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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




砂上の楼閣 act.1


彼の見つめる先に、“幽助”が映る。その口元が見たこともない柔和な笑みをかたちどる。瞳の奥に柔らかな光が宿る。その意味するところを悟り、躰に、そして、心の裡にどす黒い雷雲が立ちこめるのをはっきりと自覚した。

どうして、飛影。何故、彼を選ぶ。自身の方が貴方と出会ったのは先じゃないか。貴方にこれほど迄焦がれているのは幽助ではない、この己の方だ。だってそうだろう。千年という長い長い歳月のなか、始めて恋を知った。愛しいとはなにか、始めて理解した。その仕種に、その立ち振舞いに、高みを目指す力強い意思に、その全てに惹かれて恋をした。貴方がこの世に生まれてきてくれたことに、心から感謝した。貴方を思うだけで、こんなにも胸が熱くなるのに。貴方を思うだけで、自分自身のなかでこんな柔らかな感情があったのかと知る。なのに、どうして。貴方を必要としているのは幽助じゃない。幽助は貴方には絶対に振り向かない。友情以外、幽助は貴方に捧げられない。そんな初歩的な事実、誰しも共有する思いではないか。出会いの順に恋をするという方程式など、この世のどこにも存在しない。しない、が、思わずにはいられなかった蔵馬だったのである。そして、苦虫を噛み潰したかのような、苦渋に満ちた表情が蔵馬の表層を覆った。裡には、この世で最も醜い嫉妬が蚕食しつつあった。

それは、四聖獣の城にてのことであった──





それから数ヶ月後。暗黒武術会に5人は招待をうけるに至る。狂人者がつどう貢物のゲストとして。

「手当てをさせて下さい飛影」

蔵馬の必死の木霊が辺りを覆う、が、しかし、それに対する飛影のこたえは冷酷そのものであった。

「必要ない」

尚もくい下がらず抗議する。

「そのままでは右腕使い物にならなくなりますよ」

「なんのことだ」

蔵馬は苦々しくため息を溢し、飛影の負傷した右腕を掴み自身の方へと彼の向きを代える。が、しかし、一瞬のみ飛影は顔をしかめたものの、忌々しげに蔵馬のその手を振り払う。それはまるで、蔵馬自身を振り払うかのように、強く、激しいものだった。飛影に拒否されたことに、見えない傷口がまた1つ蔵馬の裡に出来膿みがたまる。その膿みはいつか蹴破り、血の汚泥に浸るのであろうか。

蔵馬が触れたところが熱い。本心を云えば、このまま蔵馬に身を委ねたい。なにもかもを。でも、・・・。もう、身代わりはごめんだ。抱かれるのも、こうしてかまわれるのも。蔵馬の本心が、幽助に向いているのだと気づいたのはいつであっただろう。ある日、唐突に理解した。視線を感じ振り返った。灼熱をそのまま具現化したかのような美しい翡翠の瞳が見つめる先に、“幽助”がいた。ただただ真っ直ぐに、射ぬくかのように幽助だけを見ていた。己には決して見せない熱い眼差し。そして、その後、蔵馬の表情に陰が落ちるのだった。幾重にも、何重にも、重い枷のように。その時になって、漸く気づいたのだった。ああ、己は代わりでしかないのか。幽助に出来ないことを己にかしているのだ、と。抱くことも。こうやってかまうことさえも。その時、否応なしに理解した。裡に渦巻く黒い焔の名、それが醜い嫉妬であるのだろうか、と、ぼんやりと思った。思えば、抱かれる際、いつも後ろからだった。顔を見ながら犯るには、流石の蔵馬も罪悪感が勝るのであろうか。だのに、そんなことを知らず、一欠片も考えもせずに、蔵馬に抱かれ続けた。その時だけは、蔵馬が己を見ていてくれているのだと、浅ましく信じていたから。その微かな光に、身も心も託していた愚かな己。抱かれることに意味を見いだそうとした女々しい己。もしかして、と、淡い期待を抱き、蔵馬に全てを委ねてきたのだった。だが、今は違う。蔵馬の心に誰が住んでいるのかを、知ってしまった。そして、その時もう1つ気づいたのだった。己の本心を蔵馬に決して悟られてはならない、と。悟られたならば、蔵馬はきっと簡単に己を切り捨てる。己をただの性欲処理としか思ってはいないのだ、蔵馬は。いつだって、感情をあらわすことなく己を抱く。今まで蔵馬が数知れずそうしてきたように、冷淡に、また、冷酷に、そして、平然と。そのような蔵馬をこれ以上見たくもなければ、それらの愚かな列に加わることを容認するほど、己は強くもない。

