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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




幸せの代償は act.1


飛影を抱いた。もっと抵抗するかと思いきや、すんなりと自身を受け入れたこと自体に驚愕した。血を見る覚悟をしていたのに。「抱きたい」、長年の思いが積もりにつもった末の、囁きだった、いや、呟きだった。

唇からこぼれ落ちてしまった言葉を取り繕うことも、あるいは、可能だっただろう、が、飛影は一瞬、そのルビーに似た瞳を見開いた後、沈黙のまま、彼の首に巻いている白い布を取り去ったのである。その行動に、今度はこちらが驚きを隠せなかった。自身の黒髪を1房乱暴な手くせで掴む、と、グイ、と、彼の方に躰が傾斜した。されるがまま、口づけされた。その、拙い様子から、彼がこうしたことが無いと知る。

その時、胸中に歓喜が舞い降りた。

魔界での生活が身近であった頃から、今のいま迄、誰1人として、彼の恥態を知らない。キスも、セックスも、彼は知らずに生きてきた。自身が、彼の1番になる。今まで、そういう意味を深くとらえたためしがなかった。溜まれば出す、自慰もセックスも然したる意味は無い。極上の女や男であろうが、孔があれば、それに突き刺す。排泄と、なんの違いがあるというのか。が、彼は違う、いや、違った。

この思いが、強くなればなるほど、怖かった。抱いたら、きっと、もっと、全部、と、自身は欲に溺れるだろう。誰の目にも届かない場所へ、彼を閉じ込め、誰にも合わせず、無論、彼が大事に愛しく思っている妹の彼女さえも、この身が朽ちる迄、彼を手放しはしないだろう。愛、そんな、生易しいものでは無い独占欲、それらの思いはきっと、彼を彼らしさから奪う。

結果、何れは、この身が彼を、破滅へと導く。

それが判っていたが故に、必死に、又、滑稽に、誓ってきた箍は、彼からの口づけで、瓦解した、この上ないほど、あっさり、と。

無我夢中で彼を抱いた。彼の後孔は、誰にも侵食を赦してはいなかった。故に、優しく解して、なるべく彼の負担を減らすべくした、が、「かまうな。お前を奥で感じたい」、その彼の一言で、余裕など、霧消してしまった。

紅く、潤んだ瞳が誘う。

紅く、突起した乳首が誘う。

紅く、ヒクツク後孔が誘う。

こんなにも、彼が誘う。

嬉しかった。この身を受け入れてくれた彼が。ただただ、嬉しかった。彼を腕のなかに包み、愛しいとは何か、生まれて始めて知った。

が、その日を境に、彼は消息をたった。

躯の城である、百足の彼専用の部屋に残されていたものは、彼が肌身放さず身につけていた、2つの氷泪石。躯自身も、魔界全域にわたり捜査した、が、ようとして彼の居場所は突き止められなかった。





あれから、1年。

気が狂いそうな日々を過ごした、いや、狂気に苦しむ日々はまだ続いていた。

そんなある日、突然の訪問者に、驚きを隠せなかった。彼女は、1人ではなかった。小さな小さな、赤子をその胸に抱き、現れたのであった。

「突然ごめんなさい、蔵馬さん」

「いや、かまわないよ」

彼女にコーヒーを差し出しながら、問うた。明らかに人間の気配では無い、間違いなく、妖怪の赤子。

「誰の子供?まさか、貴女。な、訳無いですね」

氷女が分裂期に男と交われば、その愛した男の子、忌み子と引き代えに、己が命を亡くす。彼女は、そんな愚かなことは決してしない。例え、桑原君が、いや、他の誰かが強く望んだとしても、拒むだろうことは容易に理解出来る。飛影のような、哀れな子を生む意思は彼女は持ち合わせてはいない。子、そのものも、分裂期になったとて、彼女は自らの意思で生みはしないだろう。

飛影の妹。始め、その事実を知った時、彼女の危うさを見抜けなかった。似ていない双子。そう、愚かにも信じてしまった。魔界へと、帰ることが叶ったあの日、飛影に自らのその氷泪石を渡すのを片隅で見つめた時になって、漸く、彼女の真意の一片を垣間見た。ああ、やはり、この2人はまぎれもなく双子だった。瞳の奥に隠れた、凍てつく焔、その焔の名を復讐者、それとも、反逆者、か。彼女は、己が飛影の片割れであることなど、とうに気づいていた。そして、飛影が、かつて誓っていたことを、形を代え、果たそうとする強靭な意思。

