53


私は馬鹿だ。
世界一、いや宇宙一といっていいかもしれないほどの馬鹿だ。



「さ、37度6分……」


熱が出ました。




朝起きたときちょっと頭重いなーと感じた。
ただ、朝は基本的に体温は高いから気のせいだと思っていつも通り登校の準備をする。

念のためにもう一度測ってみると、案の定、微熱ではあるが確かに熱があった。

ちなみに私の平均体温は36度ちょっとあるから、数字で考えればそこまで酷いものではない。


まぁ、このくらいなら学校いっても平気かな。
大人しくしてよう。
今日は体育は……あ、月曜日だからあるじゃん。
うわー、休もう。



にしても何で熱なんか出たんだろう。

季節の変わり目だから?
確かに風は冷たいし、寒いって感じるときもあるけど。

でもちゃんと早めにあったかくして寝たし、バイトのときだって特に変わったことは…………。


そこまで考えてふと思い出す昨日のこと。

深い意味はないにしても、慣れない”好き”発言に思わず真っ赤になってしまったこと。
その後の名前とかその他もろもろ。


も、ももももしかしてもしかしなくても、無意識にあのときのこと考えて知恵熱的なのが出ちゃった、とか……?



うっわァァァアアァ何その超恥ずかしい理由!!??
誰にも言えねーよ!!
何で風邪ひいたのとか聞かれても答えられねーよ!!



「……芹菜?」

「ひぎゃっ!?」


突然後ろから声がして私はビクッとした。


「……か、翔音くん……!!な、何、デスカ?」

「……何って、学校、いかないの?」

「あ」


すっかり忘れてた。
いけないいけない、準備も終わったんだしそろそろ行かないと遅刻しちゃうね。


「ごめん、行こうか!!」

「……芹菜……顔、赤い?」

「えっ、き、気のせいじゃない?それに私よく顔赤くなるみたいだし?」


そういってみたものの、翔音くんは納得してないようだった。
でもこれ以上ここにいたら本当に遅刻するので、このお話を無理矢理終わらせて私たちは学校へ向かった。






カッカッという、チョークで黒板に文字を書く音が鮮明に聞こえるくらい教室は静かだった。
みんな必死にノートに写しているんだろう。

私も、といいたいところだが、書くために頭を下げるといつもより頭が重く感じてノートをとれる状況じゃなかった。

……これはもしかして熱上がったかな……?


でも今のところ私の素晴らしい演技力で誰にもこのことはバレていない。

さて、そろそろ体育の時間が近づいてきたけど、何て言お「芹菜!!」

「ふぁい!?」


いつの間にか私の机の前に立っていた玲夢に肩をガシッと掴まれ、私は叫ぶように返事をした。


「れ、玲夢!?授業中なんだからもう少しボリューム下げて……、」

「何いってんの、もう授業終わったよ?」


その言葉に目をぱちくりさせてあたりを見ると、席を立って喋っている人がちらほら見えた。

な、何……、いつの間にか終わっていた、だと?


「ねえ芹菜、」

「ん?」

「あんた、熱あるっしょ」

「……へ?」


私はまた目をぱちくりさせた。
いや、冗談だよね?
鎌かけてるだけだよね?


「熱あるでしょ?」

「え?」

「あるよね?」

「は?」

「あるんだよね」

「む?」

「いや”む”は無いでしょ、いつの時代の人!?っていうか論点そこじゃない!!」


私の机をバンッと叩いて問いただす玲夢。
おいおいそんなことをしたら机が可哀想じゃないか玲夢さん。


「芹菜、ハウス」

「犬扱い!?」

「もしくは保健室行って寝てなさい」

「いやぁ、大丈夫だって!!仮に熱があったとしても酷くはないんだし、大人しくしてれば、」

「あ、もしかして保健室とか家だと独りになるから寂しいとか?」

「誰もそんなこといってねーよ!!」


何テキトーなこといってんだ!!



「とにかく、保健室には行ってください!!誰かにうつしたくないっしょ?」


う……、それいうのは卑怯だ。

というか、なんで私が熱だってわかったんだろう。
私の演技は完璧だったはず。


「いや、演技は下手くそだったよ」

「心を読まれただと……!?」

「口に出てるから」


なんと。


「最初はわかんなかったけど、走ったわけでもないのに息切れしてるし顔赤いし、熱以外の何物でもないでしょ」

「おかしいな、ちゃんとバレない演技してたのに」

「はいはい何でもいいから早く行ってくださーい。先生にはあたしが言っとくから。ね?」


ニッと笑って私の背中をポンと押した。

自覚すればするほど体調が悪くなってくる気がするから気にしないようにしてたんだけど、やっぱり無理があるみたいね。


私はお言葉に甘えて保健室に行くことにした。

玲夢が連れてってあげるっていってたけど、そろそろ授業始まるし、保健室はこの下の階で近いから断った。

大丈夫大丈夫、そこまで重症じゃないし。






あれ、保健室ってこんなに遠かったっけ?


