◎ 44
今日は学園祭2日目。
昨日とは違い、ステージではなくそれぞれのクラスの出し物がメインとなり、一般の人も来ることができる。
今日は着替えとかもあるから、ちょっと早めに行かないとだよね。
「おはよー、朔名」
「んあー、はよー芹菜。早ぇーな」
「うん、うちのクラス喫茶店やるから着替えなきゃだし、ちょっと早めに起きたんだ」
「男女逆転喫茶だっけ?つーことは芹菜が執事服で翔音がメイド服か……。なかなか面白い企画だよな」
「まあ男装はいいとして、問題は女装でしょ。ガタイのいいメイドさんに出迎えられるって、どーなの」
「いいんじゃね?女子喜びそう」
うん、実際この企画になった瞬間喜んでたからね。
衣装作ってるときとかすごく楽しそうにしてたからね。
「朔名は今日見に来る?」
「あー、行きたいけど仕事あるから多分キツイ、かな。ごめん」
「ううん、大丈夫。じゃあ何かお土産でも持ってくるよ」
「まじか、じゃあパスタとケーキ頼むわ」
「学園祭はバイキングじゃねーよ」
何を勘違いしてるんだこのグラサン野郎。
うん、でも、そうだよね、朔名は出し物じゃなくて本当に喫茶店で働いてるから、土日も関係なくお仕事あるんだもんね。
「……あれ、そういえばまだ翔音くんは起きてきてない?」
「あぁ、リビングには来てねーよ。まだ寝てんだろ」
じゃあまた起こしに行かないとだよね。
今日は早く行くし。
そう思って私はまた2階に上がっていく。
そういえば前に起こしにいったとき、枕を抜き取って起こしたらしばらく恨まれたから、今回はちゃんと普通に起こさないとだね。
じゃないと、次もし私が起こされることになったら確実にベッドから落とされる!!
コンコン
ガチャリ
「……翔音くーん?朝だよ……?」
ゆっくりと部屋に入ると、ベッドに膨らみがひとつ。
うん、見事にタオルケットがぐるぐる巻きになってますな。
「翔音くん、起きて。今日はちょっと早めにいくって昨日言ったっしょ?」
「…………んぇ」
………今”んぇ”って言った?
「起きてー」
「んー…………」
保険のため、普通に肩を揺すって起こしてみるが、全く効果無し。
「起きろおおおおおッ」
「………」
「ぶッ!!」
声を張り上げたら顔面に枕が飛んできた。
反抗期だ。
「……はぁ、起きないなら私先行くよ?」
普通の授業だったら別に遅刻してもいいけど(いや本当はよくないけど)、学園祭は遅刻したらみんなに迷惑かけちゃうしね。
私はそう言って部屋を出ようと翔音くんから離れる。
……が、一歩踏み出したとき、くいっと何かに引っ張られてそれ以上進めない。
何だと思って後ろを振り向くと、翔音くんが腕を伸ばして私の服の裾をつかんでいた。
「……翔音くん?」
「…………」
「……えっと、あの……、この手は、」
「……起きる」
裾をつかんだまま、むくりと起き上がる。
相変わらず寝癖は酷いし、まだかなり眠そうで目が横線みたいになっている。
やっと起きてくれたか。
翔音くん、私が先に学校行こうとしたり帰ろうとしたりすると、拗ねるんだよね。
可愛いところもあるもんだ。
別に自分を過信するわけじゃないけど、ちょっとでも私を必要としてくれてるのかなーって思えるから、嬉しかったりする。
そんな翔音くんが可愛く思えて、今だに眠そうにしている彼の頭を撫でた。
普段だったら”なんで撫でるの”って言われるけど、今は何も言わず気持ち良さそうにされるがまま。
何だこの可愛い生き物は。
「じゃあ私リビングで待ってるから、着替えたら下りて来てね」
「……ん」
