55


「……、あっ!!芹菜先輩!!」


少ししてから慌てたように陽向くんが部長さんを連れてこちらに走ってきた。


「陽向くん、それに部長さんも」

「大丈夫か藍咲!?お前、桐原に暴力振るわれたんだって!?」


話盛りすぎだバカァァァ!!


「違うから!!そのことについてはもう解決したから大丈夫です!!そもそも暴力なんて最初からされてないし!!」

「あ、なんだ解決したのか。まぁ暴力については話盛ってるなーとは思ってたよ。大抵天城の話は盛ってることが多いから、信じないことにしてるしな!!」

「さらっと当然のように言わないでくださいよ部長!!いくら僕でもへこみます!!」


部長、さすがです。



「んじゃ、解決したならさっさと練習始めるぞ!!」


部長さんの声によって、部員全員の表情が変わった。

……うわ、すごい。
これがONとOFFの切り替えってやつなのかな。


今日の練習は全て基礎体力作りをメインとした練習メニューだった。
ほとんどが走り込みや腹筋とか。
真夏じゃないから、さほど辛くはないかもだけど、これだけやったら季節なんて関係ないだろうな。



「芹菜先輩、ドリンク作る場所ですが、別荘とは違うところにあるので案内します」


そういうと、サッと歩いていこうとする桐原くんに私は慌ててついていく。

……今回は、私が来るまで待っていてくれた。





着いた場所は別荘とフィールドがある場所の間くらいにある、木で出来た小さな建物。
こ、これがログハウスってやつなのかな……!!



「…あれ?そういえば恵子さんは?」

「あぁ、中里先輩はピッチにいますよ。タイムなどを計って記録する仕事です」

「なるほど。それで私の仕事はドリンクなのね」

「以前にもやった経験がありますからね。ドリンクの容器や材料などは全て運び済みですので、この前と同じようにお願いします」

「うん、わかった」

「じゃあ俺は練習に戻ります。何かあったら呼んでください」

「…………、」

「……?何ですか?」


私は少し驚いた。
前にマネージャーやったときは、呼ばないように努力してくださいとかいってたから……。

そのことを素直に伝えると、桐原くんはため息をつく。


「……さっきのこと、許してくれたのは嬉しいですけど、されたままなのは嫌ですから」

「………」

「……これくらいしか、できませんけどね」


私は一瞬目をぱちくりさせたが、すぐに自分の口角が上がるのがわかった。


「……ううん、とっても嬉しいよ。合宿なんて初めてだからわからないこと多いし。頼りにしてますよ、桐原先輩」


私より高い位置にある真っ黒な癖っ毛の頭を、よしよしと優しく撫でる。

あぁ、なんか人の頭撫でるの癖になってるなー。
相手が嫌がってたらさすがにやめなきゃ、だよね。



「……ッ、何調子のいいこといってるんですか……。それに、さっきもそうでしたが、そんな簡単に人の頭を撫でないでください……っ」


俯きながら静かにそういう桐原くんは少しだけ震えているようにも見えた。

あ、やばい。
もしかして嫌だったかな。
さっき撫でたときは何も言わなかったけど、状況が状況だったしなぁ。

すると、ゆっくりと上げた桐原くんの眉間には皺が寄っていて、


「……貴女は甘やかし過ぎなんですよ。そうやってそのふわふわした阿呆面で俺のペースを崩さないでください……ッ」


顔が真っ赤だった。

私は拍子抜けして目が点になる。


「……俺行きますから。ドリンク運ぶとき呼んでくれたら運んでやらないこともないですよ。……勘違いしないでくださいね。あんたが遅いと部員に迷惑がかかるんです。これで俺を呼ばないとかただの馬鹿ですからね?さっさとしてくださいよ、このタラシ」


