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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




余毒の世界におやすみを act.1


もう、半月近く会っていない。危険なパトロールを躯に押しつけられてはいないであろうか。怪我など負ってはいないであろか。そんな心配ばかり。彼が充分に強いと知りながら、いつも、胸を痛めては焦がす。

図々しい。恋人でもあるまいに。彼から特別な感情を抱かれてなどいないくせに。強いてあげる関係は、なんなのであろうか。それさえ、危うくて困難を極めた。でも、彼を好きな気持ちは膨らむばかり。それに伴うように、独占欲が日増しに翼を広げていた。

出来ることならば、今すぐにでも魔界へと、そして、貴方のところへとゆきたい。易々と攫うことが出来るとは思えないが、どこかに彼を閉じ込めたい衝動といつも戦っている。

触れると思っていたよりずっと柔らかな黒髪。その髪に自身の顔を埋めることが叶うならばと幾度思ったことであろうか。少しふっくらとした桜色のその唇を、自身の唾液で濡れる様を想像し、何度果てたことであろうか。雪のように白いその肌に、自身だけの所有の証を刻みたい。その細い腰を掻き抱き、思う様に荒らしたい。なかに拭いきれない匂いを注ぎ入れたい。自身の手によって乱れた貴方は、どんなにか艶っぽいであろうか。叶わぬと知っていて、その欲は上昇を辿る。彼の傍らに身をおくことを赦された躯に、嫉妬混じりの殺気を剥き出しにしたことも数えだしたらキリがない。

いつだったか、躯に花を用意してくれと頼みにきた貴方。その時に出たセリフは、まごうことなき嫉妬のあらわれであった。皮肉な嫌みを口にした自身に、なにかしら反応を示してくれたならば。なのに、貴方はそれに気づきもしない。悔しくて、憎たらしくて。だけど、それ以上に愛しい貴方。不器用な優しさをその時見たように思えた。ただ、何故、その優しさを得ることが出来る者のなかに自身は含まれないのだろうかと、焦燥にかられはしたが。

距離をおいておけば、こんな醜い思いから彼を救えると思ってきた。自分自身でも制御出来ない、黒い黒い闇。触れたら、業火の中へと突き落としかねないほど。それなのに、開くばかりの距離は、如実に語っていた。彼のなかにある自身というちっぽけな存在。記憶からも、少ない彼と共有する思い出からも忘れても構わない、そんな存在なのだ、と。

一時は、それも仕方ないかと思ったが、貴方を好きだという思いからは逃れられないのだと気づき、また焦慮のなかに落ちる。





久々にその躯から要請が届いた。例によって、夢幻花の精製。躯の顔を見るのは翻意ではなかったが、女帝を差し置いて彼だけに会うのは些か憚りがある。そんな筈はない。そんな馬鹿なこと。そう思いつつも、2人の関係の噂ばかりがいやでも耳に入る。躯は必要以上に飛影の部屋に出入りしているだとか、その後、飛影は憂いを帯びた顔をしているだとか。そのたびに、どす黒い染みが広がる。邪推ばかりが裡に蔓延る。それらを認めたら、なにかに負けてしまいそうで。それ以上に、貴方が今以上に遠い存在になるようで怖い。

触れられなくてもいい。ちっぽけな存在でもいい。それでも構わない。でも、やはり貴方が愛しい・・・

女帝の部屋へと通されると、いつものようにばかデカイソファーから見下ろされる。彼が女帝になついていなかったら。殺しても殺したりない。以前ならば、彼の隣は自身が立っていた。周囲の目も、彼と自身をセットに見てくれた。そこに、僅かばかりの優越感があった。いつの日にか必ず、そういう思いでずっときた。なのに、今はどうであろうか。完全に立場が逆転してしまった。優位と思っていたのは、まさに自身だけであったと思い知らされた。それと共に、自身が如何に愚か者であったのかも。貴方から見て、自身など所詮とるに足らない小さな小石でしかなかったのだ、と。

「確かに受け取った」

些か目上からの言い種が勘に触った。

「・・・。では、失礼します」

蔵馬は自身の思いを補う意味からも、殊更恭しく頭を下げてみせたのだった。

「待て、俺もいく」

「は?」

出口へと向かいかけていた自身を呼び止めた女帝の真意を計りかね、訝しい表情でもって振り返る。

「飛影の部屋にいくんだろう?古狐」

こちらの気持ちをも見透かされているようで癪に触る。その為か、刺々しい返事になったのは否めなかった。

「それがなにか」

「クククッ。1度その面を鏡で見るんだな。色男が」

嫉妬で歪んだ表情をしていると暗に指摘され、益々苛つく。その為か、眉間に更なるシワが寄ったのが自身でも判った。

「貴女から嫌みを聴く謂れはない筈ですが」

「まあ、そう云うな。せっかくいいものを拝ませてやろうっていうのに」

並んで飛影の部屋にゆくこと自体、不本意であった。が、しかし、逆らえば、女帝に喰い殺されるであろう。嬲り殺されるのは目にみえている。悔しいが、この女帝はこの魔界全土を掌中におさめ得る力を有しているのだから。過去、妖怪たちに冷酷非情と畏れられた自身でさえ、未だ妖力においてこの女帝の前では赤子同然であった。

「あいつは最近寝不足でな」

「は?」

彼の部屋へと続く廊下において、いきなり話しをふってきた。

「そんな馬鹿な。て、顔だな」

「・・・」

「確かに、黒龍を放った後は、副産物で眠くはなるようだが。慣れってやつだな。今じゃ、例え黒龍連発して放ったとこで隣で他人の気配がした途端」

意味深にそこで区切られては、蔵馬としては続きを促すしか術はない。

「途端。なんです?」

「クククッ。だから、見せてやると云ってんだよ」

終始躯は、悪戯を仕掛けることを楽しんでいる表情だった。

寝不足?あり得るのだろうか?いつも、会うたび寝顔しか見ていない気がする。そりゃ、彼の寝顔は可愛くもあるから、自身としては別に困らないが。困るといえば、男が持つ悲しい下半身事情くらいだが。

飛影の部屋へと2人並んで入る。躯には事前に「気配消しておけよ」と、云われた。常日頃、人間界で暮らすには妖気を抑えねばならず、蔵馬は滅多なことがない限り気配は消して過ごしている。見遣るとやはり、躯の話しとは違う。唯一の家具である大きなベッドの上では、タオルケットが規則的に上下していた。ここに来る前、時雨たち数名を相手に黒龍で暴れたとの情報を得ていた。おそらくは寝ているだろうと。その通りだった。しかし、その飛影の姿を見るなり、躯は「ちょうどいいタイミングだ」と、面白そうに飛影に近づいてゆく。

飛影の隣に立ったと同時に、気配を露にした躯。敵意や殺気を含ませていた訳でもない。だのに、飛影は一瞬にして目覚めると共に、傍らにある愛刀を躯へと向けていた。

「チッ!また貴様か!」

“また”、か。飛影のセリフに、躯が如何にこの部屋を訪れているかを知り、蔵馬の裡に暗雲が雪崩れた。それに伴うようにして、表情が一変する。絶対零度の氷を思わせる、あるいは、死者を従わせる死神のそれに代わっていた。

「クククッ。そう怒るな。今日はお前の体調を慮って来てやったんだ。また半月くらいまともに寝てないだろうが。平和に慣れないあたりは称賛してやるが、少しは休め。それとも、やはり、この前みたいに“人間界”へとゆくか」

「・・・。要らん世話、だ」

会話が不自然に途切れ、飛影の瞳がこちらへと向けられた。驚愕に見開らかれたルビー。その瞬間、ドキリと胸が高鳴った。しかし、その後、何事もなかったかのように、一切の表情が彼から消え失せていた。無表情というには些か解せないものはあったが。

馬鹿か。一体、今、なにを期待していたんだ。

「・・・古狐」

「狐!」

ハッとし顔をあげると、躯は部屋を後にするところであった。

「こいつは今日から5日間休みを与えるから、充分に眠らせてやれ」

最後につけ加えられた「壊すなよ」には、明らかになにかを含ませていた。

・・・

今のがなにが面白いのか?

躯の気配に敏感とでも云いたいのか。・・・、敏感?

そこでなにか引っ掛かりを覚えた。そうだ、彼は気配に悟い。気配を殺していなければ、近づくことさえ困難で。幽助や桑原君でさえ気配を殺して近づくと、まるで猫が逆立ったような反応を示すくらい。だからこそ、彼に対し、敵意がないと理解させる為にいつも消しているほど。多少、意地悪も含んでいるが。

躯はなんと云っていた。黒龍を放った後、強制冬眠に入るのにも慣れが生じてきている。例え黒龍を放った直後であろうとも他人が隣に立つだけで。現に、今、なついていると思って疑っていなかった躯に対しても、素早く殺気を滲ませ反応を返していた。その殺気の質と量は周囲を牽制するには、些か余分ではないかと思うほど。それに、今の会話。人間界へと眠る為だけに来たような口ぶりであった。半月前といえば、彼が眠そうな眼を擦りながら訪ねてきた頃。ベランダからマンションの室内に入るなり、自身のベッドへと入り文字通り死んだようにこんこんと眠り続けた。その後会話らしきものもなかった。残念に思っていたそれら。そうだ、その前も、その前も、彼の寝顔しか見ていない。それらに、もし、意味があるのだとしたら・・・

1つの可能性に気づき、心拍数がいやが上にあがる。

恐る恐る彼に近づき、ベッドの端へと腰をおろす。ギシリと蔵馬の体重を支えた音は、あの時に聴こえるであろうことが頭に過り、要らぬ熱がついた。

それでも、平静を装い、彼の頬に手を伸ばす。触れた瞬間、ビクッと肩を揺らしたものの、その後静かに瞼が落とされた。うっとりとこちらの熱を受領しているように見えるのは、穿ち過ぎではない筈だ。頬から顎のラインを擽るようにおろしても、反抗の素振りは皆無であった。

「眠いの、飛影?」

俺が傍らにいなければ、眠れないの?俺ならば、安心して眠れるの?俺が好きだから、安眠出来るの?本心はそう問いたかった。が、しかし、そう云ってしまえば、彼が否定してしまうであろうことは容易に想像出来た。それは、飛影が抱いているであろう自分自身の気持ちをも否定しかねない。

「・・・」

先ほど見せた無表情とは違い、うっすらと頬に色が咲く。それは、まさしく図星を指されたからに他ならない。あの無表情は彼なりの精一杯の強がりだったのだ。自分自身が抱いている気持ちをこちらに気取られないように、隠す為に、殊更そんな顔をしてみせたのだ。

クスクス。そんなに可愛らしい反応を返されると悪戯したくなるじゃないか。

飛影の隣にするりと入り込んで、文句を云われる前に彼も横に倒す。

「俺も眠くなっちゃった。ここで一緒に寝よう」

確信だった。そう云ってしまえば、逆らえない、と。

案の定、彼は舌打ちはしたものの、それ以上は追及してこなかった。

それから5分とかからず、彼は眠りの園へと誘われていった。起きる気配はない。彼の躰ごとこちらへと寄せると、自ら寝心地のよい場所を求めるかのように擦り寄せてくる。やがて、胸の辺りから寝息が規則正しく聴こえてきた。

こんなにも、無防備な姿を晒してくれるのは自身にだけなのだと思うと、あれほど抱えていた鬱々としたものが晴れてゆく。幽助たちにも、躯にさえも。今迄は、黒龍の莫大なエネルギーに負けてしまっていたのだろう。しかし、本来、彼はそうではないのだ。小さな唇が、無意識のうちに自身の名をかたどるのを見、思わず苦笑する。ギュッと、服の端を握る。その様子さえも、こちらが逃げないようにする為だと思うと嬉し涙が出そうだった。それらの行動も、もしかしたらいつも無意識のうちに行っていたのかと思うと、どうしようもなく胸が熱くなった。

「大丈夫。ここにいるよ」

貴方の傍らにずっと。代わらずに。

柔らかそうな唇に、自身のそれを重ね合わせた。叶わぬと思っていた口づけに、人に酔うとはなにか理解した気がした。

眠り姫は王子様とやらのキスで目覚めるというが、その逆もこんなにも幸せにしてくれるものだと始めて知る。それとも、やはり、寝起きに口づけをしてやろうか。きっと、貴方は驚くだろうけど、そんな顔だって可愛らしい。

でも、もっともっと自覚してもらわねば。そして、こちらの思いも判ってもらわねばなるまい。飛影は自己完結してしまっている。こちらが貴方を思う筈がない、と。自分自身の胸の奥にしまいこんで、気取られないようにと振る舞う様は可愛らしくはあるが、生憎、こちらはそんな殊勝な心構えなど持ち合わせてはいない。片恋でないと判った今では尚更。そんなもの全て壊してやる。

消えかかっていた悪戯心が蘇ってくる。僅かに覗く鎖骨をなぞり、次いで赤い痕跡を幾つもつける。白皙の肌に散るそれは、以前より想像していたものよりずっと艶やかであった。さわさわと背中を擦っていた手のひらを双丘に忍ばせ、柔らかな尻たぶをわり開き、窪んだ秘処の周囲にたっぷりと特製の秘薬を塗り込んだ。そんなことをしても起きる気配は皆無であった。

さあ、準備は万端整ったよ飛影。どんな些細な云い訳なども赦すものか。目覚めた時全部暴いてやる。全て奪ってやる。心は無論、その躰をも。今迄俺を遠ざけ騙してきたことを後悔させてあげる。そして、どんなに恋焦がれてきたのか、その肌で判ってもらうよ。

俺だけの愛しい飛影。可愛い可愛い眠り姫よ。

目覚めた時、貴方は知ることになる。恋とは愛欲という名の毒を孕んでいるのだ、と。

それ迄はおやすみ。腕のなかで安らかに眠れ。










Fin.
2012/7/24
Title By たとえば僕が

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