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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




誘惑者は略奪詐欺師 act.1


※「背に禁忌敬虔、秘する告解」の続編。読まなくてもOKだと思いますが、先にそちらを読まれることを一応おすすめいたします。















異義有り!そう唱えたが、返ってきたのは、クラス中からのブーイングの数々だった。間の悪いことに既にHRも終わり、各々部活動へと次なるステップへと自らを奮い立たせなくてはならず、既に決まったことを蒸し返しされても困惑しかあらわせなかったのである。

「そもそも、寝てたおめーが悪い」

「んだんだ」

得意げに幽助が云い放ち、陣が尤もだと大きく頷く。実際爆睡していた飛影は、それらに反論の余地がない。しかし、それでもなお、一矢報いたいと望むのが人の情というものであろう。

「凍矢だっていい筈だろう!」

この親しい友人たちの輪の中で、死々若同様すまし顔でいる1人にビシリと指差し確認。しかし、指名をうけたかたちの凍矢の方がこの場合冷静であった。そればかりか、事もなげに、燃えさかる炎に向け油を注いだのだった。

「仕方あるまい、俺の方が飛影より2.8センチ高い」

「・・・グッ!」

これまたごもっとも。約3センチは高校生の年齢にしては大きな差であり、今後の成長過程を期待したいところではあるが、家族である母親氷菜、妹の雪菜を始め周囲は既に諦めムードであることは飛影には内緒にしたいところである。飛影はまたしても次なる言葉を捜しあぐね、結果顔を真っ赤にして押し黙る。

くそ!こんな馬鹿げたことになるんだったら、牛乳をたくさん飲んでおくべきだった。

「しかし、前々から変わり者だとは思っていたが、まさか自分からこんなことを提案してくるとはな。黄泉先生はやはり変人か」

鈴木の云うのも頷ける。(噂では超がつくほどの親バカだという話しらしい。この学校に転任して来たのも、息子の都合だと専らの噂。)しかも、1番身長が小さい者が行うべきだ、と熱弁を奮って云ったらしい。黄泉はつい最近、飛影たちのクラス担任になったばかりであった。それ迄担任だった女教師は、おめでたで産休に入り、代わって黄泉が赴任して来たのだった。赴任以来黄泉は、温厚とは云い難いものの、飴と鞭を巧みに使い分け、何事においても慎重に事を進めてゆくタイプだと思っていただけに、この時寝ていた飛影を抜き、教室内の生徒全員が目の前に新たに君臨している教師への目の色が代わったのは無理からぬことであったであろう。友人たちから事の顛末を聴いている飛影は危うく魂が躰から抜けるところであった。これでは、最初から飛影を指している。が、それは一時置いておき、黄泉がこの言葉を聴いていたならば、鈴木はもれなく数学の課題を山積みされたに相違ない。

「て、ことで飛影ちゃん、頑張れよ文化祭」

どう頑張れと云うのだ!宝石を彷彿とさせるルビーが、幽助を苦々しげに一瞥するが、向けられた当人は面白がっているのがありありとその態度で判る。

「安心しろ、変な虫が寄って来たら俺たちが守ってやるからよ」

この心配する幽助からの言葉も、明らかに飛影の激昂を期待してのセリフであった。案の定と云うべきか。凄まじい怒りの焔が飛影の周囲に見えそうなほどであった。

この友人は、態度は悪い上に無口で無愛想、喧嘩は3度の飯より大好きだと公言している自分同様に短気で喧嘩速い。しかし、どういう訳か異常な迄に男どもにモテる。学校という場所は七不思議が存在するが、その1つに数えられることであろう。幽助は幼なじみゆえに、1度ならずその告白現場も見て来ている。同じように女の子たちにモテる死々若丸は頷けるが、何故こいつがモテるかいっさい謎だ。しかも、男限定で。女からは一切アプローチは無い。男相手に変なフェロモンでも出しているのか。長年の幽助の謎だ。それに。なんだか最近の飛影は色気が増したのか、フラれたにも関わらず、再度のお誘いを始めとしてやたらと告白されてる。みな、もれなく、悲惨としか云いようのない返り討ちを喰らってるが。

