◎ 43
「お疲れさん藍咲さん、最後のやつ答えられてたじゃん、ご褒美ご褒美ー」
そういって剣崎くんに頭をわしゃわしゃと撫でられる。
頭ぼっさぼさになってるんだけど。
「剣崎くんってよく人の頭撫でるよね」
「んー?藍咲さんにしかやんねーよ」
「そんなに私の頭は丸いのか」
「……鈍感」
なぜか困ったような笑みを向けられた。
どういう意味だ。
「んじゃあほんとにご褒美やるよ、何食いたい?」
「え、あれ冗談じゃなかったの!?」
「んな期待させるような嘘言ってどーすんだよ。ほら、来いよ」
手を握られてそのまま校舎の中へ入る。
今日は主にステージが中心だけど、クラスの出し物が全くないわけではない。
飲食系のところはいくつかやっている。
そうじゃないと、私たち生徒のお昼がないからね。
うちのクラスは明日の一般公開限定でやるけど。
「んで?何食う?」
「えー、うーん……、確かクレープとかあったような……」
「ああ、あるなそういえば。場所は……」
剣崎くんはブレザーのポケットから、事前に配られたどのクラスが何をやるかが書いてある一覧表の紙を出した。
わあ、ちゃんと持ってるんだ。
紙の通りの場所にくると、教室や廊下にはいろいろと飾り付けが施されていた。
そしてもちろん、食べ物を買いにきている生徒が結構いる。
ステージの出だしのライブが終わって一区切り付いたから何か食べようって思ってるのはみんな一緒なんだね。
「あっ、櫂斗!!」
「え、どこ!?」
「ほら、あれ!!」
剣崎くんの名前を呼んでやってきたのは3人の女の子。
学園祭だからということもあってか、いつもより化粧をしている子が増えたと思う。
うん、まさしく女の子だ!!
しかも3人ともかなりの美人さんだ!!
「何々、あたしらの誘い断ったのはその子とまわるためだったんだー?」
「んー?あぁ、まあな」
「じゃあ明日は一緒にまわらない?あたしらのクラスのとこ、案内するからっ」
「おー、わかったわかった、んじゃ明日よろしくな」
手をひらひらふって彼女たちと別れる。
な、なんだ、会話してるだけなのにこのきらきらしたエフェクト!?
あんたら芸能人か。
「ん、ごめんごめん。ちょっと話しちゃった」
「うん、大丈夫。すごく目の保養だった」
「……ん?」
「もうね、みんなきらきら輝いててね、眩しかったよ。アイドル並だよ」
「……藍咲さんて、ほんとおもしれーな」
「それ褒めてんの?」
「いらっしゃいませーっ」
クレープを出しているであろう教室に入ってみると、ウエイトレスの格好をした女の子が出迎えてくれた。
教室の雰囲気としては、赤やピンクや黄色のギンガムチェックを中心とした飾り付けで、全体的に可愛らしい感じだ。
「おー、なんかほんとにクレープ屋さんに来た感じ」
「確かにな。まあ、好きなの食えよ」
「うん、では遠慮なく」
クレープが置いてあるところに移動する。
たくさんの種類の具があり、プレートも生地もトッピングも全て揃っている。
へー、クレープは手作りなんだ。
「じゃあ私は苺とチョコと…………?」
注文するために顔を上げて気づく。
「……来ましたね、芹菜先輩」
「き、桐原くん……?」
食材があるカウンターを挟んで向こう側にいるってことは、……桐原くんってここのクラスってこと?
「そろそろ来るんじゃないかと思ってました」
「……桐原くん、クレープやるクラスだったんだ」
「ちなみに作る仕事ですけどね」
「あ、だからカウンターに…………、」
ふと、私は目線を下げた。
別に意味はない、なんとなくだ。
でもそこで初めて私は自分の目を疑った。
「え、え?き、桐原くんっ……エ、エプロンッ……!?」
そう、私の目に入ったのは桐原くんが着ているエプロン。
まあ調理するんだからエプロンをしていることに疑問はないんだけど……。
「ぴっ、ぴんくっ……ぷくく……!!いちごっちぇっぐ……くくっ……ぶはッ」
もはや自分でも何を言っているのかわからない。
でもなんとなく察してほしい!!
だってあの桐原くんが、ピンクのギンガムチェックに苺のワッペンがつけられたすごく女の子らしい可愛いエプロンしてるんだから!!
