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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




meaning of tears act.1


どうしても、“それ”を手に入れたかった。この世にたった1つの至宝と迄云われる宝石を。

彼が氷女の息子、所謂忌み子と知り、眠っていた盗賊の本能が荒々しく息を吹き返した。これ迄18年という年月培ってきた人間の情は、その欲の前では諸刃の剣とかしていた。人間の持つ偽善、自己犠牲の精神の薄い衣など、所詮は自身の本体である妖狐が持つ、冷酷であり非情な心を隠している皮膚でしかない。その皮をはげば、血を欲し、宝を欲し、他人を支配したい欲望が坩堝の如く存在する。彼から獲られるであろうそれを思惟に念じるだけで、高揚し、興奮し、全身の血液が熱いマグマのように駆け巡る。心地よい戦慄さえ感じる。それを前にし、おそらくは興奮し勃起さえするであろう。どんなにか“それ”は美しいかろう。

貴方の氷泪石は、・・・

忌み子──

数千年に1人生き残れば奇跡だと云われるほど、彼の生命そのものは貴重価値を有していた。魔界にあって数々の種族。そのなかにあって、氷女が禁忌を犯し生み出した妖怪はぐんをぬいていた。他の希少な種族を圧倒さえしていた。ただ欲望のまま涙を欲し、氷女を凌辱し、その結果生まれる男児が大多数を占めていた。そこには、一片の情けはない。愛情などは論外である。しかし、時として、自ら禁忌を犯す氷女も実際の例にある。だが、何れにしろ、生まれた男児は同胞と認められず、同じ血を、例え半分といえどもひくがゆえに、いや、だからこそなのだろう、その地の者たちは忌み子と称し嫌悪し侮蔑し憎悪する。忌み子が流す氷泪石の価値を、氷女たちが知らぬ筈はない。だが、その至宝への禁忌に手を伸ばす者はかの地にはいない。同じであると認めたくはない心情が働いてのことか、それとも、ただ、なにかを恐れてのことか。とにもかくにも、生まれた男児は皆、同胞たる氷女たちの手によって処断されることが多い。自分自身の国を守る為ではなく、自分自身の命をこそ守らんが為に。それゆえ、大抵は氷河の極寒の地で死を迎える。凍てつく氷女たちは、凍てついた心のまま忌み子を餓死させる。無惨な遺骸となった忌み子は、その後、跡形もなくなる。噂では、亡骸を氷づけにした後粉々にするらしい。空に浮かぶ城から、容赦も慈悲もなく棄てられるケースも多いと聴く。だが、よほどの生命力、そして、運命の強靭さ、あるいは運命の気まぐれがなければ、その後は火をみるより明らかである。赤子の血肉を好む妖怪に食べられるか、赤子を凌辱することを最高の価値としている妖怪によってぼろ雑巾のようにされるか。待っている残りの人生は、完全な死か、自ら進んで鬼となることしかないのであろう。飛影は後者になった。だが、後者になりながら、双子の妹に愛情を持つ2つの顔を有しながら生きぬいてきた。氷女が産む確率から云えば双子という実例も珍しい。だが、蔵馬には飛影のその大切な片割れである“雪菜”もその他大勢の氷女とたいしてその意味するところは代わらない。何故ならば、その涙が他の氷女と全く同種であったからである。

だが、伝説上にある忌み子の涙の至宝。その輝き、最大の禁忌から生まれ、それゆえにその者が流す氷泪石は高貴に、また、気品に満ちているのだと聴く。どんな豪華で華麗な宝石も、その氷泪石一粒には遠く及ばない。1度でも手にすれば、その者に最大のなにかを与えてくれる。それは、失われつつある盗賊としての名声なのか、はたまた別のものなのかは蔵馬には判らない。だが、長く盗賊家業をしてきた者であれば、1度はお目にかかりたいと望むであろう。蔵馬も、その点では愚かな妖怪の列に名を列ねていたといえた。欲望を満たしたい、という浅はかな意味で。そして、後々迄後悔することになることも、この時気づかなかったのであった。

かつて、彼はその陳腐な涙と妹を救わんが為に、下餞な人間のもとへと行ったらしい。そんな境遇を得てしまった飛影も憐れではある、確かに同情も微かに抱いた。だが、蔵馬は飛影よりその人間をより以上に蔑んだのである。たかが、いち氷女が流す氷泪石の一粒や二粒の為だけに、おのが労力を使うなど馬鹿げている。それをもとでに、莫大な財を得ようなどと愚の骨頂だ。おまけに、最後は無惨な死をとげている救い難い低能。氷泪石は人間界、魔界、はては霊界においても確かに貴重かつ、美しい宝石の1つとして知られていた。人間界では一粒が億単位で取り引きされている。だが、そんな宝石は魔界内を捜索すれば、容易に知れる。それだけをコレクションにしている妖怪とて数多存在する。それを売買する妖怪の数も数え出したらきりがない。確かに魔界であっても、裏ルートでしか手に入り難い一面はあるが、蔵馬にはその程度の価値観しか、氷女の涙をみてはいなかったのである。しかし、魔界のなかにあってお伽噺に語られるほどの忌み子の涙。その価値こそ、貴重なものはない。

