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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




君にイタズラ act.1


大統領政府からの命令書を、飛影は少なくとも20回は読んだ。何故ならば、あまりの馬鹿馬鹿しい命令書であったが為。最初の数回は怒りと驚愕でもって連ねられた文字を睨みつけつつ、中盤にさしかかる頃は自分自身を励ましなだめるかのように、最終的には、諦めをもって読み返した。

「・・・。幽助め!」

毎度毎度、下らない理由で人間界に行かなくてはならない原因、その人物を脳裏で半殺しに、その命令書をグシャグシャにまるめて投げ棄てる。その様子を、終始ニヤニヤとした表情で眺めていたのは、ここの─百足─主。

「人間界はいろいろと行事がつきないらしいな」

「こんな命令書なんか一々持ってくるな!何度云えば貴様は理解するんだ!」

「嫌なら大会に勝てるだけの力をつけることだな」

嫌みのつもりではなく、からかう口ぶりでもって躯は飛影に応える。

「チッ」

尤もな意見に舌打ちしか返せず、正論ゆえに尚も腹立しいことこのうえなかった。

「で?ハロウィンとやらはなんだ」

「俺が知るか!」

その飛影の怒りは正統ではあったが、無論、躯には関係ない。そればかりか、楽しみの一環と考えてさえいた。

「ま、そこに書かれてた通り、とりあえず、お前に見合ったものを用意してやるさ。古狐の趣味に合わせてな」

最後の1言は明らかに余計であり、また、躯自身が楽しんでの発言である。それと判った飛影は、更に激昂する。火山が噴火するかの如く、それは激しいものだった。

「冗談じゃない!」

あんな悪趣味の権化に付き合っていたら、この身が危険に曝されかねない。いや、間違いなく、奴はろくでもないことをする。これ迄の経験から、飛影が冷や汗をかいたのは云う迄もなかった。

前回も“浴衣”とやらを無理矢理着せられ、夏祭りだ花火だ、と、あちこち連れ回された。それだけであったならば、まだよかった。最初はいつもの団体であった筈が、いつしか人混みに紛れて、蔵馬は飛影を攫い、あろうことか野外で行為におよんだのだった。「フフフ。浴衣はいいね、脱がしてくださいって云ってるみたいだ」その後の罵声は、あっさりと封じられた。おかげで散々な目にあったのだ。今、思い出すだけでも腹が立つ。

「しかし、妖怪にむかって、化け物の姿をしてこい、とは。クククッ、雷禅の息子は愉快だな」

その点は全く同感だ。なにが面白いのかさっぱりだ。それに、招集されたとろで、いつものドンチャン騒ぎの宴会。酒に抵抗力のない飛影には、拷問より苦痛の時間である。

「さて。時雨」

「はっ」

傍らに控えていた時雨は、躯に対してのみ忠誠を誓っていると、自分自身にもまた他者に対しても公言している。ゆえに、飛影のおかれた状況がいかに憐れであろうとも、関知しない態度がありありと窺える。前回の浴衣も、わざわざ時雨自身が人間界へと赴き、浴衣の知識をその身にたたきこみあしらえたものだった。どんな下らないことでも、躯の為ならば惜しみない努力と成果をあげるには見上げたものだと感心したいところだ、が、飛影から見れば、単なる共犯者の手下にしか見えなくなりつつあった。

「言霊を用意しろ。古狐宛にな」

「・・・」

瞬間、飛影が顔色を失ったのは云う迄もなかった。





クソ、クソ、クソ!

なんだってこんな馬鹿げた、尚且つ恥ずかしい姿をしなければならない。行きたくない、いっそのこと帰りたい。いや、寧ろ消えてしまいたいとさえ飛影は思うのだった。だが、それさえも叶わない。飛影はため息を溢し、覚悟を決めて幽助のマンションのベランダへと降り立った。

室内からは、既に出来上がった状態の幽助や桑原たちの笑い声が響いていた。

ガラス越しからなかをそっと窺えば、みな異様な姿にその身を代えて盛り上がりをみせていた。そんななか巨大カボチャを器にし酒をあびていた幽助が、飛影の気配に漸く気づく。