これでとりあえず遅刻は大丈夫だろう。
私は今度こそ部屋を出る。
「…………芹菜、」
「ん?」
「……おはよ」
「……おはよう、翔音くん」
挨拶は大切。
うん、今日もいい朝だ。
早めに学校にいってさっそく着替える。
私はもちろん更衣室で。
教室にはすでに女子もいたので、男子は多分トイレで着替えるんだと思う。
私も執事服に着替え、髪はいつも右下で結ってるから今日は後ろの下の方で結った。
うん、私が着るといまいちパッとしない。
でもズボンはなんとか履けたし、クラスの子につくってもらった上着もサイズぴったりだったからよかった。
着替えた制服は更衣室に置いたままにしておき、教室に戻る。
今日うちのクラスの女子はみんな執事の格好をしてるけど、無闇に教室からは出たくないな。
浮くじゃん、これ絶対。
「あ、芹菜チャンも着替えたんだ」
後ろから新井くんの声がした。
「うん、まあ準備の時間もあるかと……、思っ……て……?」
振り返るとそこには確かに新井くんがいる。
もちろんメイド服を着て。
「……何か言いたそうだね?」
「いや……新井くん、普通に美人なんだけど」
身体つきはもちろん華奢ではないけど、いつもの外ハネがすごい髪型は今は毛先だけが外ハネされていて、左目を隠すまで長い前髪はピンクのヘアピンで止められている。(もちろん左目は見えないけど)
え、何これ何か悔しい、え?悔しい。
「そう言われて悪い気はしないけど、俺は不本意だよこんな格好」
「でも似合ってるし違和感ないし、美女にしか見えないよ!!」
「……芹菜チャン、全くフォローになってないって気付いて」
いつものように意地悪っぽいことは何も言わず、苦笑いになっているところを見ると、相当自分のメイド服姿にショックを受けているようだ。
うーん、やっぱり男装するのと女装するのは重みが違うのだろうか。
そんなことを考えていると、急に教室中に黄色い声が響き渡った。
あれ、いつの間にかこんなに人が来てたんだ。
黄色い声っていっても、”きゃあああ”と、”うおおおお”が混ざっている。
え、何、ちょっと怖いんですけど。
私はその黄色い声の方を振り返る。
そこにいたのは真っ黒でツヤツヤの髪をツインテールにした美少女。
無表情ではあるが、黒髪と真っ赤な瞳が見事にマッチしていて、お人形さんみたいだ。
え、誰!?
どっかのモデルさん!?
その美少女は自分を囲む人達をスルリとぬけて、真っ直ぐこちらに向かって歩いてきた。
わっ……、背高い。
やっぱりどっかの雑誌モデルかな。
「……着替えてきた」
「翔音くんかよ!!??」
美少女の口からでた声は聞き覚えありまくりの低い声の持ち主である翔音くんでした。
「…………」
「…………」
「……翔音くん、すっごく可愛い」
「……嬉しくない」
「大丈夫だよっ、ちゃんと女装できてるし違和感全くないから!!」
「……脱ぐ」
「わッ、ここで脱ぐな!!」
シャツのボタンを外そうとする彼を慌てて止めた。
所構わず脱ごうとするのはやめましょう。
「……脱ぎたい」
「絶対ダメです。ほら、見て翔音くん!!新井くんだってこの通りメイド服着てるよ!!」
私はビシッと新井くんを指差した。
すると新井くんはニコーッといい笑顔で私の人差し指を折ろうとしてくるので、勢い良く手を引っ込めました、まる
「ほらー、みんな着替えたら指定の位置について準備してー」
パンパンという手を叩く音とともに宮下くんが号令を出した。
そんな彼ももちろんメイド服である。
……みんなどうしてそんなにメイド服に違和感ないの?
あ、イケメンだから?
