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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




そして黎明は訪れた act.1


何時から彼を好いていたか定かではない。そもそも恋愛感情等無用なものであると思ってさえいたのだから。判っているのは出会った当初は嫌いなタイプだったこと。

人間のふりをしてはや数年。肉体である秀一の父を看取り、母を支えることもまた自身を欺くことの一環であるととらえていた。どこまでいっても所詮は妖怪に過ぎない自身。情をうつしてなんとなる。人間と妖怪が馴れ合うなどバカバカしいにもほどがある。相容れない者同士なのだ。まだそう考えていた頃。母に対しても決して心をひらいてはいなかった。

八つ手の追ってと勘違いをされ仕掛けられた闘い。が、それは彼が倒れた為に中断した。しかし、この場で騒がれては不味い。ただそれだけの理由で彼を自室へと運び入れた。放っておいて死なれたら、霊界の監視がつくかもしれない。折角煩わしい霊界の干渉をかわし大人しく人間のふりをしているのにそれでは本末転倒だ。だから治療迄施した。それ以外に理由はなかった。だから、彼が寝言を云った際の驚愕といったらなかった。額には真新しい邪眼。それで多方察しがついた。純真な妖怪にもかかわらず、自らの命より他人の心配をする飛影を、この時蔵馬は不思議そうにそして何処か不愉快そうに眺めたのだった。その僅かな不愉快が嫉妬と名を代え、後に蔵馬自身をも苦しめるとも知らずに。そして、その嫉妬は周囲をも焼き尽くすことも知らずに。

少しずつ、本当に少しずつではあったが、蔵馬は自分自身の思いを自覚するようになった。ふとした時、ああ、好きだなと。これが愛しいという気持ちか。不器用に包帯を巻く姿。照れてることを隠そうと、明後日の方に向く。天邪鬼な気質の彼が見せる笑顔は蔵馬を魅力した。全てが、彼の全てが愛おしい。そんな些細な心の揺れ1つ、蔵馬の凍てついていた血に温かさを与えた。自分自身などよりはるかに人間の感情を持っていた。名前しか手がかりがない妹。たった1人の血を分けた兄妹。それだけのことに彼は自分自身の人生をも決断した。自身には到底真似出来ない。母を案じていることも所詮建前でしかなかった。自身の身が危険となれば、非情に切り捨てることも厭わない。故に暗黒武術会のおり、呂屠の云ったことは正に正論だった。あの時、飛影は自身を信用し過ぎていた、あるいは過大評価し過ぎていた。頼みもしていないのに、使い魔をその邪眼で追った。だからこそのあの闘い方であった。呂屠に挑発されたからでも、人間の愛情等で呂屠に殴られた訳でも傷つけられた訳でもない。あの飛影が、こんな血も涙もない自身の為に動いてくれた。それがたまらなく嬉しかった。最後の捨て台詞は気づかぬうちに自分自身へと向けたものだったのではないか?呂屠等よりはるかに、穢らわしく醜い自身。

もしかすると、惹かれた原因はそれだったのかもしれない。未だ、自分自身のなかに冷笑する妖狐がいる。母を思いやる自分自身を、別のなにかが冷たく眺めている。それは、どこまでも平行なのだろうか、それともいつしか1つに溶け合うのだろうか。飛影に惹かれるにごとに蔵馬には解せないことがあった。飛影は何故そこまで彼女を無条件に愛せるのだろうか。血の繋がりはそんなにも濃いものだろうか。判らない。やはり、自身は人間のふり“だけ”しか出来ないのだろうか。飛影を愛しいと思うこの思いも、本当は偽りなのだろうか・・・

違う。この思いだけは紛れもない事実。だからこそ、彼女の存在が忌々しい。飛影の愛情を当たり前のように需要する彼女。消し去りたいといつしか願う様になった。彼の人格形成の根源。彼女がいなければ、おそらく今の飛影はいなかったに違いない。それ程迄に、彼女の存在は飛影の根底に存在した。屈辱感は日に日に肥大した。比べることではないと判っていながら、彼女の欠点ばかりを論い飛影を怒らせたりもした。そして自己嫌悪に陥る。彼に好かれたいくせに、彼の大切な者を貶める。やってることは幼稚園児にも劣る。

ただ、彼が愛しいだけなのに。





※ ※ ※





息を切らせ、扉を開いた人物のセリフに驚かなかったと云ったら嘘になる。しかし、驚愕より憤怒が蔵馬を上回っていた。隙だらけの彼女が悪い、人間界で暮らすからといって何故自分自身の価値を過小評価するのか。蔵馬にとって、警戒心を解くということが理解不能だった。幾ら霊界と魔界が協定を結んだからといって、犯罪が減るとは限らないではないか。そこかしこに眠る狂気に何故気づかないのか。今度こそ彼が狂ってしまうかもしれない恐怖も手伝い、蔵馬は内心荒れ狂う自分自身の気持ちを鎮めるのに必死であった。

「落ち着いて下さい桑原君、手がかりとか無いんですか」

「それが全く。クソ!俺がついて行けば」

氷泪石1つ、たったそれだけ。それだけの為に犯罪を犯す。しかし、同時に蔵馬はその犯罪者を羨んでいた。飛影の心を掻き乱す。その1点だけを見れば、成功者にさえ思えたのだった。これだから、飛影に相応しく無いのだ・・・

魔界から飛影を呼び出し事情を説明すると、案の定彼は蒼白になった。唇を噛み殺すその姿が痛ましいと思いながら、彼のなかにいる彼女の存在が如何に大きいか改めて思い知らされた。闇雲に捜してもらちがあかない。決定的な証拠を掴んでから包囲し、生殺の権利を得るのが得策だ。そう主張したが、飛影は聴き入れなかった。邪眼をひらき、真っ先に駆け出した。その後ろ姿を、蔵馬は冷淡な眼差しで眺めていたのだった。

思いの外速く彼女の居場所は知れた。しかしながら、監禁されていることには違いなく、対峙した妖怪は強気だった。弱点と云うべき彼女が囚われている限り。そして、その者はその事をよく弁えていた。ある意味においては、蔵馬と同種の考えを持っていた。それは、他人を駒の様に扱うか否か。そして、目の前の犯罪者は最悪を極めた。

「クククッ、じゃ俺の靴を舐め女の命を乞え!お前にはもう拒否権は無いんだ!さあ、舐めろ!」

飛影は悔しそうに唇を噛むと、次いで表情が掻き消えた。1歩、1歩、まるでその背は死を覚悟したかの様に毅然としていた。

幽助も蔵馬も時が止まったかの様にその場に佇むしかなかった。次の瞬間、飛影はその気高い膝を屈したのだった。彼女の為だけに。妹を守る為だけに、その強靭な精神を折ったのだった。

小動物がミルクを舐める様に、飛影はその者の靴を舐め続けた。その光景に先に耐えられなくなったのは幽助であった。静止の声はしかしこの場合敵を煽る材料となった。

「その目でよく見てるんだな!こいつはもう俺のいいなりの玩具なんだよ!クククッ、次は俺のを舐めろ飛影!」

その者が飛影の名を口にしたことで、蔵馬はある可能性を抱いたのだった。もしかすると、逆なのではないか、と。氷女を捕えることより、寧ろ飛影をこそ我がものにしたかったのではないか。何処かで飛影を見初め、その弱点たる妹のこともその時知ったのではないか。確たる確証等何処にもなかったが、蔵馬はそう確信したのだった。おそらくそれは正しい。しかし、そのこたえを導き出した側面には、蔵馬自身が飛影に惹かれていたからであった。同じ様に考え、同じ様に行動し得なかったのは、たった1つ。飛影に認識されているか否か。この男を凶行に走らせたのは、その思いからではないのか?哀れと思うと同時に悪寒が走った。その者から同じ臭いを感じとったからであった。卑怯者と冷酷非情は壁1枚の差でしかない。

「テメー!いい加減に」

しかし、幽助のセリフを遮ったのはほかならないほかならない蔵馬であった。強く掴まれた肩には僅かながら震えが伝わってきた。それは、怒りからなのか、嫉妬によるものなのか幽助には判断出来なかった。

耳打ち際に囁かれた蔵馬のセリフに幽助は言葉を失う。

「彼には時間稼ぎの為に大人しく云いなりになっていてもらいましょう」

「なっ!」

「幽助、優先順位を間違わないで下さい。俺たちは雪菜ちゃんを助けに来たんです」

「・・・」

「それに、奴は何れ跡形もなく消えます」

瘴気の濃い部屋に監禁されていては、桑原君だけでは荷が重い。ここはいったん退くと見せた方がいい。渋々ではあったが、幽助は蔵馬のその説明に頷いた。

監禁されている場所へと向かう途中、幽助は先ほどの蔵馬とのやり取りを深刻に考えていた。跡形もなくとはどういう意味、か。それに、やはり飛影をあんな奴と2人きりにさせたことを悔やんでもいた。従順に従っていた飛影の気持ちを思うと、無理矢理にでも。しかし、幽助の考えをまるで読んだかの様に蔵馬が続けた。

「奴がさっきバカ笑いしたでしょう。あの時ある種を呑ませました、そのうち芽が出て奴を消します」

シマネキ草とはやや違うが、徐々に胎内を蝕んでゆく点では同種であった。やがて、芽は妖気を糧に侵食を始め幾重にも伸びる。成長した蔦はその者の身体を縛り、長い年月をかけて妖気を縛りながら喰らう。そして、妖気を喰らい続けた蔦だけが残る。巻きつかれた者の形を忠実に形どって。残された蔦だけを見ると、まるで蔦がその者を溶かしたかの様に見えるのだった。

「シメコロシ草って云います。魔界の土壌が無いと育たないんで、最近は使用してなかったんですが」

「・・・」

「なにか云いたげですね幽助」

「オメー、・・・」

「幽助、まだ判ってないようですね、それとも、理解したくはないんですか?魔界を。いいですか、強者が善であって弱者は従うのが筋です。己が正論を吐きたいなら更に強くなり、状況を理解し利用する。時には敗者の感情をねじ伏せる、それが魔界です。これが貴方が首を突っ込んだ世界だ、と、師範も云ってませんでしたか?」

「だが飛影を置き去りに・・・、納得出来ねー!」

「俺は1度として飛影を見殺しにすると云いましたか?」

「・・・」

「さっきも云いましたが、優先順位は彼女を救出することです。その為に飛影には時間稼ぎをしてもらう。それだけのことです」

時間稼ぎと割り切れる蔵馬の心境が判らなかった。

「・・・。オメー、飛影を好きなんじゃなかったのか?」

「それがなにか」

そう答えた蔵馬の瞳を、幽助は始めて怖いと思った。どこまでも漆黒の闇。どんなに突き進んでも光等ない暗い暗い闇がそこにはあった。そして、その闇は何れ周囲をも喰らうのではないか。その恐怖が正しかったことを、この後幽助は思い知らされることとなるのだった。

隔離された場所に彼女は囚われていた。見た所怪我はしていないようだが窶れていた。それによって蔵馬は己の考えが間違いではなかったと再認識した。奴の目的は最初から飛影自身にあった、と。しかし、そうであったとしても、蔵馬はもう自分自身の限界点が過ぎたことを悟っていた。

耐えられない。彼女の為に飛影が犠牲となることを。

濃い瘴気を長い間浴びていたせいか、桑原君は既に意識は朦朧としていた。周囲に清浄な酸素と結界を張った。こうしておけば、後々特防隊も助け安かろう。

「ごめんなさい」

「謝罪は要りません」

「お、おい、蔵馬」

幽助は内心冷や汗をかいていた。飛影が関わると、それが例え誰であろうと冷淡にも冷酷にもなる。先ほどもそれを匂わされたし、実感もした。直ぐ忘れるのは幽助の美点であるのだが、この場合は欠点であった。助け舟のつもりが、間違った方向へと話しが逸脱してゆくのを幽助は頭を抱えて眺めやることしか出来なかった、

「兎に角、雪菜ちゃんを救出出来たことだし、飛影を助けに戻ろうぜ、な、蔵馬。怪我してるだろうし」

「怪我?私飛影さんを治療します、お手伝いさせて下さい」

「そうですね。貴女が原因で負ったものですからね」

「・・・」

「治療出来るものなら治療して下さい。貴女は飛影の心の傷迄治療出来ますか」

「・・・、そ、それは」

このままでは云い争いになる。既になりかけている。そう判断した幽助は兎に角飛影の元へと促した。

目に飛び込んできた光景に言葉を無くした。蔵馬と幽助が雪菜を助けに行っている間なにが行われていたのか、一目瞭然だった。床には幾つもの血痕。青臭い嫌な臭気が辺りを包んでいた。そして、尚も狂った様に飛影を犯し続けていた。

幽助の予想を裏切り、その男はまだ息をしている。そのことに疑問を投げつけ蔵馬を睨んだが、蔵馬は憎たらしいくらい冷静であった。

そして、一言。

「喰らいつくせ」

蔵馬のその言霊を受付ると、例の植物が爆発的に成長し躰を突き破る。しかし、まだ男は生きていた。生きながらその妖気を搾り取られ、躰を絞められてゆく。徐々に躰がしわがれ、まるでその様は水分を失った砂漠であった。それでも尚、死ぬことが赦されない。これから長い年月をかけ、じわじわと妖気を搾られ、逃れようにもその蔦が縛り続けるのだろう。そこに、蔵馬の怒りがどれほどのものなのか、この時幽助は始めて理解した気がした。

ぐったりとした飛影を前に、雪菜ははらはらと涙を零した。その1つ1つの輝きさえ、蔵馬にとっては忌した。そして、事もなげに云い放った。

「さあ、治療して下さい。貴女が」

雪菜は両の手を飛影にかざし、妖気を集中し始めた。淡く光るそれが2人を包み込む。

その一瞬だった。ホッとした幽助が蔵馬の手刀を受け倒れ込む。これから行うものを見させる訳にはいかない。

「判ったでしょう?如何に貴女が彼を束縛しているか。今回だけじゃない、貴女は前回も不注意から囚われた、その度に飛影がどれほどの犠牲をはらったか貴女は考えたことがありますか。邪眼を植え込まれ、今回は男に犯された。判りますか?飛影は貴女のためならばどんなこともやるし、受け容れる。貴女が居る限り、ずっと」

「・・・。それで、蔵馬さんは私をどうなさりたいのですか?」

蔵馬は始めて雪菜にたじろいだ。それほど、振り返った彼女の笑顔は澄んでいた。まるで雪の女神のように。否定し続けてきた2人の接点がそこに凝縮されていた。

それでも。いや、それだからこそ、飛影を愛しいと思い、彼女を恨んできた。だからこそ、蔵馬は云ったのだった。彼の為でも、ましてや彼女の為でもなく、自分自身のエゴの為に。そして、蔵馬には判っていた。このことにより、なにかが壊れ生まれることを。

「消えて下さい永遠に」

その時、沈殿していた時が動き出した。










Fin.
2013/11/10
Title  By HOMESWEETHOME

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