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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




メルヘンローズ act.1


いつものように、人間界の南野家に降り立った。しかし、その部屋主はそんな飛影に気づかぬほど慌ただしく部屋中を片付けていた。

「・・・。なんだ、この散らかりようは」

思わず口から零れたセリフ。その声に漸く気づき得た蔵馬が、窓際に立つ愛しい存在に気づいたのだった。

「ごめんね、今、引っ越しの準備中で散らかってるんだ飛影」

引っ越し。その言葉に訝しい表情をし、そのまま反復する。

「うん。高校卒業とともにね。義父さんの会社に就職決まったから、会社とこの家の中間地点にね」

「・・・。意外だな」

母親大事の蔵馬の行動とは思えず、つい零れてしまった。そのうちのなん%かは、飛影の心の裡に隠れていた、南野秀一の母“志保利”への嫉妬心からであると、本人は気づきようもなかった。ただ、云われた方は、その内面の鋭さからそれを察していた。証拠に、僅かにではあるものの彼からのそのセリフに剣があったからである。無論、口にも顔にもそれらをあらわさなかったが。指摘すれば、彼が容易にここから去り、魔界へと帰ってしまうのが判っていたから。羞恥と、矜持から。ゆえに、なにも返さず、苦笑するに留めたのだった。

でも、心の片隅で、“あの”飛影が嫉妬してくれたのだ。蔵馬は破顔する頬を引き締めるのに、少なからず努力した。

「ベッドの上は安全地帯ですから、座って待っててくれると嬉しいんですが」

常であるならば、その場所はこの部屋のなかで、最も危険地帯に入る。それなのに、逆とは。些か呆れた顔をし、飛影は云われた通りその上に腰を落ちつけた。

「ココア持ってきますからね」

マメな奴だ。事前約束も、躯からの要請もない己など放っておいて、作業を続ければよいものを。そうは思うものの、蔵馬が己を気遣う姿を見れば、自然と頬が熱くなるのだった。それは、嬉しさからくるものであった。そして、安堵も。まだ、蔵馬に飽きられてはいない、という。

本当は、心の片隅にいつも恐怖心が根強くある。いつ、飽きられ棄てられるか、と。好きという厄介な思いに目覚めさせたのは、他ならぬ蔵馬であり、その終止符をうつのも、また、蔵馬に帰されるのではないか、・・・

部屋を出階段を降る音がしだいに聴こえなくなる。ゴロリとベッドの上に疲れた躰を横たえる。すると、途端に蔵馬の匂いに包まれ、ささくれだっていた心が凪いでゆく。ゆっくりと瞼を閉じ、その匂いを味わう。蔵馬の匂い、ほんのりと香る薬草と花々の芳しい匂い、そして、蔵馬だけが持つ優しい匂い、に。

暫し堪能し、瞼を開け意識を浮上する。ふと、視線を動かしてみると本が無造作に積み上げられていた。1番上にあるものをつまみ上げ、パラパラと退屈しのぎに広げた。てっきり、小難しい内容だと決めつけていた。蔵馬が所持している物は大抵がそういった物ばかりで、己の気をひく物ではない。現に、魔界の蔵馬の隠れ家には、そういった書物が本棚に陳列し、天井につきそうな勢いで幾つも聳えたっている。幾つか見せてもらった本は、読むだけで、頭が痛くなるものだったと記憶している。が、しかし、その本は蔵馬が持つには相応しくはない。先ず、絵であった。絵を表現とし、セリフをつけ加えて話しを造る物ではなさそうだ。確か、それは漫画と聴き覚えがある。以前、幽助が見ていた物とは明らかに趣が違う。可愛らしいと称してよい絵柄の女の子が一面に、その間隙を縫うように言葉が並べられていた。

「お待たせ飛影」

「これは漫画というやつじゃないのか」

「あ、それもあったんだ。違いますよ絵本というものですよ。まあ、主に、人間の子供が読むようなものです」

「子供?」

「似合わないって顔してますね」

「貴様とガキが結びつかん」

「あはは、確かにね。でも、この躰が幼少の頃の話しですよ」

すると、飛影の表情に僅かに亀裂が加わった。昔話は嫌いだった。無論、過去があるから今こうしていられるとの見方もとれる。しかし、そう割り切れるほど、達観していないし、割り切れるほど大人ではないのもまた事実であった。幼い頃など、・・・。そこで、思考が止まる。いや、考えたくもないのだ。考え始めると、どうしても嫌なものばかりが込み上げ、胸が締めつけられる。決まって、胸くそ悪くなるのだった。腐敗していく己の心。その不愉快な思いは、言葉では表現出来ないほどだった。ゆえに、奥底に鍵をかけ封印した。復讐心と伴に。そして、ほんの僅か、昔を思い出として語ることが出来る蔵馬を羨んだのだった。

