◎ 54
その後、私は部室を後にして教室へと向かっていた。
結局マネージャーやることになったし。
やろうか断ろうか悩んでるということを相談しにいって、部長さんならきっと部員と私のどちらの気持ちも平等に見てくれるかなーと思ったけど……。
まさかの強制ですか、ははは。
もういいや、こうなったからには頑張るしかないわ。
さて、教室に翔音くん待たせてるから早く戻らないと。
すでに廊下には誰もいなくて、ほとんどの教室も空っぽだ。
みんな部活いったか帰ったかだよね。
ちょっと遅くなっちゃったかな?
「ごめん翔音くん、お待たせしましたー」
自分のクラスの教室のドアをガラリと開ける。
窓から差し込んでくる夕日で教室全体はオレンジ色に染まっていた。
……でも、その綺麗な風景なんて一瞬で忘れ去ってしまった。
2人の人間がこっちを見ている。
1人は翔音くん。
もう1人は……知らない女の子。
その女の子は一瞬驚いた顔をするが、私のことをさもいなかったように目を逸らして視線を翔音くんに移す。
「……好きです、翔音先輩……、」
他に誰もいない教室で、その小さくて可愛らしい声だけが響く。
そして翔音くんも、私から目を逸らしてその女の子に視線を移した。
『……いっとくけど、この女の子の歓声の凄さは翔音くん奪われるヤバさに比例するんだからね?』
『……芹菜さんはもっと危機感を持った方がよろしいのでは?』
以前、学園祭のときに玲夢と柚子に言われた言葉が頭に浮かんでは消えた。
……そっか、これのこといってたんだ。
笑っちゃうくらい、気付くの遅いね。
というかタイミング悪いな。
告白現場を目撃したの、これで2度目だ。
私は2人から目を逸らすようにして、ゆっくりとドアを閉めた。
……帰ろう。
ここにいても仕方ないし。
妙に落ち着いている頭でそう考える。
でも、これは別に落ち着いているわけじゃない。
……頭が、理解することを怖がっている。
今見たものが全部夢だったら。
もしそうなら、一緒に帰ろうって、いえるのに。
そう考えていると、閉めたはずのドアが再び大きな音をたててガラリと開いた。
反射的にドアの方に目を向けると、中からさっきの女の子が飛び出し、私のことは目もくれず一目散に走り去っていった。
え、何?
何があったの?
女の子の顔は見えなかったので、どんな状況なのかはわからなかった。
悲しいことがあって去ったのか、それとも……その逆か。
去ったほうを呆然としながら見ていると、私の前に影がかかった。
「……芹菜」
最近呼んでくれるようになった私の名前。
恥ずかしいけど、自分の名前を呼んでくれるのはすごく嬉しい。
でも、今はその声で、その名前を呼ばれることが少し居心地が悪くて……。
「……帰ろう」
数十分前に一緒に帰ろうって約束をした。
……あんな約束、しなければよかった、なんて。
「え、えっと……、あ、お、」
うまく話すことができない。
さっきの女の子とどうなったの?とか、何て返事したの?とか、聞きたいことは、たくさん……あるのに。
「……ッ、ごめ、私……先帰るね!!」
そういって、私も去ろうとした。
でも、翔音くんに手首を掴まれてしまい、私はその反動で後ろに引っ張られ尻餅をついてしまった。
「あだッ!!」
「あ、ごめん」
ダサい。
私は腰を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「……えと、私……ちょっと急いでるから」
「……マネージャーの話、どうなったの」
「え?あぁ……、うん。マネージャーやるよ。私も合宿参加する」
「………」
そういうと、尻餅をついても離れなかった翔音くんの手が緩んだので、私はゆっくりとその手から逃れる。
「……じゃあ、ほんとに私先帰るから……。えっと、帰り……気を付けてね」
今度こそ、私は逃げるようにその場を後にした。
……翔音くんの顔、全然見れなかったな。
一緒に帰るって約束も、私からいったのに破っちゃったし。
家に着いて、私は真っ先に自分の部屋に駆け込む。
そして制服がしわになることもお構いなしに、ベッドにダイブした。
すごく、すごくモヤモヤする。
あの女の子、いつから翔音くんのこと好きなのかな。
どこが好きなんだろう。
……どうして、好きになったの。
思いつく疑問はきりがない。
でも、誰も答えてくれるわけがないので不安は増えるばかり。
私だって、もう半年は一緒に住んでる。
翔音くんのいいところ、いっぱい知ってる。
……でも。
何にしても気付くのは圧倒的に私のほうが遅くて。
”好き”って伝える勇気もなくて。
一緒にいた時間の長さなんて関係なく、あの女の子はその行動力で見事に気持ちを伝えていた。
私には無いものを持ってる。
羨ましいし、凄いし、……悔しいよ。
そんなとき、突然私のスマホが鳴った。
あまりにも突然だったから驚いて叫ぶかと思ったけど。
「は、い……もし、もし」
『あ、芹菜先輩?』
「え……桐原くん?」
なんと、電話の相手は桐原くんだった。
珍しい、桐原くんから電話なんて初めて……、あれ、私電話番号教えたっけ?
