26


「――……以上です、お願いしますっ」

「はいよー、おつかれさん」



私は厨房にいる人たちにみんなのオーダーを伝える。


ちょうど今は時間的にお客さんが来ないから少し余裕ができた。





「ふー……」



私は一息ついた。



やっぱり初めて会うお客さんより友達がお客さんってのはいつもより緊張するな。


変に力が入りすぎるかも。







「芹菜ちゃん」

「あ、愁さん」




客席からは見えない奥の方にいると、愁さんが歩いてきた。



「疲れちゃった?」

「ああ……というか、友達相手だと妙に緊張しちゃって」

「そっか、あの人たちは友達なんだね」

「はい、同じクラスの人とその後輩です」

「なるほどねー」






すると愁さんは私の頭をぽんぽんとしてきた。




「じゃあ注文の品を運ぶのは俺がやるから」

「えっ、でも私がオーダー受け付けたから私がやらないと……、」

「そのまま力み過ぎると後が疲れるからね。後半もたなくなっちゃうよ?」

「う……でも、」

「今はお客様もそんなにいないから少しくらい休んでても大丈夫だから」

「………」








確かに今の私が接客しても力んで失敗しかねない……。



変に緊張しすぎなんだ。


落ち着かなきゃいけない。







けど……、



もしここで私が休んでしまったら、その分の負担が愁さんにかかってしまう。




このぐらいの緊張なんて、この先いくらでもあるかもしれないのに。



早く落ち着いて仕事しなきゃいけないのに。



心臓の音がいつもより余計にうるさく聞こえる。




私……、迷惑かけてるよね……?




私が少し俯いていると、頭にのっていた愁さんの手が私の両肩にぽんっと置かれた。








「……俺に“迷惑がかかってるんじゃないか”、そう思ってる?」

「!!」




私は驚いて目を見開いた。





そんな私に愁さんは口許を緩めて少し屈んで目線を合わせてきた。





「誰が“芹菜ちゃんは迷惑”だなんて言ったの?」

「………っ」

「そんなこと思ってる人に俺は心当たりないなあ」

「………」





「みんな最初は緊張も失敗もする、俺もそうだったんだ。デザートはこぼすし、うまく笑えないし、いつもの癖でお客様に抱きついて時雨にぶっ飛ばされるし……、笑っちゃうでしょ?」






最後のやつだけ想像できるんですけど。










「でも毎日仕事していくうちに慣れてくるんだ。おかげで仕事と普段とで切り替えができるようになった」

「………」









「だからさ、焦らなくていいんだよ?」

「……!!」

「緊張するのだって初めてなんだから当たり前だよ。でもだからって迷惑がかかるなんてことは考えなくていい。“今自分に何ができるのか”、それを考えるのが最優先じゃないのかなあ」

「……私に、できること?」





「今芹菜ちゃんがすべき事は、“少し休憩して気分を落ち着かせること”、……違う?」





愁さんはニコッと微笑んだ。




そうだ、愁さんのいう通り……。




今は休憩して落ち着かせて、“次の仕事”に切り替えないと……!!





「……わかったみたいだね」

「はいっ、ありがとうございます!!」

「うん、よかった」

「仕事の中でも休憩は大事なんですね!!愁さんが教えてくれたおかげです、本当にありがとうございますっ」

「俺は何もしてないよ、最終的に気づいたのは芹菜ちゃんなんだからね」

「それでもすごく嬉しかったので!!」

「ふふ……、やっぱり芹菜ちゃんは笑顔でいるほうが可愛いね」

「えっ、あ……と!?」






反応に困っていると愁さんはクスクス笑って、また私の頭をぽんぽんとしてきた。





「それじゃあ俺はお友達にデザート運んでくから、またあとでね」

「はい、お願いしますっ」





私の返事に愁さんは綺麗に笑うと厨房へと消えていった。


それから15分ほど休んだ私はすっかり気分も落ち着いて仕事に集中することができた。



これも全部愁さんのおかげだ。



お客さんに接客中の愁さんを見つけると、私はその後ろ姿をみて微笑んだ。





「よ、芹菜!!なんか今日は調子良さそうだな」

「あ、朔名!!」

「なんかいいことでもあったのか?」

「……ううん、なんでもないよ」



ちらっと愁さんのほうを見たけどなんとなくいわないでおこうと思った。



けど私の視線に朔名が気付いたらしい。




「ま、まさか愁の野郎にセクハラまがいな事を……!?」

「あんたの頭のほうがセクハラだよ」












午後の20時、ようやく店の営業が終了した。


いつものように従業員みんなが集まった。




「みんなお疲れ様、今日もありがとう。とくに翔音くんの働きぶりのおかげで店の売り上げが上がったわっ!!」

「……ありがとう、ございます」



時雨さんは本当に嬉しいらしく、ニッコニコである。




「芹菜ちゃんもありがとう、バイト初めてだけどテキパキ仕事こなしてくれてとっても助かってるわよっ」

「い、いえ、そんな……っ」




私は少し恥ずかしくなって手をぶんぶんとふった。




視線を少しずらすと愁さんと目があった。





「もう大丈夫そうだねー」

「はいっ、あれから調子でてきたんでよかったです」

「そっか、よかった。俺も嬉しいなあっ」





ぎゅむっ




「………ほあっ!?」




にこーっと笑った愁さんはそのままぎゅぅぅぅっと私に抱き付いてきた。



ハッ、そうだ、もう営業は終了している………つまりいつもの愁さんに戻ったわけで。





「ちょ、ちょちょちょ……!!??」

「ふふ、芹菜ちゃんてば照れちゃったー?」

「ぎゃあああああ耳元やめてええええ」

「おい愁テメェ何勝手に人の妹に……!!」

「えー、もう店終わったし良いじゃ「そういう問題じゃないでしょ!!」

「うぐっ!!」





時雨さんの踵落としがクリーンヒット。




………これがあのとき真剣に私に教えてくれた愁さんと同一人物だなんて。





愁さん、どうやって仕事と普段の切り替え身につけたんだろう。




床に沈んだ彼をみてふと疑問に思った。



26.二重人格?

(翔音くんもお疲れ様)
(……アンタもね)
(うん!!)
(……嬉しそうだね)
(えへへ、まあちょっとね)
(……?)


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