じっとりと観察するかのように幽助は友人を見つめる。

「・・・、なんだ?気持ち悪い。云いたいことがあるならはっきり云え」

どうだろう、この可愛げの無さは。ホント、何故モテるか判らん。あれか?ちっこいから男が持つ征服欲をかきたてられるとかか?いやいや、それならば、飛影が示唆するように隣にいる青髪の男だっていい筈だ。

「ああー、なんか、おめー最近あったのか」

「は?」

「なんつうか、巧く云えねえーんだが、雰囲気が代わった、・・・ぽい?」

自分自身で疑問形付け加えていることに内心突っ込みを入れたいが、事実だし。刺々しさが消えたとでも云うべきか、可愛げ無いのは代わっちゃいねーが。

すると、次々に肯定的な言葉が周囲から飛び交う。「俺でもグラッとくるぞ」の鈴木のセリフは明らかに余計だったが。ゆえに、鳩尾にヒットした蹴りは自業自得と云え、誰1人として鈴木を弁護しなかった。

「遂に恋人が出来たか」

ぼそっと呟いた死々若丸のセリフに、飛影は怒りを露にするどこか、朱色に耳朶迄染め上げた。その初な反応に色めきだつ。

「マジかよおめー!?」

「ち、違う!」

「その慌てぶりは怪しい」

「・・・」

「誰だよ?俺らの知ってる奴か」

「・・・。帰る!」

ここにいてこれ以上の追及に堪えられられそうにない。下手をすればボロを出し晒し者になりなねない。

「て、おい!部活は?」

「サボる!」

部活をやるために学校に来ている飛影のセリフとは思えず、しかし、羞恥から逃げた背は、明らかに今迄の飛影ではなかった。その背を見送った後、ニヤリとそれぞれが笑みを浮かべ合う。

「どう思う?」

「どうもこうもねえーべ。あれは出来たべ」

「恋すると人は綺麗になるからな」

酎の似合わないセリフにみな眉をしかめた。死々若丸にいたっては呆れ顔を造る労力を始めから放棄し、冷静沈着な彼らしく否定を紡ぐ。

「いや、貴様の場合暑苦しいの間違いだ」





※ ※ ※





「文化祭。飛影のクラスはなにをするの」

蔵馬のマンションに遊びに来ていた飛影はその問いかけにギクリとする。それでもなお、ぼそぼそと答える。

「・・・。喫茶店」

だけではないが、それ以上を云うのは飛影の矜持が邪魔をした。それに、まだ恋人として出発したばかりであり、嫌われたくはないという思いが先にたつ。なにせ、出会いが出会いだ。痴漢から救ってくれたことは今でも感謝している。なにせ、あれから1度として痴漢にあっていないとなればなおのこと。心配してくれた蔵馬が、毎朝ぴったりと張りついてくれているお陰だと思う。しかし、痴漢をあれほど憎んでいた己が、それに触発をうけるような姿をするなどと口がさけても云えない。だのに、女の格好をする己を、蔵馬がどのような目つきで見るかと想像すると、恐怖が先ず襲うのだった。

「そう。ねえー、文化祭に遊びに行ってもいい」

「ダメだ!」

「ええー!いいじゃない。君が頑張ってる姿見たいのに」

「し、試合なら」

「それも見たいけど、学校での君も見たいなあー」

再度ダメと尋ねられる、それと共に悲しげな表情で云われてしまえば、飛影としては来るなとは云えなくなるのだった。結局飛影は、渋々ながら与えられる招待券を渡したのだった。

