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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




砂上の楼閣 act.4


意地の悪く、また、性質の悪い質問であることなど、問いかけた当の本人の方がより以上に判っていた。だが、聴かずにはいられなかった。はっきりとしたこたえが返ってくるだろうと判りきっていたくせに。あえて、蔵馬は幽助にそれをぶつけたのだった。

それにより、なにかを吹っ切るかのように。あるいは逆に、この時蔵馬は否定的な言葉を期待している自分自身を恥じているかのようでもあった。

「んなの決まってら。俺が誰か1人を犠牲にするとでも思ってんのか。だとしたら過小評価だな。それとも俺をおちょくってんのか、試してんのか、どっちだ」

「フフフ」

自嘲の笑みでさえも、目の前の男は、それが1つの絵画かと思わせるほどに美しさと優美を兼ね備えていた。だが、同時に、色濃い哀愁がその美しさを覆い隠してもいた。

「やっぱり君らしいね。でも、選ばなくてはならない場面が来たら、・・・、君はどうするの」

「どっちも助ける。んなこと最初っから決まってら。なにがなんでもな。どっちかなんてんなあやふやな選択肢はハナから俺にはねーよ。螢子も、お袋も、ぼたんも、あの馬鹿も、静流の姉ちゃんも、おしゃぶりつけたふざけた野郎も、口喧しい婆さんも、無論、飛影もな。全力で俺は手を差しのべる。どんな場面だろうが、どんな局面だろうがな」

君らしい。本当に君らしくて、思わず内心で笑みさえ零れていた。だから、余計に辛いんだよ、悔しいんだよ。葛藤の息吹の向こう岸に、消え得ぬ黒い焔が蔵馬を未だもって苦しめていた。その裡にある声を幽助は果たして聴こえていただろうか。

どうあっても君は、本気で憎ませてもくれないんだね。君が君らしくて、羨んでいるのと同時に、やるせない思いが胸を締め上げる。相反する思いが、1つしかない蔵馬の心を裂くかのように、それは、激しさにおいても、また逆に、静けさのなかに隠されていた怒りにおいても、これほど迄ではなかったかも知れない。

幽助が非道であったならば、悪党であったならば、もっと器の小さい者であったならば、そうであったならば。あるいは、かつての自身のように、冷酷で血を流すだけの殺人だけを生み出す機械人形であったならば、この腐敗した気持ちも巧く昇華していたかも知れない。でも、彼が彼らしくなければ、自身も、また、飛影もここ迄彼に心酔はしなかったであろうことも、蔵馬には判っていた。

かも知れない、だったならば。たら、れば。それらの言葉は、所詮は臆病者が最後に囁くのだろう。自身のように。そして、それらは負け犬の遠吠えに他ならない。

「云っておくが、蔵馬、おめーに対しても同じだ。おめーは俺の、いや、俺らの大切な仲間なんだからよ」

「・・・。ありがとう」

小さく礼を述べると、蔵馬は隣室へ去るべくドアノブに手をかけた。だが、その背後に思いがけない言葉が降り注いだ。

「蔵馬。10発や20発くらい、俺のこと殴りてーんじゃねーのか?いいぜ、おめーの気がすむ迄殴ってもよ」

この時幽助は、真剣に死さえも覚悟しての言葉であった。本気で蔵馬に殺されたとしてもかまわない。戸愚呂たちへのことなど、一切が別の次元へと飛び去ってさえいた。蔵馬には、それをする資格が充分にあるのだから。気づかなかったとはいえ、知らなかったとはいえ、蔵馬の心の神殿を無法に荒らしたのだから。大切に愛しんできた者を、一時とはいえ触れた罪は消えはしない。

慰めた。といえば穏やかに聴こえるが、所詮やったのはセックスだ。それも、おそらくは興味に毛が生えたぐらいの価値にしか、他者からは見れないであろう。どんなにあの時、幽助自身、飛影を愛しく思っていたとて、飛影の危うい心を助けたいが為にしたことだとしても、それは他者から聴けば欺瞞や偽善、それらに類する行動にしか聴こえはしないであろう。

そして、幽助なりのケジメのあらわれでもあった。いっそ、清々しいほどのその決断力に、蔵馬は内心で感嘆さえしていた。だが、ひと度幽助を殴れば、堕天使にこの身は代わるであろう。いや、違うな、死神よりもおぞましい生き物をこの世に生み出す結果になる。

ゆっくりとした動作で蔵馬がドアから視線を幽助へと向けた。そこには、一瞬、死の匂いが纏っていた。感情の見えない翡翠の瞳が、不思議と金褐色の色合いを見せた。唇の端のみが奇妙に歪む。その様を見て、幽助は本当の意味で恐怖という名の由来を知る思いがしたのだった。

