- Awake Main - | ナノ




The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




砂上の楼閣 act.3


「おめーも人がわりーな、見てたんかよ」

頬を指先で掻きながら、どうしたもんかと幽助は己の思惟に思いを馳せる。抱いたことを悪いことだとは思ってない。あの時、自分が飛影を抱いていなかったら、おそらく、その身を全くの赤の他人に委ね、飛影はもっと自虐的になっていたであろうから。ああみえて、飛影は人一倍他人の感情に機敏だ。繊細であるといっても過言ではない。あの憎まれ口も、皮肉の舌鋒も、斜めに構える態度も、強い矜持さえも、それらを隠す鎧の役割を担っているのではないか。そして、その結果、自分の命さえも簡単に差し出す脆さがある。それはおそらく、飛影の出自に由来するのではないか。幽助はそう思い、それらが限りなく近いと確信していた。誰かが、それを支えてやらなければ、事態はもっと悪い展開になっていたに違いない。例えば、戸愚呂チームの妖怪にだとか。下手をすれば、ゲスなどこぞのチームのオーナーや、あのイカれた左京にだって抱かれたかも知れない。いや、進んで抱かれていたに違いない。幽助は、そう、確信さえしていた。だからこそ、抱いた。飛影を守る為に。

あの時の飛影は、なにもかもを諦めたかのようで、自ら大切ななにかを棄てたようであったのだから。だからこそ、あの場で飛影の望む通り抱いた。飛影をなにかから繋ぎとめておく手段が、それしかなかった。

「で?」

蔵馬はコーヒーカップをソーサーに戻しながら、端的に問いかけた。なにを云わんとしてるのか判らず、間抜けな返事が口から放たれていた。

「は?」

「飛影はよかったかい。クスクス、よかったでしょう。なにしろ、ああいう躰にしたのは俺ですからね」

それ迄の冷静な顔が削げ落ち、代わって蔵馬の表層にどきつい迄の剣が覆った。妖気にも、気配そのものにも禍々しいものが加わり、肌でそれが感じるほど。瞳は相手を射ぬくほど強く、ただ目の前の幽助だけを捉えていた。その様を瞳にとらえ、幽助は呆然とした。なるほど、な。原因は眼前の半妖だった訳、ね。

ドカッ、と、差し向かえに座し、タバコに火を点けた。

恋情からくる純粋な嫉妬、か。それとも、それ以外のものか。ただ1つはっきりしていることは、このまま、うやむやに事態を推移すれば、蔵馬も、飛影も救われないだろうこと。迷宮の暗闇を、灯りもなくさ迷い続けるだろう。今以上に2人は、苦しみを味わうのではなかろうか。

「・・・。よかったぜ」

やはり、ここは憎まれ役になるしかなさそうだ。

殊更挑発的に幽助は蔵馬に応じた。効果はてきめんだった。みるみると、蔵馬の顔つきが代わっていった。始めて見る、始めて対峙する蔵馬があらわれた。これ迄幾度となく蔵馬の闘いを間近で見てきた。身を削るような闘い方とは裏腹に、そこには妖怪として騒ぐ血が見え隠れしていた。そのつど、思わずにはいられなかった。ああ、やはり、こいつも妖怪なのだ、と。だが、今、目の前にいる蔵馬はそれらとも異なる始めて見る姿であった。一瞬ではあるが、背に冷たいなにかが流れるのを感じるほど。

「おめーが仕込んでおいてくれたおかげで、楽々孔に入ったしよ、ありゃ淫乱だな」

ピクッ、と、蔵馬のこめかみに深い亀裂が入るのが、幽助にははっきりと見えた。他の者であるならば、その蔵馬の表情で、死後の壮絶であり醜悪なその世界を味わったかのような錯覚をうけていたことは疑いようもなかった。それほど迄に、この時の蔵馬は底が知れず恐ろしいと称してよかった。が、幽助は傲然とそれらを跳ね返した。そればかりか、なおも挑発し続ける姿勢を見せた。タバコの煙が意思があるかのように、蔵馬に向けられる。だが、それらに動揺も困惑もみせなかった。だが、その瞳だけは、一切笑ってはいなかった。際立って美しい者であるだけに、その造った無の表情は却って凄まじきものでもあった。

