53


パタパタと廊下を走る音で目が覚める。
ゆっくり目を開けると、いつもと違う天井が見えた。

そうだ、私……熱出して保健室で寝てたんだっけ。

壁にかけてある時計をみると、ちょうど16時を指していた。
すでに放課後……そっか、だから廊下が少し賑やかなのかな。


とりあえずベッドから体を起こす。

うん、ぐっすり寝たしもう頭も痛くない。
もともと風邪とかの熱じゃないし、治りも早いんだろう。

これなら何事もなく帰れるかな。


上履きを履いてベッドから降りると、ちょうどグラウンドが見えた。

ゆっくりと窓に歩み寄り、目を凝らしてみるとそこで練習しているのはサッカー部だった。


あ、橘くんだ。
桐原くんも、陽向くんもいる。

試合形式の練習をしているのだろう。
同じ色のゼッケンを着た味方からのパスを橘くんがもらい、一気にゴールまで走っていく。

次々とくる相手を交わしてゴール目前となったとき、シュートかと思いきやそのボールは右サイドの誰もいないところに蹴られる。

えっ、と思ったのも束の間、瞬時にその場所に現れた桐原くんによってそのボールは吸い込まれるようにゴールへと向かっていき……、


バシュッというボールがネットにかかった音とともに、橘くんたち側のチームから歓声があがった。


……すごい。
前に一週間だけマネージャーをやったことはあるけど、そのときは自分の仕事で精一杯でこんなに集中して試合を見るということはできなかった。

だから、今……。

サッカーのことはよくわからない。
でも、橘くんが囮になって相手が集まったところで、誰もいないところにパスを出す。

そして待ってましたと言わんばかりの桐原くんの登場。


コンビネーションがうまくいかなければできないってことは、素人である私でもわかった。

相当、練習してるんだ……。
すごい……。

無意識のうちに手のひらを握りしめていた。
何か熱いものがこみ上げてくる感じがする。

表現したいことはいっぱいある。
でも今は頭が追いつかないほどに興奮していて。

ほんとに、本当に、



……っすご「何勝手にベッドから抜け出してるの」


背後からの聞き慣れた声に、さっきまでの興奮は急激に冷めていった。


壊れたおもちゃのようにギギギとぎこちなく顔を後ろへ向けると、まぁなんとも禍々しいオーラを放っている無表情の美少年がいらっしゃるじゃありませんか。


か、翔音くん……いや翔音様、いやいや翔音伯爵……!!

なんとか言わなきゃと思い口を開いて、


(あ、あの……ッ!?)


思わず手で口をふさいだ。

こ、声が出ないィィィ!?
嘘だァァァ熱は下がってるのに声だけ戻ってないなんてェェェ!!

動揺して目を泳がせていると、私と目線を合わせるために少し屈んだ翔音くんと目が合った。



「……声、出ないの?」


さっきとは違って優しい落ち着いた声のトーンに一瞬ドキリとするが、なんとかコクリと頷く。

すると、翔音くんは呆れたようにハァとため息をついた。



「……馬鹿」

(えっ)

「……熱は?」


私が熱で保健室で寝てたことは多分橘くんから聞いたんだろう。
寝たおかげですっかり熱は下がった。

”熱は無いよ”という意味で首を横に振った。


「……?どっち?熱あるの?ないの?」


意思の疎通が全くできてない!!

もう一度、無いという意味で両腕をクロスさせてバツ印を見せる。



「………………帰ろう」


ジェスチャー無かったことにされた!!






あれから教室に戻って荷物をまとめて帰宅することになった。



ひとりで帰るつもりだったんだけどもう放課後だし、教室にいた先生は私が熱で倒れたと聞いたらしく、慌てた様子で翔音くんも一緒に帰りなさいと言われてしまった。


え、先生に事情話したの誰よ。
橘くんだよね?
私、熱は出たけど倒れてませんからね!?
何勝手に人を重症患者みたいにしてるんだ!!




