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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




理性と欲望の一致 act.1


魔界、人間界を往き来する生活にも慣れた。パトロールも日常的。が、なにかが足らない。そう、血の湧くような危険。それが圧倒的にない。いや、なくなってしまった。以前は確かに存在した。だのに、今はあまりにも平和な世界になった。それらのきっかけを造りあげたのは、幽助であった。奴との奇妙な出会いから、つい最近まで、死は隣同士であったにも関わらず、それらを一変させた。実に奴らしい、と、思うと同時に、退屈な世界へと代えてしまった奴への怨念めいた感情が、己の裡で入り乱れる。が、幽助を責める気持ちはいっこうにわかない。そのあたり、不可解ではあったが、幽助も奴なりに今のこの退屈極まりない日常に辟易していることが判るからでもあった。

が、しかし、それらの安逸な日常を許容した蔵馬に対して、同様であったとは云えない。奴は飄々と人間界へ居座り続ける。その達観した態度がなにより気に入らない。そして、あの奥に潜む常軌を逸脱した翡翠の瞳。あの目が、己を捕えると云い知れぬ不安が走る。それは、雷にも似た激流であった。

普段の蔵馬は人間臭く、穏やかであり包容力に富む優男。今も己に温かなココアとやらを淹れ、微笑さえ浮かべている。

「ご機嫌斜めだね。なにかあったんですか?」

「・・・。別に」

この部屋は安らぎと平穏に満ち足りている。そのような空間が苦手な筈なのに、何故、ここに来てしまうのであろうか。今のこの蔵馬では、己が望む死臭など味わえない筈なのに。

先日の休暇の際、鬱憤晴らしに暴れた。躯配下の筆頭になったがゆえに、名をあげようと躍起になる輩には事欠かない。が、先日己に奇襲をかけてきた輩は、あまりにも下等すぎた。その能力の低さに、却って苛立ちが募り、必要以上に痛めつけた。もっと強い奴と闘いたい。常に緊張感にこの身をおきたい。だが、今の魔界には、強い奴ほど戦闘を忌み嫌う。躯然り、煙鬼然り。これでは、ぬるま湯にどっぷりと浸かっているのと同じ。それらが飛影を苛立たせていたのだった。

クスクス、と、穏やかな表情で笑い声をあげた蔵馬。訝し気に奴を一瞥する。そこには、なにもかもを見透かしているような翡翠の瞳があった。こいつのこの目が嫌いであった。味方であった時も、敵であった時も。頭脳だけに留まらない、なにかがその奥底に含まれている。目は口よりも雄弁に語る、と云うが、もっと己を苛立たせるのは、その奥に眠るなにかが判らない、ということであった。ただ、1つだけ判っていることがあった。それに気づいた時、2人の関係が代わる。否応なしに。

「当ててあげましょうか。貴方が不機嫌な理由を」

そう云ってまた笑う。が、しかし、穏やかさ、あるいは、優しさとでもいうのだろうか、それらがその笑いと共に一瞬のうちに掻き消えたのだった。蔵馬の妖気がそれまでと一変し、禍々しいと称してよい妖気へと代わる。翡翠の奥には、狐特有の狂気がたゆたってさえいたのだった。口元には、奇妙な歪みが彩り、秀麗な顔であるだけに、その不気味さは際立っていたといえた。

「弱かったでしょう、この前の奴ら」

逡巡の後、蔵馬の言葉の意味を理解した。咀嚼したその言葉の意味に慄然とする。そして、警告音が脳裏に鳴り響く。

「・・・。貴様、まさか」

「そう。ご名答。俺が雇った奴らです」

一瞬にして、怒りで躰が渇と燃え上がる。が、蔵馬が己に向けて刺客を放つその意味が判らない。

「そう怒らないでくださいよ。貴方と同じですよ。退屈で退屈でしょうがない」

遊びの一環ですよ。そう、面白そうに且つ楽しげに締めくくる蔵馬。

簡単に殺す意思は最初からない、ただ今回は、貴方の戦闘時の顔が見たかっただけ。その極上の顔がなにより蔵馬は好きであった。身に迫り来る危険に怯えるでもなく、却って不敵に笑みを溢す、その血の宴に酔う様。己の力を信じ、疑いもしない、強く傲慢で不遜なところさえも、蔵馬は惚れていた。

以前ならば、隣を見ればすんだ。幽助たちと共に人間界、はては魔界での仙水との戦闘。そこにはいつも、蔵馬の好きな飛影がいた。が、今は違う。貴方の1番輝いている顔を間近で見れない。傍らで堪能することさえ出来ない。ならば、その状況を造り出せばよい。

しかし、なんと浅ましいことか。醜いことか。そして、この上ないほど愚かしい。これでは、あの樹と代わらない。いや、やってることはもっと性質が悪いであろう。影で狂ってゆくのを見守るでなく、その愛している者を、その手でもって危険のただ中へと陥れ、それらを狂喜して見ているのだから。おそらくは、自身の方がより多く、より深く狂ってるに違いない。が、蔵馬はそれを是正しようとは思わなかったのである。

