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「……えっ、と……3年の藍咲芹菜です。代理でマネージャーやることになりました。……いろいろ初めてですけど、よろしくお願いします」



ぺこりと頭を下げる。


目の前には何人いるんだかわからないくらいの男子……もといサッカー部員。



私目立つの苦手なんですよ、こんな大勢に見られながらの自己紹介とか、地獄以外の何ものでもないよ。




「ってことだ。マネージャーは初だから困ってたらみんなも助けてやれよ!!」

「「「「はい!!」」」」



おおお、みんな息ぴったり。



さすが部長さん、威厳あるな。





そしてまた部長さんの一言でみんな練習に入っていく。



……あれ、私はこれからどうすれば……。




「芹菜先輩」

「、桐原くん?」

「こっちです」




呼ばれたと思って振り向くと、桐原くんが後ろを向いたあとだった。



案内してくれるのかな?









ついた場所はサッカー部の部室。


……部室って、私のイメージだとこじんまりとしている感じだったけど、結構広いんだね。


まあ部員あれだけいたら当然か。




「……なんか、ちょっとした家だよね」

「そうですか」



とくに気に留めることもなく、中に入る。




「……普通に家だよこれ」




ソファーもあるしテレビもあるし、小さいけどキッチンもあるし!!


住めるじゃん!!





「まず芹菜先輩にやってもらうことですけど、」

「あ、うん」

「部員のドリンクお願いします」

「……ドリンク?」

「飲み物って意味ですよ」

「それくらい知っとるわ!!」



馬鹿にしてんのか!?




「作り方は中里先輩が書き留めておいてくれたのでそれを読んでください」



そういって1枚の紙を渡される。

ちなみに中里さんとはサッカー部のマネージャーの女の子のことである。


私はその人の代理。


なるほど、優しいなその人!!





「とりあえず今やってほしいことはドリンクだけなんで、よろしくお願いします。作り終わったら持ってきてください、次の仕事言うんで」

「うん、わかった。あ、あとさ、部員って何人いるの?」

「50人くらいですね」

「ごっ……!?」



待って、そんなにいるの!?




「あ、ただ、数えて作るのはレギュラーだけでいいですよ」

「……どういうこと?」

「レギュラー以外はあそこに置いてある大きな入れ物にドリンク入れて、そこから飲みたい分だけくんでもらうことにしてるんです」



なるほど、確かにそのほうが手間はかからないね。



「ん、多分大丈夫!!わかんなかったら呼ぶね」

「呼ばないように努力してくださいね」

「……イエッサー」



容赦ないな。





桐原くんが部室から出ていったあと、私はさっそくキッチンでドリンクを作りはじめた。



えーっと……、材料は……。


レシピはとてもわかりやすくかいてあり、中里さんっていう人の几帳面さが滲み出ていた。

ありがたやありがたや。





「……梅干し?」



レシピには、ドリンクの中に絞った梅干しの汁を入れると書いてある。


……レモンとかならわかるけど、梅干し、合うの?



まあ、本物のマネージャーが言ってるんだし、信じよう。







作りはじめてからしばらく。


うん、レシピのおかげでなかなかいいものができたかな!!





あとは梅干し絞って、それぞれ入れ物にわけるだけっと!!




レシピによると、梅干し絞るための器具は上の棚に置いてあるらしい。


こんなことまで細かく書いてあるんだ、普段から気配りとかすごいんだろうなー。





「えー、上の棚、棚……」



棚があるのはわかった。


けど、うん……、私の身長じゃ届かないわ。



部室を見渡してみたけど、脚立代わりになるようなものはない。


椅子があればいいんだけど、あいにくあるのはソファーだ。





中里さん、毎日どうやってこれ使ってたのかな。


背が高いのかな?




けど、器具がなければ話にならないので、どうしようかと悩む。


桐原くん呼ぼうかと思ったけど、こんなことで呼んだら絶対に馬鹿にされそうだ。

やめよ。





「うーん、仕方ない……ここに乗るしかないか」




本来ならそこは料理(部室だからドリンク作る場所だけど)するためのスペースだけど、ここに乗らないと届かないんだから仕方ない。


中里さんごめんね、あとでちゃんと拭くから!!




そのスペースに膝を乗せる。


さすがに足をかけたらまずいので、念のため靴は脱いでおいた。





両膝を立ててなんとか棚の中を見ることができた。


……ほんと、身長低いって不便だ。

これでも一応平均身長なんだけどなあ……。




まあ今はいいや、とにかく梅干しの器具は……。



棚の中をゴソゴソしているとそれらしいものが出てきた。


あ、もしかしてこれかな?







