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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




壊れても愛してあげる act.1


「嘘だ」

飛影の唇は震えながら、一言溢れ落ちた。正確には、それ以外言葉がつむぎ出せなかったのであろう。

痛々しい思いで蔵馬はそんな飛影を見つめ返した。しかし、それとは裏腹な思いが、心の奥底に芽吹き始めていることも、同時に理解したのであった。そして、その芽吹いた魅惑的な実は、いつしか芳しいほどの花を咲かせ、きっとこの先、自身はその花に盗って喰われるのであろう。

それは、予測ではなく、既定の事実に代わる。蔵馬自身は、そう核心したのであった。無論、その予測を表立って露にはしなかった。表情も、妖気も粛然としていた。完璧と称してよいほど。

最大の砦、飛影の心のなかの難攻不落の砦の筈、いや、筈であった、彼女。妹、“雪菜”。それが、脆くも崩れ落ちた。

妖怪でありながら、霊界の総意のもと人間に転生をはたし、1人の人間として生活してきた彼女。桑原君と挙式さえあげ、その席上で、憮然とした面持ちで、最愛の妹の幸せそうな顔を見ていた。それがまるで昨日のような出来事。

彼女は病院の霊安室に遺体が置かれ、その傍らで泣き崩れている桑原君、幽助はそんな桑原君に黙ったまま寄り添うようにしている。

ことを予期していたのか、霊界からの接触が最近になりとみになかった事実を思い返し、コエンマの半端な優しさを、蔵馬は心の裡で偽善者、と、悪辣な皮肉を罵ってもいた。どうせ、コエンマのことだ、見届け人に知己であるぼたんを指命し、桑原君に彼女の最後の道筋への使いをやるであろう。

しかし、妖怪であれ人であれあっけないものだ、最後の時なんて。どんなに長く生きていようが、死は万人に、音もなく気配もなく静かに訪れる。

飲酒運転の暴走。その事故に巻き込まれ、彼女はまことにあっけなく逝った。

まさか、こんな形で彼女に逃げられるとは、想像出来なかった。出来ることなら、彼女の目の前で飛影を攫いたかった。それは、躰をという意味合いではなく、心をという意味で。そして、高々と彼女に対し勝利宣言したかった。「ほら、飛影は貴女だけを愛してるわけではない、俺をこそ真に愛してるんだよ」その後の勁烈に歪む顔、苦渋に満ちた彼女の顔を見たかった。敗者に化せられたその嫉妬の憎悪の顔は、心地よい快感を自身にもたらせる筈であった。例え、他者から見れば、その幼稚な虚栄心が、醜い感情と映ろうとも。が、その儚い夢は脆くも潰えてしまった。見方を代えれば、結果的に、彼女の方こそが勝利者ではなかろうか。死人には永遠に勝てはしない、そういう判断を下すならば。

死に顔は綺麗であった。一報を受けた時は、彼女は見るに耐えない姿をしているものだと思った。しかし、眠っている、そうとしかとれないほど、美しい死に顔であった。何者かが、彼女の死を哀惜し、そのようにしたかのように。生前のままの美しい姿であった。





葬儀を終え、呆然と遺影に向き合っている桑原君。そんな彼に対し、同情はするものの、それはどこか冷めてもいた。最も気がかりなのは彼ではない、飛影だった。

遺体と対面した後、飛影は微動だにせず、涙すら流さなかった。一言、あのたった一言のみ、口にしただけであり、その後は、ただ、静かに彼女の顔を、2人の故郷の雪のように白くなってしまった彼女を見つめていたのみだった。その後、飛影は姿を見せない。人間界にいるのか、それとも、魔界か、依然として所在が明らかではない。

「蔵馬。飛影の居場所見つかったか?」

蔵馬は幽助に静かにそう問われ、重たいため息と共に首を左右に振ることで、否をならした。

「何処にいっちまったんだ、あいつ」

幽助の顔にも、そして、声にも、不安と心配の色が重くたゆたっていた。

「今、躯に頼んで捜索はしてもらってるけどね」

「正直よ」

「ん?」

「桑原のことは心配してねーんだ。あいつは俺らなんかより、ずっと強いからな」

幽助が無意識のうちに複数形を述べたことに蔵馬は気づいた、が、その言質に直接的には同調はせず、口を貝にしたまま、桑原の喪服に包まれた背中に、その深い翡翠の瞳を向けたのみだった。