バタンッという大きな音と同時に桐原くんは外へ出て行った。


いくつかの暴言のせいで、嬉しいんだかよくわからないけど、ここは素直に喜んでいいのかもね。

きっと桐原くんは誰かに頭を撫でられたことが無いんだ。
だからあんなに真っ赤になってたんだと思う。
……だって普段やったら張り倒されそうだもん。


……にしても、ふわふわした阿呆面って?
ふわふわって何。






「部長さーん、ドリンクお持ちしましたー!!」


箱に詰めたドリンクを持ってフィールドにいってみると、すぐそばに部長さんがいたので、少しだけ声を張り上げる。

私はレギュラーの人たち用のドリンクを、桐原くんはレギュラー以外の人用……あのドリンクがたくさん入りそうな、かなり大きな容器を持ってきた。

……ちなみに、ドリンクをつくるのに夢中で、運ぶときに桐原くんを呼ぶことを忘れ1人で運んでいたら、まさかの本人に見つかってしまい、数分前頭にチョップを食らった。

おい、さっきのデレは何処いった。


「お、ありがとな藍咲。おーい全員集合!!15分休憩とるからちゃんと水分補給しとけよー!!」


その言葉が終わると同時に私たちの方へ部員全員が集まってくる。
みんな相当練習で走ったのか、汗だくだった。



「芹菜ちゃん」


話しかけてきたのは恵子さんだった。


「ドリンクありがとう。前にもやったから手際いいね、持って来るの早かったよ」

「ほ、ほんとですか!!ありがとうございます!!」

「でもごめんね、手伝えなくて。こっちも記録とか大変でさ」

「い、いえ大丈夫です!!これが私の仕事ですから。……それに、桐原くんが運ぶの手伝ってくれましたから!!」

「…………へぇ?桐原が、ねぇ?」


恵子さんはニヤニヤした顔を隠そうともせずに、近くで水分補給中の桐原くんに目を向ける。


「……何ですか、その目は」

「べっつにぃー?たださ、あんたこの子にはやけに優しいじゃんて思っただけだしー?」

「は?重いもの持ってあんな千鳥足みたいにフラフラ歩かれたら、ドリンクひっくり返すに決まっているでしょう。だから手伝ってやっただけです」

「ふーん?でもそれなら普通、2年のレギュラーの桐原じゃなくて、1年の子に言えば確実に手伝ってくれたはずだよね?なのにあんた自ら手伝ってあげたんだー?やっさしぃー」


面白おかしくクスクス笑っている恵子さんの隣で、心底イラついた顔をして目をそらしている桐原くんがいた。

……言い返さないんだ。
いつもの桐原くんなら生意気なことの1つや2つ軽くいってそうなのにそれをしない。

まぁこの様子をみていると、言い返してもさらに笑い飛ばされそうだけど。

なるほど、桐原くんは恵子さんには頭が上がらないのか。





「水、頂戴」

「、っえ」


急に後ろから声をかけられて、ビクッとする。
振り返ってみると他の人と同様、汗だくになっている翔音くんがいた。

今回は1人だけ練習に特別参加ってことになったから、ドリンクは翔音くんの分も個別でつくってある。

私はそれを箱から取り出して手渡した。


「……ありがとう」


受け取るとすぐに蓋を開けて飲みはじめる。

飲むときに聞こえる微かな音。
飲むたびに動く喉。
首筋を流れていく汗。

こうやって運動している翔音くんをあまり見ないために、無意識のうちに見とれてしまう。

そして飲んだ後に濡れた唇を手の甲で拭う仕草にドキリとした。



「……?何?」

「、えっ、あ、なな何でもない!!」


うわ、何見てんだ私!!
ただの変態じゃねーか!!



