The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.
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Immortlle act.1
雪菜───
雪菜───
雪菜───
あの極寒の氷河の国から忌み子の烙印を押され、空中の柵だらけの国から落とされた時に誓った筈の復讐。だが、時の流れで何時しかそのこと自体への執着が薄れ代わり、妹の存在を知った。もう、存在し無い母の代わりに復讐したいとは思わなかった、ただ、一目、血を別けた妹に会いたい。
生きる為に盗賊になった、生き延びる為に剣の腕を磨いた、己の生き甲斐は全て、あの極寒の地に由来したのだった。だが、その全ての理由が、母の死を前にして、己の裡で揺れ動いて危うい。雪に半ば埋もれた墓標に刻まれた名前を見て沸いた思いが何であるかを知る術が無い、ただ、不思議と心が凪いだ。
妖怪の、ましてや今まで、盗賊の同胞だろうが敵だろうが裏切り者だろうが、母の形見の氷泪石、それを狙うだけの顔も名前も覚えて無い奴らもいた、それらの屍の数々は、散々この手を文字どおり血染めにし、殺してきた、その己が、今、泪という母の縁者の氷女から、妹の存在を聴き、肉親の情を抱くなど滑稽で笑えた。
だが、会ってどうするつもりだ、飛影?
自問自答は、己に直ぐには路を開かせてはくれなかった。
ただ、会いたいから会う。
それが、唯一の理由になっていた。
生きる為の理由。
生まれた時から、生きる為の理由が己には必要不可欠だった。最初の生きる理由は復讐だった、1人残らず氷女を殺戮し、あの極寒の国ごと破滅させるつもりだった。その為だけに今まで生きてきた。だが、その復讐は、果たすことは叶わなかった、果たすことを諦めたと言った方がより正解に近いかも知れない、本当のところ理由はどちらでもかまわない。だが、生き甲斐はまだ残っていた、残されていた。
それが、雪菜。
行方不明。
人間界にいるとの情報を得て、額に植え付けたもう1つの烙印の証である邪眼だけを頼りに探し始めた。会う目的だけだった、その後は考えもしなかった。手術を請けおった時雨との契約など、元々関係無い、告げる意思は始めからなかったのだから。
それが、会う前に下級な妖怪の妖力の底上げの食材にされていたと知ると、生まれて始めて怒りというものを知った。
1度は奴のアジトに奇襲をかけたが、深手を負った、何という不様だ、あんなゲス野郎1人抹殺すのにこのざまとは笑える。とんだお笑い草だ。そこには、過去A級クラスだった飛影の面影はなかったのだった。
気配を最小限に殺し、踞る物陰とは反対方向から近づきつつある新たな敵に、飛影は静かに鞘から刃を抜いた。巧く化けたもんだ、と、内心で感心する、よくもまあ人間などと一緒にいられるものだ。おまけに、その人間を庇い逃げろと、きた。ネジの2、3本はイカれた野郎だ。対峙した妖怪は半妖の様な不確かな気配、だが、最初に受けた印象と違い、力は必要以上に抑えられており下手をすればこちらが反対に殺られかねない、「良い腕だ」力量を素直に称賛すると共に、疑問が浮かぶ、何故、これ程の力量の持ち主が、あんなクズの手下に甘んじている。己なら、真っ先に刃向かいあのクズに取って代わるだろう。八つ手の名を出すと、目の前の敵に始めて迷いが生じ、それが合図のように刃に模した葉をおさめた。
「刃をおさめろ。俺はこの辺りを縄張りにしてる先住者だ」
焦り。
深手を負って、思考が混濁していたとはいえ、更に失態を演じた。薄れ行く意識の中、まだ見ぬ妹の顔が飛影の脳裏に浮かんだ、それは正しく幻だった、だが、飛影にとっては、事実として脳裏に確かに記憶したのだった。
無事でいてくれ。
