私は聖徳太子ではないのだから、頭は一つ、手は一本(ペンを握る手はですよ。両手はきかないよ)昨日は昨日で、東京新聞のタロちやんなる重役先生が何食はぬ顔をして、余の仕事ぶりを偵察にきて、エヘラ/\帰つて行つた。私も遂に探偵につきまとはれる身となつて、近頃は心臓が心細くて仕方がないのだから私はベンカイなどは断じてイヤだと言ふのだが、環境の悪化のせゐで、ダメでした。
 ちやうど一番電車が通つたから、私も一つこのへんから、大攻勢にでてやらう。夜明けはある、私にも。たぶん、アルデセウ。私は希望に生きるですから。
 小説を読むなら、勉強して、偉くなつてから、読まなければダメですよ。陸軍大将になつても、偉くはない。総理大臣になつても、偉くはないさ。偉くなるといふことは、人間になるといふことだ。人形や豚ではないといふことです。
 小説はもと/\毒のあるものです。苦悩と悲哀を母胎にしてゐるのだからね。苦悩も悲哀もない人間は、小説を読むと、毒蛇に噛まれるばかり。読む必要はないし、読んでもムダだ。
 小説は劇薬ですよ。魂の病人のサイミン薬です。病気を根治する由もないが、一時的に、なぐざめてくれるオモチャです。健康な豚がのむと、毒薬になる。
 私の小説を猥セツ文学と思ふ人は、二度と読んではいけない。あなたの魂自身が、魂自体のふるさとを探すやうになる日まで。
 私の小説は、本来オモチャに過ぎないが、君たちのオモチャではないよ。あつちへ行つてくれ。私は、もう、ねむい。
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テキストは青空文庫にて、坂口安吾 「余はベンメイす」から一部抜粋させて頂きました。
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