◎ 52
なんとか泣き止んでもらい、やっと話を聞くことができた。
どうやらあの場所で私を待っていたら買い物に来ていた女性たちに囲まれたあげく、カップルと勘違いされたらしい。
どっちが”彼女”なのかは言わずもがな。
「うぅ〜……、僕は女の子じゃないのにぃ……」
悔しそう顔で涙目になっている陽向くん。
私も初めて会ったときは完璧女の子だと勘違いしました。
確かに今の陽向くんの服装は見方によれば、女の子がボーイッシュ系の服を着ているともとれる。
翔音くんも高校3年男子にしては小柄だし女顔ではあるけど、”女の子”に見えるわけじゃないからなぁ。
「……翔音先輩の彼女に見られるほど僕女の子に見えるんですかね……?」
「ひ、陽向くん」
「そりゃあ今までも同じようなことありましたけど、あそこまで一度に囲まれて言われるとヘコみます……」
頑張って涙を堪えているけど、その大きな目からは今にも雫がこぼれ落ちそうだ。
「……やっぱり身長低いせいですかね?それとも華奢だから、かな……」
「……陽向くん、私がいろいろ言う権利はないけどさ、あんまり気にしなくていいと思うよ」
「……、え?」
伏せていた顔を上げて私と目が合った。
「男の子って高校生から身長とか伸びるっていうでしょ?それに、身長も体格も顔も全部その人の個性。親からもらった大切なものだよ」
「………」
「その個性を持ってるのは世界中探しても陽向くんしか持ってないんだよ。すっごく特別なものでしょ?だからあんまり卑下しないであげて。陽向くんの個性を褒めてくれる人も、好きになってくれる人も、絶対いるよ」
「……芹菜先輩は、」
「……うん?」
「……芹菜先輩は……、僕の個性、好きですか?」
「……そうだね。陽向くんが笑ってくれたら、もっと好きになれるかな」
私は少しだけ高い位置にあるその頭を撫でた。
陽向くんは照れながらもちゃんと笑ってくれた。
「芹菜先輩、お姉ちゃんみたいです」
「そ、そう、かな?」
「はい!!……あ、じゃあ僕はそろそろ帰ります。ありがとうございました!!2人とも今バイトの買い出し中なんですよね?邪魔しちゃってすみません、頑張ってください!!」
陽向くんはスッキリとした笑顔でそういうと、私たちから去っていった。
…………そうだ、私たちまだ買い出し中だった!!
時間大丈夫かな!?
「翔音くん、そろそろ戻ろっか!!」
下りるエスカレーターのほうを見ながらそういうが、返事が返って来ない。
「……、翔音くん?」
振り返ってみると、さっき話すために一度床に置いていた買い物袋を持っていてくれた。
「あ、重いでしょ?1つ持つよ」
「……平気」
「え、で、でも」
「……俺は、これくらいしか、出来ないから」
「……翔音くん?」
少しだけ俯いた翔音くんに私は向き直る。
「……話すの、苦手だから、芹菜みたいなことは言え、ない。向こうが泣いてても、どうすればいいか、わからない」
……きっと、陽向くんのことを言っているんだ。
あのとき、翔音くんは一言も話さなかったから。
私も一度翔音くんの前で泣いたことはある。
でもあのときは”翔音くん(自分)”のことだったから話ができた。
今回は自分のことじゃないから。
だから、話しかけかたがわからないんだね。
「……芹菜は、よく俺に”優しい”って言うよね」
「うん」
「……これの、どこが……、?」
本日2回目、泣きそうな顔を見るのは。
でも、翔音くんは”泣かない”。
「……翔音くんの優しいところ、いっぱいあるよ?」
「………」
「私が傘持ってなかったとき、一緒に入れてくれたよね。テスト前にはみんなに勉強教えてあげてたよ。遊園地では……あー、これは私の黒歴史だけどさ、私を探してくれたよね」
「………、」
「それに、今もこうやって重い荷物持ってくれてる」
どんなに小さくて些細なことでも、”優しい”を感じる瞬間はたくさんあった。
私は、とっても助かってるんだよ。
「優しいじゃん、翔音くん」
「………」
「”言う”ことだけが優しさじゃないよ。その分翔音くんは行動で示してる。……それに、それも”個性”でしょ?」
ふにゃっと笑いながら翔音くんの頭を撫でる。
泣きそうだった表情は姿を消し、少し驚いた表情が浮かび上がった。
そして、
「……好き」
「……、へ?」
「……芹菜が俺にくれる言葉、全部あったかくて、好き」
目を細め、口元を緩めて笑う。
今までと違う。
はっきりとわかる。
とっても優しくて、やわらかい笑顔。
私はものすごい勢いで、銃を突きつけられた人のように両手をあげた。
「…………何してるの」
「へ、ふ、……っ、わ」
翔音くんが、”好き”っていった……!!
