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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




壊れても愛してあげる act.3


飛影が、躯やその配下の時雨の手によって発見保護されたとの極秘の報を受け、蔵馬は最初躊躇いに似た面持ちで、保護された飛影と対面した。それは、戦慄に近かったかもしれない。

この時、蔵馬は、裡なる凶悪な芽吹きが息を潜めて育ち始めたことに、自身が1番苦しんでもいたのだった。その苦しくも醜い葛藤は、飛影を一目見ることにより、終息を迎えるであろうことも、蔵馬には判っていたのだった。が、あえて蔵馬はそんな飛影と会ったのである。そして、飛影の状況が、自身の予測に限りなく正解に近いことも、既に見抜いていた。その予測の正しさは、この先、飛影を、そして、自身をも、他者から見れば、より苦難に滑稽に満ちた立場に追い込むであろう、そして、その実行者は他ならぬ自身であろうことさえも。愛している故に、飛影を救う途がそれしかないのなら、自身は飛影にそれを行うだろう。例え、その十字架の枷は重く深いものであったとて、飛影を永らえさせる為ならば、手段にいとめを惜しんでいる暇はなかった。

あまりにも、時は無情に、蔵馬に対し手遅れの状態で姿を表し迎えたのだった。

時雨の手によって、表面的な傷は癒えていた、そして、睡眠薬と安定剤で眠り続けているだけの飛影を、その翡翠の瞳に捉えた瞬間、確かに歓喜が心の裡に花咲いた。壊れてしまった飛影を前にし、彼が、これから先、誰の者にもならないことに歓び、蔵馬の心に、至福という名の悪魔が舞い降りた瞬間でもあったのだった。

飛影の容態は、もはや、最悪と称してよかった。なにしろ、記憶はほぼ喪われており、自己を表現する感情の術をも消失の一途を辿っていた。彼を表す熾烈な覇気は消霧しつつあり、かつ、その僅かに残っていた自分自身の命さえも棄てさろうとしていたのである。つまり、飛影は、最愛の妹の死により、精神の拮抗が砂時計のように崩れたのだった。妹に関連する記憶を、おそらくは、彼自身が無理矢理消し去っていた。耐えられなかったに違いない、幸せな色の光彩を放つ思い出を直視することに。結果、自我を喪失し、自殺未遂の後に発見保護されたのだった。

ここ迄、飛影の心を、そして、強靭な肉体をも左右した彼女に対し、蔵馬は平静ではいられなかった。嫉妬の焔が、はっきりと煮えたぎるのを自覚さえした。しかし、それも飛影のなかで過去のもの、と、蔵馬自身が代えられる立場にたったのだ。蔵馬は、雪菜の死によって、思いがけずに訪れたその魅惑的な立場に、唇に笑みを浮かべていた。自身でも知らず知らずのうちに。それは、悪との契約を満たした者のようであった。

「躯に伝えてくれ。飛影は俺が必ず治す、と」

時雨はその蔵馬の言に眉をひそめた。ここ迄自我を失っている飛影を治せるとは、到底思えなかったからである。時雨も、ただ傍観していたわけではない。躯の命令のもと、様々な治療を施し、飛影を救う努力を惜しまなかった。が、全てそれは、重苦しいため息と絶望感にとって代わったのだった。が、非をならす権限を持ち合わせてはおらず、蔵馬に飛影を託す以外に途がなかった時雨であった。

1つには、記憶を喪失しているとは云っても、完璧にとは云えなかった。蔵馬のことのみ、僅かに飛影のなかに残っていたこともある。おそらくは、飛影にとって、妹雪菜の次に、恋人である蔵馬を大切に思ってた故だったであろう。その、僅かな光に、時雨も、又、躯も、託す他に途がなかったのだった。

暫くした後、蔵馬は時雨を通じて躯に飛影の治療経過を告げてきた。その治療に、始めて、躯も時雨も驚愕したのだった。

序盤は時雨が施した治療と、さして変化はなかった、が、その後の治療に、躯は蔵馬の異様な愛情を見誤ったと後悔したほどであった。しかし、躯は、それ以外に、蔵馬以外に助けられる者もいないことも熟知してもいた。結局、躯は蔵馬の行為を黙認し、主だった幹部、そして、煙鬼の統轄する大統領政府に対しても、箝口令をしいたのだった。