「貴様らしいな、自分自身では動かず、駒を弄び高みの見物とはな」

忌々しげに蔵馬を睨み返す。

「クスクス。今度はもう少し骨のある奴らを探しておきますよ」

貴方の退屈な生活に、死の刺激を撒いてあげよう。血の匂いで満たしてあげよう。苦痛と恐怖が日常であった頃に戻してあげよう。暗黒にいるかのような地獄を見せてあげよう。冷酷な者だけが生き残る現実を、今1度思い出させてあげよう。

そういう愛し方は嫌いかい?そう、彼に問うた。その問いかけは、あまりにも彼の想像の範疇から削がれていたのであろう。あるいは、唐突すぎたのかも知れない。先ほど迄彼に纏っていた怒りは霧消した。代わって、呆然とした面持ちでもって、自身を見つめ返す。可愛いな、こちらの思いを、愛を、判ってなかったところが。いや、なにかしらは勘ずいてはいたであろう、ただ、それがなんであるか迄は思い至らなかったのであろう。きっと今、彼は混乱のただ中にいるであろうことは容易に理解出来た。判らずにいたこちらの真意の正体が、殺意とそれ以上に深い愛情であると同時に知らされたのだ、困惑するなという方が無理であろう。が、だから、つい、苛めたくなる。

殺したいほど、愛してる。そのような単語が脳裏に浮かび消えてゆく。しかし、なんと、陳腐な言葉であろうか。が、それが1番しっくりと自身の裡を表していたのだった。そう、きっと彼の死に顔は美しいに違いない。まさに、自身の理想的な死に顔を曝すに違いない。それを眺めて、自慰をするであろう自身。そして、その神聖な屍の上に、白濁した己の汚い欲望を撒き散らし恍惚となる。必ず、そうなる。

「覚悟していてね。眠りの園に行けないほど、貴方を襲ってあげますから」

もう1度優美に微笑みを浮かべ、彼に対し宣言する。屈辱的に彼は1度顔を歪ませた。ああ、そんな顔も好きだな。貴方は、いつもこの己を興奮させ、幸福という名の哀しみをも教えてくれる。そして、愛しているのだと、幾度となく再確認もさせられる。冷静な思考、表情、それらがまるで最初からなかったもののように貴方は自身を代えてしまう。意図も簡単に。こんなに貴方の行動、言動、1つ1つに高陽し、果ては、それらを見聴きしては、屈伏させ膝下に捩じ伏せさせたくなる。そして改めて思う、その血に染まった屍を抱き酔いしれたい、と。裡なる理性ではそれらの思考を不可とするも、欲望は忠実に蔵馬の心を蚕食していたのだった。それは、極めて奇形な理性と欲望の一致を表していたのだった。

そして、この時、蔵馬は樹のセリフを思い出していた。「恋人と時限爆弾を1度に手に入れた気分だったよ」今、酷く納得した。奴の気持ちが今ならば、判る気がする。それらは、偏執な愛し方をする者同士の奇妙な共感であったのは、確かのようであった。

「だったら、貴様自身が直接来い。その気に入らない顔ごと切り刻んでやる」

「それは、最後にとっておきます。楽しみは長くなくては意味がありませんよ」

そう。貴方に殺されるにせよ、殺すにせよ、それは、遠い遠い未来でなくては面白くない。また、意味がない。

その時が来る迄、自身のやり方で愛し続けよう、貴方だけを。終わりの見えない脅迫、そして、疑心。貴方はそれらに苦しみもがく。例え、他者から見れば愚かに、または、腐って見えようとも、それが至極の愛情表現なのだ。そうさせたのは、他ならなぬ貴方なのだから、責任はとってもらうよ。

責任。そう、それは、貴方自身を意味する。何れは、貴方の愛をも手に入れる。難攻不落のその愛を、見つけ出して盗んであげる。蔵馬にはその自信があった。飛影は困惑はしたものの、こちらの思い事態を否定しなかった。そこに光を見たのだった。そして、光は自信へ、更に、確信へと代わる。だって、俺たちは妖怪であり、盗賊なのだから。その時、貴方はどんな顔をするであろうか。今のように屈辱感に苛まれた顔であろうか、それとも、自身と同様に狂気に満ちた顔をするであろうか。あるいは、絶望の顔を覗かせるであろうか。その想像だけで、自身は快感でイキそうになる。

「せいぜい用心してくださいね」

躰も心も、いたぶった後に、抱きしめてあげる。優しく、ね。その時、貴方は生きた姿であろうか、それとも、死神に召された後の姿であろうか。ただ1つ云える。安心してください。例えどちらの貴方であろうとも、必ず抱きしめてあげる。愛し続けてあげる。










Fin.
2011/11/25
Title By HOMESWEETHOME

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