「飛影は、俺がなんとかする」

自然と、蔵馬は幽助に対しそう述べた、が、その瞬間、幽助の表情に云い知れぬ暗雲が垂れ込まれたのだった。それを横目に捉え、蔵馬はい訝しむように、その幽助の視線を受け止めた。

「問題でもあるのかい?」

そう、問いかけると、幽助は深いため息を溢した後、常の陽気な表情は消え去り、不似合いなほど真剣な表情に代わった。

「この際だ、はっきり云っとく」

「何だい?」

「おめーが飛影に対して、どういう気持ち抱いてたか知ってた」

「そう」

蔵馬は、どこまでも淡々と、あるいは、飄々と、その幽助の言葉を受け流したのであった。それらの幽助の認識は、蔵馬にとっては、あまりにも今更のことであり、劇的な驚愕へとは繋がらなかったのであった。その蔵馬の態度と表情を瞳に捉え、幽助は頭の後ろを掻きながら、降参したかのように続けた。

「ああ。もしかすっと、俺が気づいてたって知ってた?」

「まあね」

「あっそ。じゃ、もうちょい食い込んでいいか?」

「どうぞ」

「おめー、本気で飛影を助けてーと思ってんのか?」

そこで、始めて蔵馬は言葉を窮したのであった。相変わらず、変に嗅覚が鋭い、と、内心で蔵馬は幽助に対しそう評していた。しかし、それを今の段階で悟られてはならない。蔵馬は即座にそう考えると、口元に柔らかな笑みを浮かべた。無論、この場を隙なくおさめる為の、それは1つの芝居であった。

「当たり前じゃないか」

「・・・だったらいいんだけどよ」

幽助の返答は、自身を納得させようとする響きが裡にあった。

蔵馬に対し、何故、こうも、不安の凝りが消えないのであろうか。幽助は、その胸の裡を曝しはしなかった。が、少なからず、声にはその指摘が加わっていた。それは、幽助自身には判らなかった、が、ことの当事者である、蔵馬には一瞬で幽助の不安が何を指しているのか理解していたのだった。当人よりも、ずっと。

半ばは今の幽助を安心させる為、そして、真実から目を欺ける為に、蔵馬は幽助に対し思いを告げた。

「飛影を見つけたら、俺はどんなことをしても、彼の側で力になるつもりだよ」

それらの言葉は、嘘偽りない気持ちを述べてはいた、しかし、同時に、蔵馬は核心部を曝してはおらず、幽助はそれに気づき得なかった。少なくとも、この時点においては。蔵馬が、巧妙だったこと、幽助がその蔵馬の言葉を額面通り信じてしまったこと、それが、この後、2人のなかに決定的な亀裂を産む結果になろうとは、蔵馬も、又、幽助も知りえなかったのだった。





※ ※ ※





「何で黙ってたんだよ!」

幽助の非難の声が躯の自室に響き渡った。傍らに佇む時雨は、重く深いため息を心の裡に溢し、主人たる躯の様子に注意をはらう。躯は、時雨から見ても判るように、鬱の時期に匹敵する不機嫌さで幽助を威圧的に睨みつけたのだった。

「貴様に何が出来る、ええ、雷禅の息子?」

「だからって、軟禁や監禁と代わんねーじゃんかよ!」

「じゃ、貴様に治せるのか?“今”の飛影を、ええ?」

「・・・そ、それは」

「だったら、古狐のやり方に文句を云うな」

躯に傲然と跳ね返されても、幽助は諦める意思はなかった。それを表すかの如く、躯の後ろに控えめに佇む時雨に噛みついたのである。

「そこのあんた、あんたも医者みてーなもんなんだろ?飛影のことなんとかなんねーのかよ!」

時雨の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いでもって、幽助は懇願する、が、それに応えてやれる材料を時雨は持ち合わせてはいなかった。幽助が云わんとするようなことは、百足で飛影を探し当てた時点で、時雨は躯の命令で試み済みであった。故に、時雨は残酷な宣言を述べるしか道がなかったのだった。

「残念じゃが」

幽助は悔しげに唇を震わせ、拳を握りしめた。そのさまは、自身の力の無さを悔いているようにも見えた。

躯に蔵馬の現在の塒を聴き出すと、幽助は躊躇うことなく、その場へと姿を消した。その後ろ姿を、時雨も、又、躯も、無力感にも後悔にも近い酸味を裡に感じながら見送ったのである。