「ぶはあああっはっはああはっはあああはっ!!あ、ぁぁあはっはっはははは、あ、やばいやばい笑いがっ、ははははっはっは!!」
「……………………………」
「はーっははっ……ッ、!?(殺気!?)」
何か凄まじいものを感じたと思い目線を桐原くんに戻すと、禍々しい妖気を身にまとっているような錯覚さえある、マジで殺ってやるって感じの目をした彼がそこにいた。
あ、ぁあぁやばいやばいやばいさっきとは違う意味でものすごーく危険これ、危険!!
「…………芹菜先輩、」
「は、はははい!!」
「俺、前に言いましたよね?学園祭の出し物、楽しみにしてくださいねって」
「そ、そういえば、言いましもがっ!?」
「どーぞ、それ俺の奢りです」
「んむ、むぐむぐぐ!?」
何かを口の中にねじ込まれたと思い慌てるが、どうやら普通にクレープを押し込まれたみたいだ。
あ、甘い。
結構おいしい。
苺の甘酸っぱさと生クリームの甘みが絶妙で、そこにさらに加わる辛味が…………ん!?
「ん!!んんんんんぅむうんんん!!!!??」
最初は甘くて普通においしいと思っていたが、徐々におかしくなってくるこの味は、タバスコかあああ!?
あまりの辛さに私は涙目になった。
「んんんッ、み、みっぅ、ッみみ水ッぅんんんむぐぐぐ!!」
「涙がでるほどおいしいですか。作った甲斐がありますね」
ドSぅぅぅぅぅッ!!!!
何このしてやったりみたいないい顔は!!
た、確かに笑った私も悪いかもだけどでもこれはッ!!
あ、無理もう無理水水水水!!!!
「だ、大丈夫か?水っつーか、お茶なら俺のあんだけど……」
そういってペットボトルを取り出す剣崎くん。
救世主ッ、救世主だヒーローだ!!
私はそれを勢いよく奪うと、早食い選手もびっくりするくらいのスピードでお茶を飲み干した。
「ぷはっ!!はー……、ああー、あああああ、あり、がとう……剣崎、くん……」
「お、おう……、え、マジでへーきか?」
「う、ん……だいぶ、やわらぎました……」
そして私は桐原くんを思いっきり睨みつけた。
でも私の睨みなんて全く怖くないとでもいうように、彼はしれっとしている。
憎い!!
「藍咲さん、ほんとにへーき?まだ涙出てんぞ」
そういって剣崎くんは私の目にたまった涙を親指で拭い去った。
ちょっ、おま、そんな恥ずかしいことここでするなよ!?
「……芹菜先輩、誰ですかこの人」
ここで初めて気づいたかのように視線を剣崎くんに向ける桐原くん。
え、気づくの遅いよ、最初っからいたよ!?
「えーっと、この人は剣崎櫂斗くん。私と同じクラスの人だよ」
「ちなみにいうと、藍咲さんの彼氏」
その言葉に桐原くんは眉にしわを寄せた。
「違うからね桐原くん、本気にしないでね。ただ半ば強引に一緒にまわらされてるだけだから」
「浮気ですか芹菜先輩」
「だーから!!違うって!!なんでみんなして浮気浮気っていうの!?何か根本的におかしいでしょ!!」
「おかしいのは貴女の頭でしょう」
「ねえそんなに私いじめて楽しい?」
もう嫌っ、泣いていいかな。
あ、すでに泣いてるね、ぐすん。
「あ、あれって3年の剣崎先輩だよね!?」
「え、ほんと!?え、嘘、いこいこ!!」
「あーもうめちゃくちゃかっこいい〜」
女の子たちの声がすると思ったら、あっという間に女子生徒らに囲まれる剣崎くん。
さっきも美人さんたちに誘われてたけど、やっぱり剣崎くんて有名なんだな、この学園の。
「あー、あの人確か女好きで有名な先輩ですよね」
「うん……、まあね。悪い人じゃないんだけどねー……。だから私がこうやって誘われたのもただの気まぐれなんだよ、きっと」
「…………そうは見えませんけどね」
「え?」
「いえ、何でもありません。それより俺が作ったクレープ、どうでしたか?」
パッと話を変えられ、一瞬ポカンとしたが、そうだそうだ忘れちゃいけないよねこれは!!
「もっちろん、辛いに決まってるじゃん!!普通クレープにタバスコなんか入れないからね!?」
「俺のちょっとした遊び心なんですけどねー」
「遊びすぎだ!!何か私に恨みでもあんの!?」
「あるに決まってんだろ」
「けけけ敬語がない……!!」
一気にドスの効いた声になった。
こ、怖ェェェェ!!!!
