The dear devil was found. It is destiny to love it if it is destiny to fight again. Oh, you are my fallen angel.
2011/04/26Tue
未来計画
飛影の無意識の嫉妬心に蔵馬は・・・
「飛影」
窓際にたたずんでいる彼を見て、心底驚いた。3日前、深夜にも関わらずその姿が脳裏に浮かび、彼をこの手で抱きしめたい衝動にかられた。妙に胸騒ぎがしたゆえかも知れない。彼に一目でいい、会いたくて会いたくて、ただ、会いたくて百足に行けば彼の室内は空だった。もしや、と、思い向かった先に彼はいた。彼はポッドの液体に身を委ねていた。時雨のほうから事情説明を聴き終え、1つため息をこぼしたのは記憶に新しい、筈。
「怪我はもういいんですか?」
困惑気味にそう質すと、「俺を誰だと思ってやがる」、との強気な彼。そんないつもの彼を愛しむように見つめた後、温かいコーヒーを差し出した。
礼など期待していなかった。そもそも、彼のなかで誰かに向かって礼をする習慣がない。だのに、「ありがとう」と唇がかたどり、一瞬異形の者ではなかろうか、とさえ思った。素直な時は必ずや裏がある。コクン、と、可愛らしい仕草で一口飲み込んだ彼は、眉間にしわがよった。
「甘くないぞこれ」
「ごめん。ココア切らしてて」
フン。と、いつものように一笑すると、苦手な筈のコーヒーを飲み干した。無理に飲んだとはいえ、苦手は苦手。その後、カップを手荒くソーサーに戻した彼であった。
本当に今日はどうしたことか。なんだか、ちぐはぐで、らしく、ない、な・・・
手のひらを組み合わせ、それを台座にするかたちで自身の顎を乗せ、彼を観察する。妖気や雰囲気はいつもと代わりはなさそうだ。時雨の云っていたように、怪我も重症ではないようだ。なのに、時々見せる柔和さが引っかかった。
いつもの棘や烈気が、影を潜めている。儚げな印象ともいえなくもない。何かしらに憤慨してる際、時折、こういう飛影はいた。どうも、彼は無自覚であるようだが、怒りが激しければ激しいほど、逆にいつもの熾烈な妖気が霧消してしまうらしい。しかし、彼を怒らせるようなことをした記憶もこちらにはない。第一、会いにいっても彼と話しさえ交わしていないというのに、怒りを買うどころではなかった筈だ。
スウー、と、瞳を細め、彼の死角で葉を刃に模し、首筋にあてがった。なんらかのリアクションが欲しかったゆえである。
「飛影?」
「・・・」
自身が知っている彼ならば、この段階で刃をなぎはらう。だのに、眼前の人物はなにも語ろとはしない。そればかりか、自ら進んで、刃を数ミリ招いた。首筋から流れ落ちる赤い液体。重力に従い、白い彼のトレードマークにもはやなっている白い布は赤く染まり始めていた。
明らかに怒ってる。こんな無茶を彼が自ら進んで行う際は、いつもそうであった。
「なにを怒ってるの説明して。でないと、このまま胴体から外れるよ」
常の彼との対応との違いに憤りを感じ、苛々とした口調で云いはなつ。それが、こちらの勝手な八つ当たりと充分に承知はしていたが。
かえってきたのは、自身以上に怒りを纏った彼だった。
「貴様ばかりが憤っているなどと思うな」
「・・・どういう意味?」
「何人女を抱いた?」
・・・?
身に覚えのない問いかけに、唖然とした。おそらく、表情も自身には不釣り合いな滑稽な面を曝したことであろう。数回瞬きをし、彼と対峙する。それをどう解釈したのか、開き直りとでも受け取ったらしい。きつく唇を噛みしめ、瞳の奥には、隠しきれない哀しみのいろが浮かんでいた。
「今日だけで何十の女と会った。貴様が愛想笑いが十八番だとは知ってるが、会う奴会う奴にひけらかすな。嫌気がさしたのならはっきりと云え」
詰問のわりに、寂しい、哀しい、それらの彼の隠れた思いが見てとれた。
今日、だけ。
何十の女。
愛想笑い。
飛影が口にした言葉をパズルのように組み合わせてゆき、1つの仮説に行き当たり、破顔した。だって、あの、彼が。“あの”飛影が、名も知らない人間の女に嫉妬している。これが笑わずにいられるか。自身のように意図して彼に嫉妬させたのとは違い、彼は無計画で無意識なのだ。狂喜乱舞とはこのことだ。
「クスクス」
「貴様!なにが可笑しい」
可笑しいんじゃない、嬉しくて笑ってしまったんだ。
「飛影。今日はね、ホワイトデーという日で、義理を返す日なの」
今、おそらく、いや、確実に、彼の脳裏は困惑の間奏曲が流れているであろう。浮気をされた。蔵馬のなかで、己という存在は終わりをつげた。この部屋を訪れる前にそう確信し、ある意味別れを覚悟したうえで訪れたのであろう。それが、ここにきて、大幅な軌道修正を余儀なくされたのだ。飛影の混迷ぶりが可笑しくもあり、愛らしくもある。
かいつまんで人間界の行事を説明する。すると、今度は可愛らしく彼の顔は紅潮した。
「ね?だから、浮気じゃありません」
意識しないように、平静な表情でもってそう告げる。が、勘違いしたことがよほどこたえたのか、はたまた、よほど羞恥を招いたのか、おそらくは後者であろうが。飛影はこちらを一瞥すると、真っ赤な姿のまま行方をくらましたのであった。
「可愛いなあ。クスクス」
今度はこちらから罠でも仕掛けてみよう、かな。
Fin.
Title By 確かに恋だった
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