「だいたい、もとから怪我などしていない」

「・・・。意地をはらないで。お願いですから」

貴方のその新雪の肌に傷痕が残ることさえ赦せない。貴方に痕をつけるのは、自身だけにしたい。傷跡さえも自身だけに赦されたものにしたいのだ、と。そう云えたならば。が、それを云えば自身の気持ちの一旦を暴露してしまう。貴方を愛している、と。

「そんなことより、貴様に執着してるあの鴉とやらに勝つ方法でも模索していろ!俺にかまうな」

バタン、と、ドアが無情に閉まる。蔵馬には、まるでそのさまは飛影の心のように映ったのだった。

握りしめた拳は色を失っていた。口のなかには、鉄の味が侵食していた。

「・・・。はあー」

通わない心。届かない心。遠い貴方。こんなにも貴方を心配しているのに。心配することさえ赦されないというのか。こんなにも貴方を愛しているのに。蔵馬の顔に、苦い涙が一筋流れ落ちた。それを拭うことさえ忘れたかのように、ただひたすらに唯一の人を思う。

ここ最近、自身に対する飛影の態度が如実に硬化した。向けられる眼差しに、一片の情がない、ことも。以前ならば確認出来た、信頼やそれらに類する感情が、まるでない。どこからも感じられない。怒りさえも押し殺したかのようなその様。頑なまでの態度。自身の存在全てを拒否するかのように。どこかで狂った歯車。が、しかし、それを止める術が判らない。

どうして。

何故。

幾度も自問自答が続く。見えない闇に向かって。

飛影、飛影、飛影。

好きと伝えていたならば。貴方だけを愛していると伝えていたならば。その勇気が少しでも自身にあったならば、あるいは、違う方向に歩めたのであろうか。

それとも。それとも、・・・、抱いたのがいけなかったのであろうか。だが、それならば、何故彼は1度も拒まなかったのであろうか。その機会は幾らでもあった筈である。始めて抱いた日とて、決して無理矢理ではなかった。吸い寄せられるように抱きしめてしまい、ハッと我にかえった。だが、飛影からは抵抗らしきものをみせなかった。ばかりか、自身の背に廻された腕の細さに歓喜が舞い降りた。気まぐれでもいい。貴方の性欲処理に利用さるてるのだとしてもかまわない。その後も、丁寧に丁寧に抱いてきたつもりだ。感情を言葉にのせて伝えたことは絶無でも、彼を粗略に扱ったりは絶対になかった。

刹那、友人であり盟友でもある人間が脳裏に浮かぶ。

「・・・、そう、か。フッ、フハハハ」

“身代わり”、か。辿り着いた答えに、自嘲の笑みが続く。濃く、苦々しいそれは、いつまでも蔵馬に貼りついて離れなかった。

自身は、幽助の身代わりだったのか。開けた答えに全身が総毛立つ。憤怒が蔵馬の裡にある火山脈を爆発させた。そのマグマは激しく、おのが身も、辺りをも焼きつくすかのように激しく燃え盛る。そうだった。忘れていた、いや、頭から外そうと努力していた事実。あえて考えまいと、背けていた真実。彼が誰を思っているのか、を。思えば、彼は抱かれる際いつも顔を隠していた。口づけようとして、幾度も顔を背かれた。そのことにしだいしだいに臆病になり、彼の顔を見ながら彼を抱くことを恐れた。それらの事実は、無意識の防衛本能が働いたのだろう。自身を通し、“幽助”を見る彼という凶行を。

そして蔵馬は、この時始めて、幽助を憎いと思った瞬間でもあった。悔しいとも思った瞬間でもあった。殺してしまいたい、と、望んだ瞬間でもあった。彼を捕らえて離さない幽助を。彼の心を代えた幽助を。自身で叶えたかったそれらを、意図も容易く行った幽助を。

