56


「………、た、から……、」

「……?」

「……っ昨日、翔音くんが女の子に、……こ、告白っ、されてるの見ちゃったから……」

「………」

「あれは、私が教室に入るタイミングも悪かったけど……でも、ちょっと、嫌だなって……思った、から」


それに、見られたくなかった。

あの女の子は、自分の気持ちを真っ直ぐ翔音くんに伝えていた。
私はもう何ヶ月も一緒にいるのに、それが全然出来ていない。

凄いな。
羨ましい。
私にも出来たら。
ずるいよ。


悔しいよ。


そんな自分を見られたくなくて。
翔音くんの顔を見たら、告白の光景が頭に流れて、また嫌な顔をしている自分になってしまう。

だから逃げた。
そんなことを考えている自分から逃げたくて。
こんなことを考えている私を見た翔音くんに、嫌われるのが怖くて。



さすがに自分の気持ちの部分は伏せたが、ぽつりぽつりと話していく。

この誰もいない、自販機の明かりだけしかない廊下で、私の声だけが静かに響いては消える。


翔音くんは、とくに相槌もうたない。
だから私は、自分でもわかんないくらい色々話した。
もしかしたら余計なことも言っているかもしれないけど、昨日からずっと溜め込んでいたフラストレーションが爆発したように、口が止まってくれなかった。



「……私に見られたの、嫌じゃなかった?」

「……よくわからない。見ちゃったものは仕方ない、けど……良い気分では、なかったと思う」


良い気分じゃないとは、第三者に見られたのが嫌だったのか。
それとも”私”に見られたのが嫌だったのか。

それは怖くて聞けなかった。



「……だって翔音くん、何事も無かったみたいに普通に私に話しかけてくるし。気まずいとかないのかよって思ったし。あんだけ私が避けてたのに、変わらず接してくるし。」

「………」

「何、イケメンにとって告白って通常イベントなの?夏祭りには花火が上がるみたいに、イケメンには告白されるっていう決まりでもあるの?」

「…………………」

「翔音くん、美少年だもんね。イケメンの中のイケメンだもんね。テレビ出れちゃうもんね。歌って踊れるアイドルにだってなれるよ。それに、ふにゅ……ッ!?」

「……うるさい」


後ろからほっぺを引っ張られた。

お、お前容赦ねーのな!!
ほっぺ痛いわ!!


「はなひへひょ」

「……静かにしてる?」

「ん、ん」


私がこくこくと頷くと、ゆっくりとほっぺから手が離れていく。

あぁぁ、痛かった……。
絶対これほっぺ赤くなってるよ。
片方だけ赤いとか変じゃん、マヌケじゃん。


「……翔音くんのばーか!!」

「………」

「んぎゅっ!!」


今度は頭をぐわしっと掴まれる。
ああああキリが無い!!


でも掴まれた頭からはすぐに手が離れていき、再び私の腰に回って抱き締め直される。

……いや、そこは解放してくれるんじゃないのか……!?



「……俺は、話しかけないほうが、よかった?」

「……え?」

「…………昨日から、俺が話しかけると、悲しい顔するし……逃げるから、」

「………、」

「今まで、芹菜にそんなことされたことなかったから……、嫌われたのかなって、思った」

「……ごめんね、」


嫌いになんて、なってないよ。
むしろ、その逆なんだよ。


「……怖かった、だけなの」

「……怖い?」

「告白されてるところをみて、やっぱり翔音くんは人気者なんだなーって思った。そう思い始めるとね、もう、別世界の人って感じがするの。……それに、翔音くんは何て返事をしたのかなーって……そう考えてると、自分がすごく嫌な顔してるから。……だから、見られたくなくて、気がついたら逃げてた」






「……そんな理由で逃げてたわけ」



…………そんな理由だぁあ!?
ちょっと、それは無いんじゃないの!?



「……別世界の人って何。ずっと一緒に住んでるのに」

「う、……」

「……こんな近くにいるのに、別世界の人なの?」

「……、っ」


無意識なんだろうけど、耳元で寂しそうな声で囁くものだから、こっちはたまったもんじゃない。

とてつもない緊張とともに、ぞわりとした。
抱き締められているだけでも耐えられないのに。

少しでも気を抜くと、足元から崩れ落ちそうだ。


色気のある声って、絶対これのことだ……!!






「……ねぇ、」

「は、っはぅい!!」

「…………何その返事」

「忘れてクダサイ」


あーもう!!
耳元で喋らないでよ!!



