The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.
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純潔ラプソディア act.1
「なにを聴いているんですか?南野さん」
屋上は穏やかな時が流れていた。春の日射しは人々を柔らかく包みこみ、新緑を芽吹かせ、その風の愛撫はひどく心地よい。社屋での昼下がりを、ここで過ごすことを蔵馬は好んでいた。魔界には無い穏やかな空気は、一時ではあるものの、蔵馬を正気へと導く。
そんな蔵馬の周囲には、少しでも秀麗なこの男に近づきたいと望む女子社員たちが、互いに牽制しつつ包囲陣を組んでいた。
「ああ、これかい」
イヤホンを外し、笑みを浮かべ同僚たちに相槌をうつ。
「アメイジング・グレイス」
「ああ。あの讃美歌で有名な曲ですね」
「フフフ、そう」
すると、口々に似合うとのセリフが飛び交う。それらに苦笑を浮かべ否定的な言葉を囁く。
「そんな格好のいいものじゃないよ。自分自身への戒め、さ」
自らに嘯く様は、ひどく滑稽に見えた。
「戒め、ですか?」
「いや、なんでもない。そろそろ午後の時間だね」
人間という薄い仮面の下で、蔵馬は自嘲気味に微笑んだ。
人間界に生息するうちに、随分と感傷的になったものだ。その一方で、残虐な裡が悲哀な悲鳴をあげていた。血を好み求め欲し、欲深い妖怪の血を止める術が未だ判らない。そして、それらを是正するつもりがない。自身の矛盾を見出だし、蔵馬には苦笑することしか出来ないのだった。
──魔界。
「やあ、飛影。気分は如何ですか」
その洞窟のような無機質な場所は静寂のなかにあって、1つの音だけが室内を制圧下におさめていた。顔も、名前さえも知らない男たちに組み敷かれている間も、また、こうしてたった1人を待っている間も代わらず。その奏でる美しい旋律が却って忌々しく、飛影は苦虫を噛んだかのような表情でもって、入って来た美丈夫たる蔵馬を睨みつけた。
「・・・。いい訳あるか!速くここから出せ変態野郎が!それから、この耳障りな音を消せ、勘に触る!」
「クスクス。せめて綺麗な音色だけでも貴方の傍らにと思ったんですが、お気に召さなかったですか?」
蔵馬の唇の端だけが卑しくつり上がる。しかし、そのような見下したかのような表情にさえ、この男からは妖艶さを損なわれてはいない。ばかりか、そんな表情さえも美を司る神から与えられたもののように思えてならなかった。
自身の代わりのように、蔵馬はこの曲を好んで飛影の傍らに奏で続けていた。神への祈りの曲は、無意識のうちに飛影への赦しを乞うていたのかもしれない。飛影の躰に他人の手垢がつくのは翻意ではなかった。ならば、せめて、と。しかし、顧みれば、それすらも自身の身勝手さを如実にあらわしていたようだ。
「しかし、まだそんなに噛みつく力が残っているとは。貴方の矜持の高さには敬服しますよ」
蔵馬は飛影の首に巻きつけられている首輪を自身の方へと寄せた。途端に、苦々しいジャラジャラとした金属音が飛影の鼓膜を不愉快に刺激した。眼前にいる蔵馬を、このような場所へと閉じ込めた男を睨み返すが、それをうける立場の男は意に介した風は皆無であった。その冷静な態度が、また腹立たしいくあり勘にさわるのだった。
「クスクス。その反抗的な態度、好きだよ」
「ほざけ、ゲス野郎!」
「変態野郎にゲス野郎、か。全く、貴方は口のききかたがなってないね。やはり、調教が必要かな」
蔵馬は1枚の紙を取り出す。殊更にゆっくりとした動作で。それは、誰が主で誰が従かを知らしめる態度をあらわしてもいた。
「なあーんだ、これ」
その連ねられている魔界文字を読み、飛影は始めて硬直した。次いで、怒りと屈辱感が襲う。しかし、唇を噛みしめてそれを見つめる飛影を、蔵馬は優雅な笑みで跳ね返す。
