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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




おもひで act.1


箪笥の奥底に眠っていた浴衣を蔵馬は取り出し、人知れず、1人ほんわかと笑みを浮かべた。蔵馬という人物を多少なりとも知っている者から見れば、その柔和な笑みに驚愕したことであろう。幽助然り、桑原然り。最大限心を赦した仲間でさえ、何時もどこか一線を引いていた蔵馬。何しろ、常に冷静沈着の面をつけ、行動はどこか飄々としており、相手をのらりくらりと、時に話術で、時に態度でかわすつかみ所がない人物であるから。それがこの笑み。蔵馬を知っている者たちは、皆一様に驚くことであろう。

蔵馬にそこまでさせたのは、母との思い出が過った故かもしれない。幼少の頃、志保利自らの手で仕立ててくれた思い出が詰まったものである。これを着せられ、母の手と一緒によく夏祭りに出かけたものだ。あの頃は、母に特別な感情を抱いている自覚は薄かった。いや、その内に育まれ始めた思いに気づいてはいた、が、その人間じみた感情を持ってしまった自身に対し戸惑っていたという方が近い表現かもしれない。

確か、母が腕に深い傷をおう前だった、これを仕立ててくれたのは。そして、人間の父親、南野秀一という人間の肉体のDNAの繋がりでもある人物が亡くなって間もなくではなかっただろうか。父親が亡くなり、それまで以上に母は自身を気にかけ、愛情を注いでくれた。おそらくは父のぶんも、と。その母の無条件の愛を受け入れることに、躊躇いと恐怖を抱いたことだけは、よく覚えている。

妖怪である蔵馬は、人間の子供と当然ながら馴染めずにいた。周囲は蔵馬を優等生と見てはいたが、学校でも、近所でも、何時も1人でいる孤独な子供と、誤解していた風もあった。教師陣は一様に、手のかからない子供であると同時に、酷く淋しさを匂わせる、そんな子供と見ていた節がある。無論、蔵馬が人間たちに必要以上に深く関わろうとしなかった、という一面も確かに存在した。どうせ、仮の姿に、仮の宿だ。そのような冷めた感情がより多くを蔵馬を支配していたのだった。そんな、裏の事情など、露とも知らず母は自身を憂いてか、積極的に近所や学校で行われる行事に、自身を参加させた。他の子と同じように、と。この浴衣も、そんな母の願いが籠められた品である。始めに着せられたのは、確か小学生になったばかりの年。そして、病魔に侵されていた時でさえ、代わることなく。今年まで1度も欠かさずに。1つ1つを手に取り、そのたびに、その年の夏が鮮明に脳裏に思い出されたのだった。

魔界での役目も一段落つき、高校も卒業を待つのみとなり、蔵馬は義父の会社の近くにマンションを構えることとなっていた。その引っ越しの為に、あれこれと片付けに追われていたのだった。この浴衣も棄ててしまうことは簡単である、が、しかし、蔵馬はそれを丁寧にたたみ直し、マンションへと一緒に引っ越すことにしたのだった。感傷的に随分となってしまったものだ、と、自嘲する思いはあれど、取り消す意思も蔵馬にはなかった。

そこへ、思いもよらない人物が、魔界から蔵馬の部屋へとやって来た。飛影である。

「・・・なんだ?この散らかりようは」

「いらっしゃい。飛影。ごめんね、引っ越しの準備中で散らかってて。今ココア持ってくるね」

飛影は1つため息を溢すと、蔵馬がつい先ほどまで手にしていた物に惹かれた。雪菜の、いや、氷女の衣装に似ているからである。

「人間も“それ”を着るのか?」

飛影の視線の先には、先ほど丁寧に仕舞い直した浴衣たちがあった。蔵馬は飛影の心を、ある程度読みとることが出来た。そして、ニコリと笑う。それは、先ほど密かに漏らした笑みとはどこか違っていた。母とは別の次元で、愛しいと思っている飛影のその興味の原因が、自身が着ていたという事実よりも、妹と同じようだと、惹かれたことに蔵馬は飛影の表情を見て感じとったからである。憮然とした内面を飛影に悟られない為に、無理に笑顔を取り繕った、そんな感じである。相変わらず、彼女のこととなると、鼻が効くというか、なんというか。つまりは、雪菜への強い嫉妬である。内面を隠す意味も含め、蔵馬は要点だけを告げた。

