◎ 58
みなさん。
定番のアレがきましたよ。
合宿の夜といえば……!?
「肝試し?」
「おう!!肝試しだ」
午後の練習も終わり、片付けも終え、さあこれから夕飯だというとき。
食卓に集まった部員全員の前で部長さんが楽しそうに肝試し宣言をした。
「合宿の夜っていったらやっぱ肝試しだろ?」
「何でですか。普通枕投げとかじゃないんですか」
「桐原〜、お前わかってないなー。枕投げなんてー、中学生までだろー?高校生はさー、肝試しなんだよー」
「喋り方うざ。独りでやってろよ」
「ちょっとおおお!?敬語はどうしたんだよおい!?」
桐原くんの部長さんいじりは健在だな。
というわけで、夕飯の後に外に移動。
「よし、全員集まったー?」
恵子さんの声とともに、私はまわりをみた。
……あれ?なんか、数が少ない気がする。
桐原くんとか翔音くんもいないし。
「何人かには脅かし役として、すでに森に入ってもらってるから、ここにはいないよ」
私の疑問を察知したかのように恵子さんがそう言った。
恵子さんの話をまとめると、
まずはくじを引いて二人一組で行動すること。
そして、途中にある井戸のところに御守りが置いてあるらしいので、それを1つ取ってきて戻ってくること。
これが今回の肝試しの内容らしい。
で、くじの結果。
「芹菜とか、よろしくな!!」
「こちらこそ。よろしくね、橘くん」
頼もしい人がペアになった。
橘くんて怖いの大丈夫な人かな?
「橘くんはこういう肝試しとか平気な人?」
「んー……。基本的には大丈夫なほうだけど、人工的に驚かされたりすると駄目かな」
あ、じゃあ今回の肝試しはダメってことか。
なんてこった。
「全員くじはひいたー?じゃあ順番に出発するから並んでねー」
恵子さんの声でみんな一斉に並び始める。
私たちの組はちょっど真ん中くらいだ。
正直に……というか、どうせ後でバレるけど、私は怖いの大っ嫌いだ。
心臓の音がとてもうるさい。
恐怖なのか緊張なのか、恐らくどっちもだと思うけど、とにかく体が震えているのは自分でもよくわかった。
「た、たたた橘くん。どうしよう、ふ、普通に怖い」
「大丈夫だろ!!俺も一緒なんだしさ」
「橘くんだって怖いときあるんでしょ!?」
「今回みたいな人工的のやつはな。怖いっつーか、驚く?でも人がやってるんだってわかってるから、恐怖があるわけじゃねーかな!!」
……一応、頼りにしていいのかしら。
ガサッ
「うひぃぃ!?何!?」
「鳥だろ?」
ササッ
「ぎゃあぁ!!」
「だから鳥だって!!もしくはねずみとか」
ガサガサァ
「ひぃぃぃ!!」
「熊かな〜」
「いてたまるか!!」
ああもう!!
こう暗くて静かだと、一々物音に反応しちゃう。
順路はこの森一周だから誰かとすれ違うとかはないし、前後の間隔もすごくあけてあるから、本当にここには私たちしかいないんだ。
怖いよー……、はやく終われー……!!
「お、井戸あったぞ!!」
肝試しのルールでは、井戸にある御守りを取ってくることだったはず。
「ほい、御守り。怖いなら芹菜がこれ持っとけよ。御守りなんだしさ」
差し出した手にポトリと落とした御守り。
赤色に金字で”御守”とかいてある。
うん、御守りもってるだけで少し心強いかも。
よし、御守り取ったってことはようやくここが中間地点だ。
あと半分、また森の中を歩かなきゃ。
「橘くん、あと半分…………、橘くん?」
受け取った御守りから顔を上げて橘くんのほうをみたが、そこには誰もいなかった。
……えっ!!??
な、なんで!?どこいっちゃったの!!
ちょ、なんで私以外誰もいないの!?
橘くーーん!!
君はどこいってしまったんだー!!
しかも、懐中電灯は橘くんが持ってたし。
私、明かりもなしにこんな真っ暗の中一人で帰れってか!?
無理、絶対無理。
脅かし役の人見つけ出してゴール目指してもらいたいくらいだ。
ただ、ずっとここで立ち止まっていても帰れない。
私は深呼吸をしてから、ゆっくり歩き出した。
ザクザクという、土を踏みしめる音だけが聞こえる。
たまに木々が揺れる音に驚いて立ち止まっては、おそるおそる歩くというのが続いている。
あぁもう、怖いよう……。
真っ暗だし、なんか遭難してるみたいに思えるし。
でもとりあえず、ここが山じゃなくてよかったと思う。
夜道を歩いてたら崖から転落して、なんて洒落にならないもの。
はぁ……、橘くんどこよー……。
誰かいないの?