「いい条件だと思いませんか」
「・・・」
「さあ、選んで。ここで今迄通り男どもの性欲の捌け口として一生をおくるか、俺の、俺だけの“奴隷”として一生をおくるか、を」
契約。妖怪間の口約束など笑止に値した。裏切る為に生き、裏切らなければここ─魔界─では生きてはゆけない。魔界においてはルールなどあって無いが、唯一、この契約だけは違っていた。互いの血文字で書かれた契約は、この血生臭い魔界では神聖なものであるとされているのだった。例え、どんな理不尽なことであったとしても。契約を破棄すれば、それはすなわち死を暗示していた。もっとも、今ではさびれた風習に成り下がっていたが。昔は強者が弱者に、また、使役を独占し支配下に容易におさめる為に用いられていたが、今ではその慣習も薄れつつあった。しかし、一度結ばれたそれは、有効であり、今では忠誠の証として神聖な儀式として用いられることが多い。時雨が躯に対してのみ忠誠を誓うのは、この契約を交わした為だとも秘かに云われている。しかし、結局のところ、それは“奴隷として飼われる”ことをこそ意味したものであったが。どんなに飾ったところで、儀礼上のことであっても、従へと成り下がった者は契約を無視して自由に行動など出来はしない。監視下におかれたも同然であり、生きることそれ自体の権限が、主を裏切ることはない。裏切ろうにも、その意思が発動すると、契約に書かれた血文字の効力が見えない鎖となり躰を縛る。その結果、鎖に絞め殺される。魔界の歴史には、そのように無惨な死を遂げた者の方が圧倒的多数なこともまた代わらない事実であった。まさに、血を縛られることを意味していた。どちらかの血が、この地上から途絶える迄続く呪縛。
「ふん。最低な二者択一だな」
「そうかな?貴方に優位な契約だと思うけど。この血文字に貴方の血を混ぜれば、貴方はここから出られ、意に添わない男たちにこれ以上抱かれることもない、その上、自由を得ることが出来るんですよ」
もっとも、自身の許容範囲内ではあるが。
例え、ここから出れたとしても、その後はこの蔵馬の“奴隷”になり虐げら続けろというのか。ずっと。こんな、・・・こんな、屈辱を、侮辱を、恥辱を、好いた相手からうけなければならないのか。いっそのこと、嫌いになれたならば。憎むことが叶えばどんなに楽であろうか。なのに、それらとの思いとは裏腹に、蔵馬にこうまで求められることに目眩がしそうなほど喜びを感じてもいたのだった。
「・・・、どちらものまない、と云ったら?」
力強い意思をその赤々とした瞳は語っていた。しかし、翡翠の瞳は、それらを上回る凶悪ななにかが含まれていた。その美しい翡翠の目を細め、口角が奇妙に歪んだ。次の瞬間、飛影は背筋を凍らせ後、腹部に強烈な痛みが走った。その痛みのもとを辿ると、蔵馬の支配下にある植物が鋭い刃となって、飛影の腹部を貫いていた。葉を模した刃からは、赤い血が雫から濁流となって地面を汚していた。
「グゥ・・・、アアアー!」
尚も深く刺され、内部からの強烈な痛みで圧迫される。悲鳴をあげるだけでまた違う痛みが躰を突き抜ける。貫かれた刃を抜かれれば、一瞬にして大量出血死は目にみえてる。
「フフフ。そろそろ氷女の分裂周期に入りますね。普段と違う氷泪石は、魔界においても至宝だ」
「っ!き、貴様、・・・雪菜には手を出さないと云った筈だ!」
人質同然だった。蔵馬は、雪菜にシマネキ草を埋め込んだのだった。胎内で成長し、躰を支配されるそれ。しかし、種だけを埋め込んで、蔵馬はその成長を留めた上で飛影に脅迫したのだった。そして飛影は、雪菜を殺さない代わりに、ここに繋がれることを承諾したのだった。でなければ、誰が男どもに組み敷かれることを是とするか。
