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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




花帰葬 act.1


飛影。ずっと待ってるよ。

死に際にさいして、奴のその言葉が鮮明に残った。馬鹿な奴だ、今更罪滅ぼしのつもりか。その台詞はことの他惨めに、そしてこの上ないほど残酷に響いたのだった。転生は時の運。ましてや、悪逆非道を繰り返してきた妖怪をおとなしく転生させるような霊界はどこにもない。神に祈ろが、悪魔に魂を売ろうが、それは代わらない現実なのである。それなのに、奴はそう確信をこめて囁いた。

コエンマを前にし、何故か不思議と心は凪いでいた。

幽助との出会いは、己に劇的な変化を人生に与えた。あんな、風変わりな野郎はこの先出会うとは思えない。生まれ代わることが例え叶ったとて、出会えるとも思えない。それほど、奴は己の心の中に深く根を降ろしたのだった。仲間、そう呼びあえるほどに。そして、きっかけになった蔵馬との出会い。そう考えると、奴の方にこそ、より、意味があったのかも知れない。死んだ今は、もうどちらでもかまわないことではあるが。

「地獄行きに異論はないのだな?」

「ない」

妖怪にしては軽い判決の道。長々と、コエンマは人間に対する己の諸行を述べた後に、そう断を下したのだった。

「記憶も無くすことにはなる。地獄行きはかろうじて転生が叶う。無論、その後の人生の環境にはこちらが関与せざるをえないがな」

「回りくどい云い方だな。監視と正直に云えば済むものを」

魂の監視。まあ、それくらいは覚悟していた。畜生にでも生まれ代わる、か、それとも、又、妖怪、か。はたまた、奴の支配する植物にでも生まれ代わる、か、その時はその時だ。今さら、云われてもなんら感慨をおこさすことはなかった。

「やれやれ、最後迄お主は素直ではないな」

500年間の地獄行き。その後、魂を浄化され、転生を待つ身となった。無論、順番にという訳にはゆかない。気まぐれに、神と名乗る奴らの仕事の領分に属する。霊界はたんなる死の確認と、その後の魂の行方の通過点にすぎないのだ。

コエンマと別れ、地獄へと旅立つ案内人に、これ又知人のぼたんが付き添った。コエンマなりの気遣いであることは明々白々。煩わしいことは極力避けたかった、が、瞳に涙いっぱいにしながら、「何で雪菜ちゃんに兄だって名乗らなかったのさ、意地っ張り!」と、訴えられ、正直言葉に詰まったのは確か。心の残り火はたった1つ、そう、雪菜だったがゆえに。雪菜には、病死であると伝えた。そう、蔵馬に頼んだのだった。奴なら裏切ることなくそう伝えてくれるだろうから。幽助や、多少躰の自由がきかなくなって、尚も、雪菜の側に寄り添い夫婦のように接して生活してくれている桑原には到底無理だ。己の死の真実を云いかねない。あいつらは、・・・、そう、蔵馬の言葉を借りるならば、優しすぎる。そうなれば、己が雪菜の兄であったと告げることと同意語になる。

氷女が生んだ忌み子の寿命は妖怪のなかでも極端に短い。ある一定の年齢になると成長は留まり、緩慢に死に向かう。今の人間の寿命とほぼ代わらない。100年も生きたら長生きした部類に入るであろう。ゆえに、生に執心した時期があった。生に限りがあるうちに、あの国に復讐したかった。血の地獄絵図を、この手で描きたかった。忌み子は、短命なるゆえに、きっと強烈に復讐心にかられるのだろう。今ではどうでもいいことではあるが。その後、雪菜が見つかった後、生きる目的が失せたのだった。それゆえに死に場所を探し、魔界へと旅立った。そして、蔵馬に対し、抱き始めていた思いがなんであるか悟ると。ただただ、怖かった。