今までそれらは、かろうじて均衡が保たれていた。仲間であるという儚くもあり強い絆が、蔵馬の手足を縛っていたのだった。心のまま進むことを恐れさえ、そのささやかな地位に満足せざるを得なかったのである。飛影を抱き、飛影もそれを受諾した。その、たった1つの優越感が、蔵馬の矜持を危ういところで支えていたのである。しかし今、その秤は粉々に砕かれたのだった。後に残ったのは、どす黒い砂の残滓。

怒りと屈辱感が蔵馬の胸で荒れ狂う。そして、それを諫める者は誰1人としていなかった。それは不幸であったのか、それとも・・・

蔵馬の瞳に、常の翡翠ではなく、不気味な金褐色が妖しくただ一点を見据えていた。

蔵馬に掴まれた右腕がまだ熱い。その痛みは怪我によるものではないと、本人が1番理解してもいたのだった。蔵馬の熱が、匂いが、そして、最愛の幽助への思いが、そこから全身に伝わる思いがした。己には決して向けられるべきものではなかったそれら。

飛影はそっと右腕を抱く。まるで、それによって己自身を守るかのように、静かに。それとも、その痛みを己の罪として許容するかのように。

ふと、気配が森のなかから1つ。今、1番会いたくはなかった気配に、思わず舌打ちが重なる。

「よおー、飛影」

「・・・」

「どした?顔色わりーな」

「なんでもない」

つい、口調が荒々しいものになる。しかし、裏腹に、いつもの力強さあるいは闊達さはどこか欠けてもいた。

嫌いになれたならば。幽助を嫌いになれたならば、少しはこの気持ちも慰められるのだろうか。有りはしないのに。幽助を嫌うなど、出来はしないのだ。幽助がいたから、蔵馬への思いに気づき得た。幽助がいたからこそ、蔵馬のかけがえのない仲間という位置においてもらえた。それは、どれだけ奇跡か。今日あるのも、幽助の存在が大きな意味を持つ。幽助が存在し得なかったらば、今頃は霊界の牢のなかでこの身は朽ち果てていたに違いないのだから。そして、恋も、愛も、知らずに1人死を迎えていたであろう。雪菜に再開することも、蔵馬に対し情をもつこともないままに。あるいは、その方が幸せにより近かったのであろうか・・・

出口も答えさえも判らず、気づくと飛影の頬に冷たい雨が幾つも流れ落ちていた。これ迄必死に抑えつけていた心の堤防に、幽助の顔を見ただけで脆くも崩れ去った。途方にくれたそのさま、泣き声をあげず、泣き方を置き忘れたかのようなさま、その姿は幽助に迷い子を彷彿させた。

「っ、・・・ふっ」

「飛、影」

温かな胸の正体が幽助のものだと悟る。泣き顔を隠すように掻き抱かれ、混乱に拍車がかかる。

「泣くな」

「・・・っ、ぅっ」

嗚咽が幽助の胸に吸い上げられてゆく。情けない雫の数々が、幽助の服に湖を広げていた。貴様が元凶なのに、何故、そんなに優しい。いつも、いつも、太陽の光のように。真っ直ぐで、濁りや曇り迄も遮る力強さ。こんな幽助だから惹かれた。己も、また、蔵馬も。

叶う筈もない蔵馬に思いをよせず、幽助を好きになっていたならば、こんな見苦しい己を再発見せずにすんだのであろうか。でも、遅い。出会った瞬間から恋に堕ちていたのか判らない。でも、気づけば蔵馬だけを追っていた。蔵馬だけを。己にこれほど恋情を抱かせておきながら、振り向いてはくれない酷い男を。身代わりに抱く残酷な男を。

幽助の手のひらが何度も飛影の漆黒の髪を梳く。労るかのように。涙は全部吸い取ってやる。そう云ってくれているかのように、優しく、幾度も。無言のなかに、幽助の優しさが溢れ、涙が止めどなく流れる。

いつしかその幽助の背に己の手のひらが廻る。力強く握りしめ、幽助の服に幾つものシワが波をうつ。それは、飛影のある決心であった。

・・・、返さなくては。

幽助に、返さなくては。今まで、この身がうけてきたもの全て幽助に。蔵馬の感情を不当に独占してきた。

「幽助」

「ん?」

「・・・、俺を抱け」

幽助の躰が硬直したのは一瞬だった。

もう、辛いのだ。こたえをくれない心を追うのが。なにもかえしてはくれない蔵馬を追うのが。この柵から逃れたい。










2011/11/9

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