「それって?ああ、浴衣のことか。まあね、昔は着物が主流だったんだよ。今じゃ、着る人の方が圧倒的に少ないけどね。浴衣も夏祭りにしか着ないかな」

蔵馬の返答に生返事を返す飛影。需要がないと知ると、飛影は途端に気が萎んだ。その興味は失せたと云わんばかりの態度に、蔵馬は密かに安堵を覚えた。あれこれ詮索しない彼だと知ってはいる、が、やはり、母との思い出の品ということに、僅ながら蔵馬のなかに申し訳ない気持ちが込み上げたからである。飛影にも、形見の品はある、胸元に美しくも妖艶に光る氷泪石、それは唯一のもの。彼と彼の妹の。しかし、彼らの母はもうこの世にいない。母の記憶さえも飛影にはない。それに対し、蔵馬の母志保利は健在である。それも、“あの時”の暗黒鏡によって。飛影が三大秘宝の件で、暫しの間自身に対し増悪ないし、復讐心を抱いていたことは気づいていた。それでも、彼に惹かれていった。どうしようもなく。殺されるなら、彼の手で。真剣にそう思っていた時期もある。しかし、飛影のなかで気持ちが徐々に軟化した。そして、復讐心は淡いものへと変質した。無論、蔵馬がそのようになるようにと努力した結果ではある。が、今はそれは確信をこめてよい筈である。でなければ、あの矜持の高い彼が、自身に、ましてや、同じ男に躰を預ける訳はない。





「秀一、入るわよ」

部屋の外に1人の気配。無論、慌てたのは飛影であった。しかし、悠然と蔵馬はそれに対し反応したのである。あろうことか、扉を開け、母、志保利をなかへと入れたのであった。

「あら。お友達が来てたの?ごめんなさいね、気づいてやれなくて」

「いいよ」

「・・・」

2人の会話を聞き流していた飛影だった。元々入るつもりもない。幽助や桑原の名前があがっても、たいして気にかけなかった。ここは大人しくしてるに限る。そんな態度で寡黙を貫いていた。が、徐々に話しの流れが、思いがけない方向へと流れてゆく。なんと、蔵馬は思いもよらない科白をあっさりと口にした。

「うん。俺の1番大切な人」

飛影は慌てることと、驚愕すること、そして、頬を朱色に染めることを同時に成した。南野志保利は、その蔵馬の言葉に驚くどころか、「まあ、まあ。そうなの」と、意図も簡単に蔵馬のそのカミングアウトとともいうべき科白を受け入れてさえいたのだった。そして、こちらに視線を走らせ、秀一の時に見せる穏やかで、なにもかもを包みこんでしまう笑みとぶつかり、飛影は心臓が派手にジャンプした。

「飛影くん。秀一といつまでも仲良くしてやってね」

「・・・」

当然、飛影はこたえなど用意していない。じろり、と、蔵馬を一瞥するものの、蔵馬は意にかえさない。そればかりか、「大丈夫だよ。俺が幸せにするから。安心して母さん」などと、平然とした面持ちでもって切り返す始末。目眩を覚えるとはこのことだ。飛影は額に自らの手をあてがい、心の中でもって、蔵馬に対する悪口罵倒の数々を繰り返し唱えたのだった。やがて、蔵馬がお茶淹れてくるから、と、部屋を出てしまい、残されたのは、2人きり。会話など出来よう筈がない。そう思っているところへ、突然飛影は志保利に手を握られ、予想以上のことを云われることとなった。

「飛影くん。秀一のこと、どうか見棄てないでやってね。あの子、友達はおろか、誰かを好きになったとか全然云わない子だったの。感情表現に不器用な子なの。それが、始めてよ。きっと、秀一飛影くんに真剣なのね。おばさん嬉しいわ。男の子同士で、世間が五月蝿いこと云うかもしれないけれど、おばさんは飛影くんの味方だからね。秀一に悪戯されたら、いつでもおばさん飛影くんの力になるからね」

