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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




ラブ・パラドックス act.1


「相変わらずモテるな、南野」

放課後の黄昏時、ここ屋上での見慣れた光景に海藤は本を捲りながら呟いた。もっとも、この男は屋上だけにとどまらず、校舎の裏庭や体育倉庫裏、その他あらゆる校内の告白スポットを網羅しているのだが。そして、誰1人として、この頭脳明晰にして容姿端麗な男に首を縦にふらせられずにいる。

「なんだ、いたのか」

「断っておくが、俺が先客」

まあどうせ、この聡い男は最初から自分がいたことなどお見通しなのだろうが。と、無益と判りつつ内心でもって続けた。

「読書の邪魔して悪かったな」

たった今、校内でも指折りの美少女を淡々と袖にしておきながら悪びれた様子もない。

「1つ、訊ねていいか」

相変わらず視線は本に向けたまま、海藤は目の前に来た秀麗な男に訊ねた。

「なんだ」

「いつも断るのは、自分自身がこちら─人間界─の住人じゃない引け目か」

「フッ、まさか。俺がそんな殊勝にみえるか」

「・・・、いや」

海藤のなかに、あの奇妙な建物内部での、魂のやり取りで対峙した際の南野のあの顔が浮かび上がり、否定の言葉を紡がせた。あの時、冷静の仮面を被ってはいたものの、それは努力してのことだった。なにもかもを見透かす鋭い翡翠の瞳、容赦の欠片も見当たらなかった表情。テリトリーを持ってしまったが為に、霊力がいやが上にあがってしまった。ゆえに感じた、禍々しくもあり毒々しい妖気。そして、始めて恐怖というものがなんであるか骨身にしみる思いだったことを思い出す。

目の前で対峙している男が、異端異形の妖怪であるのだと、そう、改めて確信した。無論、だからとて偏見のフィルターを海藤はかけなかったが。寧ろ、敬服や尊敬の思いが海藤の心に浮上してさえいた。師範からある程度話しは聴いていたが、長い年月を生きたであろう強者の妖怪が、このなにかと狭い人間界で暮らしてきた、その苦痛や苦悩はいかばかりであっただろうか、と。人間より欲望に忠実だと聴いていた妖怪。だが、この男はそれらを一切表には出さなかった。その上、その脆弱な人間界を守ろうとしたのだから。それこそが、この男の持つ真の強さなのではないか。海藤は今ではそのように思っていたのだった。

矛盾ともとれるその蔵馬の行動、生き方、そのものに海藤は興味さえをも覚えていた。

「じゃ、なんでいつも断るんだ」

「簡単さ。片思いしているからさ」

「!?」

海藤は心底驚愕し、本から視線を男に代えた。あまりにも目の前の男には不似合いのセリフ、また、内容に、落ちかけたメガネをわざとらしく直す。

「驚いたな。お前からそんな言葉を聴く日がくるとは、想像していなかった」

妖怪も、人も、さして代わらないものなのか。そう、海藤は改めて思い直すのだった。

「お前のおかげさ」

突然の謝意に、驚きで目が見開く。

「・・・、は?」

魂だけになった彼を目の前にし、躰が震えた。あの輝く魂を手のひらに乗せる海藤を見て感じたのは、間違いなく、恐怖だった。あの時、海藤に勝つことに集中するふりをし、頭のなかは怒りによって煮えたぎっていた。勝つ算段をいくつも脳裡で描きながら、その冷静な思考を嘲笑うかのように、心も頭も怒りによって占められていたのだ。始めて、人に対し確固たる殺意を持って対峙した。いや、真に殺したいと願うことさえ始めてではなかったか。かつての部下、黄泉にでさえ、その死に顔を確認する必要性を感じなかった自身がだ。逆説的に云えば、黄泉という存在は蔵馬のなかではその程度であったといえた。だがあの時、海藤の死をこの目で確認したかった。しなければ、安心出来なかったと云った方がより近い表現かも知れない。

