◎ 28
「翔音くん英語教えてください」
「……ん」
うわーい、やっぱり翔音くんは素直だ、優しい!!
「俺も混ざるーっ!!」
「橘くんも英語?」
「いや、俺は数学!!でもさ、棗も光も教えてくんねーからさっ」
「数学なら私が教えましょうか?」
そう切り出してきたのは柚子だった。
「ほんとか!?」
「ええ、今ちょうど玲夢さんと数学を解いていますから」
「柚子教えかたうまいよー?橘くんも一緒にやろーよ!!」
柚子と玲夢の誘いに橘くんは大いに喜んだ。
「んじゃあ俺は北条に教わる!!」
「フフッ……わかりました。では歯食いしばってくださいね」
「…………え?」
その後、橘くんの叫び声が響いた。
柚子、頭いいし教えかたうまいけど相手に容赦ないからね。
徹底的にやってくから。
しかもまわりに花が咲くような可愛い笑顔というオプション付きで。
「……どこがわかんないの」
橘くんを哀れだなあと思っていると、突然隣から翔音くんに声をかけられたので私は意識をこちらにもどした。
「えっと……不定詞かな。“to”とか“of”とか“for”の使い分けがいまいち」
「………」
「こんなの全部“to”にしてほしいわ」
「……俺に言ってどうすんの」
私がそういうとため息をつかれた。
うわ、呆れられたよ。
「……これは―――、」
ため息をつかれたけどさっそく教えてくれた。
“誰かに勉強を教えるには3倍理解してないといけない”っていうけど……、
翔音くん、何でこんなに教えかた上手いの!?
すんなり頭に入ってきてわかりやすいし!!
「……わかった?」
「うんっ、すごいわかりやすい。ありがとう翔音くん!!」
「……ん」
そういって頷くと翔音くんは自分の問題集に取りかかった。
授業中はもちろん先生の話を聞いてるけど、こうやって友達同士で勉強会をやるとたいてい話が脱線する。
でも翔音くんはそんな素振りはなく真面目に勉強をしている。
まあもともと会話が少ないってこともあるんだろうけど。
「翔音くんって勉強するの好きなの?」
私が質問すると一瞬手を止めたがまたすぐに動かし、問題集に目を向けたまま口を開いた。
「………なんで?」
「さっきからすごい勉強してるし」
「………理解できると面白い、かな」
な、何この子……っ!!
この勉強に対する純粋な考え、私にも欲しい!!
「ね、だからさ、前にもいったけど私と頭交換しよう」
「絶対やだ」
意地っ張りぃぃぃ!!
「どう芹菜、そっちは終わった?」
数学の参考書をもった玲夢が私のもとにきた。
どうやら使った参考書を返しに来たようだ。
「うん、終わったよ。翔音くんがすごい教えかたうまくて感動した」
「ほんと!?じゃあ私も今度教わろーっと!!よろしくね翔音くんっ」
ニカッと笑う玲夢に翔音くんは頷いた。
「……そういえば橘くん、どうなったの?」
「ああ、橘くんなら……、」
気になって聞いてみると玲夢は親指でその方向を指差す。
見てみると、シャーペンを持ったまま真っ白になって項垂れている橘くんと、そんな彼を天使の微笑みで見守る柚子の姿があった。
いや、私は何も見てない、何も見ませんでした。
「あー、疲れた……」
今日の勉強会が終わって図書館を出た。
勉強から解放された気分だけど、明後日の月曜日からテスト本番だから明日もやらなきゃならない。
これだから学生は大変なんだよね。
「はいはーい、みんな聞いて!!せっかくだから明日も勉強会やろうと思うんだけどどう?」
玲夢が手をあげてみんなに呼び掛けた。
まあどうせひとりじゃ理解できないし、私は賛成だ。
みんなもその提案に賛成のようで頷いていた。
「じゃあ決まり!!みんな明日は13時に学校集合ねっ」
「学校?日曜日だから開いてないんじゃない?」
「私の家でやるんですよ」
そういったのは柚子だった。
「明日は両親が不在なので全く問題ありません。だから遊びに来てくださいな」
こてんと首を傾げながらにぱぁぁっと笑う柚子はまさに女神。
もう可愛すぎる。
「あ……っ、おお俺、明日は……予定が、」
「是非いらしてくださいね?」
「もちろんいくに決まってんじゃねーかっ!!」
うん、橘くんも素晴らしい笑顔だ。
そして今日はここでお開きとなった。
そういえば柚子の家にはいったことないなあ。
どんな家なんだろ、楽しみだな。
「じゃあ帰ろう翔音くん」
「ん」
「明日楽しみだね、柚子ん家いくの」
「……勉強しにいくんでしょ」
「うぐ……っ」
現実みやがって……!!
でも今回ばかりは現実みないとだよね、テストだし。
「テストなんてなくなっちゃえばいいのに」
「………」
「勉強できる人が羨ましい」
「………」
「その人の頭と交換して天才になって、テストで100点満点とって……、」
「………」
「ああ駄目だ、考えてたら寂しくなってきた……。やっぱり現実はうまくいかないよねー」
「………」
「翔音くん、明日もまたよろしくおねがいします……」
「………」
「……翔音くん?」
「……まあ、頑張って」
僅かに口許を緩めて、そういった。
夕焼けでオレンジ色に染まった彼の表情が、やけに脳に焼き付いた。
28.これはきっと夢かな
(今……、笑った………?)
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