The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.
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大奥─幽玄─ act.4
手渡された着物に袖を通し、凍矢と共にお目見え以上の方々が住まう長局へと足を向ける。
「先ずは掃除だ。雑用一切が我らの仕事だ」
羽ぼうきで飛影はパタパタと欄間を叩いて埃を落としていると、それを咎めるかのように静かであはるが確固たる意思が働いた。隣から、凍矢の羽ぼうきが飛影の持つそれの動きを制止したのだった。
「叩くにあらず、撫ぜるがごとく、だ」
「うっ、そ、そうか。判った悪かった」
「クスクス」
「?なんだ」
「いや、そなた、一見扱い難く見えて、実は素直なのだな、と、思った迄だ」
瞬間、飛影の顔に赤みがさす。照れくささからきているのが明らかであり、その様が幼げに見え、また、微笑ましく思えますます凍矢は笑みを深めたのだった。
こういう笑い方、・・・
蔵馬に似ている。脳裏に忘れ得ない彼の人が浮かび、刹那、胸が軋む音を聴いた気がした。蔵馬とどこか重なる面影。だからだろうか、出会ったばかりだというのにこの凍矢に対しては素直になってしまうのかもしれない。
幾部屋かを順繰りで掃除するうちに、やたらと動物が飼われていることに気づき、それを何気なく凍矢に尋ねた。
「やたらと猫や金魚やらを飼ってるな」
「“お猫様”だ。そういう習わしだ」
「・・・、じゃ、なにか、これは“お金魚様”か!?」
金魚鉢に餌をやりながら、些か呆れたように云う飛影だったが、凍矢は何故か反応は薄く、悲しげな笑みを一瞬浮かべた。
「そうだ。馬鹿馬鹿しい。そう、思うだろうな。でもな、その馬鹿馬鹿しい贅沢が、ここでは当たり前なのだ。そして、その馬鹿馬鹿しさのなかで飼われているのさ、俺たちは。お金魚様より憐れな存在なのかも知れぬな」
切なげなその凍矢の表情に、飛影は返す言葉が咄嗟には思い浮かべられなかった。
着物をお香で焚き染め、畳を一枚一枚丁寧に雑巾をかける作業を飛影は黙々とこなしてゆく。
「思いの外きつかろう?大切に育てられてきた旗本のご子息だろうから」
「いや、俺の家は貧乏旗本でな、風呂掃除からどぶ板洗い迄、女に躰を売ること以外はなんでもやってきた。こんなの苦のうちにははいらぬ」
「・・・。そうか」
一通り掃除を済ませると共に、次なる仕事が飛影たちを待ち構えていた。御膳所へと並び、出された膳を御中臈たち以上の者へと運び入れる。飛影も1つの膳を受けとり、指示をうけた部屋へと運んだ。その飛影の後ろでは、ニタニタと厭らしい笑みを交わす者たちがいたが、飛影はその時はそれらの意味に気づき得なかった。
「失礼します仙水様。膳をおもちいたしました」
飛影が襖を開けると、仙水1人ではなく他の者が同席していた。その者は、仙水のその肩に靡くように躰を預けていた。飛影の姿を見留ると共に、その男は仙水の肩から離れ、自分自身の艶やかな髪を優美に梳いた。どこか淫靡な空気が漂うなか、飛影は一瞬戦くと同時に先ほど廊下ですれ違った幾人かの仕業であることを見抜いた。わざわざ、この2人が同席しているのを狙ってのことは明らかであった。後々、己の反応を笑いの種にする腹積もりなのであろう。舌打ちをしかけ、目の前の2人が上位者たちであることを思いいたり、喉迄でかかったそれを慌てて呑み込んだ。
「膳ならばきておるが」
「失礼しました」
