57


……うん、わかってたよ、こうなるってことは。


ついさっきまで、最後尾を走っていた陽向くんと会話していた。
他の部員と比べて持久力が足りないらしく、前を走る人たちと離れてしまっていたが、息を切らしながらもなんとかついていってたので、私も見守るかたちで並走していた。


のに。




ここはどこですかねええええ!!??


お決まり中のお決まり、はぐれました。

自転車から降りてキョロキョロしてみるが、みんなの走る音なんて全く聞こえない。

……どうしよう、知らない土地で迷子とか洒落にならないよね。

とりあえず、来た道を戻ってみるか。







と思ってから約30分。
一向に通った道に戻らず、さらにわけがわからなくなってしまった。

馬鹿だ、あのときその場でじっとしていればまだ良かったかもしれない……。


立ち止まりながら考える私の空気は明らかにどんよりしている。





その瞬間、バチンッといい音と痛みが頭にやってきた。

は?
何事!?



「…………」

「…………」

「……この馬鹿女」

「申し訳ありませんでした」


振り返ると、今まさに平手打ちから拳に変えまして、さぁ振りかぶって〜の瞬間だった桐原くんがいた。

当然ものすごい形相をしている。

ヒィィィィ!!??


「な、何で……桐原くんが、」

「……はァ?」


私の言葉にさらに目つきが鋭くなった。


「自転車のくせにスピード遅いし、後ろにいると思ったらいつの間にか居なくなってるし、挙句の果てにはスマホ持ってないから俺らが自力で探すはめになるし、ほんと貴女は問題しか起こしませんよねトラブルメーカー芹菜」

「呼び捨て!?」


目が怖い!!
ほんとに申し訳ないです、迷惑しかかけてないもん!!




「……ごめん、なさい」


ちゃんと、謝った。
だって、これは遊びで参加したものじゃないから。
全員が本気で勝つために練習しているのに、いくら臨時とはいえマネージャーを任されたのに思いっきり足を引っ張っている。


あー、だめだな。
何か失敗ばっかりしてる気がする。
役に立ててないよ、これ。



「……たった今、部長から連絡が来ました。”いいよ、気にすんな!!”だそうです」

「………?」


何のこと?
気にすんなって何?


私が疑問に思っていると、桐原くんのスマホからさっきの”ごめんなさい”の声が聞こえてきた。


「……え?」

「録音したんですよ。それを部長らに一斉送信したんです」

「な、何で?」

「いつもへらへらしてる芹菜先輩ですけど「おい」自分が悪いと思ったことはちゃんと謝って認めますから。このほうが効率がいいでしょう?」


しれっと、さも当然だろと言わんばかりの顔で言われたら納得するしかない。

そして次々と桐原くんのスマホに他の部員たちからの”気にしないで”の連絡が入ってくるたびに、どうしようもない気持ちがこみ上げてきた。



「……ありがとう」


眉を下げて、嬉しいような、申し訳ないような、そんな気持ちで桐原くんにお礼をいう。

お礼をいっても桐原くんはそっぽを向いていたけど、その左手は優しく私の頭をぽんぽんしてくれた。





無事桐原くんと会えたということで、別荘に戻る帰り道。

私の少し前を歩く姿をチラリと見る。

桐原くん、見た目じゃ機嫌いいのか悪いのかよくわからない。
みんなの足引っ張った私に特に本気で怒るということもなく、むしろ優しくしてくれたし。

でも原因不明の機嫌の悪さもここのところあるみたいだし。



「……思春期?」

「……は?」


あ、やば、声に出してしまった。


「それ俺のことですか?」

「え?あ、いや……なん、でも……なくは無い、けど」

「どっちですか」


ええい、もうもやもや考えるのはやめて、ここはズバッといってしまおう!!




「……桐原くん、この合宿中、ずっと機嫌悪い、よね?」

「………」

「陽向くんからそのことを聞いてね。確かに、どこかいつもと違うなって思って。当たりも、ちょっと強め……だったから」

「………」

「さっきも聞いたけど、もしかして、何かしちゃったのかなって気になって……」





「……お人好しですね、貴女は」

「……え?」


ピタリと足を止めて背を向けたまま桐原くんがこたえる。


「いつもと違う小さな変化も気付いて、自分のせいなのではないかと悲しんで。普通ならただの被害妄想で済むことですが……、貴女はそこまで馬鹿ではないですからね」

「……?」


いったい、何を話しているの?