「馬鹿な芹菜先輩にもわかるように説明しますけど、このエプロンはクラスの女子に借りたものですから。俺は自分のエプロンを持ってませんし、わざわざこの日のためだけに買うのも馬鹿馬鹿しいので。仕方なく着ているだけであって、趣味ではありません。これだけ丁寧に説明してるんですから、いくら芹菜先輩が馬鹿で阿呆でも理解できますよね」
「はい、わかりやすい説明ありがとうございます。そしてすみませんでした」
あまりの圧力に自分が先輩ということも忘れて私は平謝りだった。
だって怖いんだもの!!
そして長々しい言葉を全く噛まずにスラスラ言い切った桐原くんは、何処と無く清々しい顔をしている。
私、桐原くんには口でも勝てないや。
「、ごめん藍咲さん、また囲まれちまって……」
女の子達から抜け出したのか、珍しく剣崎くんは少し疲れていた。
「あ、うん大丈夫だよ。にしてもほんと剣崎くんはモテモテですね〜」
「んー、まあ嬉しいけどよ、さすがにデート中のときは遠慮してーな。藍咲さんといる時間減るだろ」
そういってまた私の頭を撫でる。
あー、なんでこう恥ずかしいセリフをさらりと言えるんだろう。
どう反応すればいいんですか。
「あ、じ、じゃあそろそろ移動、する?」
「俺はいいけど、クレープ食うんじゃねーの?」
「あ」
そうだった。
いやまあ、食べたは食べたけど、辛いやつだったし、今更クレープ頼むのもなんだか……。
ダメもとで桐原くんの方を振り返る。
すると私の目の前にはクレープが。
「……え?」
「え?じゃないですよ」
「いや、え、だって……このクレープ……、」
「……いらないんなら返してください」
苺とチョコと生クリームが入ったクレープ。
もちろんさっき食べたやつではなく、新しく作ってあるやつ。
「……いる!!」
私はありがたく受け取り、一口食べてみる。
うん、やっぱり美味しい!!
「んじゃあ約束した通り、俺が奢るから。いくらだ?」
「5000円です」
「ごっ……!?」
初めて会った剣崎くんにも容赦ない桐原くんだった。
「あいつほんと容赦ねーな」
桐原くんのクラスを後にし、廊下にでたとき剣崎くんがそう言う。
「まあ桐原くんは誰に対してもあんな感じだからね」
「仲いいんだな、あの後輩と」
「うーん、そう、なのかな……?私のこと先輩だと思ってないし、辛辣だしいじめてくるし。……果たしてこれを仲がいいと呼べるのか……」
「それ普通に仲いいだろ」
「剣崎くんの基準がわかりません」
真顔でそう言うと、剣崎くんはケラケラと笑い出した。
いや、何が面白いの!?
そのあとも、お店やってるクラスにいってみたり、またステージを見に行ったりと結構楽しんだ。
途中、翔音くんたちに遭遇して、新井くんと橘くんには浮気だのなんだの言われ、翔音くんには不機嫌な顔されたりなど散々な気もしたが。
「藍咲さん、今日楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。たくさんまわれたし、まあ色々あったけどそれもいい思い出になったかなー」
主にクレープとかクレープとかクレープとかな。
「剣崎くんは?」
「んー?俺も楽しかったよ。藍咲さん、コロコロ表情変わるし見てて飽きねーな」
「……それは褒めてるんか?」
喜んでいいのか微妙だ。
「……あとはまあ、俺もいろいろわかった、かな」
少しだけ、ほんの少しだけ剣崎くんが寂しそうに笑った気がした。
「……わかったって?」
「いや、なんでもねーよ」
でもまたすぐにいつもの顔に戻った。
なんだったんだろう今の。
「おーい剣崎ー!!」
「げ、宮下……」
声がしたと思って振り向くと、こちらに向かってくる実行委員の宮下くんがいた。
「剣崎にとっての悲報。今から俺と他何人かと一緒に明日の出し物についての最終確認があるからそれに参加なー」
「……なあ、見てわかんねえ?俺今デート中」
「お前ならデートくらいいつでもできるだろー」
「だが断る」
「そんなにバニーガールになりたい?」
「鬼」
うわお、あの剣崎くんでも宮下くんには勝てないだなんて。
宮下くん何者。
「はい、じゃあわかったらすぐ来る。俺は先行ってるからお前も来いよー」
そういって宮下くんはまた走っていってしまった。
残された私たちはしばらく呆然としていた。
「……なんか、ほんとごめんな」
「ううん。仕方ないよ、出し物は明日だし、みんな最後だから気合い入ってるんだよきっと」
眉を下げて謝る姿はいつものナルシストみたいな感じがなく、なんとなく調子を狂わされる。
柚子が言ってたように、人は見かけだけじゃ判断できないね。
ただのチャラい人だと思ってたけどそんなことない。
嫌々でも結局はちゃんと手伝ってるし、今みたいに素直に謝ることもできる。
私の考えすぎでよかった。
この人は、普通に、いい人だ。
「じゃあほんと悪ィけど、俺行ってくるわ」
「うん、頑張ってね、明日のために!!」
「おう。…………と、最後に、」
ふと、私の目の前が暗くなった。
「……今日はありがとう」
その言葉とともに、一瞬だけ頬に何がやわらかいものが触れた。
……え?