氷女であることへの強烈な嫌悪と反発。彼女は、きっと、子を生まない。その時、確信した。

雪菜は、赤子をあやすように、1つ微笑みを浮かべた。慈愛に満ちたその眼差しに、危険な匂いを嗅ぎとったのである。理由は判らない、が、彼女から語られる、何らか、それは、きっと破滅の息吹き。

「兄は。死神に召されました」

「!?」

飛影、が、死んだ?

キーン、と、聴覚が可笑しな音を奏でる、肺と心臓は派手に意思とは別に動き回る。彼女の語った意味を理解する迄の数10秒、いや、もっと長かったかも知れない、あるいは、短い間だったかも知れない。

彼女は、哀れむように、そして、反する憎しみを瞳にたゆたえ、静かに、事実だけを口にした。

「蔵馬さん。貴方のお子さんです」

言葉は、出なかった。





※ ※ ※





母、氷菜を恨みはしなかった、と、いえば嘘になる。何故、命と引き代えにして迄、己を生んだのか。理解しようなどと思わなかった、これからもないと確信さえしていた。

が、今なら、判る気がする。

小刻みに鳴る蔵馬の心臓の音、暖かい奴の温もり。この身に代えても、かまわない。誰かを愛したという確かな証。愛を知らずに生きてきた、それでかまわない、ずっとそう思って生きてきた。下らない情だ、と、一笑に見下した。

それが、どうだ、この代わりようは。あまりにも滑稽すぎて、笑いさえおきない。

絆されたにすぎないかも知れない、奴の気まぐれにすぎないかも知れない。それでも、良かった。奴と交わればどうなるかなど、最早、問題ではなかった。

求めたのなら、くれてやる。差し出すものが、それしか残されていないのなら、全部、奴にくれてやってもかまわない。それらは、まぎれもなく本心だった。

死など恐れたことなどなかった、が、始めて、恐怖した、己のためにではなく、後に残された奴を心配してのことであった。

トクトク、と、刻むこの音が、永遠に続いていて欲しいと願うなど。誰かのためを思い、誰かのために死ぬ、悪くない。惨めな死のほうこそ、哀れな死のほうにこそ、寧ろ、己には似合いな死に方なのだろう。

まだ、温かい奴の腕から逃れ、その足で雪菜のもとを訪れたのだった。

突然現れた己に、雪菜は一瞬だけ驚いた様子を垣間見せた、が、すぐに何時もの笑みを浮かべたのだった。

「どうかされたのですか?」

「氷河の国に帰る」

まさか、忌み子の己が、帰る、などと口にする日がこようだなどと、昔だったならば、あり得なかったであろう。

同時に、それは告白をも意味していた、己が、雪菜の兄だという。が、雪菜はそれにはふれなかった。そうか、気づいていたのか。ただ、そう確信したのみであった。

「帰って、何をなさるおつもりですか?」

「母と。・・・母と同じことをする」

腹の中にいた際も、目も見え耳も聴こえていた。あの、紅く暗い黒い場所。そして、僅な母の温もり。静かに、鼓動が伝わる雪菜の存在。生まれたら、先ずは母を殺してやろう、ズタズタにしてやる、この手で。囀ずるように己や雪菜を語る母の愛が聴こえてるたびに、その愛が忌々しくてならなく、そう、考えていた。が、生まれ落ちた瞬間、母は絶命した。母の記憶は、その腹の中のみ。

氷女を殺しつくしてやる。禁忌を破った母の代わりに、疎ましい己という存在そのものを造った怒りは、母から、氷河の国、そのものに姿を代えたのだった。しかし、時がたち、氷泪石を眺めるうちに、あれほど望んでいた、復讐は潰えていった。

