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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




幸せの代償は act.2




※ ※ ※





「兄は自身の意思でことを成したのです」

雪菜は最後、そう締めくくったのだった。

信じられなかった、信じたくはなかったといったほうがよいのだろうか、最早、蔵馬自身でさえ、判断力が衰えていただけは確かなようであった。

「これを」と、雪菜が蔵馬に差し出したのは、普段の氷泪石より一回り大きな石。不思議な色合いの石だった。青くもあり、翡翠のようでもあり、銀色のようでもあった。

「兄が、始めて、泣いた証です」

子を生んだ証、とは、雪菜は云わなかった。あえて、避けた、と、蔵馬は気づかなかったようだった。子は、確かに、飛影の意思だったであろう、母、氷菜と同じく。だが、本当はこの石を、この世界中にたった1つの氷泪石を、蔵馬に残した。そう、思えてならない雪菜であった。

「忌み子も妊娠出来るだなんて」

知らなかった、知っていたなら、絶対に、なにがなんでも、飛影を抱いたりはしなかった。一生かけても、抱いたりはしなかった。痛烈な後悔が、蔵馬の裡に育む。

愛した結果が、これだけ?

狡いよ、飛影。貴方は酷く残酷な人だ。貴方なしで、この自身が生きられると、本当に信じてたの。ねえ、飛影、答えてよ。

その氷泪石を見つめ、蔵馬は自問自答を繰り返す。しかし、答えをくれる相手は、もう、この世の何処にも存在しない。そうさせたのは、他ならぬ蔵馬自身であった。

「兄は、この子に生きるきっかけは与えました。しかし、生きるか否かは、この子自らに委ねる。そのような言葉を云ってました」

「俺が育てる」

飛影の代わりにするつもりはない、だが、自然と口からそう出た。が、彼女は苛烈な青い瞳を見せ、確固たる拒否を露にしたのであった。

「義務を押しつけにきたのではありません。ただ、真実を述べにきただけです」

「でも、その子は俺と飛影の」

「ええ、そうでしょうとも。ですが、貴方に育てていただくつもりはありません」

「では?」

「魔界に帰り、私が育てます」

「でも、いくら、貴女が強いとはいっても、女で1つであの魔界でそれが可能だと思ってるのかい?」

魑魅魍魎、弱肉強食の世界。いくら、霊界と人間界と友好的になったとはいえ、それは自殺心願者を野放しにすることを意味していると同意語。雪菜、という名の氷女。彼女は、桑原君や静流さんたちを巧く誤魔化してはいるが、その能力はこの身に迫るものを隠し持っている、流石に飛影の双子だけのことはある、そう、感心したものだ、が、それのみでは生きてはゆけない。赤子の肉を好む種族は数知れず、新鮮な臓器を売買している盗賊かぶれの輩も多すぎる。加えて、彼女は氷女。その身がもたらすであろう氷泪石は魔界のなかでも、稀少価値だ。そんな2人を魔界に置いたら、さあ、誘拐して好きにして下さい、と、そう云ってるのに等しいではないか。例え、それらをかわしえても、まともな生活がはたして出来るとは到底思えない。

「蔵馬さんの仰りたいことは百も承知のうえです」

こちらの心を見透かしたような台詞に、彼女の意思が既に決まっており、自身が何を云おうとも覆すことが叶わないと悟る。

1つ、重苦しい吐息を出す。ある仮説が浮かび上がった、おそらくは、正しいそれを、信じたくはなかった。自らの子を、誰がそんな道具にしたいと望む。かつての自身だったならば、彼女の申し出を、厄介払い出来ると、そう受け取り、嬉々として差し出したに違いない。しかし、間違いなく飛影と自身の子なのだ。しかし、それは、この場合、彼女のその意思を受け入れた、そう、とられたようだった。

「かまいませんね?」

「・・・雪菜ちゃん」

同情や哀れみを彼女が求めてはいない、判ったうえでも、きっとこの時の自身の声には、それらが含まれていただろ。

「何か?」

「復讐者を育てるつもりなんだね?」

僅に見開いた美しい青い瞳。それは、自身の仮説が真実をとらえていたことも表していた。

飛影が諦めた復讐、自身が形を代えて行ってる復讐より、それは、大いに説得力に富む。忌み子に、しかも、氷女自らが育てた忌み子に、あの冷たく凍てついた地を滅ぼす。復讐は、何も生み出さない。彼女も、この子も、その後に待っているのは虚無感だけだろう。何故、それが判らない。

