖力は万全であるとの自信が、結果として、未だ未熟であることを思い知らされた。昔の力が今己にあったらなば。

疼くような痛みに堪え、森のなかを歩く。すると、いつものように気配を殺して近づく蔵馬に出会った。後をつけられていたことにも気づかないとは。それだけならばまだしも、右腕のことに感ずかれていることに、舌打ちしか返せない。この瞳だ。なにもかもを見透かしている翡翠、そして、更に闇の奥を覗かせる金褐色の色合い。同じ瞳の筈なのに、己の邪眼よりも更に更に奥底迄見つめられるような錯覚に陥るのだ。そして、微かに込み上げてくる熱い塊。それを、他人は欲望と位置づけするのであろうか。それとも、別のなにかであろうか。

その時新たな敵が2匹。足止めのつもりだったのだろうが、そいつらはあまりにも力が弱かった。面倒ではあったが、捕らえられていた人間を助けた。昔の己が今のこの己を見ていたら、はたしてなんと云うのであろうか。赤の他人を助けるなど。これも、蔵馬が代えた。蔵馬と出会って、同じ時を歩むうちにどんどん己は代えられてゆく。幽助たちと闘う楽しさも、こんな人間臭さも。蔵馬から全て教えられた。それに染まってゆく己を、何故止めようなどと思わないのであろうか。蔵馬の傍らにいると苛立つくせに、同じように安心してしまうからなのだろうか。

手早くその人間に対し処置を行う蔵馬の姿をぼーっと見ていた。顔もさることながら、美しく流れる漆黒の長い髪、奴の指先、爪迄、美の神に計算されて生まれ落ちたかのように美しい。

「クスクス」

不意に、蔵馬は唇の端を僅かに吊り上げながら己を見返した。

「?」

「そんなに見つめないでよ。それともなに、俺のこと欲しいの」

「な!」

ニヤニヤとしたその顔が、情事の際に見せる蔵馬の淫靡な表情と重なる。

「フフフ、最近ご無沙汰だもんね、貴方がしたいんならいつでもお相手するよ。どう?今から。どうせ、2回戦遅刻だし、後少し遅れても大差ないし」

「するか!」

「残念」

いつもこうだ。言葉で翻弄し楽しげに笑う。

「はい、これは貴方の分」

突如、目の前に出された異様な色の飲み物に訝しい表情を返す。

「その右腕のまま闘うつもり」

その言葉で、奴なりに心配して薬草を出したことがうかがえたが素直に呑むには些か矜持が邪魔をした。

「ほら、速く呑む。使い物にならなくなっても知らないよ」

無理矢理手のひらに移されてしまっては呑むしかみちは残ってはおらず、渋々ながらもそれを唇へと運ぶことにした。

「・・・、グッ!な、なんだ、この不味さは」

「鎮静剤と化膿どめ抗生剤も、後は少しリラックスする薬草も、ね」

「リラックスだと」

「貴方、マタってるみたいだから」

「ふざけるな!」

「クスクス、怒らない怒らない。大丈夫ですよ、効き目は抜群ですから、ね」

その時、飛影は気づき得なかった。穏やかに浮かべている微笑の本当の意味を。





下らぬ策略で、己と覆面が欠場するはめになってしまった。結界内で黙って見ていることしか出来ないことが歯がゆくて堪らない。

蔵馬の闘い方は、いつも己を苛立たせるものだった。先に相手の出方を見極めてから戦闘に入るスタイルが気に入らない。幽助や潰れ顔のスタイルの方がよほどいい。馬鹿がつくほど真っ直ぐで。逆説的に云えば、2人の戦闘は奇妙な安心感を持って見ていることが出来た。勝敗さえも、そうか、この2人だから、と、1言で何故か片づいてしまう。だが蔵馬は違う。なにを考えて闘っているのか、その最中であろうともうかがえ知れない。先鋒として出て来た奴とて、本来ならば楽に倒せる相手の筈だ。なのに、冷静にことを進めようとするのだ、何事においても。それが、逆に隙を相手に見せているのだと何故気づかない。周りの者に、苛立ちを募らせさせているのだと何故判らない。己と全く逆の闘い方をする蔵馬。決して、心配しているわけではない。蔵馬は強い。善い意味においても悪い意味においても。ふと、八つ手を思い出した。蔵馬と始めて共に倒した相手。そうだった。あの際にも、隙をわざと見せていた。そして、敵にその隙にあえて乗せ、切り札を思いもしないところから出すのだ。その際感じた恐怖をも思い出していた。奥の手を幾重にも隠し持っている、そして、決して見せないのだ。それこそが、蔵馬の強さをあらわしているのだった。大丈夫だ、奴が早々倒される筈がない。

