- Awake Clap - | ナノ





The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.


Thank you













長梅雨と云うには激しい雨足。そんななかを、飛影は歩いていた。ふと、なにかに惹かれるようにして傘をあげる。なにかに呼ばれたかの様な錯覚を覚えた。視界に入った一軒の店に訝しむ。周辺の街並みと酷く似つかわしくない古びた店。店にしても看板などなく一種異様な雰囲気。近代的なビルの隙間を縫うように、ひっそりとそれは立っていた。そこだけが、まるで時が止まったかのような趣きがあった。ヨーロッパの中世時代の建築と日本でも数世紀前である大正時代の建築、それらが絶妙な美しさを保ち合い、その建物自体が1つの芸術品であると思われる洋館。時の侵食を受けぬまま、あるがままの姿で佇む店。

飛影はなかの様子を探るべく軒下へと足をむける。

「・・・、人形、店?」

ガラスごしに見た数々の人形。その1つ1つが、みな趣きが違っていた。白皙のビスクドール、日本人形もあれば古びた雛人形もあり、奥には大きなテディベア動物の剥製等も置かれていた。中世を思わせるアンティークな趣向の建物と相まって、置かれている人形の違いに首を傾げる。

そこに。

「いらっしゃいませ」

その一瞬前にはまったく気配がなかった。急に後ろから声をかけられ、飛影は慌てて振り向きその男と対峙する。腰まである長く流れる美しい銀髪、切れ長の黒曜石を彷彿させる瞳、透ける様な肌と、穏やかな微笑。トクリ、と、飛影は自分自身の心臓が鳴った気がした。それほど迄に目の前の男は美しかった。それと共に感じた違和感とデジャブ。

「さあ、なかへどうぞ」

逆らえない美しい声であった。低く、飛影の心の奥にだけ響く様な声。飛影は傘をたたむとともに、男に云われるがまま店のなかへと一歩踏み入れた。その瞬間、躰がフワリと浮いた気がした。違和感はその一瞬であった、その広い店内には多くの人形がありそれらに次いで目がゆく。その何れもが気品高く美しく、しかし、どこか悲しげであるように飛影は映った。人形そのものに始めから興味等ない筈であるのに。

銀髪の男は奥にある洋風な椅子に座ると共に紅茶を淹れ始めた。飛影の分を用意すると、男はその穏やかな笑みを浮かべながら促す。アンティークなティーカップからは、琥珀色の紅茶が湯気をたてていた。飛影は云われるがままその紅茶を唇へと運ぶ。

「・・・、美味しい」

「クスクス、それは良かった」

「人形店なのにカフェもやってるのか?」

「クスクス、さあーどうだろうね」

「不思議な店だな」

「ええ。ここは人目にはつきませんからね」

確かに。時代は感じるもののこんなに目立つ洋館なのに、飛影自身この日始めて気づいたほど。それに、・・・

「お探しの人形はありますか?」

「あ、いや、その」

別に人形が欲しいから入ったわけではなかったから、飛影は言葉につまる。それを察したのか、それとも別の理由からなのか、銀髪の男はクスリと優雅に微笑むと手近な人形を1つ取る。そして、その人形の造られた歴史背景から造った人物等を話し始めたのだった。

「・・・、へえー」

「興味ない、ですか」

「すまない、正直人形とかの善し悪しが判らん」

「クスクス、思っていた通り正直な人だ」

「すまない」

「謝らないで。君は入りたいと願ったのだから」

「?」

よく判らない男。それが正直な印象であった。

それからも飛影はその人形店に足を運んだ。その度にその男は1つ1つ人形を飛影に見せ、大切に、そして、丁寧にその1つ1つの人形の話しをした。よほど人形が愛おしいのだろうか。男が語る人形1つ1つに、飛影は心を揺さぶられた。

そんなある日。最初に聴いたあの声を再び聴いた気がした。目の前の男と似ている声。だが、まったく別の声。呼ばれている。その声の主に。

「・・・、なあ、ここには喋る人形とかもあるのか?」

銀髪の男は一瞬目を見張ると、直ぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「前にもお話しましたよね、人形には心が宿る、と」

「・・・、あ、ああ」

正直な話し飛影には非科学的な話しに思え、銀髪の男のその話しは聴き流していた。銀髪の男の巧みな手話を聴くのは好んではいたが、その話しには素直に同調出来ずにいたのだった。確かに、物に愛着はわくであろうが、その物自体に魂が宿る筈はない。そもそも、魂だとか霊だとかのオカルトじみた話しは飛影の好むところではなかった。しかし、この店はどこか、なにかが違う。それだけは飛影でも感じていた。

