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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




それは致死量の愛 act.1


壊れてしまった。正常な思考はその時暗黒の闇へと突き進む。そして、それを止める手段を持ち得ていなかった。いや、止めようとする意思がなかったのである。

幽助からの何気ない追求。他意はない、好奇心が零れ落ちていたその言葉。しかし、それを受けた飛影の混迷ぶりに、云い知れぬ不安が心に蚕食した。そして、見事にそれは的中したのだった。

「おめー、恋人とかいんの?」

「・・・。いない」

瞬間、躰にひやりとした、それでいてどす黒いものが流れ落ちた。愛している、と、何度も彼に囁いた。貴方だけだよ、と、睦言を惜しげもなく曝した。そのつど、彼ははにかんだ笑みを浮かべていた。それを、信じてしまった。疑うことさえなかった。その笑みは嘘を語ってはいなかった筈である。それなのに、今、彼の声は否定を響かせた。

裏切られた。その1語は灼熱の嵐に匹敵したのだった。しかし、だからといって、易々と彼を手離す意思は皆無だった。手酷い仕打ちに、打ちのめされた現実、なのに、彼を嫌うことは叶わなかった。考えも及ばない。それほど、彼1人を愛していた。彼1人の愛を確かめられるならば、他の人生を代える結果になろうとも。

そこに侵入をはたしたのは、彼と剛鬼と組んで以来。未だ、3界の立場はそれぞれの主張する思想にとらわれ、微妙な三角形を成していた。互いに牽制し、互いに水面下で統べる機会を狙っていた。特に、霊界と魔界の摩擦は、ここ数百年もの間、悪化の一途を辿っていた。それに挟まれた人間界は、寧ろ、被害者であったと云えただろう。強靭な力を有した魔界に媚びれば、個々の魂そのものが危ぶまれた。かといって、霊界に刃向かう力などなく、死して旅立つ霊界には魂そのものを監視下に置かれ、身動きどころか運命そのものも握られてさえいた。そう、人間界はまさに板挟みの虜囚であった。

特別に魔界や霊界を蔑んでいたつもりはない。それぞれの立場に哀れみや虚しさは感じてはいたが。修繕の道を諭す気も更々なかった。早々に魔界への見切りをはたしたのには、そうしたしがらみが疎ましかったからでもあった。人間界に姿をくらました理由など、所詮はその程度であった。無論、ハンターに深手を負わされた原因も一因ではある。人間の母に育てられたからといって、人間界に肩入れしていたつもりもまたなかった。が、突如自身の前に現れた彼に、衝撃をうけた。

力のみを信じ、己の生きざまを極限迄全うしようとするその姿勢に、忘れて久しい高揚が、躰を貫いた。妖怪として、培った支配欲、征服欲、長い年月の間に鈍摩していた感情が、彼との出会いで再熱した瞬間でもあった。

所詮は自身も妖怪、か。と、知らずに乾いた笑みさえ零れた。血を好み、欲している。愚かで、力のみを信じる浅ましい生き物。その反面、とても脆く弱い。人間の持つ強さを、羨むほど。自嘲の笑みが、気づいたら自身の顔には貼りついていたのだった。

彼と共に、最後は愚かな生き物として自身の幕を下ろすのもいいだろう。妖怪として、霊界に囚われることさえ、この時は大した意味を成さなかった。暗黒鏡を前にして、最後を願った。長く生きたが、最後は悪くはなかった。矛盾に彩られた人生のなか、最後は己の意思を貫くのも悪くはない。そうして死に場所を求めかざした筈が、頭に真っ先に浮かんだのは母ではなかった。あれほど、愚かしいと憐憫した妖怪であった。そして、知った。己はまだ生きたがっているのだと。彼と共に。彼のこれからの人生を、見て行きたい、とさえ思っていた。

その感情が何処を指しているのか、当初は自身も判らなかった。仲間意識など、妖怪の間では滑稽の最たるものである。では、なんなのか。この思いはなんに由来するのか。ずっと、判らずにいた。愚かゆえに。彼の氷のような心に、熱い水で溶かした人間に、何故、云いようのない黒い焔が立ち上るのであろう。彼の妹に対し、何故、こうも激しい怒りが胸を貫くのであろか。答えがそこにあるにも関わらず、本当はそれに触れることを恐れていたのかも知れない。認めてしまったならば、楽になることは判っていた。が、それを認めてしまった後の自身の姿を直視する方に、本当は恐れていたのかも知れない。きっと、彼をがんじがらめにしてしまう。誰にも触れさせず、誰からも見えない場所へと彼を監禁してしまう。それがなにを意味するか、見えていたがあえて見えないふりを装った。