そして、知った。いや、気づかされた。彼に、焦がれていたのだ、と。愛してしまっていたのだ、と。どこにも後戻りなど出来ないほどに。

だからこそ、必死に、また、滑稽に彼を取り戻そうとしたのだった。例え、この思いに彼が気づかぬとても。彼の存在そのものが、地上にあるのらばこの身がどうなろうがかまわない。真剣にそう願っていた。彼さえ、この世に生きていてくれたならば。憎まれ口を叩きながら、時折見せる柔和な笑みがどれほど貴重であるか。今迄盗んだ物が、如何に色褪せたガラクタだったか。どうしようもないあまのじゃく。頑固で、意固地で、意地っ張りで、妹だけに甘く優しい。でも、その彼が、そのありのままの彼が愛しいのだ。ありのままの彼でいて欲しい。他の誰よりも。

だが、同時に他の感情が心に浮上しつつあったことも蔵馬には判っていた。愛しいと思う反面、助けたいと思う反面、その無防備な魂を奪還したいと望むその裏で、海藤の力を羨み、その力を我が物にしたい、と。なんと、魅惑的な能力であろうか。自身には到底真似出来ぬその力。魂だけになった彼を、誰にも触れさせず、誰の目にも届かぬ場所へと簡単に出来るのだ。その能力さえあれば。彼の意思など関係なく。そのなかでは、彼の力はほぼ0になるのだから。だが、その想像は蔵馬を真から愕然とさせた。最愛の愛情がなんであるか知るとともに、醜い欲望をも蔵馬は自身の裡に見出だしていたのだった。それはおそらく、誰しも持つものなのだろう。そして、誰しもが抜け出せないパラドックス。誰かを心から愛するということは、醜く穢い独占欲を同時に育てることなのだろうか。それを乗りこえ者だけが、真に愛を語れる資格を有するのだろうか。愛憎に苦しむのだろうか。それとも、その苦しみをも愛している者へとぶつけるのだろうか。そしていつか、その欲に喰われるのだろうか、魂ごと。その後に残るのははたしてなんであろうか、・・・

蔵馬の思考は螺旋を描き、出口のみえない迷宮へと入っていた。

そこから現実世界へと戻したのは海藤のセリフだった。

「・・・。その口ぶりでは、俺の知っている人物か」

「ああ」

答えてやる義務などない。だがこの時蔵馬は、静かに答えを返していた。あるいは蔵馬は、無意識のうちに誰かにただこの片恋に気づいて欲しかったのかも知れなかった。

秀麗な顔に不似合いな翳りが覆う。どこか遠くを見つめ、なにかを渇望していておきながらその同じ目でなにかを諦めているかのように。唇は笑っていながら、目からは幾重にも涙が流れていた。少なくとも、海藤の目には、男はそのように見えたのだった。