「貴女は、自分を追い込むタイプだ。余計な心配をかけてしまってすみません」

「……え?、うん……?」


私が何かしたわけじゃなかったのかな?
じゃあ、何で機嫌が悪かったんだろう。






「まあ今回、天城にも伝わるくらい機嫌が良くなかったのは芹菜先輩に関係あることですけどね」


綺麗ににこーっと微笑まれた。

今までの悲しい空気と気持ちが吹っ飛んだ。


え、何その素晴らしい笑顔!!
やっぱり私が何かしてたの!?



「……まあ、関係あるのは本当ですけど、俺が勝手にイライラしてただけなんで。直接芹菜先輩が悪いわけではないですよ」

「……どういうこと?」

「……合宿の前日の夜に電話したとき、芹菜先輩がいつもの調子じゃないと思いました」


合宿の前日って……、あ、翔音くんが女の子に告白されたあとだ。


「声のトーンが低かったですし、落ち込んでいるように聞こえたので。訳を聞こうとも思いましたけど、時間も時間でしたし、合宿の朝は早いですからね」


じゃあ、あのときわたしの名前を呼んで結局何も言わなかったのはそのせい、かな?


「次の日のバスで、俺の隣に座りましたよね。それで確信したんです。翔音先輩と何かあったんだろうって」

「あ、……うん」

「理由は聞きませんが、どうも気になったんですよね。翔音先輩はそんなに変わらなかったですけど、芹菜先輩はいつもと全く違うし、慣れない合宿の仕事やらなきゃだし、本調子じゃないから手際も悪いし」

「う……」


すごい言われようなんだけど。


「けど、この合宿に参加してほしいと頼んだのは俺ですからね。本調子じゃないぶん、俺も何かしないとと考えました。時間的に手伝いくらいしかできませんでしたけど」


桐原くんのお手伝いはすごく助かった。
1人じゃ運べないドリンクとかも持ってきてくれたし。


「……ただ、その本調子じゃない芹菜先輩を見てると、俺の方も調子が狂うんですよ」

「……なんで?」

「……いつもみたいに馬鹿でアホなこと返してくれればいいのに、それが無いし。笑い方もぎこちなくて気持ち悪いし」

「暴言だよねそれ」

「…………まだ、わからないですか?」


眉間にしわを寄せながらこちらをジロッと見てくる。
何その顔怖いんですけど!?
わからないって何が!?
桐原くんのその顔の理由のほうがわからないわ!!




「…………、心配なんですよ」

「……え?」


ポツリと呟かれた小さな声だけど、はっきりと聞こえた。


「芹菜先輩がいつもみたいにアホみたいに笑ってくれないと、気になるんです。加えて翔音先輩のことも絡んでくると余計に」

「………、」

「さっさとくっつけばいいものを、2人ともふわふわしてますからね。俺には全く関係ないことなのに何故こんなに気にしなきゃいけないんですか。俺は貴女たちの保護者じゃないんですよ、ほんとイライラしますね」



……えーっと、これは……。
ああいってるけど、桐原くんはまるで親のように心配してイライラしてたってことで、いいのかな?

イライラしてた理由が理解できていくにつれて、私の顔は次第に緩んでいく。


「ありがとう、心配してくれて。もう仲直りしたから大丈夫だよ。優しいんだあ桐原くん」


心配かけたのは申し訳ないけど、でもなんだかすごく嬉しくなってしまい、緩みっぱなしの顔でへにゃりと笑う。

すると桐原くんの手が私の顔をぐわしっと掴んできた。


「な、何をする!?」

「……その顔を俺に向けないでください」

「笑えっていったの誰だよ!?」


桐原くんの手のせいで顔が全く見えない。
でも、声からして怒ってるとかじゃないみたいだから、いいのかな。




さ、早く帰らないと部長さんたちが待ってる。
許してくれるみたいだけど、ちゃんと直接謝らないとね!!
……あ、あと地図のことも一応いったほうがいいかな。





「急ごっか、桐原くん」

「……芹菜先輩のせいで足が疲れました」

「あー……、自転車、乗る?」

「俺後ろに乗るんでしっかりこいでくださいよ」

「私が前かよ!!」




割と本気でだったようで、本当に私が前で自転車をこいで帰ることになった。
でもさすがに男子高校生を乗せて自転車を運転するなんて今までになかったから、フラフラしてしまい、結局呆れた桐原くんが交代してくれた。


ほんと、色々ご迷惑をおかけしました。

でも、それ以上にすごく嬉しかったな!!



57.仲直りしてまた仲直り

(……ちょっと、俺に抱きつかないでくれますか)
(いやいや私だって不本意だけども、こうしないと落ちるって!!)
(天城に見つかったら面倒くさいじゃないですか。……あと翔音先輩にも)
(?陽向くんはわかるけど、何で翔音くんも?)
(……何でもありません)

((あぁ……この人気付いて無いんですね。貴女が他の男といると凄い目付きしていることに))


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