この時、蔵馬の翡翠の瞳が細められ口元が妖しく歪んだことを飛影は知らない。




文化祭当日──

「支度終わったか飛影」

薄いカーテンを仕切りにし、そこで飛影はクラスメイトの女子たちからお人形の如く着せ替え、メイクアップをされていた。

「見て見て幽助。飛影君凄く可愛いいの」

螢子の感嘆の声に、その姿を見た者たちもおおいに納得し頷く。桑原の姉静流が出張サービスで行ったナチュラルメイクアップは完璧だった。やるなら徹底的にとの担任たる黄泉の意向である。喫茶店というより、メイド喫茶の色合いが濃い。その衣装も、幽助たち友人たちが秋★原で迄買い出しにゆき、新調したものである。黒を基調としたフリフリミニワンピース、そのうえを飾る白いエプロンもフリフリ。ニイーハイの黒いブーツとワンピースの裾からのぞく飛影の細い脚、肌の色は理想的であった。これで、このクラスに入った者たちはメイド喫茶に迷い込んだ錯覚をうけるだろう。

「飛影君肌綺麗だからやりやすかったわよ。私も勉強になったし」

「ウオッ!マジ女の子だなおめー。可愛い可愛い」

「五月蝿い黙れ!可愛い云うな、斬られたいのか!」

他のウェイトレスはクラスメイトの女子がするのに、何故己だけがこんな辱しめをうけなければならないのか。その為、終始飛影は仏頂面。

「ちゃんと云えよ飛影。“お帰りなさいませご主人様”って。ニシシ」

クラスの優勝もかかっている文化祭。客たちには清き1票が与えられており、最終日に開票することになっている。優勝すれば、テスト補習免除に、購買でのパン購入1ヵ月分タダ。生徒たちの心理をおおいにかきたてられる文化祭。手抜きをしたら優勝の二文字は遠退くとなれば、なおのこと。飛影自身、渋々うけたのは、テスト補習免除に釣られたからであった。

「・・・。チッ」

「おい。客が来たぞ」

「ヨシ!飛影行って来い」

順調に客席が埋まってゆき、飛影も不本意丸出しながらではあったものの、徐々に慣れ始めた。例の羞恥心をよぶセリフも板についてきた、ようである。しかし、なかには不埒な客もおり、スプーンやらフォークやらをわざと落とし、その屈んだ隙を写メで盗み撮る輩が後を経たない。この機会を待ってましたと、密かに飛影に好意を寄せていた男子たちはにやけ顔を隠しきれない。無論というべきか、飛影はそれに気づき得ず、律儀にそれを拾い客として訪れた男子たちに新しいものを返す。その繰り返し。普段、お近づきしたくとも鋭利な雰囲気の飛影に気圧されなかなか出来ない。しかし、この日は無礼講に近いとなれば、過激で犯罪に値する行動も目を瞑ってくれるのではないか。そう錯覚しても致し方ない。まさしく錯覚であったと、後々この男子たちは後悔することになるのだが──

「なんか、不味くないかあれ」

写メは後々裏で取り引きされかねない。それも高値で。飛影の人気ぶりは、実のところこの学校の男子だけに留まらない。この文化祭にかこつけて遊びに来ている近隣の高校、果ては大学生迄に及ぶ。

「確かにな。幾ら客寄せに飛影抜擢したとはいえ、あれはやり過ぎだな」

ちょっくら行って鉄拳でも喰らわすか。幽助を始めとし、仲間たちが一挙に足を踏み出した時であった。

バキッ!

「な、なにすんだお前!俺の携帯!」

「自分自身の胸に聴くんだな」

その冷たい声色は、悪魔の息吹きに聴こえたに違いない。一瞬にして携帯を真っ二つに折られた男は恐怖心から石化していた。また次の男の携帯を無理矢理出させたかと思うと、その客は今度は足でもって粉々に砕いた。散らばった部品に涙を流しながら嘆くものの、自分の行った行為を思えば突然現れたその黒髪長身の男を強く責められよう筈がない。

男客の携帯を全て粉砕した後、その長髪の男は優雅に椅子に着席した。学校の椅子というものは機能美からは無縁であり無機質極まりないが、その男が座すと椅子そのものが玉座に見えてくるから不思議であった。