「クスクス、なにも俺が直接手を下すとは云ってませんよ。ただ真実を妖怪たちに伝えるだけでいい。氷女が人間界に1人いると、貴方や雷禅の息子たる幽助の庇護もなく、ね。さすれば、妖怪どもは彼女がもたらす氷泪石を求めわんさと押し寄せるでしょうね。そうなれば、彼女はまた囚われの身に堕ちるでしょう。ただし、今度は人間ではなく同じ妖怪の、ね。そこに、分裂周期の情報をも流せば、辿るみちは限られる。自ら命を棄て対抗するか、孕んだ子に命を捕られるか。ねえ、飛影、どれがいい?選択権は貴方にありますよ」
何れの選択肢も飛影ではなく、蔵馬が握っている。だのに、敢えて選ばせる立場へと蔵馬は飛影を誘導していた。それが判るだけに、いっそう飛影は苦々しく蔵馬を睨み返した。しかし、狂気に支配された顔がそこにはあっただけであった。その姿はまるで、破滅の王たるに相応しい。貧血で青ざめた顔色は、蔵馬からの脅威により更に蒼白になっていった。
「・・・」
ごめんね、飛影。判って欲しい。貴方を独占したいと望むこの気持ちを。歪んでも尚も貴方を求めて止まないこの思いを。
「ほら、速く答え出さないと。貴方だってこれ以上穴を大きくはしたくないでしょう」
「ぁ、グゥ!・・・、ゆ、雪、菜には」
「それは、貴方しだいですよ。飛影」
なんと欲深いことか。貴方を囚われの身にしておきながら、他人にその肌に触れさせておきながら、尚も貪欲に貴方を求めている。留まることのない欲望は、何時しか自身だけでなく、愛しい貴方をも傷つけると判っていながら。貴方のなかに眠る優しい記憶さえにも、その記憶の源である彼女にさえも嫉妬し、裡なる狂気を爆発させてしまう。神様とやらが存在するならば、何故、自身は未だに罰せられないのであろうか。貴方を求める祈りは、永遠に神とやらには届かないのであろうか。それとも、それともやはり、自身は醜悪な悪魔にこそ寵愛をうけた愚者なのであろうか。
ねえ、飛影。
ただただ、貴方が愛しいだけなのに。
「・・・、判った。貴様の“奴隷”になってやる」
悪くはない。見方を代えれば、この男を、蔵馬を永劫独占出来るという立場を得られるのだから。雪菜も大切だ、それは代わらず己のなかにある意思だ。生まれる前からずっと一緒にきた。しかし、それでも、この激しい恋情を棄てられそうにない。望むならくれてやる。こいつと伴に歩めるならば、かたちに捕われることはない筈だ。
だのに、何故、哀しいのだろうか。心は悲痛な叫びをあげるのだろうか。切なく胸を締めつけられるこの思いは、はたして蔵馬を始めとして神や悪魔の貢物になるのであろうか。それとも、まだなにかが足りないのであろうか。それは愛情なのか、それとも別のなにかなのだろうか・・・。答えが目の前にありながら、その答えを手にするには、この時飛影は無力であった。
「クスクス。じゃあ、契約を結びましょう」
蔵馬は嬉しそうに微笑みを浮かべた。その微笑はこの場には不似合いなほど美しく汚れのないものであった。まるで、純潔であり無垢な子供が始めて玩具を与えられ、嬉しそうに笑うそれに似ていた。蔵馬は、飛影の腹部から尚も流れ落ち続けている血を掬い上げ、その薄い紙に染み込ませていった。妖力がなにかに縛られてゆく感覚を覚え、ああ、これが消えない契約なのかと思う。次いで、薄れゆく意識のなか、蔵馬から口づけを寄せられた気がした。
さあ、歪んだ愛の祈りを神に届けましょう。歪んだ懺悔を悪魔に聴いてもらいましょう。俺たちの愛し方は美しい詩になるでしょうか。
これからゆく血塗られた人生は、貴方と2人で歩んでゆきたい。行き着く場所が例え地獄とやらでも、貴方とならば、・・・
永久に───
Fin.
2012/7/8
Title By HOMESWEETHOME
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