この、たった小さな石を残すことで、母は己を造ったのだ。それで、充分と、思え始めていた。雪菜の存在も、復讐に枷をはめた。

そして、蔵馬と出会った。

人間かぶれした、愚かな妖怪。敵と思いこみ、斬りかかったあの日、あの日から、蔵馬は己のなかに根づき始めたのだった、強く、深く、気づかないほど、しなやかに。

奴の望みなら、この身が朽ちてもかまわない。

「暫く、身を隠したい」

偽りではなかった、が、全て正確な答えでもなかった。雪菜には、雪菜だけには、どうやら、それが、判っていた様子だった。

「・・・判りました。ただ、1つ、伺ってもかまいませんか?」

「なんだ?」

「相手は、蔵馬さんで間違いは?」

「ない」

不思議だった、偽るつもりは最初からなかったことに。

氷河の国は己の邪眼で即見つけられる。が、かの地は、氷女でなければ、入れないように周到な結界を用いている。身を隠すにはうってつけの場所、だが、幾ら氷女の血を半分とはいえ受け継いでいても、容易くは侵入は出来ない。以前、1度だけ侵入した際、己を庇った女がいた。確か、名を泪。母と懇意にしていたらしく、ご丁寧に墓碑迄教えた。

「判りました。氷河の国に入るお手伝いをさせていただきます」

長い長い、氷河の国の歴史のなか、忌み子が氷女を殺害した例は幾つかあった、が、己のように帰った者の存在は皆無である。だのに、かの国は、忌み子である者にさえ、国のしきたりを要求するのだった。もし、万が一、忌み子が男と交わりをおかした場合、氷河の国に帰り、その屍を国に見届けさせる。そうすることで、復讐から逃れられるとでも思っているのか。屍を見なければ、安心出来ない、小心で卑怯な氷女たち。あの国から落とされる間際迄、老婆たちは身勝手に、権利であるが如くそれらを高々と主張していた。





百足に1度立ち寄り、氷泪石を2つとも残した。未練を残さぬために。それを、傍らで、静かに見守っていた雪菜。

氷河の国に入ると、予想通りで可笑しくなった。一軒の家に閉じ込められ、辺りを幾重もの特殊な結界で囲われた。世話役として、これも又予想通り、泪という、かつて、己をこの国から投げ棄てた女だった。

「では、泪さん、飛影さんを頼みます」

ここで、あと1年、か。その後は、己の屍を見て、嘲笑う氷女たち。それが、忌み子に対する氷女たちなりの復讐。結局、己は、母にも劣る愚者であったのかも知れない。国から逃れたつもりが、こうして、国に帰るとは。

「・・・やはり、忌み子の子は棄てるのか?」

確認するのも馬鹿馬鹿しいことではあった、が。答えに詰まる泪を見ても、然したる感情は抱かなかった。

「私がさせません」

「雪菜?」

「必ず」

それに、己は首を振り、否定したのである。生きる、生きない、それは、子自らが決めること、ここは魔界なのだ。愛した結果であれ、子自ら、生きる能力がなければ、死、あるのみ。ましてや。いや、もう、考えまい。

「お前はもう人間界に帰れ。世話をかけた」

氷河の国を棄てた雪菜にとって、この国に出入りすることが既に禁忌なのだ。己の身勝手に、これ以上雪菜をつき合わせる訳にはいかない。

雪菜は暫し俯き、何やら考え、意を決心したかのようにその瞳をこちらへと向けたのである。

「最後にお願いしてもかまいませんか、飛影さん?」

「なんだ?」

「兄さん。そう、呼んでもいいですか?」

逡巡の後、1つ了承の意味をこめ無言のうちに頷く、すると、雪菜は己が身に抱きつき、何度も何度も「兄さん」と、呼んだ。そのたびに、床に哀しい音を響かせながら、美しい氷泪石がこぼれ落ちたのである。

雪菜の青い髪を、始めて、優しく撫でた。そして、おそらくは最後の愛撫であろう。

「お前は俺のようになるな」





※ ※ ※





そして、その日がやってきた。

邪眼を移植した時の否ではない痛み、腹をまるごとえぐられるかのような、強烈な苦痛。滲む、無数の汗。だのに、浮かぶ姿は蔵馬のみだった。人間くさい蔵馬、妖怪の顔の蔵馬、妖狐の時の蔵馬。脳裏には全て、奴だった。

何処からか、赤子の鳴き声が聴こえた気がした、その瞬間、頬に硬い何かが1つ伝い落ちたように思えた。ああ、蔵馬、雪菜、それから、幽助、潰れ顔に躯。そこで、飛影の思考と動き、時全て止まったのである。










2011/4/20

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