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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




この身は貴方しか愛せない act.1


百足内の医療施設、ポッド。彼、飛影はその中にいた。

どういった経緯でこんな事態になったのか。ポッドとは反対側の壁に背中を預けた格好で、淡然と、あるいは、憤然と控えている、この動く要塞百足の所有者であり、女帝でもある躯に、蔵馬は1ミリも臆することもなく、焼ききれんばかりの鋭い視線を向けた。同席している時雨は、内心たまったものではなかったに違いない。忠誠心において比類ない時雨も、関わらずに済みたい課題があった。それは、彼の忠誠の対象である躯と、そのお気に入りの飛影、そして、その飛影の思い人、妖狐蔵馬。この3者間に架かる危うい糸には関わりたくはなかったのが本音であった。特に、この腹の裡が見えない蔵馬には。が、ここ、医療施設の管理を躯自身に委ねられていたとなれば、同席せざるをえなかった。蔵馬の、底冷えしそうな苛烈な視線を肌で感じとり、時雨は、胸中に冷たい霜が降りるのを感じた。そして、その胸の裡を隠すように素早く両者を見比べた。

先に、この、重苦しい沈黙を破ったのは蔵馬の方であった。

「説明してもらいましょうか?」

魔界でも屈指の女帝に対し、蔵馬の、その不遜な態度は寧ろ当然であっただろう。蔵馬の愛してやまない彼が、死にかけたのだから。

「随分な言い種だな、古狐。半死のこいつを手当てしてやってるだけでも有難いと思え。うちの何人かは使い物にならなくなって、こっちは頭にきてるんだぜ。だいたいもとを辿れば、貴様が原因だ」

「・・・俺、が?」

身に覚えの無い云われように、蔵馬の秀麗な顔に剣が加わった。

「漣」

躯があげた名前に、蔵馬は始めて目に見えるほど動揺を見せた。

「生きて、いた?」

誰に問うでも無く、蔵馬は呟いた。

「雷禅の2代目が現れて、この魔界も代わった。が、それを快く思わん輩も未だ多いってことだ。お前自身で招いた不始末くらい自身で拭きな古狐」

云いたいことをいうと、躯は飛影の治療を時雨に任せて後にした。医療施設を出て行く躯のその後ろ姿に、時雨は深々と敬意を込めて一礼すると、躯が無言のうちに課した役割を判っていた。説明役。今、現在も、尚、進行中である“この”冷静さを欠いている蔵馬に対し、それを自らかって出なくてはならない時雨であった。

「ことは、2日前だ」

時雨の、低く、落ちついた声が室内に響き始めた。





※ ※ ※





雷禅の死を切っ掛けに、幽助の提案のもと、大々的に、そして、ある意味、震撼させた魔界トーナメント。その結末は、煙鬼の大統領就任というものだった。そして、煙鬼を筆頭に新しく始まった魔界全域の統治。各国々は、それまでの自治権を有しながら、煙鬼が提案した人間保護の名目のパトロールを兼ねることになった。各々の国々が個別に、大統領である煙鬼に任された地域を、治安軍を編成しそれにあたった。無論、躯の国も例外ではなく、飛影を始めとして、躯の配下にあって名を馳せた77の戦士を中心に警戒にあたることとなった。

そんなある日。

飛影がその日は指揮をとる日だった。さぼることも考えたが、前回、そして、前々回と、連続してさぼっていた為、それは諦めざるをえなかった。何時ものように、百足の上に腕をくみ佇み、邪眼で異変が無いか見渡していた。躯は、その日は幸か不幸か、鬱の日だった。以前と比べれば、飛影の画策の効果もあり遥かに、マシ、になったとはいえ、そうそう、心の傷口という血の跡が塞がるものではない。それが、結果として、飛影を始め数名の戦士に怪我を、そして、要塞である百足も深いダメージを負わせたのだった。

最初に異変に気づいた時、飛影は鋭く舌打ちをし、数名の戦士に即時戦闘体制を整えさせ、その場へと百足ごと移動した。

数百、いや、下手をすると数千という人間が大量に魔界にいたのだった。霊界側が、いくら結界を解いたとはいっても、歪みからそうそう人間が紛れこむわけが無い。例え、紛れこんだとしてもせいぜい1人か2人程度だ。それが、これだけの大量人数。しかも、飛影が邪眼で見たその光景は、人間の魂を喰らう輩に囲まれ、ある種の結界内に監禁されていたものだった。