無事でいてくれ。
今、お前に会いに行く。
雪菜。
「・・・ユキナ?」
その呟きは蔵馬に新鮮な驚きをもたらした。薬によって眠りについている体を調べる、額に真新しい面白いものを見つけ、合点がいって益々可笑しくなった。生まれて高々数10年足らずの妖怪が、女1人探す為に壮絶な痛みと高い妖力とを引き代えに邪眼を手に入れるとは、蔵馬には理解し難い行為だった。それと、同時に、ある種の思いに似た感情が浮かび上がるのも自覚したが、蔵馬はあえてそちらを無視した。
「玩具。にしたい、な」
かつての美しさに負けない妖艶な笑みを口元に浮かべ、その物騒な独り言は、ベッドの上で静かに寝息を立てている飛影には耳に入らなかったようだ、入り込んでいたならば、互いにもう1度刃を交える結果に繋がっていたに違いない。
気に入った。
蔵馬にとって理由はそれで充分だった。
八つ手など、眼中にはなから無い。反吐鬼が口を滑らしていた強いバックとやらは、その八つ手でまず間違いは無いだろう。奴を利用して、この邪眼の妖怪に先ずは近づくのが先決。
が、そこで、脳裏に久しく見ていない、霊界の守護を司っているお偉いさんの顔を思い出す。名を、コエンマ。
千年程昔、蔵馬は今の仮の姿ではなく、本来の妖狐としてコエンマと対峙した仲である。昔は今のように、霊界、魔界、そして、人間界との境界線などあって無いものだった。魑魅魍魎。正に妖怪にとっては天国だった頃。人間の生き血を吸う者、生き血を斡旋する者、こぼれた生き血にすがる者、自身の力量しだいでどうとでもなった世界。
魔界でそれなりに名を上げた後、人間社会に溶け込み、当時の世を大いに撹乱に陥れることは、麻薬などよりずっと美味だった。だが、霊界側は垣根を設け、妖怪を取り締まりにかかった。当時、魔界と人間界を行ったり来たりの生活をしていた、だが、ある時を境に魔界へと渡れなくなった。皮肉なことにA級クラスだったが為に、霊界側が張った人間界と魔界とを繋ぐ空間に強力な結界を抜けることは叶わぬこととなった。
まあ、霊界側の言い分も判る、下等な人間を狩り過ぎては、何れ、妖怪たちは狩りそのものが出来なくなる。人間を喰う妖怪を締め出す以外に策が無いという訳だ。しかし、それも、霊界側の選民意識からくる謀り事、魂を管轄しているという、もっともなこじつけで、人間界を支配下におさめたいだけ。そして、行く行くは魔界をも。
陰陽師。当時、霊界側は妖怪退治に白羽の矢を立てた集団。俺は、戻れなくなった魔界を早々にみかぎり、腹いせとばかり、その陰陽師集団の中に潜り、人間と妖怪のいざこざ拡大し、僅かにあった人間と妖怪の信頼という頼り無いものに亀裂を広げた、そして、それらを歯ぎしりしながら静観するしか出来なかったコエンマたち霊界側、随分とあの頃は楽しませてもらったものだ。
だが、それも直ぐに飽きた。
人間界にも飽きた。
生きることにも飽きた。
その後は、ただただ、惰性に身を任せた。死に向かって緩慢に生きる、それだけだった。
ある日、懐かしさが過り、気ままに魔界へと繋ぐ亜空間へ行くと、運悪く霊界特別防衛隊、通称ハンターがいた。油断していた、一生に1度の不覚、それが、今の無様な姿にすがるしかなかった。死にたかった筈なのに、魂は貪欲に生にすがりついた。以来、既に10数年。
似て非なる者。
魔界に同じく帰れ無い者同士。
下級に堕ちぶれた妖怪。
だが、決定的に違う。
何かにすがる者と、棄てようとしている者。
この身が哀れ過ぎる、こんな下等な人間の姿にすがるとは、あの当時は予想の遥か彼方だった、いや、予想すらおぞましいことだった。妖力が回復した暁には、この人間の姿を棄てる。
だが、この邪眼の妖怪。
何をそんなに生き急いでいる?
邪眼迄憑けて。
何をそんなに望んでいる?