食べ物とかじゃなくて、人に関することを。
そしてそれは、私がいったことに対して向けられている。
深い意味はないっていうのはわかる。
でも……、だけど……っ、
体の芯から何か熱いものが込み上げてくる。
翔音くんの落ち着いた低い声、笑った顔、すべてが頭の中で繰り返される。
熱いものが弾けたと思ったとき、気付けば私の顔はボンッと赤くなっていた。
「あ」
「〜〜〜ッ!!」
私の赤い顔に気付いたみたいだった。
目がチカチカする。
心臓の音が大きな音で聞こえる。
うまく呼吸できない。
「……涙目になってるよ、芹菜」
緊張と、恥ずかしさと、焦りと。
何もかもわからないくらい、頭の中、ぐちゃぐちゃ。
大きくはないその低い声が、余計に鼓膜を震わせて頭に響く。
名前を呼んでいるだけなのに、まるで口説かれているような錯覚さえ感じるほど。
「……芹菜?」
「ッ、だ、ダメ……、名前っ、呼んじゃ、だめぇ……!!」
「なんで?」
「だ、ダメなものはっ、ダメなんです……!!」
「……………やだ」
「えッ!?」
拒否られた!?
なんでよ!?
「……前に、名前で呼んでいいっていったのは、そっちでしょ」
「……う、……っ」
「……名前、呼ばせてよ」
目の前の美少年は、とても甘美な人だ。
その”声”に、全部持っていかれる。
もっと露骨に表現するならば……、媚薬みたいだ。
「……呼んで、いい?」
「……ッ、ど、ぅぞ……!!」
私が途切れ途切れでそういうと、翔音くんはまた、優しく笑った。
ほんとこういうときだけは綺麗に笑うんだ。
ずるいよ、いつもは無表情で全然笑ってくれないのに。
ダメだ、もう、ダメだ。
耐えられない。
気絶しそう。
「……戻ろう、芹菜」
「〜〜〜ッ、わ、わたっし、さ、先に戻りゅ……ッ!!」
私は全力疾走でその場を去った。
呂律が回らず噛んでしまったけど、気にしてられない。
無理、むりぃ!!
あのままあの場にいたら、冗談抜きで気絶する!!
危険だ、あの美少年、とっても危険だーッ!!!!
===
(時雨さん時雨さん時雨さん時雨さぁぁああぁぁんんんん)
(お、おかえり芹菜ちゃん。どうしたの?顔真っ赤よ?)
(わ、私っ、しんじゃう、ここ、殺されちゃう……!!し、時雨さん!!しぐれしゃぁぁああぁん!!)
(芹菜ちゃんいろいろと壊れちゃってるね。反対に翔音くんは俺たちでもわかるくらい機嫌いいよねー)
(あら、何だか面白い話が聞けそうねー)
(だ、大丈夫か芹菜?何かあったのか?)
(男が私に近づくんじゃねェェエエェェ!!)
(えェェェ酷ェェェ!!??)
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