そして、蔵馬から逃げた。蔵馬自身の決断もそれに拍車をかけた。だが、正直、その思いに素直に向き合えなかった。その思いを否定したかっただけなのかも知れない。見えもしない、形さえもない愛を自ら選らび、無惨で滑稽な最後をとげた己と雪菜の母。その母と、同じ道を歩きたくはない。心のどこかに、そんな反発に似た思いもあったのかも知れない。

が、死が近いと確信した後、蔵馬のもとを訪れた。最後に一緒にいたい。最後に見るのが、奴の人間かぶれした面も悪くはない。それらの思考も行動も、陳腐な感傷にひたり、ただ、己の裡にあるなにかを慰めたかっただけなのかも知れない。

実に、42年ぶりだった。南野秀一として、正確には、その母の死を見届ける迄、人間として生きる選択をした蔵馬。奴の回りには、穏やかそうな妻と蔵馬に似た聡明そうな子がおり、その子の中にはこれから産声を待ちわびている胎児迄いた。母である志保利は、蔵馬に見守らるかたちで、己と同じく最後が近い様子ではあったが。奴の人間の生活、それをとやかく云うつもりもなければ、権限も資格も持たない。42年前、奴からそう告げられた時に感じた、淋しいだとか、悔しいだとか、それらの嫉妬と羨望という思い、それさえも、今では遠い過去に感じる。

昔抱いていた気持ちを告げることはせず、忌み子の寿命のこと淡々と全て話し終えた時、奴は始めて見る不可思議な表情をし、己を強く抱きしめたのだった。そして、何度も何度も告げた。「ごめんね、貴方を選ばなかった俺を赦して」。その1言で、ああ、奴はとっくに己の気持ちに気づいていたのか、そう思ったのみだった。その後は、奴自らが医師のようなことをし、延命させようと試みた、が、全て、徒労に終わった。

蔵馬が心血を注ぎ愛した母、志保利よりも、先に違う次元へと旅立つことになったのは、少なからず己に安堵をもたらした。彼女より長生きをし、その最後を看取る蔵馬を見たくはなかったから。己の死などより、奴はきっと取り乱す、そんな、奴の姿は絶対に見たくはなかった。それは、小さな矜持だったのかも知れない。確かめる術はもはやないが。

中途半端な人生だった。だが、同時に、忘れられない人生でもあった。

「雪菜に伝えてくれ。兄探しはいい加減諦めろ、とな」

ぼたんに向かい、そう告げる、が、しかし、途端に、その頬を涙が流れ落ちた。こいつもお人好しだ。死んだ奴を前にして、涙など何の意味があるというのだ。

「そんなこと云わないでおくれよ!」

「それから、蔵馬に」

「蔵馬、にかい?」

意外な人物の名に、ぼたんは始めて困惑を露にしたのだった。

「待つ必要はない、とな」

それだけを云い残し、地獄への長い道のりを歩き始めた。

蔵馬、・・・

俺は、お前にとって、必要な存在だったのだろうか。かすめた思いに、飛影らしからぬ笑みが刻まれた。





※ ※ ※





「飛影」

飛影と呼ばれた男子生徒は、訝しい視線をあげ、その男と対峙した。肩よりも長い黒い髪に深い翡翠の瞳、一見すると優男であり纏う雰囲気は穏やかそのものの男は、蔵馬と名乗った。

「何だ?」

「ん?手合わせ、願いたいな」

同じ学校の生徒ではないようだ。少しばかり歳上らしいことのみは判る。となると、又何時もの輩か。それとも、あっち方面の輩、か。後者であるならば、手加減はいらないのだが、その後始末には毎回困るのだった。

「馬鹿らしい。素人相手に竹刀を握る気は更々ない」

去年、剣道で日本一になるや否や顔が売れこうした輩が増えて困っていた。顔が売れた原因、それは、飛影がかもし出す雰囲気も要因の1つであっただろう。鋭い瞳ではあったが、その鮮やかな緋色は人目を充分に引き込み、寡黙な口元がひっそりと笑う姿は、雪景色のなかに一輪の可憐な花が咲いた印象を他者に与えたのだった。が、本人にはその自覚は皆無であった。面と向かって、美人だなんだ、とでも云われたら逆効果になったには違いないが。

