44


午前9時30分、一般公開の学園祭2日目がスタートした。



まあ最初はお客さんあんまりこないだろうと思っていたが、考えが甘かった。




「すいませーん、注文お願いしまーす!!」

「こっちもお願いします!!」

「この紅茶くださーい」





……なんでいきなりこんなに混んでるの。


時間が時間なので一般客はまだほとんど来てないけど、そのかわり学園内のお客がすごい。


女子が多いと思いきや、男子も結構来ている。


男性客が多いのは半分、うちのクラスの女装をからかいにきてる感じだけど。


にしても本当に驚いた。

まさかこんなに来るとはね。

材料足りるかな?





「え、君女だよね?」

「……男だけど」

「はァァ嘘だろ!?こんな可愛いのに男!?」

「……男」

「う、嘘だァァァァ!!」




女装した翔音くんを見て女の子だと信じたいと思っている男子がかなりいる。


翔音くんからしたら失礼極まりないけど、確かにあれは女の子にしか見えない。


だって黒髪ツインテールに赤目でメイド服だよ?

パーフェクトじゃねーか!!





そんなことを考えていると、また新しくお客が何人か来た。


おっと、今は仕事に集中しなきゃ。



もちろん、出迎える言葉は……、




「お帰りなさいませ」



である。



「2名様でよろしいですか?」


このやりとりは休日のバイトの方で何度もやっているので慣れている。

さすがにお帰りなさいませとはいわないけど。




出迎えの言葉を言ったあと、改めてお客を見ると、見覚えがあるどころではなかった。



「……あ、桐原くん」



私の目の前にいる新たなお客は、桐原くんと、多分彼の友人。


名前を呼ぶと、桐原くんは”は?”とでも言いたそうな怪訝な顔をした。


あぁそっか、私今ウィッグしてるもんね。




「私、芹菜だよ」

「……芹菜先輩?とうとう人様に見せられない頭になったんですか」

「そんなわけあるか!!男装するためにウィッグ被ってるんですー」




ほんといつも思うけど先輩の私に容赦ないよね。

さらりと言ってくるところがもう癖になってるよ。




「なんだ、禿げたわけじゃないんですね」

「当たり前でしょ、私まだ高校生だからね!?」

「髪型とか変わると誰だかわからなくなりますね」

「……遠回しに似合わないっていってるでしょ」

「それは被害妄想です」

「みんな被ってるからってことで私も被らされたけど……、みんなが似合いすぎてて泣けてくるわ。取りたいけど今日は取れない」



せっかく玲夢たちがセットしてくれたし、この方が雰囲気も出るし、最後の学園祭だし。


でも似合わないって致命的だよね。




「しいて言うならば、俺は普段の黒髪の芹菜先輩の方がいいと思います」

「え」

「……でも今のも別に変ではないですよ芹菜先輩さっさと席に案内してくれませんか仕事中ですよね仕事放棄してていいんですか怒られても知りませんよ早くしてください」



息継ぎなしで言い切ったこの人。


凄い遠回しだけど、これは桐原くんなりの褒め言葉……として受け取っていいのかな。



「ありがとう桐原くん」


私はいつも以上の笑顔でそう言った。




「……締まりのない顔ですね、客が逃げますよ」

「素直に笑っただけなんだけど!?」



やっぱり容赦ないわこいつ。





午後に近づくにつれて一般の人が来て
お客さんがどんどん増えてくる。



お客さんの足が途絶えない以上、私たちは忙しなく動いている。


もちろん、ちゃんと仕事する時間と自由時間は分担してあるから、自分の自由時間がくるまでの仕事なんだけども。



それでもやっぱりクラスのみんなは慣れないことをしているせいか、疲れている人が結構いて、早めに仕事を交代している人をよく見かけた。




「芹菜チャンと翔音クンはあんまり疲れてないみたいだね?」



回収した食器を運ぶついでに私の隣に立つ新井くん。



「うん、私たちはバイトで毎週こんな感じだから、割と慣れてるかな」

「へぇー、じゃあ芹菜チャンには自由時間はいらないのかな?」

「いるよ!!慣れてるとはいえ疲れてないわけじゃないから!!」

「なんなら今から俺の仕事手伝わない?職員室からダンボールに入ってる材料を運んでくる係」

「人の話聞こうか」



あっ、いいこと思いついたみたいな顔をするな、全然名案じゃないから。



「クス……、冗談だよ。いくら俺でも女の子に力仕事手伝わせたりしないから」

「…………………………」

「……また何か言いたそうだね」

「新井くん……、私のこと女の子だって認識してくれてたの?」

「え、芹菜チャンって男だったの?」

「そういう意味じゃねーよ」




ニコニコしながらいってくるあたりがイラっとします。






そんな会話をしている時だった。





「芹菜ちゃーんっ」


ガバッ


「!!??」



急に目の前が真っ暗になった。

あ、気絶したわけじゃないよ?