おー、おー、怖っ。よほど、淫乱っつったのが気に入らないとみえる。

「おねだりも巧かったしよ。普段、憎まれ口を叩くくせに、その唇は以外に柔らかかったしな」

「・・・!キ、スした。君、と?」

「ああ」

なんだ?蔵馬の表情に、それ迄とは違った仮面が浮上した。違和感、とでも云うべきか。新たな砲撃に出会し、慌てたかのようにも見えた。

その後、蔵馬は殊更唇の端を吊り上げ、それらを隠す為にあえて挑戦的な表情を造った印象だった。

「フフフ。それは嘘だね。彼はセックスの時キスは絶対にしない!絶対にだ!」

蔵馬はこれ迄の経験から、確信して述べた。あるいはその言葉は、最後の幽助に対する目には見えない矜持のあらわれだったかも知れない。何度も、幾度も、彼に口づけようとした。それにより、自身の思いを伝えようと。だが、その悉くを彼は拒否した。1度たりとも、彼は赦してはくれなかった。躰を重ねてる際に見せた、あの視線を蔵馬は脳裏に思い出していた。熱っぽく見返す瞳とは裏腹に、彼の唇は自身をただの1度として求めてはくれなかった。重なろとした刹那、飛影の瞳には、ありありと拒絶の色が浮かんでいた。怖かった。欲望のまま口づけてしまえば、きっと、飛影は2度と躰を自身に対し開いてはくれないだろう。それを判っていた。だからこそ、口づけたけはすまいと必死に抑えつけてきたのだ。だから、あり得ない筈だ。絶対にあり得ない。あってはならない。いや、信じたくないのだ、自身は。その決定的な差を。幽助と、自身の差。たかがそれごときで、と、自嘲も覚える。でも、やはり、認めたくはなかったのだ。認めてしまえば、これ迄に彼に向けてきた思いさえも、拒否されるのではないか。それは、単なる錯覚である。だが、その錯覚が、蔵馬に払いのける力を失わせてもいたのだった。

「おめーん時はそうだったかも知んねーが、あいつ自分からしてきたぜ。単に、おめーとすんの嫌だっただけとか」

・・・、その何気ないセリフ。まるで、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃だった。新たに加わる屈辱と敗北感に、頭が可笑しくなりそうだった。躰が怒りで渇と熱くなる、が、それと同等に、奇妙にどこか冷めていくのを感じた。

赦した?赦した?あの彼が?幽助に、幽助だけに・・・、飛影、やはり、貴方は。

「嘘だ、あり得ない」

それでも尚、蔵馬は否定を願った。言を左右に振るその様は、明らかにそれ迄の冷静な姿から程遠かった。

「んなこと云ったってよ。したもんはしたし。・・・、てかよ、なんだっておめーは、んな怒ってんだ」

「!」

幽助の思わぬ確信に、蔵馬の顔色がそれ迄と異なる色へと変化した。冷や水をその身にかけられたかのように。

そう、だった。怒る権利など自身は最初から有してはいない。それに、誓ったではないか。今更、幽助に嫉妬したところでなんになる。なにも、代わらないではないか。なにも、・・・

ただ、寄り添うようにいようと決めたではないか。彼が辛い時、悲しい時、あるいは、その身に怪我をした時。その際に、黙って彼の傍らにいようと。一生、この思いは口にしないと。もう、2度と彼を抱くまい、と。そう、決めたばかりではないか。

ただ、幽助の心のあり方を確かめたかった。何故、彼を抱いたのか。何故、男の彼を容易く受け入れたのか。それらを知りたかっただけなのに。幽助の霊気から、微かに香る彼の妖気に、云いようのない感情が込み上げ、様々なことが抑えることが叶わなかった。血も涙もない者と恐れられ、悪鬼と戦かれ、冷静沈着な者として、他者に云わしめられてきた男の姿はそこには絶無だった。