次の瞬間、私のすぐ近くの草むらが大きくガサッと揺れ、何か黒くて大きなものが現れた。
「ッひ、!?」
一気に心臓がぞくりとした。
人間、本当に怖くなると声って出なくなるんだ。
かすれたような声しか出せず、その黒いものから目を反らせなかった。
「……ひとりで何してるの」
聞き覚えのある声。
決して大きくはないが、凛とした声。
ようやく落ち着いてきた頭でわかった。
翔音くんだ。
「……、ぁ、ッ、」
何か言おうと、そう思って口を開いたとき。
先に溢れたのは声ではなく、目から零れ落ちた雫だった。
う、うわあ恥ずかしい!!
怖くて泣いちゃうとか子供か私は。
「……ひとりなの?」
その言葉に私は頷く。
すると、翔音くんは私の頬に手を添えて親指で流れる涙を拭った。
「……怖かった?」
さっきよりもやさしい声に変わった。
頬を包まれたまま、顔を覗き込まれる。
暗くてもこれだけ至近距離だと、その綺麗すぎる顔がよく見えてドキリとしたが、なんとかゆっくりと頷いた。
「……今日は素直なんだ」
翔音くんは一瞬目をぱちくりさせたが、すぐにふわりと微笑み、私の頭を優しく撫でる。
あ、あれ?
なんか私、子供扱いされてませんか?
でもなんだか撫でられてるのがすごく心地よくなってきてしまい、振り払うことはせずにされるがままになっていた。
「………(なでなで)」
「………」
んー、なんだろう。
気持ちよくてなんか寝そうになる。
さっきまでひとりで凄く怖かったのに、翔音くんと会ってからはそんな気持ちはどこかにいっちゃって、むしろあったかい感じだ。
そんなふうに私がほっこりしていると、頭を撫でていた手はするりと背中にまわり、もう片方の手は腰にまわってきた。
…………ん?
……え、ええ!?
あ、あれ?私、何、これ……、抱きしめ、られてる?
「か、翔音くん!?ど、どうしたの……?」
突然のことに驚いて腕の中でわたわたするが、離してくれるそぶりはない。
「……抱きしめたくなったから」
…………はぁ!!??
な、何、何言ってんのこの美少年は!?
今さらりと口説いた!?
抱きしめたくなったって、何で!?
それで実行しちゃうって……本能の塊ですね!!
「芹菜、仏みたいな顔してた」
……仏だって!?
何それどんな顔!!
仏ってどんな顔だよ!!
「優しい顔、してた」
私の心の中を読み取ったかのように言い直す翔音くん。
優しい顔って……、頭撫でられてあったかい気持ちになったときだよね。
すごく安心して、眠くなりそうになったとき。
ぎゅっと抱きしめられてた腕が少しだけ緩み、お互いの視線が合う。
抱きしめられて、こんな至近距離で平常心を保っていられるわけがなく、私の顔にはとてつもなく熱が集まってくるのがわかった。
視線なんてすぐ逸らした。
耐えられない。
ああ、もうこれ絶対私の顔真っ赤だ。
どーせいつものようにからかわれるんだ、真っ赤だよって。
けど、いつまでたってもその台詞はこない。
不思議に思って視線を翔音くんに戻すと、ゆっくりとした動作で右手で頬に手を添えられる。
そして親指で私の唇をスルリと撫でた。
……え、?
撫でているときの翔音くんの目には長い睫毛の影が落ち、月明かりできらきらと輝いていると同時に、酷く艶やかにも見えた。
背中が、ぞくぞくした。
な、何、これ。
肝が冷えるとか、そんな嫌な感じではない。
でも、心地いいとも違う。
翔音くんから、目が離せない。
ぞくぞくした感覚は、まるで何かに吸い込まれるような感じに似ている。
どうして?
今までこんな感じになったことは一度もない。
そうさせているのは、何?
翔音くんの目が、ゆるりと細められる。
さっきと同じ月明かりのはずなのに、その恐ろしく整った容姿はより一層怪しさを醸し出していた。
この人は、誰?
目の前にいるのは確かに翔音くんのはずだ。
美少年で、ときに可愛くて、すごく優しくて、最近笑うようになって、たまに怖いときもあるけど、最後はいつも笑ってくれて。
でも、今はそれのどの翔音くんにも当てはまらない。
もう一度、スルリと唇を撫でられる。
まるで獲物を捕らえた肉食獣のような顔だ。
知らない、こんな人、知らない。
いつもの彼はそこにはいない。
嫌でも意識せざるを得なかった。
翔音くんは、”男”だと。
グッと、腰を抱き寄せられる。
さっきから頭が追いつかずにボーッとしていると、またゆっくりとした動作で翔音くんの顔が近づいてきて。
唇に、温かいものが触れた。
気付いたときにはすでに翔音くんは離れていた。
何、なにが、起こった、の?
今のって、……え?