「……俺は、嫌われて、ない?」

「、え?」

「………」

「………うん。嫌ってなんか、ないよ」


嫌いに、なるわけがない。
それよりも、むしろ……、



「……翔音くんこそ、私のこと、嫌いにならなかったの?」


私の質問に、僅かだがピクリと止まったのがわかった。


「……どうして、?」

「…………だって私、ずっと翔音くんのこと避けてたんだよ?理由はさっきいった通り。何回も逃げた。……普通は、避けられたら怒ると思うの。なのに、翔音くんは怒るどころか変わらず話しかけてきて……」



私の態度はあからさまだったはずだ。
避けられているって、絶対気付くはず、なのに。





「…………嫌いって、嫌い」

「……え?」


また私の肩に顔を埋めて、小さな声が聞こえた。



「……誰かを嫌いになるって、何か、嫌だ。もやもやするし、……あったかくない」

「………」

「……冷たい目とか、たくさん向けられた。よく覚えてないけど、色々言われたと思う。……全部、”嫌い”から来る態度だった」

「……、」

「…………”怖い”というより、”寂しかった”。俺も、対抗してみんなを嫌いになろうとしたことも、あった。……でも、駄目だった。もやもやする感じが、気持ち悪くて」

「……、翔音くん、」

「……都合いいかも、しれないけど、誰も嫌いになりたくないし、嫌われたくない……。……、だから、」






「……嫌いに、ならないで」




これは、翔音くんの過去だ。
翔音くんのお父さん、陸さんが話してくれた、悲しい過去。

小さい子供が体験しなくていいことを体験した。
だから、自分が嫌だと思ったことを、同じように周りにするのは嫌なんだ。


初めて、本音を聞いたかもしれない。
今の言葉は、きっと私だけじゃなくて、今まで出会った……本当だったら翔音くんの友達になってたはずのみんなに、言いたかった言葉かもしれない。


なんだ、全然、別世界の人なんかじゃないじゃん。
みんなと同じで、悩んだり、苦しんだりしてる。
勝手に決め付けてたんだ、私。
勝手に決め付けて、勝手に壁つくって、一方的に逃げて。

自分勝手だな、私。




私は自分の腰にまわっていた両腕を解く。
そして、振り返って、正面から翔音くんを抱き締める。


ビクリとしたのがわかった。
でも私は気にしない。



こんなに翔音くんが弱っているのは、私のせいなんだ。

嫌いじゃないよって、何度も言っているのに、その言葉がすんなりと入ってこないから、こうやって何度も聞いてくる。

本当は、”好きだよ”っていいたいけど、今この状況でいうのはずるいから。
この気持ちは、ちゃんと向き合って言いたいから。



「……ごめんね。翔音くんは何も悪くないのに。私が、悪いの。……もう、避けたりしないから。別世界の人じゃない。翔音くんは、一緒に住んでる家族で、大切な人だから」

「……大切な人、?」

「うん、………………、うん?」


ん?


…………んん?



「俺も……、芹菜は、いつも優しくて、あったかいものたくさんくれるし、大切な人って、思ってる」



うん………?

あれ?

…………ちょ、ちょっと、待ちたまえよ。

あ、わ、私、何か、とんでもないことを口走った……!?

大切な人って……、大切な人って!!

そ、そそそそれに翔音くんもそういってるけど、それどういう意味でいってるの!?

無理だ、さすがにそれは聞けない!!
”普通に家族として”とかだったら、嬉しくないわけじゃないけどショックが大きい!!


どうしよう。
避けないっていったばっかりなのにもう逃げたい。

でも、さっきと違って翔音くん、すごく嬉しそうなんだもん!!

……うーん。



「……あ、あのぅ、ちょっと、離してくださいって言ったら、怒る……?」

「……?怒らないけど、何で?」

「え、う、……その、ずっと抱き締めたままだから、そろそろ……ね?」

「……嫌?」

「あ、……え、っと」

「……嫌だったら、言って。芹菜が嫌がること、したくないから」

「……っ!!」


そ、それ、……そういうの、すっごくずるい!!
そんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃう。


「嫌じゃ、ない?」

「……っ、その、嫌じゃなくて、……は、恥ずかしい、んです」


最早私は、最初は自分から抱きついていたけど恥ずかしくて、今は翔音くんの胸らへんに手を置いている。

そして恥ずかしさで上を向けないので私の目に入るのは翔音くんの服だけ。



「……顔、上げて?」

「な、何で……?」

「……見たいから」

「、い、嫌、です、」

「……上げて」

「いい嫌がることは、しないんじゃなかったの!?」

「……本気で嫌がってたら、恥ずかしいとか言わないし、……もっと拒絶すると思う」


何でこんなときに正論かますの!?
私のせいとはいえ、さっきまであんなに弱ってたくせに!!



「うぅぃ意地悪!!ばか!!鬼ィ!!」

「はいはい」


翔音くんにあしらわれた!?