恋、あるいは、愛する者を始めて得た者の苦渋がそこにはあり、海藤はこの男の片恋がいかに難しいものかをそれにより悟ったのだった。

自分と南野、共通接点がある人物を1人1人脳裏に浮かべる。女性であるとは、何故か海藤は思わなかった。その考えに確固たる確証などはどこにもなかったが、並の女にこの男がそうそう惚れたりはしないのではないか。人間にしても、妖怪にしても。それに、千年もの間生きてきたのだ。妖怪であった時の容姿も、今と代わらず秀麗であったと聴き及んでいる。近寄る女は、それこそ膨大な量であったに違いないと簡単に予想出来る。ならば、今更、女という理由だけでは早々心は動かないのではないか。それどころか、そういった理由で近づく女というものに対し、侮蔑や嫌悪感を抱くようになってしまったとてなんら不思議ではない。無論、手の届かない高嶺の華や禁断の相手に惚れたとう可能性も棄てきれはしないのだが。例えば、人間の母親や友人の恋人であるとか。だが、それを理由としてあの表情が結びつなかった。もっと、奥深く、根のようななにかが根底にあるのではないか。先ほどのあの表情を海藤はリプレイする。見る者迄もが切なくなるような、苦しくなるような。南野のあまりの憂いの顔に、そこにはただならぬ事情があるのだと察した結果、やはり女性の可能性をはぶいた。と、なれば男性、か?充分あり得る、な。男性に恋したことを前提にすると、先ほどの表情に少なからず説得力を有してくる。と、すれば真っ先に考えられる人物が2人いる。第1に浦飯君。彼は魔族になり、南野の人間と魔界、この2つの世界で生き悩む気持ちを正確に理解してやれる。これ迄、それらの苦悩は自分自身で解決せざるをえなかった筈である。が、戦友の1人が思わぬかたちで仲間になった。そこには、驚喜以上のものがあったとてなんら不思議ではない。それが発展したとしても。第2の理由として、彼の恋人に対する罪悪感。2人の仲睦まじい様子を見て、苦しみに似た感情が突き動かされたとも考えられる。だが、はたしてそれだけの理由であろうか。第1、「お前のおかげだ」と云う先ほどの言葉からは、それらの考えからは遠い。では、自分と浦飯君との関係は、この男に強烈ななにかを与えるだろうか、あるいは、与えていただろうか。という問いかけも逡巡の後、否定へと変化を遂げる。自分と浦飯君との関係がもっと強固なもので、南野に対し危機感のようなものが存在しなければ、やはり納得出来かねる。どう思考を浦飯君と自分をに限定しても、何故か自分自身を納得させる理由が見当たらない。ばかりか、はっきりと納得させ得られなかった。では、第2の人物桑原君。人間という遠い存在であり、仲間という近き存在に恋心を抱く可能性も確かに否定出来ない。相容れないものであるだけに、惹かれる気持ちは理解出来る。だが、ここでもあの言葉が終止符の役割を担った。では、なにかしら桑原君に対し自分自身は影響を南野に対してするであろうか。あるいは、自身と桑原君南野、この3者間で南野に対し劇的ななにかがあったであろうか。南野が自分自身に感謝を述べるほどの。3者間での出来事で真っ先に思い出すのは、自分が無理矢理挑んだあの魂のやりとりである。その時、確かに彼の魂を抜き南野を一時追いつめ、・・・

そこでなにかが引っかかり、海藤の脳裏は桑原から一変し、黒ずくめの小さな妖怪に代わったのだった。紅く鋭く輝く瞳の持ち主。その瞳は他者を強烈に惹き付けてやまない。海藤自身でさえ、始めてその瞳を見た際、美しい、と、素直に思ったほどだった。目の前の美を一身に集めたかにみえるこの男も、あの瞳の虜囚となったのではないか。

その結論に対し、海藤は不思議と納得している自分自身に気づいた。そして、そのまま口にした。

「飛影、くん、か」

今度は蔵馬が驚く番であった。

「フッ、参ったな。やはり、お前は頭がきれる」

たったあれだけの情報で、ここ迄の洞察力。気づかぬうちに顔色に出ていたのであろう、と、内心で苦笑いを浮かべた蔵馬であった。やはり、“彼”が絡むと、自身は平静ではなくなるらしい。どこまでも、恋する愚かな者に成り下がってしまうらしい。

気づかれたくないと願いながら、やはりどこかで夢をみているのだろうか。自分自身でこの思いを彼に云えぬのだとしたら、他の誰かの口伝でも。そんな感情が少しもなかったといえば、やはり嘘になるのではないか。彼のことになると、自身は不整合極まりないな、と、裡なる声がそう自嘲するのだった。

そして、昔の自身だったならば、是が非でも海藤を配下におさめたいと望んだだろう。それは、称賛とともに警戒でもあった。

「先が長くなりそうな片思いだな」

同情の成分が微妙に入ったセリフであった。

「いいさ。俺はもう千年以上生きた。後何年も待つのは苦にはならないさ」

「陰ながら応援してやるよ」

「フッ、悪いな。・・・、だが、1つだけ忠告」

そう云い振り返った南野の顔つきは、あの際対峙したものだった。無でありながら、他を支配する熾烈な輝き。

「手出し無用だ」

──その場合、例えお前でも容赦はしない。

その蔵馬の声を、海藤は心のなかで悟った。

この男は怖い、ね、やはり。そして、心のなかに矛盾の毒薬が潜んでいる。バタン、と、無機質な扉が閉まるのを眺めながら、そう、海藤は胸中でもって続けたのだった。そして、何事もなかったかのように本に視線を戻す。

はたして、パラドックスは整合されるのだろうか。それとも、それを期に破滅へと進むのか、・・・

正確な答えは未だ、蔵馬の裡には見出だせ得なかった。










Fin.
2011/12/13
Title By 確かに恋だった

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