背中と腰に腕がまわってる。

……え、抱きしめられてる!?




「だ、誰だああああああ」

「俺だよー、遊びに来ちゃった」

「……あ、え?愁さん?」



少し腕を離されて顔を上げると、いつもとは違って私服姿の愁さん。


そしてその後ろには時雨さんと、朔名もいた。



「えっ、えっ!?な、なんでいるんですか!?」

「芹菜ちゃんの最後の学園祭だって朔名から聞いたから、少しだけお店抜けてきたんだよー」

「まあ店長副店長どっちも抜けているから、あんまり長居が出来ないのが残念なのよね」

「というわけで芹菜、俺らの接客頼むぜ」



本当にびっくりした。

だって朝家出るとき、朔名は仕事で来れないっていってたから。

まさか抜け出してまで来てくれるなんて……、すごく嬉しい。




この3人がお客で来たことによって、教室は黄色い声が響いた。

愁さんも時雨さんもかなりの美男美女だからね。


え、朔名?

んー、妹からしてみればイケメンなのかはわかりかねるけど、悪くはないんじゃないかな。

現在進行形で黄色い声上がってるし。


みんな目覚まそ、奴はグラサンだぞ。




……待って、その前に。






「……愁さん、そろそろ離してくれませんか?」

「えー」

「いや、えーじゃなくて……っというか、よく私だってわかりましたね?ウィッグ被って男装してるのに」

「うん、だって芹菜ちゃんだし」



答えになってない。





「……愁?抱きつくのはいいとしても芹菜ちゃんの仕事の邪魔するのは頂けないわよ?」

「……手厳しいなー時雨は」



ゆっくりと愁さんの腕が離れていくのと同時に、私は誰かに後ろから腕を引っ張られた。



「わっ、な、何!?」

「………」

「……、翔音くん?」



私の腕を掴んだまま、むすっとしたような顔をしている。


……なんだなんだ、どうした?




「あれ、おま……もしかして翔音か!?」



朔名がこっちに近づいて驚いた顔をした。

そのことによって、むすっとした顔ではなくいつもの無表情にもどる。



「……ん」

「えええうわすげええ……ほんと、普通に女かと思った」


私も同感です。




っていうか、早く仕事にもどらないと宮下くんにどやされる!!




「あ、時雨さん達席に案内するのでどうぞ!!」



私は3人を席に座らせ、注文をとって品を作っているところへともどった。



うん、なんかいつものバイトではみんなで接客してるけど、今回みたいに時雨さん達がお客様って新鮮でちょっと緊張するかも。


でも頑張って接客しますよ、バイトの成果!!









「……ほーんと、朔名は馬鹿ね」

「は!?え、なッ、え!?」

「何であの場面で翔音くんに声をかけるのよ、空気読みなさいよ」

「い、いやだって、あれが翔音だって気づいたら思わず話しかけちまって……!!」

「せっかくちょっといい雰囲気だったのに。馬鹿よね、ほんっと馬鹿よね、今日の残業は全部朔名に任せようかしら」

「ええええ待ってえええ!?そんなに俺の罪重いの!?」

「フフ……、朔名も大変だねー」




テーブルでこんな会話があったなんてもちろん私は知らない。





「お待たせしました、チョコレートケーキ3つと、クッキーと、レモンティー3つになります」

「あら、ありがとう」

「おおすげー、結構本格的!!」

「美味しそうだねー」



作る担当の人から品を受け取って私は時雨さん達のいるテーブルに運んだ。



学園祭の出し物だから実際の喫茶店みたいにたくさんのメニューは作れない。


だからなるべく費用もかからず簡単に出来るもので作った。


チョコレートケーキは卵白だけで作れるものだし、それで使わない黄身の方はクッキーとスイートポテトに使った。

紅茶はレモンティーとハーブティー。


作るのはクラスの料理とかお菓子作りが好きな子がやってくれているし、美味しい紅茶のいれ方はバイトで時雨さんに教えてもらってたから大丈夫。


かなり忙しいけどすごく楽しい!!