礼儀正しくその場を逃れたが、その膳を御膳所に戻す廊下で飛影はまたしても災難をうけるはめになった。両手は膳に集中し、その為、足元が疎かになっていたその隙を見事に引っ掻けられ、結果、飛影は膳共々研かれた廊下へと躰をひっくり返ってしまったのである。廊下に叩きつけられた痛みよりも先に、怒りが込み上げてゆく。こんな幼稚な苛めをうける謂れはない。
「貴様ら!」
御三の間で居丈高な態度をとっていたあの3人。確か、名を玄武、青龍、白虎といったか。ここには居ないようではあるが、あの朱雀とやらが命じたことに間違いはないであろう。飛影は怒りをぶつけようとしたが、それをやんわり凍矢に止められた。
「止めておけ。ムキになればそれだけ奴らを悦ばせるだけだぞ」
凍矢の尤もな忠告に、飛影は怒りの矛先を裡に戻すこととなった。しかし、その憮然とした表情からは、このまま大人しくはならないであろうことが予想され、凍矢は1つため息を漏らしたのだった。
※ ※ ※
「・・・、今のが?」
樹は先ほどの飛影という人物を確認するかのように、その脳裏に姿を映し問いかけた。樹の涼やかな声をうけ、仙水は酒が満ちた猪口を口へと運ぶと共に、1つ頷いた。
「気に入らぬか?」
「いや。お前が決めたのならば、俺に異存はない」
「フフフ」
「?」
「そのわりには、目が全く笑ってないぞ、樹。俺がお前以外に興味を抱くのが気に入らないとみえる」
「大した自惚れだ」
「では、間違っている、と」
仙水の自信に満ちた瞳が、樹を射ぬく。この男は知っていて尚求めるのだ。そして、1番厄介なのが、自分自身がそれをこそ望んでいることであろう。惚れたほうこそが負けと云うが、それを否定出来ぬことは些か癪に値するかも知れぬ。
「・・・。反論出来ないのも面白くないことは確かだな」
「フフフ、そうだ、お前は俺だけに素直になればいい」
「それで、いつ頃上にあげるつもりだ。今の上様には時間がない」
「そう急くな。黄泉も少なからず奴に興味を示した。奴を取り込む為、なにかしら手をうってくるだろう。それから動いても遅くはない。第1、真の目的は次代の上様の御世での権勢なのだ。先がない今の上様に媚びてなんとなる。・・・。樹、お前なら必ず側室になれる」
膳に猪口を戻し、その手を樹の頬へと伸ばす。視線と視線が重なると、仙水はそれが合図かのようにその樹の艶やかな唇に蓋をした。
「んん、ふぁ、・・・、そして、お前が」
「ああ、そうだ。黄泉にとって代わり、この大奥の頂点にたつ」
2人でこの大奥を代えようぞ──・・・
※ ※ ※
その夜。飛影は苛々とした気持ちのまま床についた。あれからも、散々馬鹿な苛めをうけ飛影の怒りの沸点はもう間近に迫っていた。しかし、入った早々問題をおこしてここを出されては、なによりも実家に迷惑がかかる。それでは、本末転倒だ。その一点が、かろうじて飛影を怒りの解放を留めていた。
きつく瞼を閉じ、忌々しい出来事の数々を無理矢理追い払おうとした時であった。ゾワリ、と、躰に悪寒が走った。何時の間にか足首を誰かにとられた。その手が飛影の足首から裾をたくしあげながら這い上がってくる。
「な!?」
「クククッ。手触りのなんとよい肌か」
「貴様、青龍!」
「抑えつけろ」
青龍が低く命令をくだした後、両方から抑えこまれ飛影の視界に玄武と白虎があらわれた。闇夜のなかでも、その獣のようなギラついた瞳が飛影を射ぬくように見つめる。獲物を捉え、満足げに笑う様は飛影に未知の恐怖を植え付ける。声にならない悲鳴は、ほんの僅かだった。
「・・・」
「クククッ。貴様のような生意気な新参者に思い知らせてやろうと思ってな。判るな?女の代わりになるのだ。男の尻の孔に丁子油を塗って女のようにするという訳よ」
・・・、蔵馬!