だが、その蔵馬から続いたセリフはそれらとは少しだけ角度が異なっていた。

「止めておきます。1度でも君を殴ったら、・・・、“彼”に本格的に嫌われますから」

浮かべられた微笑が、この時ほど淋しげに見えたことはなかった、この時ほど苦しげに見えたことはなかった。また、この時ほど透き通るような静けさに満ちていた微笑を、幽助はおそらく一生忘れ得ないだろう、と、そう、思ったのだった。

もしかすると、俺は2人にとって最悪の疫病神なのであろうか。それとも、黒く長い鎌を持った死神なのだろうか、・・・

幽助のその心の問いかけにこたえてくれる者は、誰1人としていなかった。

ひょっとしたら、あの2人は永久めいた楼閣のなかをさ迷い続ける運命なのかも知れない。お互いを好き過ぎて、お互いに愛し過ぎて。なにが本質か判らぬまま、疑心暗鬼という名を司る神にその魂を握られているのではないか。

その考えに戦慄を覚えた。限りなく真実味をおびた、その思惟そのものを否定したい気分になり、幽助は首を左右へと振り、無理矢理それらを脳裡から追い払う。そして、心から願わずにはいられなかった。2人のこれからが、幸多いことを。その奇跡に灰ではなく、違うなにかが築かれんことを。





隣室から自室の前に来て、なかに“彼”がいたことに先ず驚いた。

ドアの開閉音にも気づかぬその様子に、いくばくかの安堵と淋しさが募る。

飛影は出窓にその小さな躰をのせ、外の景色に見魅っていた。ほんの僅か、頬に残るのは涙の跡であろうか。

彼に抱かれて嬉しかったかい。一時の願いが叶って、貴方は幸せを感じられた。それとも、螢子ちゃんたちと同列に扱われたことに気づき、その白皙の頬を悔しさで濡らしたの。本当は繊細な貴方。だからこそ、貴方にはそんな苦しい片恋などは似合わないんだよ。

だが、最早蔵馬にはそれらはどうでもよいこととなりつつあった。幽助を憎みきれない、かといって、幽助に抱かれた飛影を責める資格さえないのだから。始めからこの恋は一方通行を意味していた。どんなに愛しく思おうが、どんなにその慕情で苦しみもがこうが。だから残されたみちは1つしかない。

耐えてみせる。怜悧な男を演じることに、些かの躊躇いもない。蔵馬の口角が、見えざる悪魔に誘導されたかのように歪められた。

一生、貴方の傍らにいることが叶うならば、どんな卑劣なことにも手を染める。これからの自身の有り様が、貴方の小さな支えでもかまわない。仲間という枠組みに縛りたいのならば、それでもいっこうにかまわない。だが、それには貴方に幽助を忘れてもらう他ない。貴方を穏やかに、また、優しさで包むように愛し続けていくには、貴方が幽助を愛しく思う気持ちも記憶さえもなくしてもらう。貴方1人を愛し続けるには、自信も覚悟もある。だが、貴方がこれ以上幽助のことで思い苦しむ姿を見続けていく自信は、心のどこを捜したところで見つからないのだ。必ず、いつかそれらに耐えきれなくなり爆発する。そして、彼を血の泥濘に浸し、薄く笑う自身。だが、・・・

幽助を憎まずに、貴方だけを愛してゆく唯一の方法。それが、卑怯の名に値するならば甘んじてうけよう。

気配を絶ち、彼の背後へと立つ。ガラス越しに自身の姿が映り出された瞬間、彼の肩が微かに脅えたかのように震えた。

「気配を絶って後ろに立つなと、なんど云えば判る貴様」

苛立ちを隠さぬままこたえる飛影とは対照的に、蔵馬の表情は怖いくらい無であった。感情のない顔つきはこれ迄にも見たが、この時ほど徹底した表情は始めてであった。

「・・・。幽助と寝たんだってね」

彼の真っ赤な瞳が、これ以上ないほど見開きをみせた。驚愕、不安、困惑、そして、絶望、それらが絶妙なブレンドで折り重ねられた赤い赤いルビー。

ああ、飛影。その美しい瞳も、貴方を愛しく思えてならない。

「別に貴方がたを責めている訳じゃありませんよ。貴方の口からも事実を確認しておきたかっただけですから」

「・・・」

貴方の口からも、・・・。と、いうことは幽助が蔵馬に云ったのであろうか。ならば、もう、蔵馬にはこちらの意図が判ったのであろうか。もう、蔵馬に抱かれる意思がないことも。これ迄の蔵馬からうけてきた無意識の情熱的な迄の愛情を、幽助に返してきたのだ、と。

