- Awake Main - | ナノ




The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




泪の葬列 act.1


繁華街の片隅、所謂そういった場所で幽助とすれ違った。互いに女連れ。互いに視線だけを交わし他人のふりをする。一瞬ではあったが、幽助の表情には驚愕が見てとれた。当然といえば当然かもしれない。なにせ、あの事は誰にも云ってはいないのだから。

その日から数日後。なに食わぬ顔で幽助が営む屋台に顔を出した。

「チャーシューおまけ、な」

「フフフッ、ありがとう」

互いにもう大人だ。螢子ちゃんが病を得てこの世を去ってからはや数十年。心は操をたてられるが、躰はそうはいかないと察しがつく。結婚という選択はとらず、彼女は人間として幽助は魔族としての人生を選んだ。無論、2人は仲睦じく彼女が床に臥せってからもそれは代わることはなかった。ただ、1度尋ねた。『何故、幽助と結婚しなかったの』、と。時の流れが等しくなくとも、いくらでも方法はあったであろうに。事実、自身、狐の化ける力により母が亡くなる迄人間のふりを続けた。社会に溶け込み、周囲の者たち同様に老いてゆく自身を鏡越しに不思議な気持ちを味わったものだが。病室の無機質極まりない空間に似つかわしくない柔らかい笑みをたたえ彼女は『足枷になりたくないの。なのに、ふふふ、あいつ馬鹿よね。偉そうにふんぞり返って、生まれ代わる時は妖怪になってこい!結婚はその時までおあずけだ!ですって』幽助らしい。そう思えた。その後、彼女は皆に見守られながら静かに人生の幕をおろした。だが、自身だけに語った一言が忘れられない。『ホント馬鹿。今の私はこの世に私しかいないのに。例え魔族の子供でも私は欲しかったのに』。時の流れが残酷と同意語であるのだと、その時改めて思った。しかし、長すぎる時を始めから有していることも又時に残酷な現実を生み出すことも。

「しかし、驚いたっつーか。いつ飛影と別れたんだよ。全然気づかなかった。てか、この前も飛影と2人で会ってなかったか?」

「ああ、だって、今はセフレだもの」

「はあー!?」

「だって、重いんだもの」

2人のうちどちらかを指しているのか、幽助には咄嗟に判断出来なかった。目の前の狐は嘘つきである。嘘をつくために生まれてきたと以前冗談のオブラートに包んで自らを語ったこともある。加えて蔵馬が飛影を溺愛していたことも。しかし、この時嘘の境界線が幽助には判らなかったのだった。

「それに、抱くならやっぱり柔らかい女の躰の方がいいし」

「ふーん。・・・、じゃ、1回飛影にお願いしてみっかなー」

目には目を嘘には嘘で。そう返した幽助の顔に突き刺さる視線により、目の前の美丈夫が意に反してそういう関係になったのだと悟る。

「お前ってさ、飛影に関する時だけ嘘下手だよな」

無言はすなわち肯定を示していた。おそらく、飛影を好きすぎて自分自身何をしでかすかという恐怖から自ら距離をとったのだろう。だが、はたしてその真意が飛影に伝わっているかはまた別問題のように思えた。

「てかさ、いつからセフレだよ」

「・・・、螢子ちゃんが入院した頃、かな」

「はあー!?なにか、もう40年も前からなのかよ!」

その頃は螢子が病気になったこともあり、他人の恋愛事迄気に病む暇はなかったとはいえ、もうかれこれ半世紀。その間、全くもって気づかなかった。蔵馬が意図して隠していたのだとしても、飛影の態度にも代わった様子がこれといってない事の方が驚愕であった。

「ええ、まあ、ね。結局、一方通行だったんですよ、俺の」

それはない。ああ見えて飛影は頑固で一途だ。どんな状況だったかは知らないが、蔵馬が一方的に別れを告げ飛影はなくなくそれを受諾したとしか思えなかった。

「昔、桑原君が云ってたよ。人間の1ヶ月の感覚は妖怪にとって1日なんだろうなって。その時は雪菜ちゃんを遺して逝く負い目からでた優しさだと思ったけど、そうなのかもね実際。半世紀と云われても、ついこの前のことのように感じるもの」

内心幽助はそれみたことか未練タラタラじゃねえーかよと考えた。しかし、ここでムキになって飛影との関係修復を促せば、捻くれた蔵馬の性格を思うとよけい拗れるのではないか。そう思い敢えてこの話を打ち切った。

それから数日後。いつものメンバーでの手合わせを行うこととなり、百足へと向かった。ちらっと飛影を伺うが、こちらも表情を伺わせる素振りさえない。嘘が上手い奴と付き合ううちに嘘を身につけたのか、それとも自分自身の観察眼が欠如しているのか。