が、溢れ続けるその思いは、停止することは叶わなかったのだった。気づいたら、彼に云ってしまっていた。「好きだよ」、と、「愛しているよ」、と。あまりにも当たり前に紡がれた言葉に、云った当の自身の方が驚愕した。ああ、そうか、愛していたから、か。おそらく、始めからそうだったのだろう。出会った瞬間から、この心も躰も彼に囚われた。認めてしまった後は、笑えるくらい変貌した。感情など、当の昔に棄てた筈だった。それが、どうであろう、この変貌ぶりは。こんなにも、自身は感情が豊かであったのかと。

何度も何度も彼をこの手に抱いた。慣れてない彼を労りながら貫く行為に、至福を感じた。ああ、彼を知るのは自身だけなのだと思うと、どうしようもなく胸が熱くなる。でも、足りない。彼の感情全てを欲した。彼の取り巻く環境は重々承知していたにも関わらず、妹に、幽助に、躯に、果ては時雨や奇淋にさえ嫉妬した。強欲な感情に、歪んだ笑みさえ零れた。それでも彼は応えてくれた。好きと云えば、必ず同じく返してくれた。抱きしめれば、照れながら抱き返してくれた。意地悪く恋人かと尋ねれば、紅潮した顔で頷いてくれた。日に日に彼に溺れて行った。それなのに、否定された関係。

霊界から盗んだ曰くつきの秘宝。望んだ過去に翔べる。が、しかし、それには大量の血を必要とした。生きる人間の血。1人や2人ではない。過去に遡るには、望んだ日数分の生き血。

好きと彼が始めて紡いだ日。幸せを感じ、未来が約束されたと錯覚した日。その日迄遡るには軽く千人は越えた。が、その日を選んだ。なんと身勝手なことであろうか。自身の幸せを再確認したいが為に、なんの罪もない人間を攫ってその首を切断し続けた。霊界側の追及にも、素知らぬ顔を貫いた。あと1人。あと1人というところ迄辿り着いた。が、その日、始めて幽助に追及された。後ろに渋い顔をして控えている、コエンマもおそらくは同じことを質したいのであろう。

「・・・。違うよな、蔵馬?」

君は魔族になってもやはり、あの時のように阻止する側なんだね。でも、君が原因の一旦を担っているんだよ。気づいてはいないだろうけど。興味本意で彼にあんなことを聴いたりしなければ、その後の彼の否定の言葉を聴かずにすんだんだよ。無論、自身の勝手な言い訳にすぎないことなど最初から判っていた。詭弁にさえならないことも。でもね、幽助、俺はあの日に戻りたいんだ。どんな罪を重ねたとしても。それがもたらす結果も知らずに。

だから微笑み返した。

「違いますよ」

その日、最後の1人を攫った。

月明かりだけが射し込むなか、蔵馬は口端だけを奇妙に上げて微笑んでいた。最後に選んだのは、あれほど慈しんだ母“南野志保利”であった。

「ごめんね母さん」

まだ体温が残る亡骸を抱きながら、蔵馬は何度となくその髪を梳く。でも、赦してくれるよね。愛した人の傍に行くことを。判ってくれるよね、ねえ、母さん・・・

母を遺して行くことは、蔵馬には出来なかったのである。それが例え狂気であっても。

愛した人のなかで死にたい。愛された証を魂に刻んで死にたい。

血を吸い上げている秘宝が、突如として光った。やがて、光は蔵馬自身を包み、徐々に輪郭がぼやけて行く。遠くから、一瞬、彼の声が聴こえた気がした。

重たい瞼を1回、2回と瞬きをする。視界が徐々に露になる。ゆっくりと躰を起こし、周囲を確認する。代わらない人間界の自室。一瞬、全てが夢物語であったのかと思い、テーブルの上に無造作に置かれた新聞を手にした。そこに印されたカレンダーの日付に、狂喜する。

そう、この日に戻りたかったのだ。彼から始めて意思を告げられた日に。長い人生で、始めて幸福というものがなんであるかと知った日に。

時計を見やると、彼が訪ねて来る時間。慌てて窓際に立ち、その時を待つ。やがて、愛しい気配が近づき、トン、と、軽快な足どりで彼はあの日と同じようにベランダに立った。嬉しくて、嬉しくて、泣きたいと思うほど。

「いらっしゃい、飛影」

ああ、同じだ。あの日もこうして力いっぱい彼をこの腕に抱きしめた。彼がここに来る意味が、今日から代わる。些細なことには違いない。でも、その時がなによりも幸せだった。