目をぱちくりさせていると、剣崎くんはいつものように微笑み、私の頭を撫でた後、そのまま小走りで行ってしまった。
……え、何……今の……。
今の……え、もっ、もしかして……、キ……、
「キスだねー」
「ッあばあああぁぁああ!!??」
後ろから突然声がして私は文字通り飛び上がった。
「ああぁああ新井くんんんんん」
「芹菜チャンどもりすぎでしょ」
私の後ろにいたのは新井くんと橘くんと翔音くん。
そういえばこの3人でまわるとかいってたっけ。
……って、今はそんなことどうでもよくて!!
「うん。見たよ、バッチリ」
「まだ何も言ってないィィィィ」
でもその一言は今の状況がとても最悪だということを暗示している。
み、見られた。
不意打ちとはいえ、あんな恥ずかしい場面を。
よりにもよってこいつらに!!
前言撤回しよう。
剣崎くんはいい人じゃない。
やっぱり女好きチャラナルシストだ!!!!
どうしよう、これは弁解ができるレベルじゃない。
バッチリ見られてたみたいだし、どうしようもない。
顔がどんどん熱くなっていく。
きっとほんとにタコみたいに真っ赤になっているだろうな。
そういえばいつも赤面すると翔音くんにタコ呼ばわりされてたな。
そう思って翔音くんのほうに目を向け、
「…………………………」
なければよかった!!
え、何あれ般若!?
顔はまあいつもと対して変わんないけど、あの身にまとってるオーラ!!
今までの比じゃないくらい何か凄い。
いや、感心してる場合じゃない。
逃げたい、とにかくここから逃げたい!!
そのものすごいオーラの翔音くんが私に近づく。
私が一歩下がる余裕もないまま、彼は私の肩をガシッと掴んだ。
ひぃぃぃぃぃッ!!
ごしごしごしごし
「もがっ、もがもがっ……あぁいだだだだだだ!!」
怖くて目を閉じていたが、顔に何かがこすれていると思い目を開けると、翔音くんの着ているカーデの袖で頬をごしごしされていた。
ってか痛いんですけど、絶対摩擦で真っ赤になるんですけど!!
「か、翔音くん!?何をして……、」
「……わかんないけど、」
「……?」
「……ムカついたから」
「……ほわっつ?」
ど、どういうこと?
一通り袖で拭ったあとの翔音くんの表情はどことなくスッキリしている。
もしかして、だけど……さっきのことを無かったことにしようとしてくれたのかな。
それなら拭った理由もわかるし。
……般若オーラの理由はよくわかんないけど。
うーん、この場合なんて言えばいいのかな。
”ありがとう”っていうのは違う気がする……ってかされた私が言うのもあれだけど、それは剣崎くんに失礼すぎるだろうし。
そうだな、無難にここは……、
「翔音くん」
「……何?」
「明日、翔音くんの好きなもの何か奢るね」
「……ん」
うん、多分これで大丈夫だと思う。
あとは明日の出し物だ。
最後だし、頑張って成功させなきゃね!!
43.去り際のキスにご注意下さい
(ということで、絶対今の誰かに喋ったら駄目だからね)
(大丈夫だって!!いくら俺らでもバラすなんて酷ェことしないって!!)
(うん、そうだね。さすがに喋ったりはしないよ。……でも翔音クンて随分と可愛いことするんだね)
(…………え、新井くんてそういう趣味?)
(はい芹菜チャンバニーガール決定ー)
(うわあああぁぁあぁああ)
→クイズの答えとあとがき
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