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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




いつか罪に呑まれても act.1


可愛くて堪らない。彼をこの腕に抱きしめることが叶うならどんなに幸せであろうか。決して訪れてはくれない夢に苦しげに蔵馬の顔が歪む。

ねえ、飛影。嘘でかまわない。だから、1度でいいから好きと云って。叶わぬ夢であるからこそ、夢は美しく儚い。そして、蔵馬は気づき得なかったのである。夢が1つ叶えば、人は貪欲な魔物へと代わることを。魔物の終焉が、どれほど醜いかも知らずにいたのだった。

彼の顔は、穏やかに満ちていた。隣にいる蔵馬の心中を知らずに、眠りの女神の愛撫をうける彼が愛しいくて仕方ない。先ほど迄の苛烈で怜悧な妖気は霧散し、あどけない寝顔を曝していた。

手合わせの相手が今日に限り皆都合が悪く、久しぶりに魔界へとやって来た蔵馬に申し込んだのだった。百足内の闘技場にて、2、3時間経過していた。誰かと真剣に刃を交えることに抵抗はない。強い者を前にすれば、高揚もすれば屈伏させたいと望む。ひれ伏させ、その矜持が傷つくさまを見たいとも望む。それは、彼が相手であっても代わらない。所詮は、自身も妖怪だ。人間の母に育てられ、人間的になろうとも、根本的なものはそうそう代わらない。血を好み、血に染まることに快楽的な感情が支配する。そう自嘲の風が心に吹き流れる。が、同時に心の片隅に感じる苦しさや切なさをもてあます。

決して伝わることのない愛情。彼の瞳からは、信頼と己と同等の力の持ち主に対する畏敬と敬愛。そのなかには、少しの欠片も恋情は見当たらない。敵として出会い、いつしかかけがえの仲間へと関係が変化した。そして同じく育まれた思いに愕然とした。気づいたら、この焼けるように熱い思いも育っていたのである。勘違いである、同じ男に対する感情ではない。いくらそう否定の言葉を飾ったところで、全て無駄であった。彼を夢想に描き、自慰をした際、いやでも気づかされた。そうか、彼を愛してしまったのか、と。誰よりも大切である、と。

これ迄の長い人生のなかにも、それなりに愛しいと思った相手がいなかった訳ではない。自身の矜持でもある盗賊家業を棄ててもかまわない、この女の為ならば共に地獄へ堕ちてもかまわない。そう思った者も確かに存在した。ただただ溺れる恋もした。だのに、彼を前にするとそれらの相手の顔さえ思い出せない。好きだった筈なのに、一切思い出せない。ばかりか、思い出のなかにいる彼女らの顔が、彼に代わる。過去も、現在も、そして、未来さえも彼によって支配されていた。そして思う。憎らしい、と。

それは愛情と平行して存在した。これほど迄囚われてしまった自身が可笑しくもあり、彼からもらえる信頼が酷く息苦しい。ゆえに、時々彼をめちゃくちゃにしたくなる。どこか知らぬ場所に彼を閉じこめたいとも思う。欲望のおもむくまま、彼を犯してしまいたいとも思う。殺してしまいたいと望んだことさえ、1度や2度では数えきれない。愛情と憎悪が、蔵馬の心の裡に螺旋状に併存する。

百足内に用意された彼の部屋は、躯の片腕に相応しい広さを有していた。が、その部屋の主人は簡素を好み、中央にベッドが1つあるのみであった。その唯一の家具の上で今彼は冬眠していた。先ほどの戦闘に際して、黒龍波を数回放った結果であった。闘技場からここ迄運び入れたのは無論蔵馬であった。殺してしまいたいと望む一方、彼に優しくしたいと望む。真綿で包む愛を捧げたい、と。特に、彼の寝顔を見ている時は、その溢れんばかりの愛撫を注ぎたくて堪らなくなるのだった。

対峙している際、何故彼を死に追いやりたいと望んでしまうのか、蔵馬はぼんやりとながらその理由を察してもいた。おそらく、彼の瞳がそうさせるのだ、と。口では苦手だなんだと云いながらも、その瞳は主人を裏切っていた。信用されている。仲間として信頼もされている。それは嬉しくもある、誇らしくもある、が、結局はそれのみであり、それ以上には決して育たない彼の感情。その証が蔵馬のみに向けられていたならば、ここ迄思い悩む必要はなかったであろう。飛影にはその瞳を向ける相手が多く存在していた。幽助、桑原、躯、その他多く存在していた。そうなのだ、彼らと同一視されていることが、蔵馬を苦しめていたのである。裏を返せば、それは蔵馬の独占欲のあらわれであったことは疑いようもない。

だから、1度の嘘が欲しい。嘘でかまわない。たった1度、その嘘が聴けたならばどんなに幸せであろうか。それを聴けたならば、きっとこの思いも慰められる。

蔵馬は眠り続けている飛影に唇を寄せた。起こしてしまわないように、と、注意をはらいながら。小さな小さな種を、舌を使い彼へと移す。飲み込まれるさまを、幾ばくの後悔で眺めやる。やがて、とろん、としたルビーの双眸が開眼する。意識はなく、焦点を定めてはいない。まるでそれは、暗示にかかっているかのような虚ろで頼りなげな瞳であった。

ごめね、飛影。ごめね。自身の欲望を満たす為にこんな馬鹿な真似をして。たった1度でいい。貴方の意思でなくともかまわない。だから、お願い、好きと云って。

「ねえ、飛影。・・・、貴方の好きな人は誰?」

虚ろな瞳を覗きこむ。そこに映っていたのは、蔵馬のみであった。ああ、貴方をこんな風に独占出来たならば、どんなに幸せであろうか。蔵馬だけを見つめ、蔵馬だけを考え、蔵馬だけを映す。そして今正に、その夢にもみたものが実現する。例え、虚偽であろうとも。覚醒していない瞳に暗示をかける。種を通じて妖気を送り、意思を、言葉を誘導して行く。

