- Awake Main - | ナノ




The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




この愛に染まって下さい act.1


蔵馬という男が如何に身勝手であっても、如何に卑劣漢であっても、飛影はこの男を好いていた。薄々はこの男の狂気に気づいていた。が、しかし、蔵馬の手を離すくらいならば、傍らを離れるくらいならば、と。そう思うこと自体が既に魅入られているのだと判っていても、この思いを消そうなどとは思わない。馬鹿な奴だと他人は嘲笑うだろう。だが笑いたければ笑えばいい。それでも愛おしいのだから。飛影は新月を眺めながら無になっていった。

嗚呼、今日もまた偽りの時が幕を開ける・・・






※ ※ ※





さて、今日はどんな風に彼を屈服させようか。その妄想は蔵馬を事の他興奮させた。あの孤高の彼が、そう思うだけで既に血が沸騰し沸き立つ。最初は些細なきっかけだった。今思い出そうとしても忘れさっているくらいとても些細な出来事だったと思う。それをきっかけとし、蔵馬は気づいた。驚愕するより先に“またか”とも思った。昔から男女問わず恋心を抱かれるのに慣れきっていた蔵馬は、飛影の抱く思いに最初は酷く戸惑い、次いで増悪にも似た嫌悪感をもたらした。何故仲間で留まっていてくれなかったのだ。彼との2人きりの空間は蔵馬にしてみればいたく居心地が良かったのに。まるでお気に入りの玩具を取られた不愉快な気分だった。飛影も馬鹿な奴だ。自分自身でも思うがろくな男ではない。その事を自覚しているだけに、飛影も所詮表面だけに囚われたのだと思ったものだ。妖狐蔵馬としての過去の派手な醜聞は、過大な伝説ではあったが全くの虚偽ではない、少なくとも真実の一部分であった。事実、蔵馬はその大半を、勝手に惚れた奴らが悪いのだと決めてかかっていた。この為、飽きたら容赦なく切り捨ててきた。時には、死を与えた。罪悪感などそこには微塵も無かった。考えもし無かった。故に飛影を過去の者たち同様侮辱し軽蔑した。それこそが驕りであったが、蔵馬はそれすらも判っていた。達観していると云えば聴こえはいいかもしれないが、蔵馬は他人の思惑などはなから眼中にはなかったのだった。利用出来ればそれでいい、出来なければ過去同様切り捨てる。それが本心であった。思いのほか飛影は楽しませてくれる。今のところ、理由はそれ以外にない。飛影を愛しいなどと一度も思ったことがない。薄情な奴だと罵られ様が、卑劣漢と侮りをうけようが一向にかまわない。そもそも、他人に対して蔵馬は感情というものが欠落しているのだから。そして、自身の感情も。

しかし、何故なのか。ここ迄して飛影とのくだらない関係に固執しているのは。自分自身への苛立ちからなのか、未だに思いを捨てない飛影を見ていると胃がキリキリするくせに、それが嫌であり、快感でもあった。それとも、それとも、・・・。思考を進めれば進めるほど迷宮へと入ってゆくことだけは判った。

だからこそなのだろうか、彼を抱く事だけに執着している。そのくせつまらない予防線を張り巡らせる。抱いた後は必ず夢幻華の粉を含ませた飲み物を彼に呑ませた。忘れて欲しいから。醜く穢らわしい男の事など忘れなさい。自身も彼にしたことを忘れたいから何度も幾度も呑ませた。彼のなかに居るのはおそらく穏やかな人間の皮をかぶった男だろうから。そうして忘れさせておいて、暗示を同時にかける。また蔵馬に抱かれたい、と。2つの花粉を同時に使用するのは効果としては逆に弱まってしまうが、それもまたよしとした。何れが効いて、何れが効かなかろうが、それも飛影しだい。だのに、何故この頃その事にさえ躊躇するのだろうか。やっている事への矛盾に苛立ちを禁じえないくせに、飛影自身を手放す意思が沸かない。

つらつらと考えていたところに、カラカラとマンションの扉が開かれる。見やると土足のまま黒いマントをなびかせ一匹の妖怪が佇んでいた。どうも飛影は、夢幻華の花粉の効果が強くあり、暗示の方は半々といったところか。暗示にかかってというより、蔵馬に自発的に抱かれる事を選んだ様に思う。1週間もすれば、夢遊病患者の様に虚ろな瞳で蔵馬の前に来る。まるでそれが当たり前の様に。

「クスクス、いらっしゃい飛影。今日はどんな風に感じたい?」

彼を腕に抱き、思いのほか柔らかい黒髪を梳く。それだけで彼の躰は歓喜により身震いする。たったそれだけのことなのに酷く嬉しく感じるのは何故なのだろうか。彼をこんな風に代えた喜び?それとも、また此処に訪ねて来た事への安堵感から?しかし、戸惑う自身を1番裏切っていたのは、ほかならない自身だった。卑しい笑みをたたえ、瞳は獣のそれだった。

「・・・、好きに抱け」

淡々と応えるわりに、背中の彼の手のひらが自身の服をきつく握っていた。なんて面白いのか。こんなになって迄蔵馬を求めている。可笑しくてたまらない。愉快でたまらない。そして、同時に心の何処かが冷え冷えと氷りつく。溢れ出そうとしているなにかを抑えつけるかの様に。

「おいで」

柔らかな声と裏腹に、蔵馬は乱暴に飛影をベッドへと縫いつけた。微かにたじろいだ赤い瞳。だが、いつも通りの何も無い虚ろな瞳へと代わった。蔵馬は気づかなかった。その虚ろな瞳こそが飛影の演技だ、と。