ということで、今私は自分の部屋のベッドの上である。

家に着くなり、翔音くんに部屋に連れていかれベッドに座らされた。
寝かせようとしてきたけど、熱はもうないのでさすがに抵抗した。


えーっと……、私は、どうすればいいのかな?

部屋にひとりポツンといるだけ。

熱ないから寝ててもしょうがないし、かといって起きてても暇だし。


よし、リビングでテレビでも見てようかな!!

ベッドから降りて歩きだそうとするが、ふと思いついて机の引き出しからメモ帳とペンを取り出す。

声出るまでこれで何とか会話しよう。


部屋のドアをガチャリと開けると、ちょうど向かいの部屋のドアも開いたところで、翔音くんとバッタリ会った。

お互いに少し驚くが、だんだんと翔音くんの眉間に皺が寄っていくのがわかった。



「……何で寝てないの」


うわ、疑問形じゃないし!!

私は慌てて持っていたメモ帳にペンを走らせる。


『熱は下がりました』


翔音くんはメモ帳の文字をじーっと見て、私とメモ帳を交互に見比べた。


「……ほんと?」


私はコクリと頷く。

翔音くんは一瞬考えたような素振りを見せると、私の手を取ってあいていた私の部屋に入る。

そしてさっきと同じように私をベッドに座らせた。

その行動が唐突すぎて私はポカンとしているだけだった。


「……待ってて」


翔音くんが一言私に言い聞かせると、部屋から出て行った。


……な、何?
今の言葉、治るまで待っててっていうより、すぐ戻ってくるから待っててっていう感じだったけど……。

何を待ってればいいんですか!?
医者か?
まさか医者ですか!?




10分ほどすると、私の部屋のドアがガチャリと開いて翔音くんが入ってきた。
手に何か持っている。


翔音くんも私と同じくベッドのふちに座り、持っていたもの……瓶の蓋を開ける。

そして中のものをスプーンですくい、



「……芹菜、口開けて」


私の口の前に差し出してきた。


何食わせる気!!??
そのドロドロした黄色いものは何ですか!?
正体不明のものを平気で口に入れられるほど私の肝は座ってませんよ!!

私は両手で口を押さえ、全力で首を横に振った。

それを見て翔音くんは少しだけ眉間に皺を寄せると、早くしろと言わんばかりにさらにスプーンを近づけてきた。

やだやだやだやだ!!
こういうとき喋れないって辛すぎる!!
私が必死で首を横に振っても翔音くんはどんどん不機嫌になるという悪循環。

誰か助けてェェェェ!!



「…………何泣きそうな顔してるの」


呆れたようにため息をつく翔音くん。
私は混乱状態である。
泣きたくもなるよこの状況!!


「……何を勘違いしてるのかわからないけど、ただのハチミツだから」


え、は、ハチミツ?
何でハチミツ?


「……さっき、朔名に電話して、喉にいいもの聞いた」


あ……、そっか。
それを聞くために待っててっていったんだ……。

ごめん翔音くん。
本気で変なもの食べさせられるのかと思いました。



「……もう一回……口、あーして」


吹き出しそうになった。
”あー”って……、さっきは”開けて”だったのに!!
な、なんかこの言い方されるとすっごく恥ずかしい……!!

けど開けないと進まないので、私はおそるおそるゆっくりと口を開けた。

口の中にスプーンが入ると、途端にハチミツの甘い香りが充満し、口の中もとても甘ったるくなった。

ハチミツを食べたのを確認すると、スプーンはゆっくりと引き抜かれる。


「ん……、いい子」


翔音くんは私の頭をポンポンと優しく撫でた。

その間ずっと翔音くんがこっちを見てくるので、何だか恥ずかしくて下を向いた。
そんなに見られてちゃ食べづらいです。






「……何で熱なんか出したの」


今度はむせそうになったが、懸命に堪えた。


「昨日の買い物のときは、普通だったのに」


その昨日の出来事が原因なんですよ!!
ってか熱出た元凶は貴方ですからねェェェェ!?