「・・・。蔵、馬?」

「やあ。飛影。遊びに来たよ」

途端にカアッーと飛影が朱に染まる。

「駄目ですよ、飛影。もっと周りを見ないと。取り返しのつかないことになったらどうするの」

「すまん」

ここにいたって、飛影は漸く自分自身が隠し撮りされていたことに気づき項垂れた。しかし、それよりも、もっと気になることがある。

「・・・。き、」

「うん?なに飛影」

「・・・、き、嫌いにならないか。こんな格好」

「どうして?どんな姿も君は君でしょう。嫌いになんかなれませんよ」

・・・

なんだ?あの甘い雰囲気は。その2人の様子を見守っていた幽助たちは目が点になる。

「あいつ、か?」

「あいつって?」

「馬鹿。飛影の出来たらしい恋人だよっ!」

「飛影は筋金入りの男嫌いだぞ、んな馬鹿な」

「じゃ、あれをどう説明すんだよ!?」

確かに。2人の甘い雰囲気とは裏腹に、周囲の男子たちは新しいその真実に暗い影を落とし魂が抜けかかっている。飛影が、あの孤高の飛影が。よりによって毛嫌いしていた男を恋人にするとは、そう思いたいところであっただろう。対抗するにしても、見た目から既に完敗だ。いや、ただの完敗ならばまだしも、コールドゲーム負けを帰するのは火を見るより明らかのように思われた。第1、あの飛影が、男嫌いで有名な飛影が、その長髪の男を前にしてポッォーとしている。その顔はまるで、恋して骨抜きにされました、そう云っているに等しかった。

「休憩はないの飛影?」

「もう少ししたらある」

「そう。なら学校内案内してね。2人で文化祭楽しもうね」

コクリ、と恥ずかしげに頷く様を見、幽助たちは納得し、周囲の男子たちは地獄に落とされた思いを味わうのだった。

蔵馬からの注文をうけ、飛影は控えめなキッチンスペースを設けた場所へと消えてゆく。

その直後であった。騒ぎを聴きつけた担任たる黄泉が入って来た。幽助たちはその姿を目に留め瞬時にヤバいと思った、なにせ優勝の二文字がかかっているのだ、余計な騒ぎは極力避けたい。しかし、黄泉は周囲をグルリと確かめると、ある一点のところで凍りついたかのようにその動きが静止したのだった。

不思議に思いながら黄泉を観察すると、苦虫を噛んだような表情を造っていた。その視線の先には、先ほど男子全ての携帯をぶち壊した黒髪長身のサラリーマン風の男が、人差し指でクイクイと手招き、というより、“来い”と、命じているかのようであった。先ほど迄飛影に見せていた穏やかな顔ではなかった。凍てつく氷で造られた魔王、まさしくそれであった。黄泉はそれをうけ、その男に近寄ってなにやら2人で会話を始めた。

「貴様、ちゃんとやってるのか。危うく飛影が野獣たちの餌食になるとこだったんだぞ。なんの為に貴様をこの学校へと送り込んだと思ってる」

「すまぬ」

「処分した携帯の弁償は貴様が払え。管理不行き届きだ、いいな。それから、時雨に連絡して隠し撮りしていた奴らの素性を調べさせろ」

これで、不埒な行為をしていた男たちの運命は決まった。蔵馬自身が手を下すか、時雨が雇った奴に手を下されるかの違いしかないであろう。

「判った、そうするとしよう」

そもそも、自身が有している職権で文化祭で飛影に女装させるように仕向けろ、と、命じたのはこの翡翠の瞳を有した男ではないか。そうは思うものの、反論すれば可愛い息子の命に関わるのだ。黄泉としては素直に従うしかみちはなかったのである。この男を怒らせればどうなるか、黄泉は過去を遡らずとも痛いほど理解していたのである。

「蔵馬」

「終わりかい飛影」

一変し、蔵馬と呼ばれる男の顔つきが穏やかなものへと変化を遂げる。

「ああ」

「じゃ、行こう」

蔵馬はさりげない仕種でもって、飛影の肩を抱いた。

教室を出る際、蔵馬は一瞬だけ振り返り、唇がこの場に似合わぬ優美に歪んだ。それは誇示であることは疑いようはなかった。飛影が誰の者であるかを知らしめるかのようなその微笑に、誰もが凍りつき、言葉を無くしたのは云う迄もなかった。










Fin.
2012/7/2
Title By 確かに恋だった

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