「よっ、飛影来たな」

ガラガラと向こうから開けられては、もうなかに入るしかない。如何に嫌でも、恥ずかしくても。

「なんだよ、おめー、カチューシャだけかよ。つまんねーじゃんかよ」

飛影の頭の上にあるその耳を、玩具と思い込み遠慮なく幽助は引っ張った。が、なにかが違っていた・・・

「え?」

「痛い離せ!」

「えええー!」

音階を完璧に外れたその叫び声に、なんだなんだとみなが集まってくる。

尚も、幽助は絶叫し、信じられないといった面持ちで、視線を自らの手のひらと飛影のその耳を幾度も往復する。まるで、先ほどの感触を確かめているかのように。

「ほ、本物ー!?」

そう、飛影の新たな可愛らしい三角形の黒い耳は、実物であったのだった。

その可愛らしい姿を一目見た蔵馬も、絶句する。が、内心では裏腹に会心の笑みを浮かべていた。見た目は普段の黒いマント姿。だが、間違いなく、妖狐と同じく動物の耳がピクピクと辺りの声を拾うかのように動いている。・・・、ま、まさか、と、みなが思っていたところに蔵馬が動いた。蔵馬の行動は素早かった。飛影の抵抗も虚しく、あっという間に黒いマントをはがしていた。逆説的に云えば、それは如何に蔵馬が飛影のマントを脱がすことに長けているかの証だった。が、誰もがそれには口を貝にした。みな、蔵馬を怒らせればどうなるか骨身にしみて知っていたからであった。あらわれた飛影の姿にみなが絶句する。しょざいなげにゆらゆらと揺れ動いている長い長い黒い尻尾。そればかりか、いつも以上に括れた腰、少しふっくらした胸と谷間の上に無造作に包帯が巻かれ、下の際どい箇所だけこちらもぐるぐるとまかれている包帯。包帯ビキニの飛影が真っ赤な顔で立っていた。

「キャー、可愛い!」

先に驚愕から復活したのは女性陣たちだった。わらわらと寄ってきては、各々声をあげ褒め称える。女の姿になったことより、猫耳、猫尻尾の方にどうやらみな魅力を感じているらしかったが、飛影からしてみれば、災難の名には代わりない。

ゆらゆら揺れていた尻尾は、急に囲まれたことで威嚇するかのように、ピンっとなる。それに、おや?と、不思議に思ったぼたんは、思わずその尻尾を手のひらでギュと掴む。途端に、飛影は声を荒げたが、それはいつもの悲鳴と遠く離れたものであった。

「ハニッャー!」

慌てて手のひらで口を塞いでみたところで、既に時は過去の追憶のなかにあった。

「感覚も猫なんですね」

邪気のない笑顔で、妹に確信をつかれ飛影はもはやどんな顔を造ればよいか判らなくなっていた。そうなのだ、実は舌もざらざらしている。などと云える筈もない。恥の上塗りはごめんだ。

躯と時雨に無理矢理飲まされた変な薬によって、耳は生え、長い尻尾が出来た。それだけならまだしも、ある場所にあるものが消え、ない場所によけいな贅肉が出来てしまった躰。衣服として用意されたのは唯一、包帯のみ。薬を飲まされる前に、躯の手によって昏倒していた飛影が目覚めた時、その躰を鏡で見た際、目眩、次いで失神寸前迄精神が追いこまれたとて、誰が飛影を責められよう。その上、ご丁寧に、躯は3日間のパトロール休暇迄与えて人間界へと飛影を送り出したのだった。

「・・・、フム。やはり、躯に頼んで正解だったな」

その独り言を猫耳にでキャッチし、キッ、と、発言者でありこの不様な有り様の真の原因である人物を睨む。が、怒りの一瞥をうけた張本人は、ドラキュラにふんし、焦りをみせるどころか平然と微笑を浮かべていた。その造り物の牙が、一瞬本物か、と、疑わせる。その飄々とした姿に、云う迄もなく飛影は内紛していた怒りが込み上げてきた。その飛影の意思が伝わったのか、フー、と、猫耳猫尻尾に逆毛が立つ。

「きーさーまー」

その怒り心頭の飛影の姿を見て、このような姿をさせたのが誰であるか、誰しも理解した。「やっぱ、蔵馬って変態だったんだな」と、そこにいた全員の胸中を代表するかたちで、幽助は答えた。

「まあまあ、とりあえず宴会続けようぜ」

飛影と同じく、頭から足の先迄包帯姿の桑原のその発言は、この場にいる幾人かを救った。放置しておけば、黒い龍が暴れ出す。か弱い(と、信じる。)雪菜を守る為ならば、中和剤に自らなることなど朝飯前。