「そう、・・・」

「蔵馬よ。おめー、もしかすっと飛影のこと好きなんじゃねーのか」

ビクッ、と、蔵馬の肩が一瞬跳ねた。見過ごしてしまうほどのささやかなその揺れで、幽助は蔵馬の気持ちを確信した。これほど迄に、追いつめられた蔵馬の表情が、それらを如実に物語っていた。

2人の間でなにがあったのであろうか。知りたいと思う反面、聴いてしまえば、決定的ななにかが崩れ去るような気がし、幽助は沈黙を選んだのだった。それがよかったのか、悪かったのか、幽助には判断出来かねなかった。

振り返ってみれば、2人の関係は最初の出会いの時と、今とでは明らかに違っていた。ただそこには、闘いを通じて仲間意識が芽生えたのだと、単純に思いこんでいた。だが、もし、2人が2人とも、互いに思い合っているのだとしたら。仲間意識など小さいハードルでしかなかったとしたら。それらを通り越し、惹かれ合っていたのだとしたら。そして、互いにそれを誤解していたのなら。屈折した思いが、互いに互いを苦しめているのではないか。

幽助のなかで、違和感という名のピースがパズルがはまるかのように綺麗に埋まっていった。

馬鹿野郎、が・・・

その声にならないセリフは、はたして誰に向けてのものであっただろうか。

だが、蔵馬は今迄の鋭利な雰囲気を一変させた。いつもと代わらぬ穏やかな蔵馬がそこにはいた。が、しかし、それらの表情1つ1つが蔵馬の卓越した演技であると、今の幽助には判っていた。

「クスクス。嫌だな幽助。なにを勘違いしてるんだい?」

「・・・、蔵馬」

「俺はね、これから先の闘いに影響があったら不味いと思った迄だよ。チーム内でのゴタゴタは、そのまま闘いに影響しますからね。貴方と飛影がどういうつもりでそうなったのかなんて、俺の関知することではない。ただね、不協和音な空気は避けただっただけ。だから貴方とこうして話し合いをしたく思った迄のこと。それに、君たちがこれから先も互いに欲を発したいのであればどうぞご自由に」

随分とわざとらしく話しを反らしたもんだ。それに、ご自由になどと云って、1番納得も了承もしてないのは、目の前の男に他ならない。

「・・・、不協和音、ね」

思い切り皮肉に云い返してはみたものの、蔵馬に対し効果がないことも判ってはいた。

「ねえ、幽助。1つだけ確認してもいいかな」

「なんだよ」

「彼を、・・・、飛影を大切に思ってるかい」

それ迄に見たことがない、真摯で真剣な表情と瞳とをたゆたえ、蔵馬は幽助に問うた。そして、悟る。1番、これを自分自身から聴き出したかっのだ、と。半端な気持ちで飛影に触れたのならば、その時は、か。

「当たり前だ。じゃなきゃ抱いたりしねーよ」

「・・・。そう。ならいいよ」

「飛影は大事な仲間だ。あいつが苦しんでんなら、最善策を選んでやりてーと思うし、あいつが悲しんでんなら最良のことをしてやりてー。だから抱いた。あいつが抱いてくれって云ったのも1つの理由だが、あの時俺がいなかったらそれこそ最悪だったと思うぜ。自暴自棄の挙げ句、多分そこら辺の妖怪取っ捕まえて腰ふってたと思うぜ。自惚れじゃねーが、あいつの為にしてやれる誰かは俺らしかいねーんだからよ」

開き直り、また、弁解や弁明ではなく、幽助の言葉は真実だけを語っていた。

「フフフ。君はいつも真っ直ぐだね、眩しいくらいに」

だからこそ、一緒に闘ってこれた。だからこそ、幽助に命をかけてもかまわないとさえ思った。飛影に愛を注ぐのとは別の感情と感謝が、蔵馬の裡には確かにあったのである。

「それじゃ質問ついでに、もう1ついいかな?」

「なんだよ」

「螢子ちゃんと飛影、どっちが大切?」










2011/11/9

prev | next





QLOOKアクセス解析
AX



- ナノ -