どうしても欲しかった。どうしても手に入れたかった。どうしてもこの瞳で見たかった。彼と知り合い、彼が忌み子と知り、目には見えない嵐の欲望が歓喜となって蔵馬の裡を占めた。それを獲て自身は始めて大妖怪になれるであろう、と。

蔵馬は飛影のその存在意義を“資料”として扱った。そこには、棄てきれずにいる、あるいは、魔界に置き忘れた野心家の目をしていたのだった。だが、この時は気づき得なかった。彼の涙を見る痛みを、そして、その後に待ち受けている自責の念。誰が最も愚かで、悲しい生き物であったか。無くして始めて知ることになると知らずに、ただ、蔵馬は“それ”を欲していた。

飛影自身を永遠に失ってしまうことも判らずに、・・・

彼はそう易々とは涙を見せてはくれない。なにせ、あの矜持の高さだ。だが、だからこそ流させたいのだ。あの鋭く緋色に輝く瞳が潤み、見せる宝石はどんなにか美しいであろう。日々、貪欲な黒い塊が増幅する。彼が泣く姿を脳裡に描き自慰さえした。想像しただけで、躰の血が沸騰し歓喜に沸き立つのだった。

邪眼をその額に埋めた際にも、一粒も流さなかったと時雨本人から確認している。「所詮はお伽噺だ。そんな物は実在しないであろうよ」時雨はもしかすると、蔵馬の成そうとしていることへの懸念から云ったのか、はたまた、飛影への同情心がそんなセリフを吐かせたのか、いささか不透明であった。そして、その言葉も蔵馬には意味を成さなかったのである。いや、この時既に、時は手遅れとなってさえいたのである。

躰への痛みなどでは駄目だ。彼はそれらを簡単に受容してしまうだろう。強さを求める結果として。薬なども同類であろう。では、どうする。どうすれば彼は泣くであろうか。蔵馬は思案の末、1つ答えを脳裡に出し、その精端な口元に妖しくも美しい微笑を浮かべたのだった。しかし、その微笑は見る者には、死神や悪魔を連想させたに違いない。氷女よりはるかに凍てつく瞳であり、背筋が凍りつくような美しい微笑であった。

手始めに彼に愛を囁いた。好きですよ、と、その手を握りキスを落としつつ、おのが膝を地に屈してみせた。これ迄、数々の虚構を演じてきたが、これは、人生最大のものであった。矜持など、至宝の前では無意味な建前にしかならない。

至宝を手に入れる為ならば、嘘の愛を囁くことになんの感傷も罪悪感さえもわいてはこなかった。飛影の瞳からただ、一粒が欲しい。

これでいい。愛情に餓えた彼は、おそらく堕ちるに違いない。無惨に国から追放されたにも関わらず、飛影は国に対し、亡くした母に対し、そして、血をわけた妹に対し、愛情を抱いている。それとも、未練か。だが、どちらにしろ、蔵馬には意味を成さない。妖怪でありながら、他人に愛情を抱くなど愚か者のすることだ。これ迄、秀一として人間から受けてきた愛情は、蔵馬の冷酷な顔に、薄い仮面しか施していなかった。あるいは、それらを利用する材料としてみてきたのかもしれなかった。

少しずつ少しずつ、彼の心に薔薇の毒が回るのを、蔵馬は確信をこめ眺め続けた。仲間から相棒、そして、いつしか薔薇の毒は鋭利な棘となり彼の心を射止めるに成功した。瞬間、蔵馬は微笑んだ。それは、飛影の心を完全に捉えた勝利の美酒を意味していた。そして、飛影はそれを知らなかった。知らなかったがゆえに、真剣に蔵馬という妖怪を愛していた。始めて、自分自身が必要とされ必要とし、他人から愛情をうけ与える喜びに満々てさえいた。おそらくは、この時が、飛影の人生のなかで最も幸福な一時であったに違いない。例え、蔵馬によって造られた虚像であったとしても。

何度も躰を合わせた。何度となく交わった。幾度も自身の分身を彼の胎内に穿った。思いの外、飛影の抱き心地は悪くはなかったが、薄く赤い瞳にまくははれど、それは形となってシーツに落ちることはなかった。飛影を腕に抱きながら、まだか、と、焦りと苛立ちとが充満していた。

彼の柔和な笑みが、しだいしだいに疎ましく思うようになった。そんな甘い表情で自身を見返すたびに、舌打ちが裡に蔓延る。そうなるように仕向けたのは他の誰でもない己自身ではあるが、真に望んだのは貴方の心じゃない。そんな顔はヘドが出る。ゾッとする。その顔に唾をはきたいとさえ思う。そんなものは自身には要らないのだ、必要ですらない。さっさとその瞳から至宝を流せ、と、いつしか飛影と顔を会わせるたびに念じていた、呪詛のように。

そうだ。ある日、そのことを思いついたことにホッとする。そして、何故か笑い声が止まらなかった。

「フッ、アハハ!」

あるいは、蔵馬は気づいていたのかもしれない。そうすることにより、なにか大切なものが失われることを。理性ではなく、本能によって。高々と笑い声をあげる声には、明らかになにかが余分でありなにかが欠如していた。










2012/1/11

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