邪眼迄憑けて。
知りたい、この小さな妖怪の全てを、その熱望は、かつてないほど強烈に蔵馬に抱かせた。それには、玩具にし、囲う、だが、困難が付きまとう。今は力量は同等だろうが、この先は果たしてどうだろうか。躊躇いなく刃を向けた性格からして、大人しく囲われ者になるとは考え難い。それに、この額の真新し邪眼。元はA級クラスの妖怪だっただろう、でなくてはそもそも邪眼を後天的に憑けた妖怪が、人間界にいる道理にならない。と、なると、自然、監視がある、霊界側の。結界を越えた妖怪を、それも、魔界で妖力をほぼ零に迄失った妖怪に対し、果たしてどの程度霊界側が把握しているかは知れないが、元Aクラスとなれば、それなりに用心している筈だ。下手をすれば、ハンターが監視役をしているかも知れない。と、すれば、このまま無理矢理囲うよりもあえてこの邪眼を游がせた方が得策かも知れない、さすれば、何らかの形で、霊界との接触は可能だろう。
そこで、ベッドの上の妖怪が身動ぎ、辺りを用心深く見渡すのが視界に入る。
「随分早い回復力だね、驚いた」
「・・・」
「ユキナ。とは?」
案の定、顔つきが面白くらい代わった。だが、その顔つき、いや、その相手を鋭く苛烈に射ぬく瞳が益々気に入った。忘れて久しい高揚、そして、屈伏したいと望む支配欲、独占欲。全身の毛孔が、嬉々と開く、そんな気分だった。
「八つ手のところにそのまま乗り込むつもりなんですか?」
まだ傷口も完全では無いというのに、見た目とは反対に以外と無茶を働く。
「貴様に関係は無い」
「まあ、確かに。しかし、傷が癒えた後でもかまわないのでは?それとも、急がなくてはならない理由が?例えば、ユキナ、とか。フフッ、恐い顔だけどね、それだけでは八つ手倒せませんよ。そうだなあ、俺の名を聴いたら、八つ手の気を反らせるくらいの効力期待出来るかも知れませんよ?どうですか、俺を連れて行ってみます?」
「断る。しかし、よく喋る奴だ。手当てしてなきゃ殺してるところだ、その減らず口共々な」
「・・・蔵馬」
本名を告げると、信じられぬ、と、怪しむような瞳が、こちらの顔を撫でた。反発、嫌悪、疑心、互いに顔色を伺いながら見つめ会った数10秒間、えもいわれぬ快感だったことは確か。
血臭、澱み、停滞を知らぬ狂気、裡に秘める烈火のように鋭く熱い焔が燻りながら眠っている。始めて、妖狐、いや、「南野秀一」という腐った狐の皮を被った人間に出会った、それが、肌で感じた率直な感想だった。
人を虜にする秀麗なまでの笑み、だがそれとは裏腹に、その瞳の奥底には見る者を脅えさ服従させる何かが含まれていた、ゆっくりと獲物に近づき、言葉巧みに取りつき、支配下におさめ、1度捉えた獲物を欺くことも殺すことも一片の躊躇も見受けられない、寧ろ、それを鮮やかに、軽やかに、一流のピアニストが優雅に弾くのと同じように、当たり前にやってのけてしまうだろう。そう感じた筈だった、少なくとも、伝説に語られてきた「妖狐蔵馬」はそういう妖の筈だった。
「貴様、本当に“あの”妖狐か?」
「傷を手当てした人間に向かって、その云い方は無いんじゃありませんか?」
「人間!?はんっ、笑わせる、化け狐の間違いだろう!?」
「化け狐、か。フフッ」
「何が可笑しい!?」
「いえね、久しく耳に聴いてなかったもので、可笑しくてね」
そのただならぬ笑みの向こう岸に、飛影は確かに闇が存在することを看守した。
・・・コイツも同じ、か。
何かに強烈に餓えている、が、それが何であるかなどと一々構っている余裕は無い、それに、所詮は他人事、妖怪が馴れ合うなど馬鹿げている。飛影は身を翻し、僅かに後ろの存在を確認し、その部屋を後にした。
2010/12/18
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