喧嘩ごときに大事にしている竹刀を奮うのは躊躇われ、結果、こうした輩は増加する一方だった。やはり、1度くらいは目にものをみせ、周囲を黙らせる必要があるかも知れない。それに、あちら方面でも黙らせる方が得策だろう。死体の処理に困った場合は、コエンマに押し付ければ用はこと足りる。

が、決して油断していた訳ではなかった、だのに、始めて負けたのだった、この己が。

無様に竹刀が折られ、肩で息をする。

「貴様!」

「フフフ。やはり、貴方のその顔好きだな、ゾクッとくるね」

クツクツ、と、余裕の笑みは、どこか狂気を孕んでいる。恐怖心など抱いた経験は皆無だった筈、しかし、この男は底知れないものを感じ、始めて嫌な汗が流れ落ちたのだった。

「独り言ですよ。そう睨まないで」

それまで、微塵も感じなかった妖気の質と量に、舌打ちを禁じえない。どうやら、後者の輩だった、か。飛影は生まれながら、霊やその類いと縁があり、こうした妖怪には慣れていた筈であった。大抵は、こちらの霊力を知ると逃げる、か、命乞いをする。しかし、今、対峙している妖怪は、過去、最も強い。

「ねえ、飛影。一緒に暮らそう」

「な、に?」

「今度こそ、貴方の側を離れたくないから」

今度こそ?妙な言葉ばかり云う可笑しな奴。それが、蔵馬という妖怪対しての始めの印象だった。

それから後、人間界の窮屈に飽々していたこともあり、この男に対し興味がわいたのだった。そして、何よりの理由は、もっと、強くなりたい。それには、人間界は狭い。時折妖怪退治のようなことを、云い代えれば、霊界の犬だが、そんなことをしていた己を手放したくはなかったのだろう、渋るコエンマだったが、最後は折れた。と、云うより、蔵馬の脅迫まがいの台詞に屈伏した、そういう印象だったが。

妖怪に転生をはたし、今では、蔵馬と共に生活している。奴は昔、人間に憑依し、人間界で暮らしていたというから驚きを隠せなかったものだ。霊界と魔界には、遥か昔に協定が結ばれていたと知ると、その驚きは己の固定観念を覆したのだった。妖怪、即ち、悪。その認識は誤りであったと知る。妖怪も人間と然したる違いはない。感情もあれば、それに流されたりもする。ただ、その命の長さが違うのみ。どう生きるか、それは個人個人が決めること。

2人の生活は、まあ、悪くない方であろう。蔵馬と共に居れることは、いつの頃からか己には喜びを与えたのだった。無論、そんな恥ずべきことは1度として口には出したりはしなかったが。奴の方は知ってか知らずか、時々妙な悪戯を仕掛けてくるから始末に悪い。その上、こちらの反応を盗み見し意地の悪い笑みを浮かべるのだ。全く、いい性格をしている、と、云わざるをえない。それでも、奴の仕掛ける悪戯を拒否出来ない。そればかりか、心の片隅で待っているとは、随分と己は女々しい生き物だったらしい。

「ねえ、飛影」

「何だ?」

「今度、百足に行かない?」

「確か、躯とかいう奴の国か?」

魔界での生活にも慣れた頃、蔵馬はそう提案してきた。

「一応、お姑さんに挨拶しておかないと、ね。後々怖いから」

意味を謀りかね首を傾げると、蔵馬はニコ、と、笑った。その笑みが胡散臭げではあったが、沈黙を選んだ。このように笑う蔵馬は、特に可笑しなことをやらかす。“幽助”とやらいう、蔵馬の昔馴染みだとかいう変な妖怪に会わせられた時も、“雪菜”という、美少女の氷女という種族の妖怪に会わせた時も、こんな笑みを浮かべていた。そして、その後は必ずや、己の裡に、軟らかななにかが咲くのであった。それは、不快から遠く離れていたのだった。それらが、蔵馬なりの己への贖罪だと知るのは、もっと後であった。そして、同時にもっと重大であり残酷なことを知る。