知っていた。蔵馬が己になにを呑ませていたのか。それでもよかった。この男が欠陥だらけだと最初から判っていたのだから。己とて欠陥品だ。それとも、たんなる愛に飢えた赤子なのだろうか。生まれてすぐさま母を殺し、妹とも別れた。そうした背景は飛影を愛情に飢えた子として成長させた。でも、この男を愛してしまった。そうしたければそうすればいい。それ以外にこの男に抱かれる手段も選択も無かった。

いつもより乱暴にベッドへと運ばれ、怪訝な表情をしたのはほんの一瞬。勝手に好いて抱いて欲しいと願ってきておいて、抱き方迄要求するのは翻意ではない。馬鹿な矜恃がそれらを邪魔をする。それに、蔵馬もそんなこと始めから考えていない。思考にも及ばないであろう。口にすれば、勝手に来てなにを云ってるのだと鼻で笑われるのがオチであろう。

だが、蔵馬という男は不思議だった。飛影が羞恥を覚えるセリフを吐きながら抱くくせに、その手は酷く優しい。まるで恋人を抱く様にその手は優しい光に充ちていた。己などたんなる性欲処理の1人の筈。それなのにいつも、勘違いしてしまいそうになるほど優しく抱くのだった。始めての際にも血の海を覚悟していたのに、気づくとこちらから腰をふりもっとと強請っていたほど。蔵馬がその手に慣れているのが1つの原因なのだろう。本当は忘れられないくらい乱暴にして欲しかった。それとも、忘れたいがために乱暴にして欲しかったのだろうか。始めから手荒に抱かれていたならば、もっと違う経緯を辿っていたのだろうか。

唇が離れ、首筋を辿りそのあとを追う様に赤い鬱血がつく。まるでそれは所有権を示しているかの様でもあった。なかを穿つ熱い楔に歓喜する。性欲処理でもなんでもいい。飛影はこの時間だけが至福であり、地獄であった。それでも形振り構わず蔵馬に抱かれたいのだ。

幾度目かの絶頂の後、蔵馬は飛影に背を向けキッチンへと消えてゆく。彼がなにを用意しているのか見ずとも判った。夢幻華の花粉と暗示にかかりやすい花粉をブレンドした飲み物。実のところどちらも効いていない。蔵馬が意図して効力を削ぐとも思えなった。ゆえに、今までどちらもかかっているかの様に振舞ってきたが。

・・・、塩時なのかもしれない。そう思い、そう感じた。特に、今日の蔵馬は常以上に優しく抱いた。最初の乱暴はほんの一瞬でった。こちら側が暗示にも記憶喪失にもなっていないと判っていてそうしているのではと、ずっと疑問に思っていた。でなければ、わざわざ優しく抱いたりしない。知っていて、そしてこちらがすがりつくと同時に種明かしをする。優越感の微笑と征服者としての笑みを浮かべながら。蔵馬とはそういう男だ。もう、止めよう。やはり、これ以上惨めな思いはしたくはない。本心を吐露する前にこの奇妙な関係を終わらせよう。飛影は自嘲的に唇を歪ませた。

ちょうどその時だった。蔵馬がキッチンから戻ってきたのは。手にはトレイ、その上には1つのマグカップ。

「喉が乾いたでしょ?はい」

飛影は無言でそれを受け取り、これが最後と決め、呑もうとした。が、カップが唇に触れた途端、蔵馬がそのマグカップごとたたき落としたのだった。

「あ!・・・、ごめん飛影。今新しいの持って来ます」

咄嗟に手が出ていた。驚愕する赤い瞳が恐くなり、慌ててマグカップを拾おうとしたが、その手に飛影の手のひらが重なった。心臓がおかしな速さで脈うつ。自身の馬鹿さと、後ろめたさ。今頃になって、飛影を好きだと気づくだなんて。なんと滑稽なのだろうか。何故2つ同時に彼へと呑ませていたのか。何方でもいいだなんて詭弁を飾って。その裏にある自身の本心。好きだからに決まっている。嫌われることを恐れてなんと幼稚な真似をしてきたのだろうか。

「それを呑ませたいんだろう?」

飛影のセリフに凍りついた。やはり、効力がなかったのだ。

「・・・飛、影」

「それともどちらか一方で良いのか?」

暗示と記憶喪失。突如として突きつけられた現実に、蔵馬は生まれて始めて恐怖を味わった。暗示をとれば飛影はまたここへと抱かれにやって来てくれるが、もうその時には心は無いであろう。では、記憶喪失をとるべきか。そうしたならば、仲間としては傍らに居られる、しかし、やはり、もう2度と飛影をこの手に抱けない。どちらをとったところで、飛影がこの関係を不毛と感じ、精算する気なのだということが判った。もう、遅いんだ。もう、戻れないんだ。ならば・・・

「いえ、全く別のものを呑んでください」

なんて傲慢不遜なのだろうか。しかし、蔵馬にはもう過去を嘆き振り返える勇気はなかった、代わって出てきた新しい願望に支配されるがままであった。

そうだ・・・───。

俺を思ってくれない飛影なんて要らない。俺にはもう抱かれたくないと思う飛影なんて要らない。ただ、俺だけを見つめ、俺だけの愛撫に溺れる飛影が欲しい。

遠のく意識の片隅に、薄く笑っていた蔵馬がいた。“飛影”が見たそれが最後の蔵馬だった。










Fin.
2014/8/25
Title By capriccio

prev | next





QLOOKアクセス解析
AX



- ナノ -