「何やってるんですか?」



私の耳に、少し高めの聞きなれない声が聞こえた。




顔だけ下を向くと、ピンク色のふわふわした髪が目に入る。





「そんな格好してると、中見えちゃいますよ?」





すっごく可愛い子が私を見上げていた。






「え……誰?」

「その前に降りなくていいんですか?」

「あ」



器具も見つかったし、降りよう。


それにこんなはしたない姿見られちゃったし……。





「僕は1年の天城陽向(あまぎ ひなた)です。よろしくお願いします先輩っ」

「陽向ちゃん、ね。私は3年の藍咲芹菜、こちらこそよろしくね」



差し出された手と握手すると、陽向ちゃんは可愛らしい顔でにっこりと笑った。


なんだこの子、天使か。

しかも僕っ子かー、私のまわりにはないからなんか新鮮かも。





「そういえば、陽向ちゃんはどうしてここに?」



練習着だからどこかの部活の子なんだろうけど、なんでサッカー部の部室に?





「ドリンク1人で運ぶの大変そうだから手伝いにきたんですよーっ」

「あ、そうなんだ。ありが…………、」






あれ、ということはサッカー部ってことだよね?


マネージャーって中里さん以外にもいたっけ?




「……陽向ちゃんて、マネージャー?」

「いえ、選手ですよ?」

「…………んん?」




……?

なんかどっかがおかしい気がする。

話噛み合ってる?




「えーっと、芹菜先輩って呼んでいいですか?」

「あ、うん、どーぞ」

「ありがとですっ」




またにっこりと笑う。


可愛い、すごく可愛いです。


けど…………?




「僕のことは好きに呼んでいいですよ」

「……う、ん」

「でもしいて言うなら、ちゃん付けより、君付けのほうがいいですね」




……………。





「男おおおおおおお!!??」




とてつもない衝撃を受けた。


こんなに可愛いのに男!?

ちょっと神様不公平じゃないんですかね!!





「……信じてくれないんですか?」

「あ、いや、ごめんね……、そうじゃないんだけど……、びっくりしたっていうか……」

「脱いだら信じてくれます?」

「いやもう陽向くんは男の子にしかみえないよねーイケメンーみたいなー」



天使の顔して何やろうとしてるんだこの子は!!


しかもなんか素っぽいし!!


え、何、この子天然なの!?





絞った梅干しをドリンクに入れて、レギュラー用の容器と、大きな入れ物に注いでいく。




「ドリンク作りはそれで終わりですか?」

「うん、そうだね。あとはみんなのとこに運ぶだけかな」

「じゃあ手伝いますねっ」




陽向くんはそういうと、大きな入れ物をリュックのように背負い、レギュラー用のドリンク半分をケースに入れて運ぼうとする。




「えっ、ちょ、そんなに持ったら重いでしょ!?」



両手はケースでふさがっている上に、満タンにドリンク入った大きな入れ物背負ってたら歩くのが大変そうだ。




「これくらい大丈夫ですよ」

「いや、でも背中のはすごい重いだろうし、せめてレギュラー用のドリンクは私が持つから……!!」

「ダメですー、芹菜先輩は女の子ですよ?僕は毎日鍛えてるんでこれくらいどうってことないですから」



そういうと、軽い足取りで部室を出て行ってしまった。



男女の力の差ってここまで違うものなのかな?




「……って!!私もドリンク持ってかなきゃ!!」








グラウンドに戻ると、みなさんすでに汗だくになっていた。




うわ、どんなすごい練習したんだろう。






「おっ、来たか藍咲!!」

「あ、うん……もしかして遅かった?」

「いや?早いほうだろ、ありがとな。……あと、そっちに天城が行ったろ」

「うん、来たよ。ドリンク運ぶの手伝ってくれた」

「はぁー、練習サボってどこいくんだって思ったけど……、まぁ手伝ってたんならいいか」




部長さん、ため息ついてるけど、こういうことよくあるのかな?