はいはい。
「……芹菜ってばそんな落ち込んだ顔してどーしたの?」
「そろそろ始まりますよ?」
「ん、あぁ玲夢と柚子……ってえええ、2人ともイケメン!!」
玲夢は私と同じ執事服に、いつものポニーテールではなく、明るい茶髪をワックスで形を決めた、いわゆるホストみたいな感じ。
柚子は金髪のちょっと癖っ毛っぽい感じ。
どちらも男装用のウィッグである。
え、何これ帰りたい。
「翔音くんのメイド服貸してくれた子がね、男装用もいっぱい持ってたから借りたんだっ」
「この方が雰囲気出るからと言われまして」
そう言われてみれば、他の子たちも普通に地毛の子もいるけど、何人かは男装用のウィッグや、女装用のウィッグをかぶっている人もいた。
……本格的すぎて怖い。
「んで、これは芹菜の分ねっ!!」
「…………はッ!!??」
目の前で見せられたのは、茶髪のサラサラなショートヘアーのウィッグ。
え……、私の、分……だと?
「芹菜も髪長いっしょ?後ろで結んだだけじゃつまんないから、せっかくなんだしウィッグかぶろう!!」
「えっ、いやいいよ私は!!かぶったことないし、このままのほうが楽だし!!」
「最後の学園祭なんだからここでケチってたらダメだよっ!!」
「そうですよ。私たちもかぶってますし、何も心配はいりませんよ。ね?」
「いやぁ、でも私は、」
「ね?」
「かぶりましょう!!」
逆らえない、その笑顔。
「うん、なかなか似合ってんじゃない芹菜?」
「ええ、とてもお似合いですよ」
「……そ、そうですか」
更衣室に連れて行かれかぶせられたウィッグ。
まあかぶりごこちはそんなに悪くないからいいんだけど、問題は見た目だよ見た目。
私は地毛が黒髪だから茶髪のウィッグかぶるととても違和感にしか見えない。
玲夢たちは似合ってるっていってくれるけど……、うーん。
ついでにいうと、かるーくメイクもされた。
男装するのになんでメイクするのって思ったけど、服装が服装だし、ここはすっぴんだと浮いてしまうらしい。
……まあ確かにうちのクラスはもとからメイクしてる子多いし、学園祭だからってみんなメイクはさすがにする人増えるだろうしね。
ここはみんなに合わせた方が無難だろう。
男子もメイクしようよっていう意見が出たけど、クラスの男子全員が断固拒否したので無しになった。
そりゃあそうだろうな。
教室に戻ってみると、もうほとんどの人が着替え終えて教室に集まっていた。
そろそろ始まるもんね。
「へぇ、芹菜チャンウィッグかぶったんだ」
「あ、うん……かぶせられたといいますか……」
「可愛いよ、似合ってる」
にこーっとしながら言われたけど、冗談なのか本気なのかわからないから困る。
ってか男装してるのに可愛い言われても微妙なんですけど。
「うん、ありがとう。新井くんも可愛いよ」
「芹菜チャン、そんなに指折ってほしいの?」
「……全然可愛くないよ」
「それはそれで指折たくなるね」
じゃあなんて言えばいいんだよおおおお!!
「……芹菜?」
呼ばれて後ろを振り向くと、きょとんとした翔音くんがいた。
「うん、そうだよ、私」
「……誰だかわからなかった」
「それお互いに人のこと言えないよね」
「………」
「……やっぱ、似合わないかな、これ」
私はウィッグの毛先を少し触った。
地毛でもこんなに短くしたことないしなぁ……。
「……ちゃんと、似合ってるよ」
「……っ、!?あ、あり、がと……」
わ……、なんだろ。
今一瞬ドキッとした。
さっき新井くんに言われたといはなんともなかったのに。
「ねぇ2人とも、いい雰囲気の途中で悪いんだけど準備できたなら早く持ち場についてねー?」
「わああああッ、すみませんでした!!」
「………」
宮下くんの青筋が浮かんだ笑顔をくらった。
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