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The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.




銀色の秘密 act.1


立派な門をくぐり、年頃の子よりもずっと小柄な男の子は中へと入ってゆく。途端に脇目もふらず走り出す。その後ろからは、女性保育士の制止を促す悲鳴に近い声。この広い園内で迷子になった日には捜すのは一苦労であろう。だが、男の子は、走る、走る、走る。たった1つの場所へとひたすらに。やがて、目的地につくと、その囲われた檻を小さな手で掴み、中の様子をうかがう。

「・・・。いた」

訳も判らず男の子は微笑んだ。この動物をこの目で見たくて見たくて堪らなかった。その信念は確信に近いと云っても過言ではない。幼心に不思議に思えど、その疑念は“会いたい”に、なにより勝ったのだった。

母親に云っても、その動物は飼えないと拒否され、ならば、一目見たいと訴えたが、両親共働きの男の子には、家族揃ってレジャーなどは夢のまた夢に限りなく近い。

そんな折りであった。通う保育園の遠足が動物園に決まったと歓喜した。嬉しくて仕方なかった。やっと会えるのだあの動物と。その一心に男の子は心踊らせたのだった。指折り、今日という日を心待ちにしていた。

以前、あまりにもその動物を飼いたいと駄々をこねた。結果、母親は動物図鑑なるものを息子に与えた。「ほら、これがそうよ」母親の優しい声は、男の子の絶望を誘った。「違うよ!」いくら否定しても、母親は悲しげに息子を見つめるばかり。そればかりか、困惑の色さえ表情にはあった。あんな向日葵のような金色じゃない。「目の色が金色なのに、躰じゃないよ」、幾らそう訴えても母は取り合ってくれなかった。保育士にも、その動物を尋ねると、母親同様に同じ回答。違うのに。僕の知ってる動物は違うんだ。それ以後、男の子はその動物図鑑を見ていない。開くことさえも。あれは、“ウソ”が載っているんだ。そう、思ったのだった。

目の前には1匹の獣。しかし、男の子の求めていた色ではなかった。動物図鑑、両親、祖父母、年に似合わない物知りな友人、保育士、果ては近所のスーパーの店員に迄聴いて廻った。絶対にいるのに、一様に同じセリフ「この動物はこの色だよ」。男の子の目の前には、皆、指摘していた金色の獣だった。瞬間、男の子の瞳に悲しみの涙が浮かび上がった。