幽助がその場に辿り着き、眼前で展開されている行為に、目を見開き驚愕したのだった。蔵馬の飛影への異常ともみられる執着心、その先入観から、幽助は、蔵馬が飛影を無理矢理軟禁し、拘束しているものだとばかり思っていたのだった。

発見された飛影が、妹、雪菜の死を受け入れることが出来ず、自我を失いかけている。その報を煙鬼の大統領から聴き出した時、幽助は真っ先に蔵馬の葬儀の時の表情を思い浮かべ、自身の不安が的中した、と、嫌な汗と冷たい霜が心にたれこまれるのを感じたのだった。間違いであってくれ。その願いは、はたして叶えられたのだろうか。確かに、蔵馬は飛影を1つの場所に閉じ込めてはいた。しかし、幽助の想像よりも、現実はもっと酷だった。

飛影と、妹の雪菜、正確には蔵馬の造り上げた幻であろう、その2人がベッドの上で交わっていたのである。その飛影の姿を、蔵馬は愛しい者でも見守るかのように、目を細め、穏やかに見守っていたのだった。



外に妖気を感じ、蔵馬は飛影と、自身が育てた華幻草の彼女、その1人と1つから視線を外し、優雅に飲んでいた紅茶をテーブルに戻す。とうとう来た、か。内心、そう思っていたのかもしれない、が、蔵馬の表情は筋肉1つ動かなかった。訪れた幽助に対し、扉を開き、数秒間、互いに沈黙の視線が交わされた。

先導するように蔵馬が前を歩き、幽助は苛立ちに似た表情を隠しもせずに、その後ろを進む。そして、開かれた室内の光景に、幽助は絶句したのだった。

幽助のことだ、自身が飛影を軟禁してるのは、自身へと飛影の思いを操作するのみだと思っていたのだろう。それを証明するかのような、先ほどの幽助の顔色。明らかに、幽助は想像のうちになかった、と、そう、証言していた。

「躯からさっき連絡がきたよ。君がこちらに向かった、と」

「これは、どういうことだ?」

「これ、とは?」

2人の目の前で営む行為に、幽助は理解し難い顔で蔵馬に問うた、が、蔵馬は動転し半ば恐慌に陥っている幽助よりはるかに冷静だった、あるいは、冷酷だった。

「何で、飛影と雪菜ちゃんが」

「飛影が壊れたからね」

淡々とした口調で、蔵馬は飛影の現実を述べた。それに対し、幽助は受け入れ難い険しい表情に代わった。この蔵馬が行っているそのことに、背筋が凍るのを、もしかすると自覚したのかもしれない。

「まさか、“これ”が治療だってのか?」

「そうだよ」

その蔵馬の返答に、幽助は蔵馬の異常な愛の片鱗を垣間見た思いがし、心の裡に冷たい雪が降るのを感じとったのだった。非難と、侮蔑、そんな色が混じり合った視線を幽助は蔵馬に向けた、が、受け止める側の立場にあった蔵馬は、微動だにしなかったのである。他人から白眼視されることなど、蔵馬にとっては、最初から判っていたからともいえる。しかし、その冷静沈着な態度は、幽助を、より深く負へと促したのだった。

「どこが治療だ、こんなの、異常じゃねーか!」

幽助のその罵声は、蔵馬に対し、感銘を与えはしなかった。そればかりか、蔵馬は、不敵な表情に代わり、くぐもった笑いを漏らした後、幽助へ、ある意味で挑戦的な言葉を返したのだった。

「異常?可笑しなことを云うね。妖怪が、肉親に対して愛情を示すことを君は理解していると思ってたよ。君だって、魔族だろう?」

「これのどこが正常なんだよ」

「俺は云ったよね。どんなことでもする、と。飛影は彼女を抱きたかった。その望みを叶えてあげて、何がいけないんだい?」

「これが飛影の望みだってーのか!?おめー、飛影のこと愛してたんじゃねーのかよ、何でこんな真似」

幽助が云わんとしていることなど、蔵馬は最初に既に試みていた。それは、蔵馬に自嘲のさざ波を心の裡にたたせ、口元には、苦い笑みが深く、そして、鋭く刻まれたのであった。










2011/1/15

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