「……馬鹿、阿呆」


翔音くんの暴言レパートリーが増えた!!






ハチミツも無事食べ終わり、新たに持ってきてくれた水とかのど飴も机に置いてくれた。

手間かけちゃって、ほんと申し訳ないです。



しばらくは何も話さず、沈黙が続いた。
普段だったら私がいろいろ話したりするから大丈夫だけど、今はそれが出来ないから静かすぎてすごーく気まずい!!

こういうとき部屋にテレビとかあればいいのにな!!



時計を見てみると、すでに18時を過ぎていた。
あぁ……そろそろ夕飯の準備しないと……。

私がベッドから立ち上がろうとするよりも前に、翔音くんが立ち上がった。


「……芹菜はここにいて」


え、また!?


「……朔名が、今日は早めに帰ってくるみたいだから」


あ、さっき電話したんだよね。
じゃあもしかして夕飯もつくってくれるのかな……。



『ごめんね』


私はメモ帳に一言だけ書いて見せる。
翔音くんはメモを見て、小さくため息をついた。



「……風邪、早く治してね」


座ったままの私の頭に手を乗せる。



「……芹菜が静かだと、つまんない」


顔を上げると、伏せ目がちのどこかさみしそうな顔が見えた。

そういえば、翔音くんがうちに住むようになってから誰かが風邪ひいたこととか無かったね。

前までは心配してるのかよくわからなかったけど、マネージャーやったときとか、プールのときとか、最近は分かりやすくなってきたと思う。


毎回毎回ストレートすぎてすごーく恥ずかしいけど、だんだん色んな表情もするようになってきたし、成長してることはとても嬉しい。


私は頭にのっている翔音くんの手を下ろし、その手を両手で包み込む。
私の行動に少し驚いた顔をした翔音くんだけど、私は気にせず口を開いた。



(だいじょうぶだよ)


ひとつひとつの言葉を確かめるように。
声は出ないけど、翔音くんに伝わるように。
ゆっくりと口を動かし、一言伝える。


翔音くんは僅かに目を見開いたあと、目を細めてふわりと笑ってくれた。





「……………」


とても穏やかな気分の私は、この雰囲気に酔っていたのかもしれない。

ふと、思考が正常に戻ってきたとき冷静に考えてみた。



私、今、翔音くんの手、握ってる。


笑顔だった私の顔はそのままピシリと凍りついた。



「……、芹菜?」


きょとんとした顔で翔音くんは首を傾げた。

相変わらず可愛い仕草ですね!!
でも私今それどころじゃないのよね!!

頭を撫でるのは大丈夫だけど、自分から手を握るのは何だか恥ずかしい。
小心者ですいませんね!!


顔にだんだん熱が集まるのが分かった。
あぁこれヤバイ、いつものパターン。



「……芹菜、顔赤い……熱上がった……?」


やっぱりね!!
そんなに私真っ赤になってるのかな!?


私は慌ててバッと手を離し、勢いよく布団にくるまった。


「……何してるの?」

『ごめん、なんでもないです。気にしないでください。ご飯待ってます』


布団から腕だけだしてメモ帳を翔音くんに見せる。
今翔音くんがどんな顔してるのか見えないけど、とくに何もせず部屋から出て行ったので、大丈夫だろう。





でも出ていくとき、ボソッと”ミノムシ”って言ったよねこのやろう。

うるさい好きでくるまってるわけじゃないわァァァ!!




53.顔が熱い理由は

(芹菜〜、大丈夫かー?喜べ!!翔音がお前のためにお粥作ったんだ!!)
《え、翔音くんが!?料理できるの?》
(ん、……砂糖と塩間違えたけど)
《なんでそこも馬鹿正直に言っちゃうの》


prev / next


back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -