- Awake Main - | ナノ




The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




白い闇 act.1


魔界でのパトロールに飽きると、人間界へと訪れることは飛影にとっては日常の延長であった。しかし、この日が日常の終わりの鐘を鳴らしていたとは、まだ知らずにいたのだった。

トン、と、軽快に蔵馬のマンションのベランダへと下りたった。人間臭い蔵馬の顔を拝むのも、然したる意味は飛影にはない。別段居心地がよいとか、といえばそんなこともない。人間界に滞在中の“雪菜”の側にいる為には、そこしか場所がなかったに過ぎない。飛影にとって、蔵馬という妖怪は、その程度の価値しかなかったのである。

無論、蔵馬は違ていた。

「やあ。いらっしゃい飛影」

窓を開け、土足のまま室内に入る。それを咎める風ではなく、爽やかな笑顔でもって迎え入れる蔵馬。久々の逢瀬、に心踊る蔵馬であったが、それとは対称的に開口一番。

「ミルクティー」

「はいはい。甘く、ね」

常のことであるかのように、蔵馬はキッチンへと移動する。立ち込める紅茶の芳醇な匂いに安堵する。魔界では味わうことが出来ない、穏やかで安らぐ雰囲気と香り。ゆえに、飛影はその時の蔵馬の表情を見過ごした。ほんの一瞬、蔵馬の瞳の奥に不自然な狂気が宿ったことに。

「おまたせ」

テーブルに温かなミルクティー。角砂糖3個入りの甘く仄かな優しい香りが室内を心地よく満たす。蔵馬はブラックコーヒーを。ソーサーからカップを取り上げ、自身の唇を飛影からは視覚になるよう隠す。飛影がそれを口へと運ぶのをそっと窺う。一口、二口。飛影の喉が機械的に動くさまを見守る。完全に胃へと流れ落ちたことを確認した後、蔵馬は優雅な仕種でもって、自身のカップをソーサーへと戻す。そこには、先ほどなかったものが存在していた。それとも、胎内に潜んでいたものが目覚めたとでもいうか。それは、誰にも止める方法がなかったことだけは確かであった。

「ねえ、飛影」

「なんだ」

「1度聴いてみたかったんですが。男にセックスを強要されたらどうします?」

「斬る」

あまりにも彼らしく正直な言葉に、ほんの一瞬蔵馬は口元を綻ばせた。

「じゃ、女から迫られたら?」

「同じだ」

「クスクス」

手を口元に運び、可笑しそうに笑う。そんな様子に小馬鹿にされたと感じ、舌打ちの後逆に問う。

「なにが可笑しい。大体、そういう貴様はどうなんだ。人に聴くばかりで、ええ?」

女ばかりか、男にだってその手の相手には事欠かない。云い寄る輩は、星の数より膨大であろう。容姿、頭脳に名声。何れも他者より遥かに抜きん出ている。飛影はそれらに妬んだりはしないものの、そういった感性に疎いといえた。何故、容姿ごときで惹かれるのか、甚だ疑問であった。外見など、人間、妖怪に限らず、その個体の表面を飾る一枚の絵ではないか。それが、個々に違うに過ぎない。

「俺ですか?」

殺したりなどしない。貴方のように優しくは。そうした輩は死を望んだ方が“マシ”だと思わせる方法でもっていたぶる。何百年も、何千年も。死を前にして、己の過ちに気づき得たとしても、そのままでは放置はしない。ましてや、赦すなど論外である。当然だ、この身に触れようだなんて、おこがましいにもほどがある。

「・・・で?」

「最終的にはその朽ち果てた姿のままホルマリン漬けにしています。今度見るかい。色々いますよ。そうだな、今のところ1番古い奴で1800年ものかな。ご希望ならそれ専用にした場所に案内しますよ?クククッ」

聴き終えて、飛影はゾッと冷たいものが背を駆け抜けた。以前も思ったことではあるが、己に危害を与えようとする輩に対するその冷酷な態度に。その上、未だもって赦すことさえない、その執着性に自身とはかけ離れた冷酷を感じとり、出てもいない汗を拭いたくなる思いを味わったのである。

「必要ない」

「寛大なんだね。意外だな」

「・・・」

「じゃ、どうしてるの、普段は。自分でヌイてるの?」

何故、性のことまで話さななければならないのか、飛影は渇となり怒りに任せてその場を立ち去ろうと試みた。が、ソファーから立ち上がった際、経験したことのない目眩が急激に襲い叶わなかった。崩れるようにソファーに倒れこんだのだった。

まさか、飲み物に?