すると、腰にまわっていた腕が少し緩められた。

あ、やっと離してくれ……、



「……やっぱり、芹菜の顔真っ赤」


緩められた腕に油断しきっていた私の目線に合わせるように、少しだけ屈んだ翔音くんの顔が目の前にあった。



「………ぇ、っ、」

「……何回か、そういう顔見たけど、」

「……?」




「……芹菜の赤くなってる顔、結構好き」

「な……ッ!!??」


な、なな何でそんなことを……!?
意味わかっていってるのかなこの美少年は!!


「あ、また」

「〜〜ッ!!」


う、うぅ……このまま見つめられてるのもすっごく恥ずかしい!!
話をそらすんだ、まだ聞いてなかったこと…………あっ、そうだ。


「あ、あのさ、返事、何ていったの?」

「……返事?」

「……あの女の子に、告白されたでしょ?」



一瞬きょとんとしたあとに、あっ、と思い出したような顔をする。




「”好きな人がいる”って言った」

「……え、」


好きな人……?
翔音くんに、好きな人が……?


「……翔音くん、……いるの?好きな、人……」

「?うん、みんな好きだけど」

「そうじゃなくてね」

「光に教えてもらった。告白を断るときは、こうするといいって」

「…………………」


あやつの入れ知恵か。
良いんだか悪いんだかよくわからない知識を色々教えるよね。


でも……そっか。
じゃあ、あの女の子には悪いけど、私が逃げる必要なんて、無かったんだ。
私が全部空回りして、こんな面倒なことにしてたんだね。


すごく不謹慎だとは思うけど、心の中にあったもやもやしたものが、スーッと消えていくのがわかった。
それと同時に今までしてきた自分の行動が馬鹿らしく思えてちょっとだけクスリと笑う。


「……何笑ってるの?」

「う、ううん、何でもない。……翔音くんには、ほんとに酷いことをしたよね。嫌な思いさせちゃった。……ごめんなさい」

「……ん、もう平気」



色々あった。
昨日から今日まで。
まだ1日しかたってないのに、すごく長い時間のようだった。

でも、もうその嫌な気まずい空気はこれで終わり。
また同じことが起きないように、気をつけなきゃ。




「そろそろ部屋に戻ろう?明日も朝から練習あるし、特に翔音くんは早く寝ないと」

「ん。……芹菜も、もう寝るの?」

「うん。私も朝早く起きて朝食の準備とかあるし」

「……じゃあ、一緒に寝よ」

「…………はいィ!!??」


何、寝る!?
聞き間違い、じゃないよね?
今、一緒に寝よって……!!


「……?何でまた顔赤いの?」

「は、だ、だって今、いい一緒に寝よって……!!」

「……嫌だった?」


嫌とかの問題じゃないよ!!
次元が違うよ!!


「……これも光が教えてくれたんだけど、仲の良い男女は、よくベッドで寝「うわああぁぁぁぁあああ!!??」


今とてつもなく危ない言葉が翔音くんの口から出るところだったよ!?
それもう意味が違うよ!!

ああもう、隈男(あいつ)のせいでどんどん翔音くんに変な知識が身についちゃってるじゃんんんん!!
しかも本人全く意味がわかってないから余計タチ悪いし!!


「か、翔音くんは自室で寝てください!!最初に部屋割り当てられたでしょ」

「……………………ん」

「何か納得してなさそう!!」

「…………嬉しかったから、」

「……え?」

「……仲直りして、また芹菜と話せるのが、嬉しいから……。だから、まだ一緒にいたい」

「……、!!」


ほ、ほんっとに、何でこんな恥ずかしいことをサラリと……!!
しかも違和感ないし、絵になってるし!!


「……っわ、わかった!!じゃあ、あと30分だけ!!それ以上は本当に明日に響いてみんなに迷惑かけちゃうから、30分だけ。……いい?」



自販機の光に照らされて、コクリと頷いた翔音くんのふわりとした笑みが見えた。
すごく、すごく嬉しそうな顔をしている。

そんな顔をされるたびに私は赤面してしまうんだ。
そしてそれを指摘されるのはお決まり事。


私だって、本当はもう少し一緒にいたいんだよ。
昨日からずっと話してなかった分、その気持ちが大きくなってた。

先に翔音くんが言ってくれたからよかったけど。
もしかしたら私の方が引き止めてたかもしれない。


だから、この30分間がすごく楽しい時間になった。
私も、仲直りできて、本当によかった。

もちろん、私も一緒にいたかったっていうのは恥ずかしいから秘密だけどね!!



56.紅く色付く

(お、おはよーごじゃいましゅ、ぶちょーしゃん……)
(おう、藍咲か。はよー!!……どうした?寝れなかったのか?)
(あー、はいぃ……合宿はじめてなんで……)
(まあお前は女の子だからなー。……反対に翔音は今日元気なんだよなー、何かすげー生き生きしているように見えるんだけど)
((え、翔音くんが生き生き!?想像が全く出来ない!!))


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