最も安全な雪菜の傍らに座り、並べられているパンプキンパイをほお張る。どうやら、ハロウィンとはカボチャを食べる日のことらしいと飛影は思う。カボチャの煮物にサラダにスープに、と、ところ狭しとカボチャ料理が並び、その間隙をぬうように酒瓶が立脚していた。しかし、何故、こんな奇抜な格好をするのかは首を傾げるしかなかった。隣の雪菜にしても三角形の大きな黒い帽子に、黒い服装、前が開いたマントをしていた。下の丈が短いのが気に入らない点ではあるが。

「でも、飛影さん本当に可愛らしいですわ。あの、・・・」

「なんだ?」

「触ってもいいですか?」

動物好きの雪菜に云われては、おとなしくなるしかない。それに、もともとが、妹にはめっぽう弱いうえに、今、眼前にあるパンプキンパイより甘い兄である。無言で了承する。すると、おずおずと伸びてきた手のひらが、飛影の耳を優しく撫でる。すると、先ほど迄逆毛を立ていたのが嘘のように萎れ、尻尾は逆に嬉しいのかパタパタと左右に揺れていた。

それらを視界に捉えたドラキュラは、当然ながら面白くなさそうに見ていた。

飛影用にとジュースを見繕い、近づく。嫌そうな顔をし、ツイ、と背けた隙に、目の前のジュースと“それ”を入れ換える。

「ねえ、飛影」

「よるな!」

「雪菜ちゃんばかりズルイよ。そういう風になるように頼んだのは俺なのに」

「俺は頼んでない!」

心持ち声がハスキーになった声で反論するが、まるで効果はない。

「いいなあー、触りたいなあー」

「絶対にやだ!」

「ねえ、包帯自分で巻いたの?」

「・・・」

ここで時雨と奇淋に両腕両足を押さえられ、躯に巻かれたのだ。などと云えば、この狐が激昂するのは火をみるより明らかである。暫し逡巡し、自分自身でやった、と、嘘をつく。しかし、それに対し蔵馬は「ふーん」と、目を細めた。心なしか、蔵馬の周りにブリザードがあるのは気のせいであろうか。嘘がバレないかと、ひやひやしながら、ジュースを流しこみ素知らぬ顔をする。

それらを瞳の端でとらえ、蔵馬は見えないように美しい微笑を浮かべた。

全く、嘘が下手なんだら貴方は。

「あとで2人の記憶消さないといけませんね」

「な、なんで判った貴様」

「貴方の嘘は直ぐに判りますよ」

「・・・。チッ」

飛影の裸体を、しかも、こんなに可愛らしい女の子になった姿を見たのだ。それ相応のことをしなければ、気がすまない。が、しかし、このようにしてくれたことも確かなので、蔵馬としては記憶消去だけの処刑で譲歩せざるを得なかった。

「それ─パンプキンパイ─美味しい?」

「ああ」

「よかった、貴方の口にあって」

「・・・!貴様が造ったのか!?ま、まさか、なにか入れたのか?」

「あ、酷いなあー、そんな云い方」

「貴様のこれ迄の行いを思えば、至極当然の疑惑だ馬鹿!」

「それには入れてませんよ」

それには、・・・

ま、まさか!?

ここに来て口に入れたのは、パイとジュースのみ。パイが白ならば先ほど飲んだジュースは黒。うかつだった。

「クスクス、大丈夫ですよ。微量だし」

「そういう問題か!」

だが、速くも躰の変調がきた。くそ、即効性のものだな。と、苦々しく蔵馬を睨みつけたが、潤み始めた瞳では、効果はない。ばかりか、そのような瞳では、蔵馬を煽る材料にしかならない。

「あれ?顔真っ赤。飛影もう酔っちゃったの」

白々しく蔵馬は云い放ち、幽助たちに自分たちは先に帰るむねを伝える。呆れるとはこのことだ。

躰がいうことをきかなくなりつつある飛影を抱き上げ、「お先に」と、颯爽と玄関に消えた。

「俺よ、飛影明日魔界に帰れねーと思う」

幽助のその呟きに、その場にいた全員が首肯したのだった。










Fin.
2011/10/24
Title By 確かに恋だった

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