百足から数名の戦士を伴い、人間共が倒れている眼前に降りると、何と、Aクラスであろう実力者の妖怪数名の間を、するり、と、首魁らしき妖怪自らが現れた。その妖艶な面影が、飛影にある人物を呼び起こさせ、心中に迷いと怯みを与えたのであった。

「ほう。本当に魔界は代わったものじゃ。よもや、食事の最中を邪魔されるとは思いもよらなんだ」

鈴を転がしたかのような美しい声色、金糸の髪に、白磁の肌、薄紅色の蠱惑的な唇、そして、何より、蔵馬の“妖狐”の姿にあまりにも酷似していた。

飛影は1度瞼を伏せ、脳裏に浮かんだ人物を無理矢理消去した。でなければ、とてもではないが、刃を鞘から抜けない。まして、己は斬りかかれるだろうか、と、生まれて始めて戦闘を前に躊躇いを覚えたのであった。ただ似ているだけにすぎない。幾度も、飛影は己に云い聞かせた。

殊更、威嚇するように、鋭く問う飛影。

「貴様、何者だ?」

「漣」

瞬間、ざわり、と、飛影の後ろに控えていた古参の幾人かが戦慄いた。

「これが噂に聴く躯の動く要塞か。どうやら妾はついておるらしい」

ふふふ、と、口元に優美な手のひらをあて、漣と名乗る妖怪は、それはそれは、美しく笑ったのである。まるで、下等極まりない下賤の者を嘲笑うかのように。

飛影は、その、たゆたう異様な妖気に戦くことはなかった、が、内在する不気味さは感じていた。

「人間共を人間界に返してもらおうか?」

「出来ぬ相談じゃ」

「ならば、お前ら全員死ぬが、いいか?」

「それも、出来ぬ相談じゃ。妾は腹を空かせておるゆえ」

「1人で手をうて。その中で1番くたばりかけてやがる奴だけは見逃してやる」

飛影としてはやむを得ない譲歩だった。出来ることなら全員を人間界へ返し、霊界の五月蝿い干渉を避けたい。が、腹を空かせて妖力が衰えているとはいえ、眼前の妖怪の妖力が、どうも、そうはさせてくれそうになかった。己と同等の力を持っている、と、飛影は対峙した瞬時に理解した。つまり、戦いが長引けば長引くほど不利になる。これだけの人間共を救う時間が決定的に欠いていた。例え、全員を救出しえたとして、その後、人間共1人1人に催眠をかけたりのアフターケアの時間も同時に欠いているといわざるをえない。既に、数名ほどの魔界の瘴気にあてられ、魂が抜けかけているのが目に見えて判る。

後ろに控えている輩は所詮は雑魚だ、飛影が出向く迄も無い。これだけの人数の人間共を魔界迄運ぶ役割を、金儲けか、力ずくで命令でもされたか、そのどちらかだろう。が、この妖怪は別格だった。

ちらり、と、飛影は後ろに控えている1人に目で合図した。互角の妖怪たち同士の戦闘では、数が有利な方にこそ勝機がある。漣、とやらいう妖怪の後ろに控えている雑魚共は、奴らに任せておき、その間に1人か2人ほどを人間共をあの結界から救い出し、己はこの妖怪に対峙する。そうした意味をこめた目配せだった。

飛影のその視線の意味を理解した戦士の1人は、無言でそれに頷き返す。

が、一瞬その緊迫した状況のなか、眼前の妖怪は突然妙な質問をしてきたのである。

「ところで。この要塞の中に、飛影とか申す妖怪がいると聴く。呼んできてたもれ」

逡巡の後、飛影は一歩前に踏み出しながら答えた。

「俺に何の用だ?」

「・・・そうか。貴様か」

その声は、先ほど迄と異なり、冷酷な呟きと息吹だった。聴く者を震えあがらせる、そんな魔力をもった声だった。優美な唇は、毒々しさにとって代わり、魅了する瞳からは憎悪に代わったのである。

飛影は、その変化に眉をしかめた。当然であろう、この、漣と名のる妖怪に、今まで出会ったこともなければ、対峙したことすら無い。怨恨をかう理由が無い、ばかりか、脳裏に思い浮かびもしない。が、明らかに、向けられたそれは、飛影個人に向けられていたのであった。

「趣味が悪くなったものじゃ。蔵馬は」

漣の口から放たれた名に、飛影は、胸中で、やはり、と、1つ納得の思いが支配した。容姿、白を基調にした妖力の具現化した衣装、そのあまりにも妖狐と似た姿から、蔵馬と同種属ではないかと思ったのであった。その予測は、どうやらあたっていたらしい、と、飛影は苦々しく肯定したのであった。

蔵馬のかつての、盗賊時代の仲間、か。あるいは、この女は。そこで、飛影は無理矢理思考を停止させたのであった。それは、臆病からではなく、その事実を受け入れることに、耐えられなかったからであった。

「蔵馬に何か云いたいのなら、癌陀羅に行け」

かの地は、百足や氷河の国と違い、一定の場所に居城をかまえている。が、だからとて、そうそう易々と侵入は出来はしないが。黄泉の思想のもと、軍事国家であった癌陀羅、幾ら現在は、大統領政府の令下の1機構にすぎなくとも、今も、その名残は充分以上の役割を担っていることには代わりはない。

「ふふふ。黄泉が造り上げた幻想の癌陀羅などに、妾は興味がない」

その一言には、漣の裡にある、隠しきれない、不遜さが滲み出ていた。黄泉とも旧知の仲、か。この強大な魔界を、その手のひらにおさめる迄後一歩というところ迄いった黄泉に対してさえ、漣は蔑むように一笑にふしてのけたのである。

「妾は、そなたに目的があったのじゃ」

するり、と、漣の右手に鞭が現れた。その瞬間に、垣間見せた、相手を屈伏させようという激しさも、飛影は看守したのであった。容姿だけではなく、その能力も蔵馬と同じ、か。忌々しく、飛影は舌打ちを放ち、鞘から美しくも儚い光る刃を抜いた。

「先に云っておくが、女だからとて容赦はせん」

「それはそれは、紳士なことじゃ。妾も、そなたを殺したい」

それが、戦闘の合図となった。

蔵馬との手合わせは、何時も、奴が手を抜く。「貴方に俺は刃を向けること自体、躊躇うんですよ。愛してるから」困った様子で、そう、煙にまく蔵馬に憤りも感じる、が、奴に、そんな顔をさせているのが、他の誰でもない、己だということに、無情の愛という、甘い感覚が裡に育つ。それは、昔の己では、決して味わうことがなかった喜びでも確かにあった。

が、結果として、蔵馬の戦闘の手のうちが読めないことを意味していた、それは、まさに、今、形を代え、飛影の眼前に展開されていたのであった。

刃を鋭く突きだしても、軽くいなされ、あるいは、鞭で斬撃をかわされ、そのたびに漣の鞭が飛影の懐深くに入りこむ、それらを間一髪のところでかわすものの、黒龍波を放つタイミングがつかめず、飛影は気づくと、防戦一方に回っていたのであった。

それらとは反対に、飛影と漣の後ろで展開されていた、数名同士の戦闘は終末を迎えようとしていた。ある者は、無惨な最後を、ある者は、実力者たちに戦き逃げを選択し、ある者は、強者に媚を売るように寝返った。結果、結界内に閉じ込められていた、人間共は長らえる権利を回復したのであった。要塞内の医療責任者である、時雨に、応援要請をおくる。

それらの様子を、飛影は戦闘を続けながら観察していた。これで、人間が死ぬなら、それ迄のこと。あとは、生き延びた人間だけを霊界に引き渡せば済む。だが、そこで、思いもよらない人物が、要塞から時雨と共に降りてきた。躯であった。

「何時まで、そんな奴に手間取ってやがる、飛影」

纏う妖気は、穏やかさとは、正反対であった。何時までも、だらだらと続くその飛影の戦い方に、躯は大いに苛立っていたのであった。





これより、少し前。時雨が、飛影が数名の戦士を伴い、戦闘体勢に入った旨を、躯に伝えにやってきていたのである。人間たちを医療施設に、しかも、多人数受け入れることになるやも知れないと聴き、躯は、その眉をしかめた。鬱に入っていたが為に、それは、一際際立っていた。そして、事情を時雨から聴き終えると、盗聴虫を放ち、飛影たちの様子を伺っていたのであった。










2010/12/18

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