テーブルに鎮座しているカップに視線を移動すると、ちょうど立ち上がりかけた蔵馬の膝から下の足が見えた。蔵馬は言い様のない笑みを口元に刻み、悠然と飛影を見下ろしていた。その姿は、どこか常軌を逸脱していた。

「なにを入れた!貴様!」

「溜まってるんでしょう、だから、俺がヌイてあげますよ、飛影」

「ふざけるな!」

「ええ。ふざけてなんかいません。至極真面目に云ってます」

蔵馬の形のよい唇が、陰影に微笑み返す。立ちこめる妖気からは、禍々しいものが充満していた。

危険だ。逃げなくては。ジリジリ、と逃げをうつが、思うように躰が動かない。まるで、金縛りにでもあったかのように。躰が鉛と化していた。

覆い被さって来た蔵馬。僅かに動く手足でもって、抵抗はするものの、その悉くをいなされた。手首を高々と捻り上げられ1つにされる。馬乗りになった蔵馬に鋭い一瞥を返すも、その当事者は意に介す様子さえない。

「離せ!」

「冗談」

器用に服を脱がされ、身に着けているのは下のみになった。それも窮屈そうに変化を遂げていた。それを眺める蔵馬の瞳には、飢えた獣のそれが確かに存在していたのだった。嬲るように上下する視線に、羞恥で身を捩る。ねっとり、としたその視線に、飛影は知らず知らずに戦く。

いつ出したのか、蔵馬を表す鞭がきつく手首を縛り上げていた。

「いい眺め」

「今なら冗談にしてやる。だから、これを外せ!」

「フフフ」

「なにが可笑しい!」

「貴方。きちんと立場判ってますか?」

狂気を孕んだ翡翠の瞳が、ゆっくりと飛影に近づく。ひやり、と、その瞳と交差した際、捕まったと思ったのだった。美し過ぎる堕天使に。

「呑んだ薬ね、1度でも口にすると、忽ち病みつきになる。薬なしじゃ貴方はこれから生きられない。勿論、解毒剤はない」

蔵馬の口角が、薄気味悪くつり上がる様を、飛影は全身の血の気が引く思いでもって眺めやる。その深紅の瞳に映ったのは、自身が知る蔵馬ではなかった。

「どこから、代えて欲しい、飛影?最後の慈悲で、貴方のご希望の場所から躰を代えてあげますよ。フフフ」

もはや、飛影には贖う術が皆無であった。ここ迄蔵馬を追いつめたのは、他ならぬ飛影であった、と、苦い後悔が込み上げる。が、しかし、全てが後の祭りでしかない。蔵馬の裡にある思いを知っていた。しかし、気づかぬふりをし続けた。思いを拒み続け。蔵馬の愛の呟きに、耳を塞ぎ続けた結果である。これが。

観念したかのように、飛影は瞼を閉じたのだった。瞼の裏に思い出されるのは、かつての心優しい蔵馬の笑みであった。

「・・・好きにしろ」

彼のその姿を目にし、一瞬、蔵馬の表情が曇った。迷いが僅かながらあった、それは、証拠であった。

暴挙に出たことを、本当は留めて欲しかった。抵抗して欲しかった、いつものように。だのに、貴方は叱りもしない、詰りもしない、責めもしない。今を受けとめる意思が、信じられなかった。

そう、だから、狂った。貴方が裡なる悪魔を呼んだ。そして、自身はそれに従った。貴方の心が手に入らぬのらば、せめて、躰だけ。躰だけを愛してあげる。永遠に。

堕ちよう、どこまでも。堕としてあげる、この俺が。黒い闇に。それとも、闇の世界は白いものであろうか。それを確かめるのも悪くない。だって、貴方がいるから。貴方を道連れにして、この身が朽ち果てても、ずっと。

もう、貴方を離さない。

手に触れた貴方の肌は、美しい。白く、どこまでも。ああ、飛影ごめね。貴方を愛してしまったことに。

2人の涙が闇に溶けて行く・・・










Fin.
2011/6/2
Title By HOMESWEETHOME

prev | next





QLOOKアクセス解析
AX



- ナノ -