そっと自分の唇に触れると、またさっきの感触が頭をよぎる。
全身が、カッと熱くなった。
今のって、今のって……!!
どうして、こんなことしたの?
私の気持ち、気付いてない、よね?
なんで、急に。
疑問ばかりが頭を埋め尽くす。
わなわなと震え出す体は、怒りなのか悲しみなのか、それとも喜びなのか恥ずかしさなのか、わからない。
ただただ、頭が混乱するばかり。
「……嫌、だった?」
すごく小さく呟かれた言葉は暗闇に消えた。
さっきの、怪しい雰囲気なんてどこにもない。
いつもの、翔音くん。
昨日の夜と同じ、不安そうな顔をする、いつもの翔音くんだ。
とにかく頭をフル回転させる。
何が起こったのかはとりあえず置いておいて、自分の気持ちはどうなのか。
翔音くんの知らない一面を見た気がした。
怪しく、危険な香りもした。
いくら一緒に住んで打ち解けてきたっていっても、彼は男だって痛感した。
それでも、翔音くんは、私の……、
好きな人……。
「……嫌じゃ、ないよ」
震えそうな声をなんとか振り絞ってやっと出した声。
そう、嫌じゃなかった。
急なことで頭が追いつかなくても、いつもと違くても、彼は変わらず私の好きな人なんだ。
好きな人になら何されてもいいってわけじゃないけど、私はあの時確かに、拒絶はしていなかった。
「でも、なんでこんなこと……したのかなって」
理由が知りたい。
抱きしめられるのは今までにもあったけど、今回のは一度もない。
第一、こういうことは本当に好きな人とするべきだと思う。
翔音くんは……、私のこと、どう思ってるの?
「……安心、してたでしょ」
「……え?」
「俺が頭撫でたとき」
確かに、安心した。
翔音くんに会うまでは一人で夜道を歩いててすごく怖かったけど、頭を撫でられたときはすごくほっこりとして。
落ち着く感じがしてた。
「それが何か、……ムカついた」
…………何故!?
「いつもは俺が芹菜に触ると顔が赤くなってたのに、今日はそれがなかったから」
「……、」
「優しい顔してくれるのは、嬉しい。……でも、安心されるのは、少しイラッときた」
安心したのは多分今日だけだ。
今後はわからないけど、今までは恥ずかしくて顔赤くなってたし。
でも、そんなこといわれても……。
「……俺自身、自分が何でこう思ってるのか、よくわからない」
「…………」
「でも……何故か、芹菜にキスしたくなった」
「…………えっ!?」
翔音くんの口から、その落ち着いた低い声で”キス”という単語が出てきた瞬間、また背中がぞくりとした。
やっぱり、私……翔音くんと、……キス、したんだ……。
ボフンという音がなりそうなくらい、私の顔は真っ赤になった。
それをみた翔音くんが、してやったりみたいな顔をするもんだから、さらに顔が熱くなる。
い、いつからそんな顔できるようになったんだ!!
「……芹菜のその顔、好き」
「……っ、!!」
ふわりと笑うと、ゆっくりと近づいてきて、私の背中に腕をまわす。
そして、私の耳元に唇を寄せた。
「……だから、あんまり安心、しないで?」
その低い声が全身に染み渡るような感じがして、立っているのが辛い、そんな感覚さえあった。
きゅーっと胸が締め付けられて、心臓がバクバクしている。
恥ずかしくて、どうしようもなくて。
私は翔音くんの胸元らへんの服をギュッと掴むのが精一杯だった。
あの後、なんとか赤い顔を抑えて別荘に戻った。
こうなったのも全て突然いなくなった橘くんのせいだと思い、彼のところへいくと、トイレ行きたくなってさ〜と爽やかに言った。
とりあえずお前表へ出ろ。
「藍咲〜」
「ん?何?」
そろそろ寝る時間になったので部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、部長さんに声をかけられた。
「お前さ、翔音と何かあった?」
「え」
ぎくりとした。
お、おかしいな、私平常心でいたつもりなんだが。
「あいつさ、普段何考えてるのかわかんないし表情も読み取れないんだけど、肝試し終わってからやたらと上機嫌でよく笑うんだよな」
「…………」
「珍しいこともあるんだなって。お前ならなんか知ってんのかと思って。まあ知らないならいいけど。んじゃあおやすみ〜」
手をヒラヒラさせて反対側へと歩いていった。
……機嫌良いんだ。
それは、見たかった私の表情がみれたから?
それとも、……キス、したから?
ああもう!!
翔音くんに直接聞いてしまいたい!!
私のことどう思ってるのか。
自分の頬を両手で押さえる。
……熱い。
今日は寝れなさそうだよ……。
翔音くんのばかぁ!!
58.油断したら食べちゃうよ
(翔音くんのばか。ばかばかばかあ)
(……俺が何?)
(ぎゃあああああ)
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