「あいつ結構人懐こい性格してるからなー、ある意味橘が2人いるって思ってればいいよ」

「……それは騒がしいね」

「ハハハッ、結構いうな藍咲って!!」





部長さんと話し終えるとそれぞれレギュラーの人にドリンクを渡していく。





「はい、橘くんと桐原くんの分」

「おーっ、サンキュー!!」

「……変なもの入ってませんよね?」

「飲みたくないなら飲まなくていいんだよ〜?」




ちょっと意地悪っぽく言ってみた。


夫が夕飯に文句いうと、次の日からご飯食べられなくなるアレと同じ感じだ。




「…………」



相変わらず桐原くんはむすーっとした顔してるけど、私の言葉が効いたのか、ちゃんと飲んでくれた。



うん、なんか……、




「桐原くん、可愛いよね」

「ブフォッ」




え、桐原くんが吹いた!?



「大丈夫か棗!?もしかして芹菜毒でももったのか!?」

「そんなことするかああああ!!」


一発で刑務所行きじゃねーか!!





「ゲホッ……コホッ……!!」

「だ、大丈夫?桐原くん……」

「だ、誰の、せい……ですかッ!!」




ものすごい目付きで睨んでくる。


でも今回ばかりはあんまり迫力がない。


そしてなかなか貴重な桐原くんのお姿が拝めたと思ってる。




「感謝感謝」

「橘先輩今すぐ練習しましょう、この人的にして全力でシュートしてやりましょう」

「落ち着けよ棗えええええ」



だめだ、今ここには止められる人がいない。






「芹菜せーんぱい!!」

「!!……あ、陽向くん」




後ろから声をかけられて振り向くと、とても可愛らしく笑った陽向くんがいた。


ほんとに女の子みたいだなー。


さすがに身長は私よりは高いけど、体格でいったら翔音くんより小柄かな。



まだ1年生だもんね。




「……?僕の顔に何かついてます?」

「あっ、ううん、ごめんね。なんでもない」



きょとんとして首を傾げる陽向くん。


あえていうなら、それぞれ綺麗なパーツが顔の正しい場所にあるねって感じだな。



……我ながらなんて気持ち悪いこと考えてるんだろう。





「……ところで芹菜先輩……、先輩の後ろにいるあの般若はなんですか……?」



私は、え?と思って振り向くと、今だにものすごい目つきでこちらを睨んでいる桐原くんがいる。



ひえええええまだ根にもってるよおおお!!



私は思わず陽向くんの背中に隠れた。




「えっ、芹菜先輩……?」

「ごめんね!!でも桐原くん超怖いんだ、私のことボールの的当てにする気なんだ!!」

「いったい何をしたんですか…?」

「いや……ちょっと……、桐原くん可愛いねっていっただけ、なんだけど……」

「…………それだけですか?」




私の言葉に拍子抜けという感じの顔をする陽向くん。





「……”それだけ?”」




地を這うような声が桐原くんから聞こえた。


……鬼だ、目の前に鬼がいる!!




「ご、ごごごごめんなさい桐原くんんんんそんな深い意味でいったんじゃなくてえええ!!お願いですからその目付きやめてえええええ」

「ちょ、芹菜先輩っ、僕を盾にしないでくださいよーッ!!」

「じじじじゃあ橘くんカモン!!私の盾となる時代がきたぞ!!」

「そんな時代来てたまるかああああ!!」






そのあと、部長さんがこっちに来るまでこの攻防戦は続いた。


あー、怖かった。






「……んでさ、次に藍咲に頼みたい仕事なんだけど、」

「あ、うん」

「このストップウォッチで時間計ってほしいんだ」

「……時間?」

「そ。俺ら全員でグラウンドの周り10週するから、スタート地点で待って、ゴールした時にタイムを言ってほしい。部員にはそのタイム覚えてもらって、全員走り終わったらみんなにタイム聞いてノートに記録する。おけー?」

「うん、了解」

「あと、誰が何周走ったとか多分わかんなくなるだろうから、先頭の奴きたら”あと○○周でーす”っていってくれると助かる」

「はーい」

「よし。じゃあ次!!グラウンド10週するから全員準備しろーッ!!」



部長さんが大声でそういうと、みんな急いでスタート地点に向かう。



その途中、私の前を通る部員たちから”10週とか結構ハードだよな”、”俺この練習だけは苦手”というような声が聞こえた。



運動部である以上、体力がないことには何も始まらないけど、サッカーって休憩が入るにしろ、90分間走りっぱなしだから相当な体力必要になるよね。





「それじゃあ行きますね!!……よーい、スタート!!」



カチッというストップウォッチの音とともに、部員たち全員が走り出した。



え、速くない!?

10周も走るのにこんなスピードで平気なの!?

さすが運動部というべきか。

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