確かに、飛影は妹をこの上なく愛していただろう。が、まさか、監禁に近い状況を造りあげたのを手始めに、飛影の記憶を最初から構築し直し、それによって精神を活性化させるとは、躯も時雨も想像を越えていた。

大胆にも蔵馬は、死んだ筈の雪菜が未だ存命し、2人を恋仲へと仕立てあげ、蔵馬自身は飛影の兄という存在へと造り代えたのだった。

飛影の心のなかで喪われてしまった雪菜の存在を復刻すれば、必ずや飛影の喪われた緋色の瞳に、以前のように力強い生命力が甦る。そしてなにより、自身の存在を、今以上に飛影の裡に強固に植え付ける、それは布石だった。

その為には、陳腐な幻では意味をなさない。より、飛影のなかで現実味を帯びるように、魔界でも数千年に1度だけ花咲くと云われる華幻草を使い、彼女の実体を造りあげた。華幻草が実を放つ迄には時間を要する。蔵馬は、その時間を、治療にあてた、が、その治療によってなんら進歩がみられることはない、と、確信しての治療であった。対外的に、主に、躯に対し、治療しているさまを見せつける為だけに施した、と、極論出来る。華幻草は、宿主、この場合は飛影を指す、記憶を無理矢理本人が消し去ったとはいっても、それはあくまでも表面的なものである。必ず、深層に眠っているものなのだ。その脳裏の奥底に仕舞われてしまった彼女を、容姿、性格、仕種や思考に至る迄忠実に再現し実体化したのだった。まさに、それは、クローンと称しても良かった、そして、そのクローン植物に飛影に対して献身的に介護をさせたのだった。飛影を拘束した理由は幾つかある。清浄な空気を栄養素としている華幻草は、外気に1度でも触れた途端、消失してしまうからでもあった。もう1つの理由として、衰弱した飛影を誰にも見せたくはなかった。それは、誰かに攫われる危険をも意味していたのである。よって、蔵馬は治療の名目のもと、飛影を自身の塒に軟禁したのだった。

そのかいあってか、徐々に、飛影の瞳に以前の輝きが増し、いつしか、2人は、正解を帰すならば、飛影と、華幻草のクローンである雪菜である、毎夜のように本当の恋人同士のように深く愛しあう営みを行うようになっていった。その後、飛影は羞恥に満ちた表情で、蔵馬に、兄と誤認させた蔵馬に頼りなげにすりよってくるようになったのである。クローンの彼女より、この時点で、蔵馬の存在の方こそ、飛影の心の天秤は傾いたと、過信してもよかったであろう。

飛影にとって、家族という血の繋がった存在が、なににもまして、優先される。恋人などという曖昧な存在よりずっと。氷河の国を憎しみで忘れられなかった所以は、彼らの母の存在が大きく占めていたことを、飛影以上に蔵馬は承知していたのだった。故に、華幻草でクローンを構築し、死した彼女と自身の立場を逆転させたのだった。それこそ、蔵馬が真に望んだことであった。飛影が自己を崩壊させたことを、大義名分として。

蔵馬の思惑は少しずつ実を結び始めた。毎夜、飛影は蔵馬の目の前で植物と交わり、その光景を蔵馬は愛しく見守り続けた。その交わりは、他者から見れば異様な光景であったに違いない。生前の彼女の意思や、飛影の意思にさえ反していたであろう。が、少なくとも、飛影は心のどこかで、妹を、血の繋がった妹を、誰よりも抱きたい、と、切望していたことを表してもいたのだった。その事実は、蔵馬に、彼女を更に憎む要因になったが、その彼女は既にこの世のどこにも存在しないのである。それは、蔵馬にとっては、より不幸であったのか、それとも・・・。