「きっと君はその声を聴いた」

「・・・」

断言されたが、なにも云い返せなかった。何故ならば、今もまた聴こえているのだから。

銀髪の男は古風なランプを手にすると、飛影に付いて来いと促す。いつも紅茶を出される後ろには使われていない暖炉があった、銀髪の男がその暖炉に手を触れると、その暖炉が動き出し下へと続く階段が現れた。1段1段男の後を追うように慎重に歩をすすめてゆく。その辿り着いた地下の光景に戦慄が走った。西洋風の棺がずらりと並んでいた為であった。そして、今もまたあの悲しげで切ない声が飛影の耳に木霊していた。

「・・・、これもみんな人形、なのか?」

「ええ、そうです。もう、数百年前になります、とある科学者が造りました。所謂アンドロイドです、ここに眠っているのは」

アンドロイド・・・

一時期、人工知能面の技術が異常に発達した時期があった。それらはアンドロイドへの転換を促したが、人間が神の領域に踏み入れた為か、それらの研究はすぐさま禁止されていった。今はそれそのものを造る事も所持する事も禁じられている。

「その科学者が存命の頃、いえ、正確を期すならば、その科学者が科学者への道へと切り替えざる得なかった頃、人間とは別のとある種族達だけに猛威を奮った病がありました。特効薬を見いだせない日々が続き、屈強で知られた種族達であったのにもかかわらず、次々とその種族達は命を落し、遂にはその男が大切に思っていたものの命をも。男は嘆き哀しみ、しかし、もう一度会いたいと願った。強く強くそれは激しく。そして、自分自身の頭脳を生かし人形造りを始めた。生前と同じ魂と心を持った」

「・・・」

「きっといつか会える、そう信じ続け、何体も何千も何億も。そうして、その種族達の死後を導いた。あるいはその種族達の滅亡を防きたい気持ちがそうさせたのかもしれない。いつしか男は人間界でも有名な科学者となっていた。しかし、男が造ったアンドロイドは狂暴且つ何故か人間を軽んじるものばかり、その科学者は意図してそうした訳ではなかった、しかし、結果的に先に目覚めたアンドロイド達は心はあっても低級で低俗な者たちだった、その為科学者としての名声も地に陥ち、遂にはその男にも同じ病が迫ってきた」

「・・・、それで」

「男は死のまぎわ自分自身のアンドロイドを造り、そして、子孫にこの店を造った。いつしか来るであろう“その者”たちの為に・・・」

「・・・」

「ここに眠っているのはその誰かを待っている。先に逝った者たちが再び生命を受ける事を霊界に赦される事を。だからこそ、呼び続けている。数百年も、数千年にも近い長い時間。君が聴こえたという声もきっとこのなかにいる」

にわかには信じられなかった。銀髪の男の話しを信じるならば、己はその先に逝った者たちに含まれる。

「霊界?心と魂?そんなお伽話信じられるか!」

「君には聴こえてる筈だ。何故ならこの店に来たのだから」

「・・・」

『飛影』『飛影』『飛影』『会いたい飛影』『愛してる飛影』悲しげに切なく響くそれらの声。己の躰が震えるのが判った。知っている。己はこの声の主を知っていた。馬鹿馬鹿しい話しな筈だ。そんな夢物語など小説やドラマのなかだけな筈だ。でも、・・・

飛影はゆっくりと歩をすすめてゆく。声の主のところへと迷いなく。やがて1つの棺の前で足が自然と留まる。

「遅くなった」

何故そんな言葉が出たのか己自身不思議であったのに、その言葉は必然であった。

棺を開けると、眠っていた男が目を覚ました。漆黒の髪に切れ長の美しさを放つ翡翠の瞳、その翡翠に飛影を映すと飛影を強く、だが優しく抱きしめた。

ああ、そうだった。この温もりだった、この姿だった、その昔、遠い遠い昔愛した男。ざわめく躰よりも、本能が叫んでいた。会いたかった、と。記憶など無い、だが、しかし、確かに昔この男を誰よりも愛していた。

「気に入って頂けましたか、その人形」

いつの間にか後ろに銀髪の店主が立っていた。

・・・、似てる、この心と魂を持った人形に。

「ああ」

「それは良かった」





その後、その人形を“蔵馬”と呼び一緒に生きている。最愛の恋人として。

そして、不思議な事にその人形店をその後2度と見る事は無かった。その場所であったところへと足を運んでも、そこはなにも無い空き地が広がっていた。ビルの隙間にあるがままに立っていた洋館は、その影さえない。それとも。もう、己には見えないのだろうか。だが、思う。今もまだ眠って居るのだろうか、と、誰かが再び来るのを。何百年も何千年もの時と。あの守り人の様な銀髪の男と共に・・・───





「いらっしゃいませ。ようこそ、MinaminoDollShopへ。きっと貴方だけの愛しい人形が見つかりますよ。凍矢様」

銀髪の男は穏やかに微笑み、今日もまた密かに静かに店を開けるのだった。










Fin.
2015/1/4
Title By capriccio






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