その刹那、男の子に向かって金色の獣がゆったりとした動作で歩み寄ってきた。緩慢な動きは、その金色の獣が年月を重ねた証拠でもあった。

突然、男の子の脳に声が届いた。

『あのお方の待ち人じゃね』

男の子は目を見開き目の前の金色の獣を見つめる。声の主がその獣であると悟ったが、不思議と男の子は恐怖を感じなかった。

「知ってるのか?」

『勿論さね。あのお方は我等の長』

「会いたいんだ、どこに行けば会える」

無垢な問いかけだった。なんの穢れもない純粋な質問。しかし、金色の獣は悲しげに頭を垂れた。次いで、首を横に振る。

『まだ、その時期ではない。“刑期”が終わっていないからねえ』

刑期が判らなかったが、それがただならぬものであると悟る。

「・・・。いつ迄だ」

『貴方様があと数十回輪廻を越えねばならない』

「りんね?輪廻とはなんだ」

『貴方様が貴方様であり、と、同時に、貴方様が別の貴方様になることじゃ』

「・・・、判らない」

こんなにも捜しているのに、そう思うと、男の子の応える声が自然震えていた。

『そうか、そうであろうな。輪廻のたびに、記憶は失われるものと聴く。じゃが、あのお方を信じて待ってておくれ。あのお方は貴方様への誓いの為だけに、今を生きてなさる』

「・・・」

『罪を償ったら、必ずやあのお方は貴方様の前に現れる』

「罪?悪いことをしたのか」

『悪いこと、か・・・。フム、難しい判断じゃ。あのお方の立場から見れば、愛の延長であったが、他の者からは自己の欺瞞と映ったであろう。現に、あのお方は犠牲を出した。それは赦されることではない。如何なる理由があろうともな。愛の裏には、いつでも暗い闇が住んでおるのかも知れぬのう。ただ、あのお方は貴方様と同じ時を重ねたかったのじゃよ。同じように生き、同じように老い、同じように最後を迎える。あやかしでは時は止まるが、その時間が却って苦痛じゃったのであろう。永遠に代わらぬその時を、我等命ある者らは夢のように感じるが、あやかしはその終わりある我等の人生をこそ夢みるものらしい。しかし、それにはその躰が必要じゃった。あのお方はご自身が成されたことを貴方様にしたのじゃ。貴方様も気づかぬうちにな。あのお方の思惑通り、貴方様の躰は人へと移り代わった。しかし、それは、1人の人生を、そして魂迄をも奪ってしまったのじゃ。霊界はあのお方に罰を与えるしか術はなかったのじゃよ』

労りからであろう、声の主である獣の声は、ことの他柔らかさに満ちていた。

「・・・」

幼い頭ではそれらを理解するには不充分であったに違いない。しかし、男の子は金色の獣をじっと見つめた。懸命に理解しようと努めるその姿が、却って金色の獣に困惑をそして愛しさをよんだ。

檻に手を握っていたその小さな手に、金色の獣はそっと重ねた。一瞬の邂逅はそれで終わりを告げた。

次の瞬間、巡回中の職員らしい者が慌てて男の子を檻から離した。「大丈夫かい」「怪我はないかい」、噛みつかれたとでも思ったのであろう、終始男の子を心配する声に、男の子は反応しない。

触れ合ったほんの一瞬、男の子の手のひらに銀色の獣の毛が1本のせられていた。なおも心配する職員の背に、金色の獣が優しく微笑んだように男の子は見えた。そして、悟るのだった。金色の獣から、大切なお守を己が奪ってしまったのだと。証拠に、その瞬間、年老いた金色の獣は静かに息を引き取った。慌てる職員たちの間を、男の子は無力感でただ見つめるしか術はなかった。

男の子はその銀色の毛を握りしめ、いつ迄も待つことを決意した。大人になっても、例え、この躰が朽ち果てようとも。金色の獣の為にも。おそらく、この金色の獣は己を待っていたのだ。銀色の毛をよりどことし。主の命によるものか、自ら進んでのことかは定かではないが。この日の為に、僅かなその情報を伝える為だけに、この金色の獣は己を待っていてくれたのだ。

その遺体を男の子は忘れないと誓った。





「今年も行くの」

母の声に無言で頷き返す。あの日から成長した男の子は、今では高校生となっていた。そして、毎年、あの金色の獣の為に花束を抱えて動物園へとゆく。しかし、その檻のなかには、あの日とは別の金色の獣が住んでいた。

『律儀だねえ、貴方様も。婆様の命日に毎年毎年』

「今年は薔薇にした」

そう云って男の子は檻の前にその花束を置く。男の子は毎年金色のこの獣の望む花を用意し持参して来るのだった。前にここに住んでいた、金色の獣の為に、そして、今を生きるこの金色の獣の為に。そして、ある確信を抱いてもいた。おそらく、この新しい金色の獣が望む花は、この獣たちの長たる銀色の獣の意思であろう、と。

『そうかい。ありがとう』

「お前は長生きしろよ」

『ハハハ、そうさねえー、貴方様とあのお方が会える日迄は生きたいもんさ』

冗談口調で金色の獣はその男の子に云う。無論、そんな長生きなど出来ぬと承知したうえで。はたして、どの金色の獣があのお方とこの者とが再開するのを見届けることになるのであろうか。数百年後かもしれない。いや、数千年後かもしれない。しかし、その日が来る迄、この者は代わらず獣を捜し続けるのであろう。どんな姿になっても、どんな時でも。

銀色の美しい獣を・・・










Fin.
2012/6/15
Title By たとえば僕が

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