その後、飛影が黒龍波を派手に連発したために冬眠へと入った。常であるならば、蔵馬が飛影を抱え飛影自身の部屋へと運ぶのだが、生憎と今日は躯に捕まりいない。今期の大統領である躯は、頭の切れる蔵馬を参謀として迎え使い放題だ。双方にとって利点が働いたのだろう、蔵馬も敢えて断ることはなかった。当初は飛影会いたさに承たのだとおもっていたが、こうした裏事情があったと知ると、蔵馬の真意が不透明に映るのだった。仕方なく、幽助は飛影を抱え自室へと運び入れた。

冬眠から醒めた飛影が自分自身を見て驚愕する。その後、赤い瞳に隠しようもない悲しみが見てとれた。

「ああ、蔵馬今躯のとこ」

「・・・、そうか」

「別れたんだってな、おめえーら」

刹那、飛影の躰が震えた。なにかに耐えるかの様に拳を握りしめ、赤い瞳からは、今にも高値がつく氷泪石を落としそうであった。

「奴が云ったのか?」

「まあ、な。重いとかなんとか」

「フッ。狐は多情だからな」

その自虐的な笑みを見て知ってるのだと察した。蔵馬が他に女を抱いているのだと。それでも、曖昧で危うい関係を維持したいのだと。そして、確信した。蔵馬ではなく、飛影の方にこそその気持ちの比重に責任があるのだと。そして、それがさも原因であるかのように。おそらく、主語を外し、ただ『重いんだもの』と、云ったのだろう。飛影にとっては残酷に響いたに違いない。好きになれと云ったくせにと、詰れば良かったのだ、縋れば良かったのだ。そこまで考えて、幽助は自嘲し後悔した。自分自身、螢子に求める様に云っておきながら、その実なにも求めさせなかった。螢子も、飛影も、ただ黙って身を引いただけ。自分自身は時というものがそびえ立ち、蔵馬の場合はうちに宿る狂気のために。

「まあ、なんだ、お前らには時間がいっぱいあるわけだしよ、もう1度やり直すことだって出来るわけだし」

「他に誰かを好きになる時間もか?」

「・・・いや、そこまでは云ってねえーよ」

まさかこういう切り返しでくるとは思いもよらず、反応が遅れた。気づくと飛影の腕が首に回されており、切なげにこちらを見上げていた。誰かにこの身を預けたならば、少しは楽になれるのだろうか。

「幽助」

が、しかし、吐息が重なり合う寸前、幽助の胸板にあった手のひらを盾へと代え飛影自身が後ろへと躰をずらした。

「無理すんな」

幽助は子供をあやすように飛影の頭を撫でた。途端に、今まで我慢していたものが崩壊したのか、美しい氷泪石をいくつも流した。ハラハラと落ち続けるその石全てに蔵馬への愛が詰まっているかのように・・・───





※ ※ ※





「随分と長い間なにしてたの?」

廊下に出た途端その男は敵意剥き出しに佇んでいた。口調は棘どころか毒すら孕んでいた。幽助はやや呆れると共に、飛影を不憫に思ったのだった。

「別に。ただ、慰めてやっただけ」

「云っておきますが、例え貴方であっても必要と感じたならば殺しますよ」

そこには嘘は感じられなかった。身震いするほどの殺意。この様子だと、中での一部始終を知っているのだろう。でなければ、警告だけで済ませる男ではない。出て来た瞬間首と胴体が離れていただろうことは疑う余地もない様に思われた。なにか云い返してやろうかとも思ったが、これ以上この男の逆鱗に触れるのは得策ではない。

「へいへい。肝に銘じておきますよ」

蔵馬は中へと入り、大きなベッドに胎児の様に丸まって寝ている飛影を見やる。歩を進めようとして、爪先にコツリとなにかが当たった。視線を落とすと、氷泪石が所狭しと敷き詰められていた。

哀しみの海の様に。哀しみの夜空の様に。哀しみの葬列の様に。だが、蔵馬はうちに巣食う悪魔が目覚める音をはっきりと自覚した。嬉しい、と、狂気に叫ぶもう1人。そして、まだ足りないと渇望する浅ましい心。涙だけじゃ足りない、貴方の心も、躰全てが欲しい。その肉体を身のうちにおさめたい。その血を一滴も残さず呑みほしたい。最後の骨までむしゃぶりつきたい。まるで獣の様な邪で浅ましい願望。

せめて、この浅ましい心が時に侵食される迄。そう願って来たのに。押さえ込んで来たのに。だが、1度起きた欲望はその願いが叶う迄眠らないこともまた蔵馬は承知していた。。

食べたい、食べたい、食べたい。貴方を全て食べたい。

「クスクス。1つ残さず食べてあげる飛影」

狂気の色が浮かんだ翡翠の瞳に映る氷泪石。嬉しそうに口づけすると、蔵馬はそれを口の中へと運んだのだった。涙の味は甘く甘美なものだった。










Fin.
2014/11/3
Title By 水葬

prev | next





QLOOKアクセス解析
AX



- ナノ -