身代わり。

蔵馬の好意と行為が、身代わりであると知る。鏡に映る自身の顔が憎しみを増幅させた。蔵馬へと、そして、己へと。己でありながら、己ではない自身。確かに、同じ魂なのだろう。でも、こんなことを望んではいなかった。他の誰でもない、己は己だ。聴けば、己を生んだ人間の親に暗示をかけ、名を“飛影”とつけさせたのも蔵馬だったと知る。そこには、霊界の関与もあると悟らざるをえず、生まれる前から、この魂は鎖で縛られていたと知る。痛烈に後悔した。人間から妖怪へと転生したことに。蔵馬の慰み者になった己に。

奴自身は満足だったに違いない。が、それは、単なる代償行為意外のなにがあるというのだ。

身代わりで愛されるほど滑稽なものはない。奴の瞳が己を見つめ返すつど、奴が愛しそうに己の名を呼ぶつど、否応なしに思い知らされる。お前は代わりなのだ、と。“飛影”の代わりなのだ、と。いつだって、蔵馬は己のなかにあるものを探していた。「“飛影”、同じだね」そう、奴が口にするつど、胸焼けするような、苦く酸味がかったものが躰のなかに流れ落ちるのだった。悔しかった。惨めだった。悲しかった。蔵馬の“飛影”になれないことが。そして、訳もなく涙が後から後から流れ落ちた。

その後、蔵馬の眼前で自ら酸を頭からあおった。奴の真っ青な顔は実に見物だった。何故、と、幾度も幾度も呟く様さえも。恐慌のなかにある蔵馬に、追い討ちをかけるが如く、自らの鞘から刀を抜き、その刃でもって顔を切り刻んだのだった。狂ったかのように、何度も何度も、刃は己の血を吸った。

酸と刃でぼろぼろな顔になった直後、血が滲む包帯姿でとある人物を訪ねた。金さえ払えば、どんなことでも引き受ける、そいつが医者であることが重要だった。多額の謝礼金と口止め料と称して蔵馬の根城から宝石類を奪ってそいつに渡し手術を受けた。手術内容は、妖気を自在に代えることだった。躰の大部分にメスを入れる大手術であった。手術後、大金を前にして喜びの絶頂期のただ中にあるその医者を斬殺した。そして、追っ手さえも届かない場所へと去った。顔を代え、名を代え、魔界からも霊界からも逃亡者となった。蔵馬という存在を忘れるために。飛影という忌まわしき存在を永遠に忘れるために。

ただ、己という存在を愛して欲しかった。それだけが、望みだった。蔵馬に求めたのは、それのみだった。蔵馬もそうであると信じて、転生したのに。裏切られたのだった。例え、奴にその意思がなくとも。

そして、いつしか、愛することを忘れた。愛していた感情そのものを埋葬したのだった。感情も、関心もなくとも生きて行ける。男は今日も1人で歩いている。行くあてもなく1人で。その男は、黒いフードコートを頭から被り、顔の半分以上が傷跡で出来ており、見る者を恐怖させた。唯一見える紅い瞳には、なにも映ってはいなかった。人も、物も。大きな孤独を抱きながら、男は今日も歩く・・・

命の終末が静かに訪れる、その時迄。

そして、誓う。次に生まれ代われることが叶うならば、名もない花になりたい、と。手折られ、ただ、そこに居ることを赦された、ただの花になりたい、と。無害な花になりたい、と。

それは、裡に悲痛な叫びを伴った蔵馬への未練の恋情に他ならなかった。

ああ、お前だけの花になりたい──










Fin.
2012/6/27
Title By HOMESWEETHOME

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