「………何で、目逸らすの」


えっ、と思っておそるおそる顔を上げると、不機嫌そうにも悲しそうにも見える複雑な表情をしている翔音くんがいた。


「……昨日から、目合わせてくれないよね。……何で」



周りは休憩時間ということでガヤガヤしているにもかかわらず、翔音くんの低くて静かな声は私の中にストンと落ちてきた。


”何で”、か。

今回は恥ずかしいからって理由で目を合わせられないわけじゃない。

気まずいんだよ。
翔音くんが、知らない女の子に告白されてるところを見ちゃったから。

私だって、本当は言いたいのに。
あんなに素直に自分の気持ちを伝えられた女の子が羨ましくて、もっと気持ちの悪い感情がこみ上げてきて。

そんなことを考えてる私を見られるのが怖くて、目を合わせられない。
顔を見ると、どうしても思い出しちゃうから。


そこまで考えて、ふと思う。

翔音くんは、あのとき第3者である私が見てたのに何とも思わなかったのかな。
実際、女の子がいなくなったあと私に何もなかったように話しかけてたし。


見られたの、嫌じゃなかったのかな。
普通は慌てそうなものだと思うけど、やっぱり私に見られたってどうでもいいのかな。

それとも、そもそも見られるのが嫌だっていうこと自体、理解しきれてないのかな。


わからないよ。
後者だったらいいのに……、前者だったら……。



「……芹菜、?」


しばらく黙り込んでいたために名前を呼ばれてしまった。


「……、ごめんね。何でもないよ」

「……それは、理由になってな、」

「ッ、何でもないから本当に!!」


翔音くんの言葉を途中で遮り、半ば叫ぶようにして私はその場を去った。


他の部員の人たちは、何だ何だとこちらを見ていたが、全て気づかないふりをしてとにかく走った。


最低だ。
仮でも何でも今はサッカー部のマネージャーなのに、個人的なことで部活の雰囲気を乱してしまった。


翔音くんのことも、これ以上問い詰められたくなくて逃げ出した。
逃げれば済むだなんて、そんな甘いことしか思いつかない自分に腹が立つ。


帰りたい。
帰って、暖かいお風呂にでもはいって、この嫌な気持ちだけでも洗い流したかった。

そして、あぁ駄目だ、とまた思う。

今思ったことも、全部逃げてるってことに変わりないや。


頬へと流れていく雫なんて気にせずに、私はさっきの木でできた建物へ向かってひたすら走った。






夢中で走った。

私が走り出したとき翔音くんに名前を呼ばれた気がして、後ろ髪をひかれる思いだったけど、それでもただ走った。

きっと今、酷い顔してる。
この一方的な嫉妬心がみるみるうちに膨れ上がっていく。
感じたことのないこの気持ちが今自分を動かしているんだと思うと、怖くてたまらなかった。


とりあえず、どうにかして落ち着きたい。
この合宿で気持ちの整理しようとか考えてたのに、全くの逆効果になるなんて。


見えてきた木の建物に向かって一目散に走る。
当たり前だけど誰も追いかけてきてないから、時間的にも一息つくくらいの余裕はあるだろう。


私は目の前まで迫ったドアをガチャッと開けて、



「ぎゃあああごめんなさいィィィ!!」


勢いよく閉めた。

ビックリしすぎて涙なんか引っ込んでしまった。

中にいた人は上半身は裸で、まさに今下のハーフパンツも脱ごうとしているところだった。
危ない、もうちょっと遅く来てたらアウトだった!!


「芹菜先輩?どうしたんですか?」


ガチャリとドアを開ける音がして振り返るとピンクの頭が目に入り、視線を下げると肌色が目に飛び込んできた。


「アウトォォォォォッ!!!!」

「え!?何ですか、アウト!?」

「服着てから出てこいよ、私これでも女の子!!」

「…………あぁ、なるほど!!」


なるほどじゃねーよ、気づけ馬鹿!!





「すみません、中里先輩は僕らが裸でも慣れてるから、ついいつもの癖で」

「……うん、もういいよ。上半身裸見たの別にこれが初めてじゃないし……」

「…………芹菜先輩そんなに進んでるんですか!!その話もっと詳しく」

「あんた思春期か!?そういう意味でいったんじゃないわ!!」


疲れる!!
純粋で無邪気だけど考えることはやっぱり男の子ね!!