時間の経過と共に、飛影のなかで変化が見られるようになった。以前のように、鋭く輝く緋色の瞳には、生命力が甦り、曖昧であった感情も徐々に取り戻しつつあった。記憶にも変化がみられた、もっとも、この記憶は蔵馬が造りあげた幻想との混成ではあるが。それにより、喪失しかけていた自我も回復へとむかい始めたのだった。

そんなおりの幽助の訪問であった。

「飛影は正常に戻りつつあるんだよ、幽助」

幽助の目の前でのセックスの後、1つ1つ、これ迄の経過を述べ後、蔵馬は幽助に対し、軟らかな微笑みを浮かべた。しかし、それとは裏腹に、幽助は蔵馬を殺しかねないほど、鋭く視線を矢のように放ったのであった。

正常。幻想によって造られた現実に、果たしてその言葉は有効であろうか、ましてや、愛した男に、愛しい妹の形を成りすました植物と交わった、と、真実に目覚めた時の飛影の失望は計り知れないではなかろか。この時の幽助は、蔵馬の行為そのものを、洗脳と受け入れたのである。

「他に方法はなかった、そう云いたいわけか?」

詭弁だな、幽助はそう指摘したかったのであろう。

「君だって、元気な飛影を望んでいたじゃないか」

「おめーがここ迄とち狂ってたとはな。楽しいか?嬉しいか?雪菜ちゃんと入れ代わって、ああ!」

「幽助。それは、愚問だよ」

「今すぐ飛影をまともな治療に切り替えろ、さもなきゃ、俺はおめーと縁を切る!」

その恫喝は、蔵馬の冷笑を導いた。

「幽助。それは飛影に、今1度廃人になれ、そう云ってるに等しいんだよ」

幽助も、本当のところ理解していた、この方法以外、選択肢がなかった、と。しかし、理性で納得しても、感情が伴わなかったのである。鋭い一瞥を蔵馬に投げつけた後、その場を後にした。そして、心中でこう思ったのだった。おそらく、蔵馬とはこの先、永遠に再会しないだろう、と。その幽助の認識は、蔵馬の裡にも同様に根強く浸透したのであった。





数日後───

「魔界に行ってたのか?」

桑原の、幽助への質問に、一瞬にして顔色が代わった。雪菜の死から、桑原は精神的に立ち直り、自身の道のりをきちんと見据えているその強さに、羨望したのかもしれない。飛影にも、これだけの、そう無念にも思ったのかもしれない。

「飛影や蔵馬、元気にしてたか?」

幽助は、意思に反してのことか、はたまた、意識してのことか、瞼を閉じ、そのなかに映った戦友2人を思い出していた。躯の最後の言葉も同時に浮かんだ「飛影の心は天秤なのさ、片方に妹、もう片方に古狐。片方だけでは奴は生きられないのさ。一方を無くせばおのずとバランスを崩す」おそらく、躯の言は正鵠を射てるのであろう。故に、蔵馬は幻の雪菜を造りあげた。

幽助は飛影に対し、なんらの力にもなれなかった。無力な自分自身を、1番憎く思ってもいた。しかし、だからとて、あの蔵馬のやり方には承服出来はしないのも事実であった。その事実が、修復不可能なほどの溝の深さとなって、蔵馬との間に造りあげた。おそらく、蔵馬の方も、飛影を雪菜が生きていた頃の飛影に戻したいとは思わないであろう。漸く、飛影という存在を独占した権利を、“あの”蔵馬が放棄するとは思えない。

幽助は心のなかで、鎮痛なため息を溢した後、桑原に対し、殊更笑みを浮かべこう述べたのだった。

「2人とも、幸せにやってる」

「そっか。なら、雪菜さんも安心して眠れる」

この優しい嘘は、果たして誰に向けて発言したものか、幽助自身も判断し難かった。確かなことは、桑原のなかにも、蔵馬のなかにも、そして、飛影のなかにも、雪菜という存在が息居いているという、事実であった。

死者が完全に消え失せるのは、生者が死者と再会を果たす時なのだろう。その時迄、愛した者が、勝利者として語られ続けるに違いない。

幽助は願わずにはいられない。2人のこれからを。

どうか、死が訪れる時迄、幸が多いこと、を。










Fin.
2011/1/21
Title By 確かに恋だった

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