「怒って、いるのか」

「まさか。どうせ、1度きりの逢瀬でしょう」

確かに、蔵馬の云う通りだった。もう、幽助には全部返した。もう、抱かれる意思はない。誰にも。例え大切な仲間とて。だが、蔵馬の冷たく突き放すような口調に、眠っていた罪悪感が蘇った。

だが、もう、なにもかもが遅い。決めたのだから。蔵馬の恋がみのることを、傍らで黙って見続けよう、と。なにも語らずに、ひっそりと。この罪悪感を胸に抱きながら。

「その幽助からの伝言です」

「?」

「腕の傷は治療しろ。と。」

まるっきり嘘の伝言だった。そんな陳腐な方法でしか、貴方の傷に対し自身は触れることさえ出来ぬのだから。幽助の名を出すことで、渋々ながら飛影は負傷している右腕を自身の眼前に曝した。その事実に、幾ばくかの嫉妬が残り火のように胸を焦がす。手速く鎮痛剤と幾つかの薬草を塗り、真新しい白い包帯をその細い腕に巻いてゆく。胎内からも効くように煎じた薬草をカップへと移し入れ、“それ”を彼の前に差し出した。無言で受けとり一口、彼はそれを口にし、あまりの苦さに一瞬顔が歪む。

「クスクス。薬なんだから、苦くて当たり前ですよ」

「・・・、チッ」

全てを飲み干し、カップを窓際に置き、また外に視線を向けてしまった。互いの間に、白々しく、また、重苦しい沈黙が流れる。そんななか、蔵馬は内心で、人知れずひっそりと微笑みを浮かべていた。あのなかには薬草の他に、“夢幻花”の花びらを乾燥させ茶葉にしたものが入っていた。飛影ほどの強力な妖気を持つ者では、花粉などでは簡単に記憶消去は出来はしない。花びらそのものを口に入れてもらわなければ。だが、独特の香りと匂いとがある夢幻花、その匂い消しにより強烈な香りを有する鎮痛効果の薬草を混ぜたのだった。そして、睡眠薬も。

暫くすると、小さな欠伸をみせ始めた。

「貴様。なにを入れた」

「ああ。睡眠薬も少々ね。貴方、この島に来てから一睡もしてないでしょう?寝るのも治療と思って諦めて下さいね」

ふらり、と、出窓から躰がずり落ちる、その寸前、蔵馬は飛影の躰を優しく支えベッドの上へと運ぶ。

朦朧とし始めた意識のなか、蔵馬が不思議な顔つきでもって己を見下ろしていた。それは、始めて見る蔵馬の顔だった。悲しみのなかに、なにかを決意したかのような。そして、自嘲と冷笑が蔵馬本人に向けられていた。

「・・・。蔵、馬」

何故、そんな表情をするんだ。

眠い。眠くて堪らない。考えねばならないのに。きっと、蔵馬はなにかをしようとしている。そして、おそらくはそれらは己の望まぬもの。やはり、憎いのか?お前の矜持を傷つけたのか?幽助に抱かれた己が、やはり、赦せないのか。なあ、蔵馬、教えてくれ。愛してゆくことも赦してはくれないのか、・・・

そこで飛影の意識が眠り為に瞼を閉じた。それとともに、夢幻花の作用が開始の沈痛な鐘の音をたて始めたのだった。

万感の思いで、蔵馬は眠り始めた飛影の頬を優しく撫でた。その指先が飛影のかたちのよい唇をなぞる。一瞬の躊躇いの後、蔵馬と飛影は互いに始めての口づけを交わしたのだった。そして、おそらくは最後の口づけであろう。

蔵馬から、彫刻のような無機質な笑みが零れる。眠り続けている飛影を見つめる瞳の奥には、優しさと病みに似た狂気がたゆたっていた。

「もう、貴方は苦しむことはないよ。貴方が“1番愛してる者”の記憶を消してあげたらかね」

狂気に委ねられた美しい微笑をたたえながら、蔵馬は言葉を綴った。もうこれで、彼が幽助を思う姿を見なくてすむ。永遠に。そして、貴方の傍らで、貴方だけを愛してあげる。愛してゆける。

蔵馬は知らなかった。いや、蔵馬だけではない、飛影自身も知らぬまま、気づき得ぬまま、2人の間にかけられていた細い糸が、切れたのだった、音もなく。最も大切なものが、終焉の鐘をつく。蔵馬は自らの手によって、更に暗い闇のなかにある楼閣へと、飛影と伴に堕ちていったのだった。

苦しみとにがい後悔を伴とし。そこに待っているのは、偽りの砂の砂漠と知らずに、・・・










Fin.
2011/11/9
Title By HOMESWEETHOME

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