「そんなに憎い?」

「ええ」

「でも、その子はそれを望んでるの?」

「それは父親の情からですの」

「そう、なのかも知れない」

父親、か。判らないまま、機械的にそれだけを述べた。彼女の言葉には、酸味も苦味も充分以上に含まれていた。飛影を亡くしたことに悲哀が深く、子に対してははたしてどうなのだろうか。彼女と同じく愛せる自信は少ないかも知れない。飛影の子であることには違いない、だが、同時に無言のなかに突きつけられる、母を、飛影を殺したのはお前だ、と。

彼女は、それを判っている。

そして、こちらが驚く提案を突きつけてきた。悠然と。

「では、伺ってみては?」

思いもよらないその言葉の後、彼女は自らこちらに赤子を抱かせた。

呪符にくるまれたその赤子、飛影に似ている箇所は見当たらない、銀糸の髪がその幼い子の顔の周りを飾り、期せずしてその瞳を開けたのだった。裡に僅に残っていた期待すらも、その瞬間見事に打ち砕かれた、恋い焦がれた飛影の紅い瞳でもなく、自身の、妖狐の時の金色の色をしていた。その瞳を見た時、何故ともなしに確信した。氷女が男と交われば、その雄の性質を受け継ぐ。ああ、お前は妖狐に似すぎたのか、と。薄暗く笑う幼い口元には、残虐なそれがみてとれた。

「何時かは、貴女も、俺も、この子に殺されるかも知れないよ」

警告は、彼女に意味をなさなかった。この子のたゆたう狂気に犯されたかのように、彼女は、赤子と同じく、口元を薄く笑ったのであった。

それも承知のうえ、か。

「判った。貴女に託すよ」

「何もかもが終わったら、会いにきて下さいね」

何もかも、か。それは、何か、蔵馬は聴かなかった、聴かずとも理解したが故に。氷河の国が魔界から消失する、その日迄、か。

それは、そう長くはかからないだろう。あの赤子は、飛影の、そして、彼女の意思を強く受け継いでいる。2人の叶えられなかった、最後を見届ける赤子。それが、自身の子。ただ、それだけ。

その後は。

「殺されに。かい?」

貴女からみたら、自身さえも同罪。愛したのに、愛したからこそ、選ばれた最後。飛影を、殺した、罪。一生あながえない重い十字架。この身が絶えるのを確認しなければ、彼女のなかから憎しみも、恨みも、嫉妬も、何もかも消えはしない。

「ええ。私では出来なかった。でも、何時か必ず」

彼女は微笑をたたえそう云うと、魔界へと帰って行った。愛し赤子をその胸に大事に大切に抱きながら。






待った。ひたすら時がすぎ、その日がくるのを待ちわびた。

飛影が残した者が迎えにくるその時を。

雪菜、彼の妹が魔界へと帰った後、人間界に彼と彼女の素性を知る全ての者の記憶を操作した。彼女は死んだ、と。幽助以外は。

幽助には全てを話した。そして、魔界ではもう1人、躯。彼女にも知る権利はある。そう、判断してのことだった。幽助には、思いきり殴られた、その後、何故止めなかった、と、散々泣きながら詰られた。躯は、ただ一言。「そうか」と、だけだったが、心情は幽助と同じであると無言のうちに理解したのだった。

飛影の部屋に残されていた2つの氷泪石は、自身が預かることになった。何時か必ず必要になる、そう確信していての処置だった。躯は、最後迄、何か云いたげであったが、結局はため息だけを残した。躯は気づいていたのだろう、自身が死ぬ時を。

そして、その時が訪れた。

魔界からある手紙が使い魔によってもたらされた。差出人は飛影の妹。

ああ、飛影、もう少しでそっちに逝くから、待っててくれるかい。長いこと1人にしてごめんね飛影。貴方が命と、この氷泪石とを引き代えに残してくれた息子は、雪菜ちゃんが育ててくれたよ、きっと、俺以上に冷酷に。だから、安心して。