『すみません、突然。橘先輩から番号聞いたので』
「あ……、うん。なるほど」
なんかいきなりの電話多くね?
私の電話番号出回りすぎでしょ!!
『……で、芹菜先輩に伝え忘れたことがあるんですけど、』
「うん?」
『合宿、明日からなんで用意しておいてください』
「…………明日ァァァ!!??」
何それ電話のことよりも急すぎる!!
『……ちょっと、電話越しで叫ばないでくださいよ』
「ま、まままま待った!!」
『待ったとか出来ませんから』
「いやあ急すぎるでしょ!?私にも時間というものをくださいよ!!え?明日からって……、学校は?」
『は?何をいってるんですか。明日から秋休みですよ』
なんだって?
秋休み?
「……そんな!!私の貴重な休みが!!」
『……それ承知で許可したんじゃないんですか』
一週間だけの休みで、すごく喜んでいたはずなのにすっかり忘れてた。
『合宿は3泊4日です。部長の親戚の別荘を貸してもらうことになってるので、着替えとか必要最低限のものがあれば大丈夫ですよ』
「うん、わかった」
『明日は7時に学校集合です。遅れたら50mを20本走らせます』
「絶対に起きてやる」
走り込みとか絶対嫌だ。
目覚ましたくさんかけておこう。
『……芹菜先輩、』
「ん?何?」
『…………、いえ……なんでもないです。じゃ、また明日』
プツンと電話が切れる音がした。
……桐原くん、何を言おうとしたんだろう?
まぁいいや、さっさと準備して今日は早めに寝なきゃ。
……合宿にいくってことは、ほぼ4日間は翔音くんとは会わないってことだ。
この気まずい空気を一方的につくってるのは私だから、翔音くんは悪くないんだけど……。
先帰ってきちゃったし、会わせる顔がないよ……。
そのとき、私の部屋をノックする音がした。
「……?はーい?」
返事をしてみたけど、返ってこない。
ベッドからおりて、私はおそるおそるドアを開けた。
そしてまたゆっくりとドアを閉め、
「閉めないでくれる」
閉めようとしたドアを翔音くんが掴んでるから閉められない!!
は、離せ!!
「……これ」
そういって翔音くんが私の前に突き出したものは、鞄……私の。
「……え?」
「……鞄、置いたまま帰ったでしょ」
あ、そういえば慌ててたから机に置きっぱなしにしてた……かも。
「あ、あり……がとう」
「……今、電話してた?」
「あ、……うん。桐原くんからで……、合宿、明日からって連絡」
「………………明日?」
翔音くんもどうやら驚いているみたいだ。
そうだよね、やっぱり驚くよね!!
私の反応は間違ってないよね!!