睨みつけるようにその蔵馬の戦闘を見ていた。だが、予想していたよりも、相手は蔵馬を窮地に立たせた。あの、馬鹿が。妖力を封じ込まれれば、次の闘いなど勝てる見込みは零だ。鉛のようになった手足では、避けるのも厄介だ。しかし、窮地に追い込まれたと思われる蔵馬の唇がその時、薄気味悪く吊り上げられたのだった。それには、幽助や覆面は気づいてはいない様子だった。ほんの僅かだった。見過ごしてしまうほど些細な微笑。見る者を恐怖の渦に落としてしまう、美しくも妖しい黒い微笑みを。あれは、自分自身の勝利を確信している瞳だ。どうやって闘うつもりだ。次鋒で登場した凍矢は、先ほどの奴よりもはるかに妖怪としての器が違う。いくら蔵馬でも。案の定、苦戦を強いられている蔵馬に向け、飛影は内心で幾つもの舌打ちを繰り返していた。暗い不安が、飛影の心を捉え始めていた。

刹那、蔵馬と飛影の視線が交錯した。翡翠の瞳から放たれる云い知れぬ覇気に、薄く微笑みを浮かべるそれに気圧される。その瞳に躰に戦慄が走った。それと時をほぼ同じく、凍矢の躰が崩れ落ちた。

・・・、シマネキ草を胎内で。

だが、それと共に蔵馬のあのしなやかな腕が重力の忠実な僕となった。瞬間、幽助の悲鳴が辺り一面を圧していた。

幽助の怒りは飛影にも反映していた。殴られ続ける蔵馬の姿。ギリッ、と、奥歯を噛む音、それと共に痛む右腕をあげていた。黒龍にこの腕をくれてやる、躰ごと炎に喰われてもかまうものか。だが、一瞬、飛影の心に違和感が走った。何故、蔵馬を助けたいなどと思うのであろうか、と。

会場中が一触即発に包まれた。その後、嘘のように静まりかえる。蔵馬の無惨な姿をそっと見つめ返した。大丈夫、だ。奴からは妖力は失われてはいない。大丈夫だ。蔵馬が簡単に死ぬ訳がない。幽助の闘いを見つめながら、頭のなかはずっとそのことに支配されていた。

躰の異変に気づき始めたのは、幽助がこちら側のフェンスに吹っ飛ばされた際だった。

・・・、可笑しい。

腕の痛みが和らいだと共に、変な熱が躰を支配し始めた。なんだ?自分自身の躰なのにいうことが効かない。闘ってもいないのに息があがる。頭の芯がクラクラする。平静を装い幽助と会話をしながらも、徐々に躰が可笑しくなってゆくのがはっきりと判る。

知っている。この感覚。下半身に重い熱が集中するこの感じ。イキたくてイキたくて堪らない。叶うことならば、今すぐにでもここで自慰をしてこの熱を吐き出したい。もう、半分以上勃起してしまっている。速くこの熱を吐き出したい。いや、もっと淫らなことをしたい。蔵馬のあの硬い楔で、・・・

ま、まさか!?

蔵馬の方に疑惑の視線を向ける。すると、そこにはひっそりと意味深に笑う蔵馬がいた。それらは、負傷者の顔つきではなかった。その姿を瞳で捉えると共に、あることが判った。

あの人間を助けた際の洞窟、あの時に手渡された薬草。あれには、催淫剤が入っていたのだ。幾つかの催淫剤は魔界ではポピュラーな薬草だ。欲にまみれた妖怪たちが、女を従わせるのにひろく使用されている。無論、男にも同種の危機がある。魔界では当然だ。強さだけではない、狡く穢くては生きてはいけない。だからこそ、大抵の妖怪はそれらに耐性をつける為にあえて催淫剤を呑むのだ。無論、より強力な催淫剤、又は、耐性のない催淫剤を使われてしまえばおしまいだが。己とて、魔界で生き延びる為に幾種類か呑み、耐性をつけた。そのような危機に遭遇したならば、その相手の息の根を絶って生き延びて来た。その独特な匂いも充分に知っている。だからこそ、それと気づかれぬようわざと苦い鎮静剤を入れて呑ませた。迂闊だった。蔵馬のことだ、己に少なからず耐性があると判っていたのであろう。間違いなく、強力な催淫剤に違いない。それに、奴は植物のクエスト。簡単にそれらを魔界から呼び寄せることも出来るし、自ら造り出すことも可能なのだ。

苦虫を噛み殺し、鋭い眼差しを蔵馬に向けた。すると、蔵馬の唇だけが動くのが見てとれた。

『ね、効き目抜群でしょう』










2012/2/5

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