「へへへ、こいつ怖くて固まって声もでねー様だ」
玄武は卑下た薄ら笑いの後、白い襦袢の合わせからそのごつごつとした手を忍び入れた。反対側から伸びてきた毛深い白虎の手が視界にとまり、一気に飛影は覚醒した。白虎の顔に向け拳を叩きつけ、相手が怯んだ一瞬を見逃さず次々と拳を降り下ろした。距離をとったところで、枕元にある刀を手にした飛影は、躊躇う素振りも見せず、鞘から鋭い刃を光らせた。月明かりが僅かに射し込む部屋のなかで、その刀が放つ異様な光に、青龍たち3人は背筋を凍りつかせた。
「な!?き、貴様正気か、大奥内での刃傷沙汰は御法度だぞ」
「五月蝿い!それならそれでどうせ切腹なら貴様ら全員たたっ斬ってから地獄へ堕ちてやる!脅しじゃない、今度同じようなことしやがったら本当に貴様ら全員ぶった斬る!」
他を焼ききらんばかりのその飛影の鋭い覇気と圧力に、青龍たちは息を呑み込んだ。自分たちが地獄へと導く介錯人、その隣で火遊びをしていたのだと悟り、慌てて各々の床へと逃げていった。
・・・、蔵馬。お前との約束を守るのには、えらく大変なところにどうやら己は来てしまったようだ。
「大奥ではしごく当たり前のことだ」
次の日、昨夜の騒ぎを凍矢はあっさりと肯定してのけた。凍矢自身でさえ、それがなんだ、とでも云うほどあっさり、と。
「確かに同性婚は認められてはいるが、そんなものを使うのは一部の金持ち連中だけだ」
「・・・、ま、まあ、確かにな」
同性婚の大半は、女性同士が占めている。家督を継ぐと同時に、訳も判らず親が取り決めた許嫁と結婚させられることが多いと聴く。女姉妹が多い場合、よく使われるくちべらし。その後、種を高く買うか、側室をはべらかすか、その二者に別れる。どちらにせよ、金がかかることには違いなく、貧乏人には縁がない話しだが。
「聴けば、男と女が同じ数だけいたという古の世では、同性同士の間柄は珍しくなかったという。今のように定める規定も皆無だったとも。そんな世が本当にあったかは知らんがな」
一瞬の間が空いた後、凍矢が続けたセリフに今度こそ飛影は驚愕を隠せなかった。
「俺も男と寝たことがある。お主も女と寝ずにあと1月もいれば判るさ。青龍たちでは話しにはならんが、美しい男だと錯覚する日がくる。・・・、かも知れん」
「・・・、信じられん。江戸の街じゃ考えられん話しだ」
その時ふと、飛影の脳裏に2人の男の姿が浮かび上がった。そうか、仙水様のところにいた者も。あの2人もそういう関係か。
「なにせ、当代の上様は僅か7歳であらせられる。そうでなくとも、大奥は世間とは逆に男があまっているからな。それにもし、御年寄や御中臈のお目にとまって“念者”“念弟”の間柄にでもなれば、一足飛びに出世の叶うこともあるからな」
「江戸の街で見てきた女たちを思うと、・・・」
皆、貧しく、子が欲しい一心で。せっかく授かった子も、赤面疱瘡で大半が死ななくてはならない。そんな女たちを見たくはない。どうせならば救ってやりたい。1人でも多く、子と共に明るい未来が見えるならば、と。だから、望まれれば間に金がなくとも抱いた。蔵馬がそうしていても、耐えることが出来た。それなのに、ここは。
「我らは先ほどの“お金魚様”となんら代わらぬのだ」
「?」
「なんの役にも立たぬ大奥という金魚鉢のなかで、ただ飼われていることだけが“仕事”なのだ。男たちを無駄に囲い、貴重な子種をも無駄にさせ、しかし、その無駄こそがこの世のなによりの贅沢。公方様のご威光の証とされるのだ」
※ ※ ※
襖にゆらゆらと影だけが動いていた。
「お呼びとうかがいまして、まかりこしました黄泉様」
「うむ、入れ仙水。ちと、お主に相談があって、な」
「なんなりと」
双方、白々しいほど丁寧に交わしてゆく。この様子を見れることが叶う者がすれば、極寒の地へと飛んだかのような錯覚をうけたに相違ない。
「上様が危篤状態になった」
大胆であり、かつ、不吉な言葉を黄泉はまるで感情がない冷たい声でもって云い放った。黄泉は自分自身の猪口を仙水に差し出し、それをうけた仙水は芳醇な酒を注ぎ入れながらこちらも冷静な対応で応える。
「ほう。些か速いですな」
「使者も参ったようだ」
「ほう、御使者、で、ございますか。どちらの使者か大いに興味がござりますな」
「クククッ、“紀州”の田舎からだそうだ」
「紀州。で、ござりますか、では、尾州からは」
「なにもない。そればかりか、紀州の“躯公”は他の御三家の家老をとりこんで、上様御危篤の知らせを遅らせたらしい。そして、自分自身は逸速く登城された。お主がいう尾州は、その時まだ駕籠の用意さえしていなかったと聴く。この時点で躯公は勝ちを既に掴んだと云えるな。しかし、クククッ、女は怖いのう、仙水」
「まことに。して、ご相談とは。察するに、次代上様の御内証の方かと」
「うむ」
2012/11/17
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