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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




 大奥─幽玄─ act.5


「クククッ。とうにお主のなかでは候補者が居るであろうに、白々しい真似はよせ仙水」

「はて、なんのことやら、不肖なる私には」

「フッ、そうか、知らぬというならばそれもよかろう。で、どうじゃ?その候補に樹などは」

黄泉は脅迫とともとれるセリフを云ってのけた。

「・・・!」

「クククッ、冗談じゃ。そう怒るな」

「これは心外な。私の忠誠の対象となる黄泉様に怒りなど」

「口は重宝だな。どのようにも云い訳がたつ。しかし、心は別の生き物だ、先ほどから私を射殺さんばかりに睨んでおるではないか」

「・・・」

「私は目は不自由だが、その分鼻が利く。お主や樹と閨を共にして気づかなんだと思うてか。同じ香を纏っていてはなおのこと。存外お主は執着心が強いからの。樹を容易く差し出したかと思えば、その後必ずや私に抱かれにくる。私に樹の感触が残っていることをまるで拒むかのようではないか、うん?」

そこまで見透かしていながら、何故この男は。

「では、何故に私を」

「クククッ、それはお主と同じだ。危険な者ほど近くに置くものじゃ、いつでも始末出来る様に、な」

「・・・、なるほど。胆に命じておきまする」

「して、話しは戻すが」

「黄泉様の方こそ、誰ぞ心当たりがおありになるのでは」

「ふむ、2人ばかり、な」

「2人?1人の間違いでは」

さりげなく訂正を口にした仙水であったが、黄泉は唇の端をあげ乾いた笑みを浮かべた。蝋燭の灯りだけが頼りの室内に、その笑みはよりいっそう寒々しさを覚えたのだった。

「確かにお主の云う通りではあるが、“古道具”が1人居る」

黄泉のその言葉をうけ、仙水の脳裏に艶やかな漆黒の髪をしたどこか妖艶な長身の男が思い出された。まだ、御中臈になって間もない男である。

未だ、次期将軍が定まらぬ頃。最有力候補者として2人の女性の名があがった。1人は紀州藩主、いま1人は尾州藩主。何れも御三家。しかし、当初宗家たる魔川が最も支持していたのは、御三家筆頭の尾州家であった。両者の駆け引きが、当時まだ4歳であった将軍の裏で展開を見せ始めたのである。いま1つ難題な事情があった。老中たちの多くが、紀州藩主を推挙していたが、ただ1人それに敢然と異をとなえた者がいた。その者は、表舞台の政だけでなく、裏の大奥に迄絶大なる勢力をはっしていた為事態は深刻の様相をていした。権限が強い者たちは最初から旗を決め戦う意思を明確にしていた。寧ろ憐れだったのは下級官吏たちであっただろう。どちらにつくかで命と家の存亡がかかるとなればなおのこと。紀州藩主か、それとも尾州藩主か。皆、顔をつき合わせては、互いの腹を探り合う。純粋に能力をあげるならば、紀州。しかし、尾州を推す声はそれらをはるかに上回る。なにより、現将軍の父親とその側近たちの声を無視は出来ぬ。それゆえに、紀州藩主にのぼりつめた躯公は当初不利と思われた。いま1つ、紀州藩主躯公に素直に頭を垂れるには躊躇われる事情が存在した。血筋においても、尾州は魔川幕府を興した初代将軍の正統なる直系女子であったが、紀州は些か違った。紀州前藩主が、火遊びで手をつけた落とし種として批判をよんでいた。つまり、正室の女子ではなかったが為に、成り上がり者として白眼視されていたのだった。が、しかしながら、藩主となり紀州で行った改革の数々は、人々を苦行から救った事実は大きく心に影響した。空だった藩の財政には金が潤い、それにともない、民衆のふところにも安定をもたらした。農林の開拓が急速に推進され、雇用が充実してゆき浮浪者が減り、それに伴うように治安が悪かった街は、今やその面影さえもない。街に人や物が溢れ、活気に満ちていた。躯が行ったのはそれだけに留まらなかった。藩内部の一掃である。汚職に手を染めていた者たちは、その悉くが財産を没収された後、法のもと流罪、または、死罪を云いわたされた。御家がおとり潰しとなった邸宅は、民衆に無償であてがわれ、道場や寺子屋などに代わった。当初は批判的であった者も、中立の立場であった者も、躯の執政の正しさに、そしてなによりその容赦のない御家とり潰しに対し、徐々に膝を屈していった。反対派を一掃する傍ら、自らの息のかかった者たちで政の実権を固めたのだった。もはや、誰1人として躯の出身を咎める者たちはいなくなっていた。しかし、暗い噂はどこまでもつきまとうもの。名君としての名声は充分以上であったが、なによりも、そこにのぼりつめる迄のその背後に纏わる噂が大奥に混迷と早急な決断をよんだ。藩主になる迄に実の姉2人(父親違いではあったが。)、藩主後に政敵である尾州前藩主を秘かに葬った。その噂である。その噂の真意は兎も角、大奥では速くから8代目となり得そうな2人の好みを探っていたのだった。大奥での権力は、如何にして将軍の傍に侍るか、である。側室となり、将軍との間に子を成すことが叶えばその権威は絶大なものとなるのだ。それらの理由から、大奥では次代での権勢を今迄同様確保する為に様々な策謀を巡らしていた。一時、今だ存命の将軍らが推す声が強いと判断し、大奥は尾州藩主のお眼鏡に叶う者を、速くから用意していたのである。しかし、ここにきて、その予定表に、訂正を余儀なくされたのである。紀州藩主、躯公が次期将軍と決まった。おそらく、その裁定は覆らないであろう。黄泉、そして、仙水が慌てて軌道修正を謀る理由がそこにあった。もはや、尾州家の頭上に日はのぼらぬであろう。