「母さんがこのてのものが好きでね、よく聴かされましたよ」

「・・・、ふーん」

出されたココアを受けとりながら、出来るだけ素っ気なく返す。

「しかし、貴方とこの本も不釣り合いですね」

クスクスと可笑しそうに笑う蔵馬を見、僅かに好奇心が出てきた。

「どんな内容なんだ」

「タイトルはシンデレラです。裕福だったシンデレラは、突然優しい父を無くし義理の母と姉たちの理不尽な振舞いに耐えるんです。・・・」

蔵馬から聴き終え、人間界にある数多くのお伽噺の1つだと知る。

「下らんな」

「クス。貴方らしいセリフですね。まあ、母から聴かされていた当時は、俺も似たり寄ったりの感想しか抱いていませんでしたけどね」

「・・・、今は」

「そうだな。シンデレラの気持ちが少しだけ判ったような気がします。何故、理不尽に耐えられたのか、をね」

「馬鹿らしい。結局は貴様自身と、そのシンデレラとやらを重ね合わせた自己陶酔か」

義母、つまりは、“南野志保利”。例えどんな理不尽でも、血の繋がりが無くとも、そこには揺るぎない愛情がある。そう述べているのだと、飛影は悟るとともに、胸に何故か棘が刺さるのだった。18年という歳月、そして、これからも尚続く歳月、その間に蔵馬が母志保利に捧げてきた愛情。それが短い間であるのか、それとも長い年月であるか、それを決めるのは他ならない蔵馬自身に帰される問題である。だのに、その年月が不等に与えられたものだと感じてしまうのは何故、か・・・

「自己陶酔か。そうかもね」

確かに彼の云う通り、自己陶酔なのだろう。母に愛情を注いだところで、それは、本物の息子を殺したという罪悪感を薄めたいが為に他ならない。所詮、捧げているのは、欺瞞でしかないのではなかろうか。いや、おそらく、欺瞞のみなのだろう。そう考えると、自身の行為が途端に色褪せて見え、また、可笑しくもあり、乾いた笑みが幾つも唇から零れ落ちるのだった。

可笑しそうに繰り返す蔵馬に、半ば呆れ、半ば訝しむ。てっきり、反論がかえってくるとばかり思っていた。

「お伽噺など所詮造り上げられた話しであるには違いないけど、そこからなにを学ぶか、そこからなにを感じるか。それだけでも有意義だと思いますよ」

「・・・。成る程な、だから、あの時幻魔獣ごときに遅れをとったのか」

「そんなこともありましたね」

「で?」

「え?」

「貴様もその王子様とやらの出会いを待ってる訳か。大体、靴なんぞで見つけて、それが本当に当人かどうかも判らんだろうが」

突然話しが方向転換し、蔵馬はぱちぱちと瞬きを繰り返した。嫉妬したり、シンデレラの話しに興味深くなったり、と、今日の彼はくるくると忙しく回る。まあ、そんな彼も愛くるしく可愛くあるんですがね。

「そうですね、俺はもう貴方に出会ったからガラスの靴はいらないかな。・・・、クスクス」

「なんだ、気持ち悪い笑い声上げて」

「いえね、貴方がガラスの靴を拾って捜す姿を想像したら可笑しくて」

「云っておくが、そうだとしても貴様を見つけて結婚なんかしないからな」

シンデレラになぞられ、途端に顔から火が出るほど真っ赤になる飛影。意外と彼はロマンチストである。

「あれ、見つけてはくれるんだ」

「挙げ足をとるな」

「じゃあ、王子様に結婚を脅迫します」

そんなシンデレラがいたならば、是非ともお目にかけたいものだが。案の定、彼からはすげなく断られたのだった。

「しないと云ってるだろう」

プイッ、と、ふてくされた顔のわりに、目元が言葉を見事に裏切っている。そうと判る迄になった、飛影との長い年月に、蔵馬はひっそりと嬉しく思ったのだった。

「じゃあ、セックスは」

途端に真っ赤に染まる彼の顔。本当に、可愛くて堪らない。驚愕のベルが彼のなかで流れている隙に、ベッドの上に彼を縛る。そして、その唇に自身のものを重ね合わせた。

「き、貴様!ベッドは安全地帯だと云ったのは嘘か」

「あれ?そんなこと云いました」

「云った!」

「じゃあ、前言撤回します」

いけしゃあしゃあとのたまわる狐だった。が、諦めず、狐のアキレス腱を口に出し、制止を再度求めたのだった。無論、すげなく断られると知らずにである。

「下に母親がいるだろう!」

「大丈夫ですよ王子様、結界はってますから。だから、安心して声出してもいいですよ」

「・・・っ!」

確かに所詮お伽噺である。しかし、夢も一緒に見てよい筈だ。貴方と2人。

いつまでも。

魔法がとけるその日迄。









Fin.
2011/10/29
Title By HOMESWEETHOME

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