とりあえず見たのは上半身だけだったからなんとかセーフだった。
急いで服を着てもらい、私も中へと入る。

あ、どうしよう。
一息ついて泣き止むためにここに来たのに、無意味になってしまった。
……まぁ気持ちは全然晴れてないけど。



「……そういえば、芹菜先輩は何でここに?」

「え、……あ、まぁ、休憩しようかなぁーなんて……。そういう陽向くんは?」

「僕ですか?僕は練習で転けて服が汚れてしまったので洗濯しようと思って。まぁ怪我は無かったんでよかったんですけど」


てへへ、なんて女の子みたいに笑うから、この子本当に男の子なのかと疑ってしまった。
そんなこと言ったらきっと泣かれるから言わないけど。



「そういえば今日、棗先輩何か変なんですよねー」


お互い向き合ってソファに座ると、陽向くんは唐突にそんなことを言い出した。

あ、このソファふかふかだ。


「変?」

「はい。……あ、顔が変ってことじゃないですよ!?」

「いや、誰もそんなこと気にしてません」

「……んー、何ていうか、機嫌悪い……、?」


桐原くんが機嫌悪い。
いつものことのような気もするけど、原因があるとすれば。


「それって朝の柔軟のことじゃないの?」

「……多分違うと思います。あれはもう解決したっていってましたし、解決したことをいつまでも引きずる人じゃないですからね」


そうなんだ。
そういうところがちゃんとわかってるなんて、さすが桐原くんに憧れているだけのことはある。

でも何で機嫌悪いんだろう?


「機嫌悪いっていうのが1番わかりやすいんですけど、何ていうか……とある出来事にモヤモヤとかイライラしてる、みたいな感じなんですよ。しかもそれ、今日バス乗るときからそうだったんです」

「とある出来事って?」

「あぁ、いや例え話ですよ。僕も本人に聞いたわけじゃ無いんで」

「……そう、なんだ」


桐原くんが機嫌悪くて、私も翔音くんといろいろあって……なんか、合宿初日早々雲行きが怪しいな。


眉を寄せてそんなことを考えていると、ふと視線を感じて顔を上げる。

真剣な目でこちらを見つめる陽向くんがいたので、私は少し目を見開いた。


「……な、何かな?」

「……いえ?ただ、……芹菜先輩、目が赤いなって思って」

「……ッ、」


バレてた。
ここに来るまで少し泣いてたからな……。



「……あの、何があったかはわからないですけど、話ならいつでも聞きますからね!!」

「……え?」

「今はもう時間無いですけど、練習終わったあととか!!」

「う、うん……?」


陽向くんの勢いに少し声がうわずってしまった。


「……僕、芹菜先輩のこと、お姉ちゃんみたいだなーって思います」

「……お姉ちゃん?」

「……僕が部活で熱中症になって倒れたときも、女の子に間違われてうじうじしてたときも、芹菜先輩はちゃんと正面から僕と向き合ってくれました」

「………」

「アドバイスをするのは簡単です。……でも、本気で相手のことを考えて言ってくれる人なんてあんまりいないから……。芹菜先輩がお姉ちゃんだったら、きっとこんな感じだったのかなって、ちょっと思っちゃいました」


頬をかきながら照れ笑いする陽向くん。
私はあのとき、すごくでしゃばったこと言っちゃったかなと思ってたけど、彼にとってはプラスに受け止めてくれていたようで、少し安心した。



「……だから、そんな優しいお姉ちゃんが泣いているところを見たら、ほっとけないんです」


いつもの元気いっぱいなときと違って、静かに心の中に響いてくる陽向くんの声。

彼も彼で、真剣に私のことを考えてくれてるんだって思うと、少し微笑ましくなった。



「……うん、ありがとう。今は時間無いけど、聞いてくれるだけでも嬉しいな」

「……っはい!!もちろんです、任せてください!!」


パァァっと明るく笑った陽向くんをみて、私もつられて微笑んだ。
とてもあったかくなる笑顔だ。

今もやもやしているこの気持ちが晴れれば、私もこんなふうに笑えるかな。



55.考えるほど苦しい

(芹菜先輩そろそろ行きましょう!!はやくいかないと棗先輩にどやされますっ)
(それは何としてでも阻止しないとね……!!)
(じゃあ向こうまで競争しましょう!!勝ったほうにジュース奢るってことで!!)
(それ私に勝ち目ないことわかってて頼んでるだろ!?)


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