「……そう」
納得した翔音くんは一言呟くと、自分の部屋に戻っていく。
あ……、どうしよう。
部屋に、戻っちゃう。
「……っ、翔音くん、」
掠れたような、小さな声しか出なかった。
……でも、それでも、翔音くんは足を止めて振り返ってくれる。
「……何?」
「あ、……あの、……えと、」
謝らなきゃ。
突き放すようにして先に帰ってきてしまったこと。
翔音くんは、何も悪くないから。
でも、それ以上にあの女の子の告白が鮮明に頭に浮かんでしまう。
……本当はすごく聞きたい。
何て返事をしたのか。
でもそれは私がホイホイと聞いていいものじゃないから。
「……や、やっぱり、何でもない。夕飯つくってくるね」
結局、1度も翔音くんの顔を見れずに私は逃げた。
駄目だ、こんなんじゃ駄目。
こんな不安定な気持ちじゃ……。
突き放したことを謝っても、絶対にその理由を聞かれる。
そしたら……、どうしても告白の言葉が思いつく。
ほんと、重症だね私。
いつからこんな乙女思考になったんだろうね。
……とりあえず、明日からは合宿。
練習中は無理だけど、休憩時間とか使って気持ちの整理しなくちゃ。
多分それが、今私に1番必要なことだと思うから。
「……芹菜先輩、何でこんな朝っぱらからデッキブラシのような顔をしているんですか」
どんな顔だよそれ。
朝、私は5時半ごろに起きた。
すでに外は明るいけど、朔名も翔音くんももちろんまだ寝ている。
簡単に朝食を済ませて準備してから家を出た。
学校にはちょっと早めについたから、全員がそろうまでバスの前で待っていたのだ。
……そして現在、バスの中。
「なぁ翔音みてみてこれ新商品の菓子なんだけど、食ってみねーっ?」
「……ん」
何故あなたがここにいるんですか……ッ!!??
最初見たときは目が飛び出るかと思った。
実際1mは飛んだ。
……嘘だけど。
「な、なんで翔音くんが……」
「あぁ、俺が芹菜先輩に電話したあと橘先輩が誘ったみたいです。同じ家なんだし、一緒にどうだっていうふうに」
「……え、じゃあマネージャーとして?」
「いいえ、基本的には練習に参加してもらうみたいですよ。サッカーができるかは分からないので、主に基礎練と、試合はお試しという感じで」
「へ、へぇー……」
な、なんてこった。
いや別に来ちゃダメってわけじゃないんだけど。
き、気まずい……私が一方的に!!
気持ちの整理しようとか思ってたのに!!
「……で、芹菜先輩」
「え、何?」
「何故貴女が俺の隣に座っているんですか?」
私が座っているのは左の通路側の真ん中らへんの席。
隣には桐原くん。
「……別に、意味はないけど。空いてたから?」
「何で疑問形なんですか」
「だって、このほぼアウェーなバスの中で気を使わないで座れるの桐原くんの隣だけなんだもん!!」
「だもんじゃないですよ。かわい子ぶってるんですか」
ぶってねーよ!!
食いつくとこそこなの!?
「俺よりも翔音先輩の隣のほうが気を使わないんじゃないですか?」
その質問に、私は言葉を詰まらせた。
そう、本当ならそのほうが自然なんだ。
私も翔音くんも突然の参加だから。
私が俯いていると、桐原くんはため息をついた。
「……今回だけですからね、隣にいていいのは」
「……え?」
「帰るときは、別の席にいってくださいよ」
聞くのを諦めたのか、何かあったんだと察したのかはわからないけど。
これは桐原くんなりの気遣い、かな……。
「……ありがとう、桐原くん」
「…………、芹菜先輩にお礼言われると寒気がしますね」
酷い!!
そろそろ合宿所に着くとコーチが部員に呼びかけた。
いよいよ始まるんだね。
本格的な練習。
ま、マネージャー大丈夫だよね、私……!!
恵子さんもいるし、お、落ち着かなければ!!
54.逃げるように首を振る
(大丈夫大丈夫、いつも通り平常心を保って……!!深呼吸ー……!!)
(足の震え方すごいですよ、生まれたての子鹿ですか)
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