指定された場所にやってくると、今まで見たことがないほど大量の氷泪石が山のように積まれてあった。その数えきれない量と、彼女、そして、自身によく似た息子の顔をみて、その氷泪石が何であるかいやというほどに理解した。

「1人残さず、かい?」

「ええ。みんな、恐怖に戦き泣きわめきながら逝ったわ。ね、飛狐」

飛狐。愛しげにそう呼ばれた息子に、視線を向けた。昔の自身にあまりにも似すぎており、可笑しくもあった。

懐から飛影が息子を生んだ際に落ちた氷泪石を、始めて自ら息子の手のひらにおさめた。無言のまま、それを見つめていた、が、何の前触れもなく、シュッと、鈍く重い音の後、彼女は、飛影と同じように愛したであろう育て上げた甥によってその最後を迎えた。死に顔は、彼女らしく、穏やかで美しく、そして、その瞳は凍てついていた。

「この女のいいなりは飽きたんでな。氷河の国を滅ぼしたなら殺すと決めていた」

殺した甥の瞳も、又、彼女と似ていた、凍てついて、何より、儚げだ。が、きっと、何時か、お前も知る時がこよう、愛しいと感じるものが何であるか。それは千差万別であり、掴むのも危ういものである、と。だが、それを得れば、何時か判る。彼女の愛し方も、自身の愛し方も、そして、飛影の愛し方も、みな、正しく間違っていた、と。

「だろうな」

「これが手に入れば、お前も必要ではない」

「もとからそのつもりでここに来た。遠慮はいらない」

飛影、息子は昔の俺にゾッとするほど似てる、でも、1つだけ、似ていない、かな。情が貴方に似たのか、深いようだ。躊躇うことなく殺したくせに、彼女を愛しい者でも見るかのように、その瞳には後悔が宿っていた。自身は殺して後悔などしたことがない。でも、ああ、1度だけ後悔した、貴方を殺したのは俺だったね。やはり、俺に似すぎたかな、まぎれもなく息子だ。希望や夢を残していったら、哀しみ嘆く。ならば、最初から繋がりなど全て絶ちきる。そうだろう。氷河の国に復讐をとげ、目的を失った彼女を、空虚な彼女を見ていきたくはない、そう思ったのだろう、残酷にみえて、そこには優しさが募っている。そう考えると、やはり、貴方の方に似たのかな、貴方もそうだったね、何時も非道に見せて、その奥には優しさが溢れていた。

もう、自由に生きろ。もう、氷女の柵はないのだから。そして、何時か、出会え。お前が、命をかけてもかまわないと思う相手に。

1つ、やり残したことを思い出し、双子の氷泪石を取りだしたのであった、そして、それを、彼女の遺体にかけた。以前、飛影の胸元に輝いていた石は、妹の胸に美しく輝いている。雪菜ちゃん、貴女にこれを返したかった。これさえも、俺は貴女から奪ってしまって、ごめんね。貴女に自身の死を見届けさせたかったのに、それさえも、叶えてあげられなかった。逝ったら貴女から叱責をうけるから、もう少し霊界で待っててくれるかな。そして、2人で飛影が待つ地獄へ堕ちよう。

「もし、魔界で何かあれば、躯のところへ行け。彼女なら手助けになる。人間界に行くつもりなら、幽助を頼れ。いいな」

手のひらの、己のためだけの氷泪石を見つめていた飛狐は、こちらに一瞥を向けたのみで、氷泪石をその身に自らの手で首にかけた。やはり、血、かな。その石は氷女の血を引き継ぐ者に1番相応しく輝きを増す。

飛影、今、逝く。

息子に最後を看取られる人生も、貴方が与えてくれた幸せだった。蔵馬は最後に微笑を口元に彩った。

鈍い音が室内に斬糸のように響いた。

蔵馬のその後を見た者は存在しない。
愛しさと後悔とを引き替えに、はたして蔵馬はその瞳に何を見たのか。知る者はこの世に無い。



何時しか、魔界、霊界、そして、人間界を問わず、氷泪石は、死を招く石とされ、忌避されることになっていったのである。





氷のまま生きるかい?





それとも・・・





永遠の愛を選ぶかい?





生と死は平等に訪れる。










Fin.
2011/4/23
Title By 確かに恋だった

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