歩いているのに全然進まない。
近いはずの保健室が全く見えてこない。


他の生徒たちは時間のため小走りで教室へと戻っていく。
その途中、私を怪訝そうな顔で見ては素通りしてくので、私は極力顔を見せないようにした。

見せもんじゃないのよ、今頑張って保健室まで歩いてるんだからね!!




「おい、芹菜?」


ふと、元気で聞き慣れた声とともに肩を軽く後ろに引かれた。

この声は、と思って顔を上げようとしたが、思いのほか足に力が入らず、後ろに引かれた勢いでそのまま倒れこんでしまった。



「ちょ、あっぶねーなお前……!!」

「……た、ちばな、くん……」


あれ、私いつの間にこんな息切れしてた?
うまく声が出せないんですけど!?


どうやら間一髪、橘くんが受け止めてくれたようで、私は地面にぶつかることはなかった。

でも体に力が入らなくて、橘くんに寄りかかってる感じになってるけど。


「……芹菜、お前熱あんのか?」

「んー……。これから、保健室、いくとこ……」

「はァ?保健室?お前ここ3階だぞ?」


……あれ?
私の学年は2階で保健室は1階だから、階段ひとつ下がるだけなんだけど……?

間違って上にあがっちゃった私?
そりゃあ保健室見えてこないはずだ。



「橘くんは、なんで、ここに?」

「え、俺は棗に用があって……いや、つーか俺のことより自分のこと考えろよ!?」

「うん……、じゃあ保健室、いってくる」

「あっ、待て待てって!!そんなフラフラな状態でひとりでいったら危ないだろ!?」

「ならば君は階段をエスカレーターにしてくれるのかい?」

「熱のせいで発想が斜め上をいってるよ!!」



あーもう!!なんて言いながら頭をがしがしとしていた橘くんが、突然私に背を向けてしゃがみこんだ。


「……どうしたの?蟻(アリ)の行列でもみつけた?」

「小学生か俺は!?」


顔だけこちらに振り向いて一々反応してくれるところとかは、小学生に見えなくもない。



「……乗れよ」

「……うん、?」

「保健室、連れてってやるから」


真剣な顔をした橘くんに私は少し目を見開いた。

さすが副部長なだけあって、他人思いなところとか、その表情とか、とても安心感がある。



「私……重いよ?」

「大丈夫だよ、女子一人くらいどうってことないから!!横抱きだっていける!!」

「横……、あぁ、お姫様抱っこのことか」

「やったことねーけど」

「そうなの?」

「そもそもそんな機会ねーし……。今まさに”そんな機会”だけど、お、お姫様抱っことかっ、俺のキャラじゃねぇ……、っ」


髪と同じくらい真っ赤な顔で目をそらしながらそういう橘くん。

確かにお姫様抱っこって少女漫画っぽいかもしれないしね。



「と、とにかく早くのれっての!!」

「……じゃあ、し、失礼しま、す」

「おう」


おそるおそる橘くんの肩に手を置いて体を預ける。
それを確認してから橘くんはゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫?ちゃんと座れてるか?」

「うん、へーき」

「おし、じゃあさっさと保健室いくからな!!」


こちらに少し顔を向けてニッと笑い、保健室へ向かって歩き出した。


普段話してるときじゃよくわからないけど、こうしてみるとやっぱり男の子なんだなと思う。

背中広いし、私の体を支えている腕もちゃんと筋肉ついてるし、さすが運動部。





保健室に着いて、保健の北山先生に事情を話して私はベッドで寝ることになった。



「疲れがでたのかもしれないわね。熱もあるし、あんまり辛いようなら家に帰りなさいね?」

「……はい、」

「私はやることがあって隣の教室にいるから、何かあったら呼んでね」


私がベッドに入るのを確認すると、北山先生は保健室から出て行った。



「じゃあ俺も戻るわ。帰るんなら荷物とか持ってきてやるから言えよ?」

「うん、ありがとう、たちばなくん」


いよいよ喉まで痛くなってきてとても話しづらいが、何とかお礼は言えた。


「気にすんなって!!じゃな、お大事に」


私の頭をくしゃっと撫でたあと、橘くんも保健室から出て行った。

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