「いかにいたしますか」

「ふむ。長々と居てもらってはその者には酷というものだ。どのみち、“御内証”の方では出世など望みようがない。この大奥から早々に去ってもらう」

「しかし、容易に消しては。なにせ、その者の後ろには尾州家が」

そもそも、尾州家の関心を買う為にその者を大奥に招き入れたのだ。多額の金も動いた。たとえ、御内証の方であっても、裏と繋がる糸は多いにこしたことはない。だのに、後々に迄及びかねない危険な疑惑をわざわざ火のなかに投げ棄てなくとも、それに、駒を使う前に棄てるのは些か。そう考える仙水に、黄泉は動じなかった。

「確かにお主の考えはよいと私も思う。しかし、媚びを売るならば、日が沈む方ではなく登る方にこそすべきだ。違うか仙水」

ニヤリ、と、黄泉は不穏な笑みを浮かべ仙水に同意を求めた。それに対し、仙水は短く応えたのみであった。黄泉の云わんとしていることを正しく理解したがゆえに。

「御意」

「・・・、そういえば、そろそろ季節が代わる頃であったな。“風邪”をひいて拗らせたらば厄介だ」

「まことに。“胸”など病んではひとたまりもございますまい」

その後、2人は示し合わせたかのように笑みを1つ交わし合ったのだった。どこか氷を思わせる笑みを。

これにより、“2人”の別れ道が整った。当事者たちのあずかり知らぬ場所で。





※ ※ ※





遠くから竹刀を交える音を耳にし、飛影は訝しげにそちらの方へと向けた。

そういえば、凍矢が吹上のお庭の端に道場があるとか云っていたな。その音を頼りに、飛影は奥へと歩を進めた。暫くすると、目的の建物が視界にはいる。

懐かしい。毎日のように竹刀をふるっていたものだ。竹刀をふるっていた時だけ全てを忘れることが出来た。家のことも、蔵馬のことも、全て。嫌なことは流す汗が忘れさせてくれた。

窓際に手のひらをのせ、背伸びをする。ひっそりなかを覗くと、男たちがひたむきに剣を握り、互いの技術をぶつけ合っていた。

「・・・、へえー、こんなところだから、どんなへっぴり腰かと思えば、なかなか」

「そんなところからではよく見えぬであろう」

後ろから突然声をかけられ、慌てて振り向いた飛影は、立っていた人物をその瞳に捉え更に驚いた。初日に廊下で会って以来のこの大奥の権力者に。

「黄泉様!」

「よいよい、そうかたくならずとも。そなたは」

「はっ、御三の間の飛影と申します」

「おお、飛影とはそちのことか。聴きおよんでおるぞ、なんでも、新参者の“夜のお勤め”3人を相手に大立ち廻りの末、まんまと逃げおうせたそうな」

あれが夜のお勤め?苦々しい思い出が飛影の脳裏に映し出される。あれから襲われることはないものの、未だに朱雀を始めとするあの者たちからは陰惨な陰口を云われ続けていた。凍矢がいてくれなかったならば、心が折れとっくにこの大奥から去っていたであろう。

「・・・、は、はあ」

黄泉は飛影に近づくと、おもむろにその顎をつまみ上げた。頬にひんやりとした感触が伝わる。飛影は慌てて身を退くが。

「そう怖がらずともよい。私は盲目でな、こうしてそなたの顔立ちを見ているだけだ」

そういわれてしまえば、飛影は退くことは出来なかった。頬から瞼、鼻、唇。一通り黄泉の指先が動いた。しかし、何故か温かみに欠けた動き方に、飛影は云いようのない不安が心に膜をはるのを感じた。

「なるほど、可愛らしい顔をしておる。どうじゃ、飛影、道場で誰ぞと立ち合うてみとうはないか」

「い、いえ、まだ仕事が」

「よい、私が赦す。そちの剣客としての技量私にみせよ」

然も当然かのような口振り。その、命令のように云うのが気に入らなかったが、竹刀がふれると思うと久々に心が晴れるかのようであった。





「誰だあいつ?」
「なんでも三の間の新参者の」
「おお!御三の間のあの飛影か。聴いた聴いた、夜中の大立ち廻り」
「なんでも、部屋中の男たちを1人残らず投げ飛ばしたらしいぞ」
「いやいや、あんなお人形みたいな可愛らしい顔と細腕で。人は見かけによらぬものだ」

・・・。なんだか、話しが大きくなってるな。周囲の些か勝手な噂話しを耳にし、飛影は内心でため息を溢した。

「この者たちのなかで1番腕のたつ者は誰か」

「はっ!しかし、・・・」

「構わぬ」

「はっ、でしたら。鴉!お相手いたせ」

竹刀を構えて飛影の前に立った男を注意深く探る。漆黒の長い髪、切れ長の美しい瞳が印象的であった。隙のない構えに、飛影は自分自身が高陽していることを悟る。どんな相手であろうとも、こうして立ち合うとなると鬱々としたものが欠き消えてゆく。竹刀をふるっている時だけ、飛影は無心でいられた。

激しいぶつかり合いが合図となった。交わり、跳ね返す。そしてまた。こちらがわざと造った隙にも鴉は動じなかった。

なるほど。大奥は美男や家柄だけが売りの場所ではないらしい。

幾度目かの激しい交わりの後、飛影は竹刀を横にはらう。鴉のみぞおちにそのひとふりはきまった。2人の激しい息づかいのみ道場の主かのようになる。次いで、からから、と、悲しげな音を奏でながら鴉の手のひらから竹刀が床へと落ちてゆく。

「そこまで、勝負あり!」

歓声と同等の困惑する声があちらこちらからあがる。あの鴉様が、まさか、負けるとは。互いの顔には、その言葉が映し出されていたのである。

その様子を、見えぬ目で黄泉はじっと見つめていた。そして、誰にも気づき得ぬ場所で確信を抱き笑うのだった。これでお膳立ては済んだ。誰も、この後の人事に不服を抱く者はおるまい。

飛影は興奮しつつも、倒れた鴉に手を差しのべる。純粋に嬉しかった。こんなに竹刀をふるえたことが。もう、2度ないと思っていたがゆえに。

「お赦しください。貴方様があまりにお強いゆえ竹刀を完全に留めることが出来ませんでした。それからお礼を。剣の道に入って今まで、こんなに嬉しく思ったことはありません。貴方様のような剣客と出会えて幸せです。先ほどのは窮鼠が猫をかんだようなもの。もう1度立ち合えば私に勝ち目はございますまい。あの太刀筋の鋭さ」

「黙れ!」

飛影は鴉に向かって延ばされた手を払われた。そこに、重苦しい空気が漂う。鴉の眉間は美醜に歪む。その表情に飛影は息を呑んだ。

「クククッ。なにが剣客よ。いい気になるな!いくら剣術に優れていようとも、所詮この大奥で大切なのは、美しく白い顔と、そつのない処世術よ。・・・、私の方が」

「・・・」

「私の方が貴様などよりずっとずっと美しいわ!」

自室へと無言で去ってゆく鴉を、誰1人として追わなかった。そればかりか、見送る視線のなかには、明らかに蔑むそれが滲んでさえいた。

・・・、蔵馬。

ここは暗い。闇夜の如く。こんなにも輝くばかりの美貌や才覚を有している者たちがひしめいているというのに。

心が、暗いのだ、・・・










2012/11/17

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