「おっ、このケーキうめぇ!!」

「本当ね、参考にしたいわ」

「レモンティーの香りもいいね。これは芹菜ちゃんがいれたのかなー?」

「はい、そうです。時雨さんに美味しい紅茶のいれ方を教わったんで」

「うん、すごく美味しいよ」

「ありがとうございます!!」



褒められてもちろん嬉しいけど、何よりバイトでの経験が学園祭で活かせるとは思ってなかったから、そういった意味でもすごく嬉しい。



この調子で交代するまでの時間、仕事頑張れそうだ。




ずっと同じ場所に居座ることはできないので、そのあとすぐに他のお客さんの接客をしていたが、時雨さん達は30分くらいで自分達の仕事に帰っていった。


実際のお仕事はもっと忙しいもんね。



それからまた1時間近くたってちょうどお昼時。


やっと交代の時間になった。




「っあー、疲れたー……お腹すいたわー」

「お疲れ芹菜チャン、バイトの成果でてたね」

「うん、それはすごく助かったよ。特に接客はね」



ぐーっと背中を伸ばしていると新井くんが来た。

新井くんもこの時間交代しないで頑張ってたけど、疲れているように見えないのはどうしてなんだ。




「お疲れ様ー藍咲さん」

「あ、うん。宮下くんもお疲れ様」

「これから自由時間だよね?」

「うん、そうだけど」

「じゃあさー、悪いんだけど普通にあちこちまわってていいから、コレ持ってってくんない?」



宮下くんから渡されたのは、いわゆる宣伝用の立て札。

……これ持ってまわりながら宣伝しろってことだよね。

まあ持ってるだけなら別にいいか。



「うん、いいよ」

「ありがとう。一緒にまわる人と宣伝頼むわ」



まわる人……、玲夢と柚子は今から仕事だし……、あ。



「ねぇ翔音くん、今からの自由時間一緒にまわろう?宣伝もかねて」

「…………」



翔音くんは一瞬きょとんとするが、だんだん微妙な表情になっていく。


多分アレだ、今女装してるから、教室で接客してるときよりも廊下歩いてるほうが人に見られるからだ。


そういえば準備してた期間も、一緒にまわるっていう話は出たけど、これが理由で無しになったしね。

やっぱり未だに女装には抵抗があるみたいね。



「……翔音くん、嫌そうな顔してるねー」

「うん……、女装、目立つからね」

「じゃあ新井とまわってきなよ」

「え、俺?」


指名を受けた新井くんもわりと嫌そうな顔をした。

ってか男子はきっとみんな嫌だろうな。



「大丈夫、私1人でもまわれるし、なんだったら他に空いてる女の子連れていくし」

「あ、それは駄目だから」

「……え?」

「男女逆転喫茶なのに男装2人で宣伝しても意味ないだろー?ちゃんと男女でいかないと」

「あー……」

「翔音くんはちょっと行きたくなさそうな顔してるから、ここは新井といって宣伝してきてー」

「……俺も嫌そうな顔してるんだけどなぁ」




んー、まあ頼まれちゃったし仕方ないか。

別に声で宣伝しなくても、立て札持ってるだけで宣伝にはなるし。



「……じゃあ新井くん、一緒に……、いッ!?」




突然翔音くんに手を掴まれて廊下へと連れ出された。







「ど、どうしたの翔音くん?」

「……やっぱりまわる」

「え、あんなに嫌そうな顔してたのに?」

「…………」

「いいの?この格好でまわるんだよ?」

「…………昨日、一緒にまわれなかったから」

「…………」





こ、これは、拗ねているということですかね!!

確かに昨日は私ずっと剣崎くんとまわっててほとんど翔音くんには会わなかったし。




そうか、拗ねてるのか……。

か、可愛いなぁ、可愛いなぁちくしょう!!



私の手を握りながら拗ねている翔音くんがあまりにも可愛かったので、反対の手で、翔音くんの頭を撫でたら、ムッとした顔でデコピンされた。


なんでだよ。



44.みんな美少女すぎて私溶ける

(あららー、芹菜チャン連れてかれちゃった)
(意外と翔音くんてわかりやすいんだなー)
(でも俺の代わりに翔音クンが宣伝やってくれるみたいでよかったけどね)
(まあ確かに新井より翔音くんが宣伝した方が客は寄ってくるだろうなー)
(……宮下クンも結構言うね)


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