頷くべきだろうか、それともこの手を振り払うべきだろうか。しかし、伝わる温もりが、ことの他温かいことに、飛影は恐らく生まれて始めて躊躇したのだった。母とはこんなものだろうか、・・・。記憶にも、ましてや思い出さえもない母。飛影は、いつしか重ね合わせていたようである。その行動は恐らくは無自覚であっただろう。指摘したならば、ムキになって否定したに違いない。

やがて蔵馬が3人分のお茶を(飛影にはココアの上にホイップした生クリームを添えて)持ってきた。

「あら。ココア。飛影くん用にだったのね。貴方コーヒーしか飲まないのに、近頃常備してるから可笑しいと思ってたのよ」

「うん。飛影甘党だから。はい、飛影」

「・・・」

蔵馬から差し出されたカップを受け取りつつ、もはや、どんな顔をしてよいのやら判らなくなりつつある飛影であった。

「そうだ。母さん、飛影に浴衣仕立ててあげて。着てみたいんだよね、飛影?」

現金なものだ。と、内心でもって呟く蔵馬。先ほどは彼女に強い嫉妬を覚えたというのに、彼の内にあるささやかな願いを叶えてあげたいとは。恐らく、飛影はこのてのものを身に着けたいのだ。母と妹と同じものを。きっと、それにより、記憶にない母と、なにより大切な彼女との繋がりが欲しいに相違ないに違いない。何時だったか、ぼたんのことさえも気にかかっていたことを、蔵馬は知っていたのだった。雪菜ちゃんの手が介入するのは気に入らないが、母、志保利の手によるものならば許容出来る。そう考え、なんと自身は身勝手かとも思うが、気持ちばかりは代えようがない。致し方ないではないか。飛影のなかで、彼女が消失しない限り、きっとこの嫉妬は続くのであろう。

それに、彼と共有する夏の思い出を欲した。憮然とした表情でもって、浴衣を纏う姿を脳裏に思い描き、蔵馬はひっそりと微笑む。

「あらあら。秀一は飛影くんとお揃いがいいの?」

「うーん。そうしたいけど、飛影恥ずかしがりやだから、残念だけどそれは遠慮しておくよ。で、頼んでもいいかな?」

「ええ。じゃ、寸法とらなきゃね。飛影くんだったら、そうね、藍色が似合いそうだわ。ちょっと待っててね、飛影くん。あ、今日は夕飯食べて行ってね、おばさん腕によりをかけて造るから。そうだ、美味しい林檎手に入ったの。アップルパイ造るわね。じゃ、夕飯の準備出来たら呼びに来るからね秀一」

「うん。ありがとう」

ドアが閉まると同時に、恨めしげに蔵馬を一瞥する飛影。

「なに?」

「やはり親子だな」

「え?そうかな」

「表面笑って、やんわり云ってるわりに強引なとこなぞ、貴様そっくりだ」

夕飯など、飛影の了承もなしに既に決定事項である。ばかりか、服もあの様子では今日明日にも取りかかる勢いではないか。

なんだか短時間に色々とありすぎて、ドッと疲れが押し寄せてきた飛影だった。

「強引、かな?」

「自覚ないのか、貴様は」

あれほど憎んでさえいたのに、この男は土足同然に己を心身共に荒らした。それに絆された己も悪いと理解していても、こうもその事実に無自覚ときていては、飛影としては怒りの矛先を決めかね得ない。それが悔しいといえば悔しい。いつも、こいつにばかり振り回されて。が、もっと悔しいのは、それを心地よいと思ってしまっていることだ。認めたくはないが、それは、こいつの云うような情なのだろう。一生口に出してはやらないが。

「まあ、でも、貴方を紹介出来てよかった。これでマンションに来ても堂々としてられますよ」

「あの様子じゃ、貴様が妖怪だと告げても、そうか、で終わりそうだな」

「うーん。今度云ってみようか」

「勝手にしろ」

「・・・でも」

「なんだ?」

「なんでもない」

無自覚、か。それをいうなら貴方の方だって。幾らでも自身と母の会話を阻止出来た筈である。それを聞き流していたんだから。あまつさえ認めたでしょう、飛影。“俺の大切な人”、だって。貴方の顔が如実に云ってたよ。蔵馬は込み上げる衝動を隠すように、コーヒーカップで口元を覆ったのだった。来たる夏を思って・・・

やはり、貴方はどうしようもなく可愛い。










Fin.
2011/7/9
Title By HOMESWEETHOME

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