ゆっくりと彼は紡いだ。

「く、ら、ま、す、き。くらまが好き」

それは愚かな光景ではあったに違いない。が、蔵馬は確かにその瞬間幸せを感じたのだった。嘘と知りつつ。

「もう1度云って飛影」

「好き。くらま好き」

壊れたテープが幾度も再生する。

「くらますき」

が、しかし、幸福は正に一瞬であった。感情のない声が繰り返し繰り返し紡ぐ。そのたびに、蔵馬の心の深い場所に亀裂が入ったのである。そして、そこから血が溢れ出し蔵馬の全てを飲み込む。

違う。

違う。

違う。

彼はこんな言葉は決して云わない。あれほど望んだ筈なのに、渇望した筈なのに、嘘でかまわないと願った筈なのに。彼から繰り返し囁かれるそれらは、滑稽であり残酷な針であったのだ。

未だ止まらぬ言葉に、殺意が芽生える。夢など所詮はお伽噺と代わらない。現実性に欠けるからこそ、綺麗で美しく見えるにすぎないのだ。彼の嘘の言葉を、いつしか耐えられらくなっていた。重く、苦い毒の針が、蔵馬の内部を犯しあれ狂う。なんと、我が儘で醜いのであろうか自身は。嘘でかまわないと願いながら、今はもっと欲が深くなっている。愛しいのに、誰よりも大切な筈なのに。あるいは、この思いが大きすぎたゆえに壊してしまいたいのだろうか。そして、欲望に忠実に手が動く。

蔵馬の彫刻より美しい手にゆっくりと力が込められて行く。後悔の類いは蔵馬の裡になかった。彼の細い首が絞まる。言葉は止み、代わりに苦しげな吐息が幾つも零れ落ちる。やがて、飛影の瞳に正気の色が灯り始めた。その瞳にゾワリとした。快感が脊髄をかけ上がる。そう、正気の奥に、微かにではあるが憎しみが存在していた。蔵馬は優美な口元を歪めた。その瞬間、飛影から強烈に殴られた。殴られた頬を庇いもせず、蔵馬は笑みを深め高らかに笑う。

「ふ、ハハハ」

「ゲホ、ゲホッ・・・。貴様!なんの真似だ」

呼吸が正常化すると共に、激しい叱責が飛影の口から迸る。しかし、蔵馬にはそれが聴こえてはいなかった。己の思惟に囚われ、怪うく危険なものを纏わせていたのだった。

そうか。そうなのだ。彼から愛情はもらえない。これから先も。どんなに望んでも決して得られない。愛してるのに、これほど愛しているのに、その思いを同じように返してはくれない。

しかし、“唯一”になれる方法はこんなにも簡単に存在していた。憎しみなら、そう、憎い相手にならば、簡単になれる。彼の“唯一”に自身だけがなれるのだ。友情などではなく、信頼でもなく、畏敬でもなく、無論敬愛などでもなく。それらの存在は確かに心地よい。でも、自身はそれだけでは到底足りない。もっと、もっと、深いものが貴方から欲しい。友情など、いつか消えてしまう。信頼など、代えがきく。増悪でいい、嫌悪でもいい、憎しみならば、貴方の裡に長く長く居られる。そう、氷河の国を未だ憎んでいるように。なんと、甘美な甘露を見つけたのだろうか。

「フッ、フハハハ」

蔵馬はその後1時間もの間、気が狂ったかのように、笑い続けた。飛影は戦き、目の前の男をただただ見つめ続けた。

突如、蔵馬に静けさが降りた。先ほど迄の常軌を逸脱した笑みは綺麗に消え失せた。それが、却って飛影に危険な警戒の鐘を鳴らしていた。

「飛影」

「・・・」

「俺ね、彼女が好きなんだ。誰よりも好き。抱きたいと思ってる」

蔵馬は主語を外していた。が、しかし、飛影にはそれが誰を指しているのか、瞬時に理解したのだった。理解した瞬間、飛影の瞳に、これ迄見たことのない、熾烈であり苛烈な怒りが宿り蔵馬を見下ろす。

ああ、いいね。その瞳もとっても綺麗だよ飛影。今、自身だけを映している。他の者は誰1人として居ない。そして、それは、蔵馬に奇形な幸福が宿った瞬間でもあった。

見つけた。これで貴方の“唯一”になれる。もっと憎んでごらん。もっと、もっと、もっと。そうしたら、もっと貴方を愛してあげる。呼吸も、吐息も、貴方の心音さえも、全部全部、愛してあげる。必要ならば、貴方の大切な妹も抱く。それで、貴方がより自身を憎んでくれるならば、手段は選ばない。そうだ、分裂期に彼女を犯すのも1つの方法だ。大切な妹を失い、きっと、貴方は怒るだろう。もっと憎めずにはいられなくなる。

これが罪にあたいしてもかまわない。罪でも受け入れよう。

悠然と立ち上がった獣の瞳には、狂気が灯っていた。一瞬、飛影は恐怖に戦いた。対峙している蔵馬が、自身の知る蔵馬ではなかったがゆえに。

誰だ、目の前の男は、・・・

「・・・。貴様」

「愛してるよ」

誰よりも貴方だけを、ね。永久に憎んでごらんよ、飛影。いや、憎ませてあげる。貴方の“唯一”であり続ける為ならば、罪にこの身が喰われようとも厭わない。

さあ、飛影。永遠の始まりだよ。離さないよ、例え罰せられようとも。貴方は憎み続ければいい。










Fin.
2011/10/5
Title By 確かに恋だった

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