彼の為に温かいココアを淹れ、その隣に座る。隣をそっと窺うと、あの日と同じように彼はカップをくるくると手のひらで遊んでいた。そうだった、あまりに可愛くてつい零れてしまったのだった。「好きだよ」と。

「ねえ、飛影」

「?」

きょとんとした瞳さえ愛らしい。

「好きだよ」

「・・・」

「愛してるよ、飛影だけを」

始めて耳にする言葉に、貴方は驚いてたね。ほら、おんなじ顔している。

「飛影は・・・。俺を好き、愛してる?」

ねえ、お願い飛影、もう1度云って。それを聴けたならば、この身が滅びてもかまわない。もう1度だけ幸せのなかに身を置きたい。

「・・・。好き、だ」

その刹那、俺は2度目の涙を流した。

「愛してる?」

「ああ」

あの時と同じく、紅潮した顔を隠しながら、彼らしくぶっきらぼうな1言。充分だった。もう、充分過ぎるほど幸せだった。

彼の瞳が驚愕によって見開く。その表情で、自身の躰の変化に気づく。首筋から大量に流れ落ちる生暖かい液体。服は止まらぬ鮮血に染まって行く。彼を抱きしめていた手には、力が入らなくなりつつあった。

「蔵馬!?」

「ごめんね、飛影。もう1度聴きたくてちょっと無理しちゃった」

「もう1度、だと?」

怪訝な言葉に飛影の白皙の眉間に皺が寄る。

「ええ。“魔遡石”を使いました」

その蔵馬の1言で、飛影は鮮血し続ける蔵馬よりもいっそう蒼白になったのである。未来からやって来た蔵馬。眼前にいる蔵馬は蔵馬でありながら、別次元にいた蔵馬であると悟る。そして、その魔遡石を使った者の未来迄も。

魔遡石は過去に翔べる、が、その力は人血による、そして、望んだ過去に翔ぶと同時に死へのカウントが始まる。魔遡石に捧げた人間と同じ場所から己の血を流しながら。

「なんで、こんな」

蔵馬を抱きしめている手から震えが止まらない。混乱の渦の只中に、飛影は落ちていた。今さっき、互いに確かめ合ったばかりではないか。それなのに、失わなければならないのか。なにを、蔵馬にここ迄のことをさせた。

「ごめんね、飛影。でも、どうしても貴方の言葉が聴きたかったんだ」

たった、それだけの為に、・・・

「貴様は、貴様は、・・・、馬鹿だ」

震える唇から紡がれた言葉はそれのみであった。罵倒の裏に溢れる思いが、大き過ぎた為に。

視界が狭まって来ているのであろう、美しい翡翠の瞳には濁りが見てとれた。しかし、そんな躰でありながら、蔵馬は殊更笑みをたたえ、蔵馬は最後の、そして、飛影にとっては最初の口づけを贈った。

「俺から奪うのか、貴様は!?」

「?」

「未来の俺からも、今の俺からも貴様は“蔵馬”を奪うのか!」

蔵馬は飛影の言葉に息を飲んだ。自身の行った行為が、歪んだ愛からであったと、その時になってやっと気づき得たのだった。ああ、貴方の云う通り、なんて愚かなことをしたのだろうか。愛している貴方を傷つけたのは他ならぬ自身であった。貴方とともに生きたいと願い、貴方の支えになりたいと願いながら、その未来迄をもこの手で摘んでしまった。いや、それより、どうしてあの時の彼をもっと信じなかったのであろうか。否定的な言葉を口にしながら、幽助を睨んでいた。あれは、照れ隠しだったと何故思いもしなかったのであろうか。挙げ句に、こんな愚かな行為に身を委ね、大切な存在だった母をも手にかけた。貴方から、もう1度幸せをもらいたい一心で。「好き」と云われた幸福を取り戻したい一心で。遺された貴方を考えもしななかった。

「ごめん、ごめんね飛影」

躰がすごく重い、貴方の顔が見えない、貴方の声が聴こえない。懺悔の言葉は彼に届いたであろうか。ごめんね、飛影、でも、貴方を愛してる・・・

「蔵、馬?おい蔵馬、返事をしろ、蔵馬!」

その後の飛影を知る者は誰1人として居ない。飛影が首から下げていた氷泪石は、今は妹の雪菜の胸に輝いていた。しかし、その石を見る雪菜の瞳にたゆたうものが、悲哀に満ちていた。まるで、帰らぬ兄を待っているかのように、悲しく淋しい瞳で。

今も霊界の片隅には、魔遡石が眠っている。致死量の血を、愛に代える者を求めて美しく輝いている。










Fin.
2011/10/11
Title By 確かに恋だった

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